音楽小説 『ベートーベンとミストレス』 ~僕は聞こえない。彼女は見えない~ #12『清和聖(せいわひじり)の恋愛』
visibility1,616 edit2016.04.15
#12『清和聖(せいわひじり)の恋』
小説もくじ
前回からの続き。
恋はいいものだと、いろんな人が教えてくれる
そんなことより早く、わたしは
恋の痛みを教えてほしかった。
幼い頃、
ホームセンターの花売り場で、
一目見て、私は黄色い花を気に入った。
花に見惚れる私を見て、父はその花を買ってくれた。
抱いて帰ったその日から、
私は、その花を大切に大切に育てた。
水をやり、肥料をやり、水をやり、
たいせつに。たいせつに。
たいせつにしすぎて、
花はすぐに枯れてしまった。
根腐れしてしまったのだ。
悲しくて悲しくて、私は泣いた。
ないた。
なぜ、ないた?
あの時私に、涙を流す資格はあったのか。
悲しむ権利はあったのか。
ちゃんちゃら可笑しい。
その花を殺したのは、私だ。
私なのである。
◆
――――――。
…………。
……。
朝。
ベッドの下で、振動音とアラームが鳴り響いていた。
「…………」
わたしは、携帯電話を目覚まし代わり。
アラーム音は、最近流行のJポップ。お気に入りだったやつだ。
もっとも、目覚まし代わりなんかにしているせいで、今やすっかりこの音楽が嫌いになってしまった。
「おき……なきゃ……」
わたしはズルズルとベッドから半身を出し、ベッドの下を手探りする。
ようやっと探し出した携帯は、見事なまでに埃にまみれていた。
……早急な掃除の必要性を感じる。しかし、めんどくさい。
わたしは、めんどくさがり屋だ。
基本的にはずっと寝ていたい。
なまえは、清和聖という。
ほかに、自己紹介することがあるとしたら、そう。
わたしは、ヴァイオリニストである。
◆
昼前。
シャワーを浴びて、簡単に出かける準備をした私は外出した。向かった先は、都市近郊の複合大型ショッピングモール。
約束の十分前。
待ち合わせ場所の噴水広場では、私より先に友人が来ていた。
何分前からいるのだろう。彼は本当にまじめだ。
奴(あのバカ)とは大違いである。
「あ、せいわさん。おはよー」
「よっしーおはよー」
ずんぐりとした巨体に、優しそうな声。
私が所属する楽団の吉田君である。
担当はフルート。
見た目はゴリラ。
陰でささやかれているあだ名が、フルーティーゴリラだというのはあんまりだと思う。吉田君ほど思いやりにあふれた人間を、ほかに私は知らない。
今日は、休日。練習も休みだ。(自主練は除く)
私たち楽器弾きは、定期的に楽器をメンテナンスや修理に出したりしている。
昨日の練習で、吉田君と私が偶然同じ日に楽器をメンテに出すつもりということが分かり「じゃあ、一緒に出しにいこうか」となり、今日、一緒にショッピングモールまで来た次第だ。
「今日も人多いねー」
額の汗を拭きながら、吉田くんが言う。
彼の言葉通り、休日のショッピングモールは大盛況だ。
駐車場はほぼ満員。駐車する場所を探して、何台もの車がぐるぐると駐車場内を旋回していた。
私が乗ってきたバスも、渋滞のため、予定より15分も遅れて到着した。
ショッピングモールがオープンして、まだ一年とたっていない。
まだ真新しく、手近な遊び場がここを除いてほとんどないため、今日みたいな休日はかなり込み合うのだ。
そして、高確率で知り合いに出くわす。
まぁ、だれにあったところで、困ることもない。
今日は羽を伸ばすのだ。
時間は、正午前。
少し話して、私たちはお店に入り、食事をとることにした。
ランチにはまだ早いが、今のタイミングを逃せばこの人だかりだ、ストレスなく食べるのは困難になるだろう。ならば、今のうちに、という判断である。
◆
どのお店がいいか逡巡し、私たちは和食のお店に入ることにした。
吉田君は天ざるソバを注文。
私が頼んだのは、レディース御膳だ。(税込み1180円)
「やー、やっぱりヨッシーはいいわ。一緒にいてすごく楽」
「またまたー、清和さんならたくさん友達いるでしょう?」
吉田君は、とても綺麗なしぐさで箸を動かし、かき揚げを割いている。
「ヨッシーがいいのよー。ほら、女の子同士でもいろいろあるし、男の子相手だと気を使っちゃうし、ちゃんと話を聞いてくれる人っていうかさー」
「そう言ってくれると嬉しいね。ぼくも、話を聞くのは得意だから」
「そうそう! ヨッシーの内面の良さはわたしが一番、よく知ってるから! あーもー、あのバカとは大違い!」
バカとはもちろん、あの幼馴染の事だ。
私の言葉が誰を指しているか、吉田君も感じ取ってくれたみたいで、
