モラルハラスメント(モラハラ)とは?
定義・特徴・加害者心理・対処法・相談先をわかりやすく解説
「言葉で人格を否定される」「無視や嫌がらせが続いている」「自分が悪いのかもしれないと思わされる」——その経験はモラハラかもしれません。定義・種類・加害者心理・職場と家庭での対処・法的対応・回復まで、必要な情報をすべてここにまとめました。
モラルハラスメント(モラハラ)とは
モラハラとは、言葉・態度・行動によって相手の人格や尊厳を傷つけ、精神的に追い詰める行為です。「言葉のDV」とも呼ばれ、身体的暴力を伴わないものの、被害者の心に深い傷を残す精神的暴力として、職場・家庭・恋愛関係などさまざまな場面で起こります。
モラハラの基本的な定義
モラルハラスメント(Moral Harassment)、通称モラハラとは、言葉、態度、身振り、文書などによって、相手の人格や尊厳を傷つけ、精神的に追い詰める行為を指します。「モラル(moral:倫理、道徳)」に反する「ハラスメント(harassment:嫌がらせ)」という意味です。
モラハラは職場、家庭(夫婦関係)、恋愛関係、学校など、さまざまな場面で起こりえます。加害者は巧妙に被害者を操作し、被害者は「自分が悪い」と思い込まされるため、問題が表面化しにくいという特徴があります。
モラハラ概念の起源
モラハラの概念を広く世に知らしめたのは、フランスの精神科医マリー=フランス・イルゴイエンヌ(Marie-France Hirigoyen)です。1998年に出版した著書『モラル・ハラスメント——人を傷つけずにはいられない(Le harcèlement moral: la violence perverse au quotidien)』の中で、日常的な精神的暴力の実態を明らかにし、大きな反響を呼びました。
2001年にはイルゴイエンヌは続編『モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする(Malaise dans le travail)』を発表し、職場におけるモラハラの実態と組織への影響を体系的に論じました。また職場のいじめ(モビング)を研究した心理学者ハインツ・レイマン(Heinz Leymann, 1996)の研究も、職場モラハラ理解の基礎となっています。
モラハラを定義する2つの特徴
モラハラと他のハラスメントの違い
モラハラは他のハラスメントと重なる部分がありますが、区別される点もあります。家庭内のモラハラはDVの一形態として、職場のモラハラはパワハラの一形態として扱われることもあります。
モラハラが起こりやすい関係性と環境
モラハラは特定の関係性や環境において起こりやすくなります。
- 閉鎖的な環境家庭、職場の小部署、学校のクラスなど、外部の目が届きにくい閉鎖空間では、モラハラが起こりやすく発見もされにくい。
- 力の不均衡がある関係上司と部下、夫と妻(経済的依存)、教師と生徒など。地位や経済力だけでなく、性格的な強さ・弱さの差でも生じる。
- ストレスが高い環境業績プレッシャーの強い職場、経済的困難を抱える家庭、競争が激しい環境では、ストレスのはけ口としてモラハラが発生しやすい。
- ハラスメントが容認される文化「厳しい指導は愛情」「嫁は我慢すべき」といった価値観が根強い環境では、モラハラが見過ごされやすい。
モラハラの種類とガスライティング
モラハラは「言葉による攻撃」だけではありません。無視・冷たい態度といった非言語的な攻撃、支配・コントロール、責任転嫁、さらには現実認識を歪めるガスライティングまで、巧妙で多様な形を取ります。
モラハラ攻撃の4つの類型
モラハラは大きく4つの類型に分けられます。タブを切り替えて、それぞれの具体的な手口を確認してください。
最もわかりやすい形態。【人格否定】「お前は無能だ」「あなたなんか価値がない」など人格を直接攻撃する。【暴言・罵倒】怒鳴る、汚い言葉で罵る、見下した言い方をする。【嘲笑・冷笑】相手の失敗や弱点をからかう、人前で笑い者にする。【脅迫】「離婚するぞ」「クビにしてやる」「ただじゃ済まないぞ」など恐怖を与える言葉。【皮肉・嫌味】直接的ではないが相手を傷つける言葉を言い続ける。【過去の失敗の蒸し返し】何年も前の失敗を繰り返し持ち出して責める。
より陰湿で発見されにくい。【無視】話しかけても返事をしない、存在しないかのように扱う、挨拶を無視する。【ため息・舌打ち】相手が何かをするたびにため息をつく、舌打ちする。【軽蔑の表情】見下す表情、呆れた態度を繰り返し見せる。【物に当たる】ドアを激しく閉める、物を投げる(相手に当てなくても精神的暴力)。【冷たい態度】急に態度が冷たくなる、理由を聞いても答えない(サイレントトリートメント)。
