【音楽小説】ベートーベンとミストレス ~僕は聞こえない。彼女は見えない~ #08『天才の正体』
visibility1,723 edit2016.03.13
お詫び。
金曜日投下予定のはずが、回線の不調などのためUPが遅れてしまいました。申し訳ございません。
小説もくじ
前回からの続き。
紫がかったセミロングの黒髪。
髪からまみえる、白い素肌。
そこにいるのは、まぎれもない少女だった。
#08、『天才の正体』
ごきごきと指を慣らし、深呼吸。
集中し、鍵盤に指を這わせ、
「――――!」
弾き始めた。
聴衆が皆、息を止めるように俺の演奏を注視しているのが分かる。
相手は、音を全て聞いてコピーする、凄腕ピアニスト。
その聴音力と技術力は脅威だが、突破口がないわけではない。
ぱっと考えた中で、思いついた攻略法は、
大きく分けて四つ。
①、飛びきりの高難易度曲を選ぶ。
難易度が複雑であれば、それだけ失敗の確率が上がる。
②、マネが出来ないぐらいの超絶技巧で弾く。
テンポを速くする。練習を重ねた、突き抜けた技巧ならば真似は困難だ。
③、知名度が高く、腕回しが複雑な曲を選ぶ。
失敗がすぐ分かる曲にする事は重要だ。そのうえで、小男には視覚上のハンディがあり、
腕を交差するタイミングが分からない筈である。
④、アレンジを加える。
相手がどんなレパートリーを持っているかは知らないが、曲を知っていても。否、知っていればこそ、アレンジを加えた再、元の曲に引っ張られる。
まぁ、こんなところだろう。
この選択肢のどの攻略法が有効かまでは分からない。
ただ、どれも試す価値はある。
そのため俺が取った戦略は、①から④の全てを行う事だった。
つまり、高難易度。超絶技巧。腕を交差。アレンジを加えて演奏する。
全部だ。
そして、それだけではない。
それを、一曲の中で『二つ』やる。
ルールは守っている。
曲は、十分以内なら自由だ。
別に、一曲という制限はない。
『二つの曲』を左右の手で、音楽が破たんしないように『同時』に弾く。
以前に俺は、『おふざけ』でそんな曲を練習した事があった。
そう、『おふざけ』である。
ゴドフスキー編曲の、ショパンのエチュードによる練習曲、47番『おふざけ』
ショパンの曲、『黒鍵』と『蝶々』を同時に弾く、ピアノ曲でも屈指の難曲である。
演奏が終わる。俺の演奏はさきほどより大きな拍手で迎えられた。
『ブラボー!』
歓声が飛ぶ。
弾き切った。
弾き切る事が出来た。
僅か数分の演奏だったが、消費する体力は大きい。小柄な体には辛いだろう。
お遊びにここまで全力を出すのは気が引けたが、俺にもプライドがある。
仮にも俺は、日本で一番ピアノが上手い学生だったのだ。
席を空けると、さっきと同じように猫が椅子へ飛び乗って来た。
チリンと、甲高い鈴の音がする。
小男が『カツカツ』と白杖で地面を叩き、ピアノの前に立った。
俺は、おっさんの隣に戻り、小男の演奏を待つ。
小男は、ピアノの前で戸惑っているようだった。
腕を上げ、鍵盤に指を這わせようとするが、
体はそこで止まっている。
小男は、ボーっとした様子で、しばし虚空を眺めていた。
まぁ、
さすがに無理だろう。
ギブアップした方がいい。
無理に弾こうとすれば、指を痛める。
『おふざけ』は初見の演奏はおろか、まともに弾くことすら困難だ。なにせ俺も、この『おふざけ』の演奏に半年は付き合っている。
フードを傾け、虚空を見つめる小男。
ついに、小男は、鍵盤から腕をおろし、声を発した。
『……ますたー』
抑揚のない、機械の様な無機質な声。
「大丈夫よ。今は顔見知りしかいない」
『そう』
最低限の短い会話。
そして、そいつは、頭のフードを外した。
紫がかった、セミロングの髪。
白砂の様に白い面肌。
着衣の一枚布を纏い直す。
彼女のそれは、漆黒のドレスのように装いを変えた。
お、
女……!?
怪しい小男は、謎の少女へと変貌した。
全身を黒いローブに覆われたような姿から、腕を片方ずつニョッキニョッキとだし、ローブを胸の上部までさげ、まるで漆黒のドレスのように装いを変える。
紫がかったセミロングの黒髪。
髪からまみえる、白い素肌。
そこにいるのは、まぎれもない少女だった。
ピアノを前にして、
虚空を眺める少女の瞳。
アッっと、俺が言葉を失っていると、
「あの子は全盲って言ってね。目がまったく見えないの」
後ろからマスターが説明した。
白状を持っていたことから、ある程度想像はしていたことだ。
「すごいわね」
「ええ、目が見えないのにあそこまで弾けるだなんて」
俺の言葉を、マスターは笑って否定する。
「そうじゃないわ」
「?」
「驚いたのはあなたよ」
「な、なにがです?」
「あの子がローブを外したの、初めてよ」
やるじゃない、あなた。と、マスターは付け足し、微笑んだ。
そして、彼女の演奏が始まる。
そして彼女は。
『おふざけ』を見事に弾き切った。
演奏が終わった瞬間。
『パーフェクト!』という叫びと共に、拍手が湧きあがる。
その演奏の凄まじさは、うっかりと俺まで「お、お見事……」と声を漏らしてしまうほどだった。諭吉と自信を失い、茫然自失となる。
そんな俺の様子が気に入ったのか、おっさんはまた『がっはっは』と豪快に笑った。変わらず酒臭い。
は、はは。
笑ってしまう。
「気落ちすんな。あの女が特別なだけだ、坊主が悪い訳じゃねーよ」
慰められるが、負った精神的ダメージが癒える事はない。ここまでコテンパンにされたのは正直、数年記憶にない。
「あの子は何者ですか?」
たまらず尋ねる。
『あの嬢ちゃんは……」
『!』
おっさんが何かを言いかけた時。バーの扉が勢いよく開かれた。
男が一人、うち開きのドアを蹴り開けた体勢で立っていた。
俺の前に勝負をしていたピアニストだ。
右手には大きな一升瓶。
血走った目で店内の椅子に座る少女を血走った目で睨み、早足で距離を詰める。
フーと猫が威嚇する。
「僕が負けるなんてありえないんだ。僕が負けるなんて!」
が、っと、男は左手で少女の右手を掴み、テーブルの上に固定。
一升瓶を持った手を振り上げ、
「…………!」
きゃ、と、店の女性客が息をのんだ瞬間。男は、
少女の手目がけ、掲げた酒瓶を振り下ろした。
#[狂気]に つづく
#[天才 VS 天才]←いっこまえ
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