冬の日記『自分は優しいらしい。』
visibility68 edit2024.01.03
自分はどんな人?って聞かれたら、愛想がなくて思いやりがない人って答える。感情が薄いから、どう対応すればいいかわかんないんだよね。
それを直そうとは思わなかった。高校入るまで人の顔色伺って、猫かぶっていい子ちゃんしてたから、苦しくなって、猫かぶりの自分と自己中の自分を分けていた。猫かぶりの性格の名前を「琴春(ことは)」と名付け、自己中の自分を「冬」と名付けた。
でもやっぱり気が抜けると冬(僕)が出てきてしまう。家族に「その言い方はないんじゃないか」って言われたり、部活でHSPの子を傷つけたり。(あ、流石に家族には猫かぶったこと無いよ)
いつしか僕は消えて無くなればいいと思っていた。僕がいなくなれば、当たり障りのない琴春がみんなをホッとさせてあげられる。僕がいたらみんなを傷つける。
ココトモでも誰かにコメントする時はいつも琴春を混ぜた。琴春になると言っていいこと悪いことがわかる。「優しいですね」「心温まる応援ありがとうございます」こんなのは全部琴春が書いたものに送られたものだった。
でもね、なんだか最近僕の性格が丸くなってきたんだ。薬のせいなのかなんなのかわからない。僕のままでも「あの時家族に言った言葉まずかったな」がわかるようになった。「俺」だった一人称も「僕」で違和感無くなった。
そして昨日、ある相談者さんに100%僕で対応してみた。無意識だったけど。そしたら意外にも「読んでて泣いちゃった」「今までで1番核心をついていた」みたいなのが返ってきた。
いつもの通り、これは琴春が書いたからって否定しようとしたけど、あれ、これ僕が書いたものだよ。初めて。僕が言った言葉が人を嬉しくさせるなんて。人を感動させるなんて。僕まで感動しちゃったよ。(多分昨日の相談者さんはこの日記読んでるね。恥ずかしいけど、ありがとう。)
この日記で言いたいことは、僕の存在意義を少しだけ見出せた気がするってこと。まだ世界で1番嫌いなのが僕だということには変わらないけどね。
今日の日記は2本立てだよ。この日記を書いてる僕は幸せな気分に包まれているけど、すぐ次に出すやつはさっき僕が書いたものを残しておいたもので、すっごいドロドロだから読む人は覚悟して読んでね笑
今日よかったこと♪
存在意義を見出せた気がする
読んでくれた人へのメッセージ
今日も生きていてくれてありがとう😊
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