お風呂が住処の日記
visibility49 edit2023.12.13
消えちゃったけど、やっぱり違う形でも良いから書いておきたいな。本当に今が一区切りな気がするんだ。
毒親育ちと気づく前、私の目的は「ここは何処で、私は何なのか」を知る事だった。つまり真実だ。真実は、科学、芸術、仏教、東洋医学、スピリチュアル、色んな分野からそれぞれ異なる視点から表現されていて、多面的に理解した方がその形も見易いだろうと思って、自分なりに勉強した。
大学の生物の選択科目で爬虫類のクラスを取った時に、ウーパールーパーの生存戦略として体を未発達にする代わりに知能を優先して発達させるネオテニー(幼形成熟)の話を知り、日本人って人類でいうネオテニーなのでは?と思った。他にも恐竜史とか地形学とか気候変動の歴史とかめちゃくちゃ面白かった。
色々勉強した結果、なんか、そういったエンライトメント的な瞬間があって、友人に借りたアルケミスト読み終わった時だったかな、恍惚感に包まれた。(当時海外出張中)私は世界がわかったぞー!!と。
帰国後に、日本やアメリカの元宇宙飛行士が宇宙に行って、私と似た体験をしたことで、そういった新しい(?)世界の見方を啓蒙する活動もしていることも知った。(日本科学未来館はその目的も兼ねて建設されてます。)
それで、終わったかと思ってたんだ。私、目的を果たしちゃったぞ、これからどうしよう。私も啓蒙活動する??みたいな、浮き足立ってた。
…地獄はそこからだった。
私は体を置いてきぼりで頭だけで理解してしまった。体感の伴わない悟りに何の意味もない、体で理解し腑に落とさないと空間も変えられないし。
過酷すぎた幼少期時代に、感じることに蓋をしてしまっていた私は、その後付き合う夫にパンドラの箱を開けられ、そこから溢れ出たものたち、タイムカプセルに押し込められた地獄の様な感情を味わい、自分を取り戻す為の旅が始まった。
ちょうどその頃、例の巫女系の方に「魂がペシャンコだけど何でその状態で生きてるの?」とか「あなた浮いてて重力が全然無いから苦労すると思うけど、地球に降りるのなら頑張ってね」と言われた。「ドロドロのきったない所を歩いていかないとダメだよ」と。
今思えば、あれは変わる事を選択してここで生きるのか、そのまま諦めて死ぬのかの究極の旅への見送り言葉だった。
そして、今ここ。現実は変わってないけれど、意識が変わった。当時の私は「私、幸せになっていいの…??」だった。今は「私、最初から幸せでよかったんだ」と腑に落ちた状態。
何故か自分を欠陥人間と思い込み幸せになってはいけないのマインドでずっと生きていたのだ、やる必要ない、茶番は終わりにしよう。そもそも問題ってなんだっけ?ああ騒音?そんなん逃げるの一択、当たるまで家ガチャ回し続けるだけだ。自分がおかしいとか自分が我慢すればとか、自分がおかしく無いなら周りがおかしいとか、もうずっと負のスパイラルでぐるぐるしてた。
とっとと受け入れて、腹くくって、NOと言って、居心地のいいと思える所に辿り着くまでガチャ回すだけ。幸せを選ぶだけ。
でも、未だに空間を変えることに対する恐怖はある。ただ、あんなに怖かった自己開示も気づいたらできる様になってた。だからカウンセラーさんにも同じ様に自己開示できた。そいで、みんな優しかった。だから、私が私で居られる場所はたしかに地球にあるのだ。証拠はここだ、だから探すだけだ。
ああ文字足りない
今日よかったこと♪
真実を探していたつもりで、ずっと自覚なく自分で自分にとっての真実を創っていたのだ。地球にいる限り観察者では居られない、自分が今この瞬間をも創ってしまってるなら、どうせなら楽しく生きようよってそれだけ。誰の許可も要らなかったわ、自分に許可するだけだった。
…まとまったのかコレ??
読んでくれた人へのメッセージ
画像は富士山の五合目に居たハートキノコ🍄
乱文失礼しました、お風呂場からは以上です🛀
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