【音楽小説】ベートーベンとミストレス ~僕は聞こえない。彼女は見えない~ #11『なにすんじゃらもし』
visibility1,327 edit2016.04.01
小説もくじ
前回からの続き。
わかった。
こいつは、俺が失おうとしているものを、ぜんぶ持っているのだ。
#11『なにすんじゃらもし』
朝。
嵐のような一夜が去った後、俺は不意の一杯で酔いつぶれ、朝までBARの床で眠っていた。
敷布団代わりの段ボールに、
布団と呼ぶにはあまりに薄っぺらな、黒い布一枚。
そんな粗末な寝床で俺は、
自分が、素っ裸の少女と一緒に眠っていたのを認識した。。
「…………」
スヤスヤと、静かな吐息。
こいつは、昨日ピアノの勝負をした少女である。
つまり、今の今まで俺は裸の女と同衾していたわけで……。
ええと。
…………。
状況をしっかりと腹の中まで飲み込んだ俺は、
『『な、何すんじゃらもしいぃいいいいいいい!』』
そんな、どこの地方の言葉ともわからない悲鳴をあげた。
な、
なんで女がここに!?
なぜ裸?
ていうか、なんで俺裸!?
傍らを見れば、脱ぎ散らかされた俺のシャツとズボンと下着……。
何があったんだ、昨日の俺。
何をしたんだ、昨日の俺。
おおおお、おしえて、おしえて、おしーえてーおじいーさんー。
脳裏に浮かぶのは、
『泥酔音、未成年、淫行、逮捕』の絶望のワード。
なんだ。なにがおきた。
なにをした。
どうなるんだ、じぶん。どうしよう、おれ。
まだ、たいほ、されたくない。
ああああああ……。
そんな絶望的な未来を想像し、寝床で一人頭を抱えていると、
「寒い……」
という言葉とともに、少女の手がにゅーっと伸びてきて、俺の肩を掴み、寝床の中に引き戻した。
「わっぶ!」
ものすごい握力と腕っぷしの強さを感じた。
寝床へ引き戻され、黒い一枚布の中、後ろから抱きかかえられる。
「あったかい……zzz」
言葉で言い表せない、ものすごく柔らかい感覚に包まれる。
「なに、ちょ、この状況、なに!?」
「おもしろい。まるで二人で一つのいきものみたいね」
微笑ましい表情のマスターと目が合う。マスターはパジャマ姿で、鍋に入った何かをかき混ぜていた。
「マ、マスター、笑ってる場合じゃ……ええい、起きろ。そこのお前、起きろ!」
言いながら隣の女を揺さぶる。しかし、裸の女は「うにゅう」だの「うがー」だの唸るばかりで、まったく起きる気配がない。
「起きないわよ。その子、すっごく眠りが深いんだから。……あなた、湯たんぽか毛布代わりにされてるのよ」
「い、意味わかんないんですけど……」
「一つから説明してあげようか?」
「ぜひお願いします!」
「お酒一つで見事に酔っぱらったあなたが、夜の野獣と化し、勝負に負けた腹いせに幼げないその子を――」
ああああああああ。
俺は耳を両手でふさいで、絶叫。
「もういいやめて! 聞きたくない!」
再度、『逮捕』の二文字が脳裏に浮かぶ。
「ふふ、冗談よ」
やめて! そんな冗談! ドギマギしすぎて心臓止まっちゃう!
「勘弁してください。で、昨日俺はいったい何を……」
一応。お酒を誤飲したところまでは記憶がある。
昨晩のいざこざで、喉が渇いた俺は、ジュースと間違えて誰かの酒を飲み欲し、ノックダウンしたのだ。
「酔いぶれてたから、店の端っこで寝かせていたの。ただそれだけよ」
どうやら、あのあとはマスターに介抱してもらっていたらしい。
「や、それはどうも。ご迷惑をおかけしたみたいで」
手間をかけた事を謝り、謝辞を伝える。
が、まだこの(となりの)状況の説明にはなっていない。
「で、これは?」
と、一枚布の中で同衾している存在を指して言う。
紫がかった黒髪の、謎の少女だ。
「『しおん』よ。紫の音で、紫音。ここで寝泊まりしてるのよ、その娘」
この少女は、紫音というらしい。
「貴方は、湯たんぽにされてたの」
まったく意味が分からなない。
そーっと、再度、寝床を抜け出そうとする。しかし、「さむい……」の声とともに寝床の中に引き戻される。
「出られないんですけど」
「いいじゃない。かわいい女の子と一緒におねんねできるなんて」
「俺だって、そりゃ女性と一緒にいられるなら嬉しいですよ。でも、普通じゃないじゃないですか。この女」
「普通じゃない人間なんていないわ。だれでもどこか一か所、おかしなところがあるものよ」
「なんなんですか、こいつ。いったい何が目的なんです?」
カシャカシャと、マスターが鍋や調理器具を洗う。
「さぁ、もう7時だから、彼女に直接聞いてみたらどうかしら」
「7時?」
たしかに、柱時計を見れば、ちょうど時計が7時ちょうどを指していた。
そして、その瞬間。
パチクリ。
と、彼女の目が開いた。
焦点の合わない、ぼんやりとした目と、ばっちり向かい合う。
マンガか何かだと、ここで彼女が大きな悲鳴が上げるるような展開だが。
彼女は努めて平静の様子だった。
「おはよう、ますたー」
「おはよう、紫音ちゃん」
「寒い……」
「目の前の男から体温を貰いなさい」
「あったかい……」
なまなましい感触にぎゅっと圧迫される。
「なにこれ……」
「おとこよ。あなたが寝床に連れ込んだの」
「そう」
顔をベタベタ。
「へんなかお……」
「なんか、顔をめっちゃ触られながら、暴言吐かれたんですけど……」
そろそろ、怒っていいかな。俺。
あとこの女、なぜか言葉がカタコトだ。
「変な顔、変な顔……」
ビキビキ。
「変な顔、覚えた」
覚えられたらしい。
「離してくれ。服を着たい」
離れようと起き上がるが、ひしっと彼女が掴んで離さない。
「もう少し、まだ寒い」
まだ、離されない。
「……紫音といったか」
「そう」
「お前は何者なんだ?」
音大にだって、あれほど弾ける奴はいない。
「…………」
「おい」
「さっきあなたがいった。わたしは、しおん」
微妙に会話になっていない。
「どこでその技術を身に着けた? あそこまで複雑な演奏をコピーするなんて、相当な訓練が必要なはずだ。誰に教わった? 生まれは? コンクールは出たことあるのか?」
口から、矢継ぎ早に質問が飛び出す。
聞きたいことは山ほどあった。
「しつもん、いっぱい……」
「可哀そうよ。そんなにいっぺんに聞いても、紫音ちゃんは答えられないわ」
「…………」
「しつもんは、ひとつずつ」
「…………」
どうしてこんなに彼女のことが気になるのか。
聞きたいことが山ほどあるのか。
要領を得ない応答に、どうしてここまで苛々するのか。
神様が与えてくれたような、聴覚。
超人的な、演奏技術。
音楽家としての、輝かしい未来。
そうだ。
こいつは、俺が失おうとしているものを、ぜんぶ持っているのだ。
きっと俺は、こいつから、それを取り戻したいのだ。
「質問の前に、一つ頼みがある」
「なに?」
紫がかった黒髪の、焦点の合わない、濁った眼をした少女。
その少女の目を見て、俺は真摯にお願いをした。
「頼むから、起きて服を着てくれ」
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