「あはは、柊くんね」
幼馴染の指揮者、柊卓人の名前をすぐに思いついてくれた。
「そうそう! タクト! なんかアイツと一緒にいると、だんだんイライラしてくるのよね。この間もそう、飲み会で、せっかく私がずっと一緒に音楽がしたいって言ったのに、『へー』だの『ふーん』だの相槌打つばかりで、ロクな返事をしないんだから! ほーんと、つまんないやつ!」
私がいう悪態に、それでも吉田君はにこやかに、
「相変わらずいいコンビだよねー」なんて言ったりする。冗談じゃない。
「もう解散よ! あんな奴、事故に遭った時も、どれだけ私が心配したか……。ずっと昏睡状態で、やっと目を覚まして退院したってときも、ろくに連絡が繋がらないし、ほんとにほんとにもう。……疲れたわ」
「女房役ごくろうさまだね。ぼくもずっと心配してたんだ。無事だったって分かったとき、ナイショだけど、ちょっと泣いちゃって……。久々に練習場所でタクトにあった時も……、うん。あぁ、そういえば、新しい指揮者の人。ジョンも清和さんの知り合いだったっけ?」
ジョンとは、私たちが所属する、アマチュア楽団の代理指揮者だ。
正指揮者のタクトのバカが事故に遭い、その間の代理として、現在私たちの練習で指揮を振ってくれている。
「ああ、ジョン? そう。ドイツに留学してる時に知り合ったの。流石に本場の指揮者は上手いでしょ? 考える指揮っていうのかな、すごくシステマティックで、洗練されてて……」
「そうだね。上手いと思う。タクトの情熱的な指揮も好きだけど、それと対照的だよね。感情派のタクトに比べて、理論的というか……」
「そうそう。彼も音楽一家でね、あるコンサートで共演して連絡先を交換して……」
その後も、私は延々(主にタクトに関する)愚痴をこぼし、それに対し吉田君は、嫌な顔突せずに聞いてくれた。
ちょうど、手元のご飯を全部たべ終えたころだ。
私の顔色を窺うように吉田君が、
「ねえ、清和さんとタクトって、まだ付き合ってないの?」
などというので、
ぶふー、っと。
私は盛大にお茶を吹き出してしまった。
わ、た、し、が?
た、く、と、と?
ありえない!
「ないないないない! あんなのただの幼馴染だし! 腐れ縁だし! 腐ってるし! 世界人類の最期の男がアイツになっても未来永劫ないないない!」
「あはは、言い過ぎだって。でもタクトは清和さんに気があると思うし、清和さんもタクトなら、いいんじゃない?」
「うーん。アイツと私はそんなんじゃないっていうか、家族に近いっていうか……なんだろ。とりあえず、恋愛とかではないかなー」
「そうなんだ。ならいいけど、もし清和さんがタクトを好きなら、ちゃんと言った方がいいと思うよ。タクトだって、あれでモテるんだから。いつ誰かとくっついてもおかしくない。そうなったら、ぼくは清和さん、後悔すると思うんだ」
「ないない、後悔ないない。それにアイツがモテるなんてありえないって、はは」
「どうだろなー。うちの団の女の子たちに限れば、清和さんに遠慮してるだけだと思うけど……。清和さんだって、男の人に声かけられること、あるでしょ?」
「それは……まぁ……」
「まぁ、二人の事だから、これ以上は余計なお世話になるから言わないけど。でも、ちゃんと気持ちは伝えたほうがいいともうよ。二人とも、不器用で素直じゃないから、どっちかが大人にならないと」
「大人に……うーん」
だめだ。アイツを恋愛対象として見たことがないからまったくわからん。
それにしても、なんの話をしていても、なぜかあの幼馴染、タクトの話になってしまう。
吉田君は私たちがお似合いだというけれど、あんなの、付き合いが長いだけだ。
時間が過ぎ、私たちが食事をしているお店も混み合ってきた。そろそろ、とお互いに言い合って、和食の店を出る。
店を後にした私たちは、ほかの買い物客がランチに行く時間を見計らって、楽器店へと向かった。
楽器店に荷物を預け、フードコートでコーヒー片手に、再び二人で無駄話。
音楽の話や、あの幼馴染の話や、学校の話をし、散々盛り上がって、散々笑って、思い出しては腹が立って(もちろん、タクトの事だ)
そして、お代わりのコーヒーを取りに行った私たちは目撃した。
あの幼馴染。
柊卓人が、
見知らぬ女と手をつないで、仲良く買い物をしている様を……。
(そして、最悪な事に私は、思ってしまったのだ)
『誰よっ! あの女!』
[#13『フルーティーゴリラ、愛を説く』]に つづく
[#11、『なにすんじゃらもし』]←いっこまえ
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