被害者を精神的に支配することが目的。【行動の制限】外出や友人との交流を制限する、行動を逐一報告させる。【経済的支配】お金を管理する、使途を逐一チェック、十分な生活費を渡さない。【社会的孤立の強制】友人や家族との関係を断たせる、「あの人とは付き合うな」と指示する。【情報の支配】必要な情報を与えない、事実を歪めて伝える。【意思決定の剥奪】すべて加害者が決め、被害者の意見を認めない。【過度な監視】スマホのチェック、GPS追跡、SNS監視。
自分の行為の責任を被害者に転嫁する巧みな操作。【責任転嫁】「お前がそんなことをするから怒るんだ」「悪いのは自分だと思え」と暴力の原因を被害者に帰する。【加害者と被害者の逆転】「俺のほうが被害者だ」「お前に振り回されている」と立場を逆転させる。【矮小化】「そんな大げさな」「冗談だよ」「気にしすぎ」と感情を矮小化する。【ダブルバインド】どちらの選択をしても批判される二重拘束(「なぜ相談しなかった?」→次は「いちいち聞くな」)。
ガスライティング——現実認識の操作
ガスライティング(Gaslighting)は、モラハラの中でも特に巧妙で破壊力の高い手法です。加害者が被害者の現実認識を意図的に操作し、「自分の感覚や記憶がおかしいのではないか」と被害者に思い込ませる心理的操作を指します。
心理学者ロビン・スターン(Robin Stern, 2007年『The Gaslight Effect』)の研究により広く知られるようになり、被害者が自分の判断・記憶・感情への自信を失っていく深刻な操作として研究されています。具体的な手法は以下のとおりです。
加害者の心理と背景
モラハラ加害者には共通する心理的特徴と、その背景要因があります。理解は重要ですが、加害行為を正当化するものではありません。ベンクロフト(Bancroft, 2002)など多くの臨床家・研究者が、加害者心理の理解と対応の限界を論じています。
モラハラ加害者の心理的特徴
モラハラ加害者には以下のような心理的特徴が見られることがあります。ただしこれらは傾向であり、すべての加害者に当てはまるわけではありません。
加害者の背景にある要因
モラハラ加害者の行動の背景には、以下のような要因が考えられています。
- 幼少期の体験自身がモラハラやDVが行われている家庭で育った場合、暴力的なコミュニケーションパターンを「普通」として学習してしまう。被虐待児が成長後に加害者になる「暴力の世代間連鎖」が研究で示されている。
- 自尊心の問題表面的な自信の裏に深い自己不全感を抱え、他者を支配することで脆弱な自尊心を補おうとする心理が働く。
- ストレスへの不適切な対処ストレスを適切に処理する方法を持たず、最も身近な相手(配偶者、部下など)へのモラハラとしてストレスを発散する場合がある。
- パーソナリティの問題自己愛性パーソナリティ障害、反社会性パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害などのパーソナリティの問題が背景にある場合がある。
被害者への深刻な影響
モラハラは被害者の心身に深刻なダメージを与え、さらに社会生活全般にも広範な影響を及ぼします。被害が長期化すると複雑性PTSD(C-PTSD)に発展することもあります。
精神面に現れる影響
モラハラは被害者の精神に深刻なダメージを与えます。ハーマン(Herman, 1992『心的外傷と回復』)が論じたように、慢性的な心的外傷は複雑な心理的反応を生みます。
身体に現れる影響
精神的なストレスは身体にも深刻な影響を及ぼします。
- ✓慢性的な頭痛・肩こり・腰痛
- ✓胃腸の不調(胃痛、過敏性腸症候群など)
- ✓睡眠障害(不眠、悪夢、中途覚醒)
- ✓免疫機能の低下(風邪をひきやすい)
- ✓動悸・息切れ・過呼吸
- ✓食欲の変化(過食または拒食)
- ✓原因不明の体の痛み
- ✓めまい・ふらつき
社会生活への影響
モラハラは被害者の社会生活にも広範な影響を与えます。
- 人間関係の縮小加害者による社会的孤立の強制、また被害者自身が「こんな自分では人に会えない」と引きこもる結果、友人や家族との関係が希薄になる。
- 仕事への影響集中力や判断力の低下により、仕事のパフォーマンスが落ちる。休職や退職に追い込まれることも少なくない。
- 経済的困窮特に家庭内モラハラでは、経済的支配を受けている場合、独立するための資金がなく逃げ出すことが困難になる。
- 信頼関係の構築困難モラハラ体験はその後の人間関係にも影響を与える。人を信頼できなくなる、親密な関係を恐れる、再びモラハラ的な関係に引き込まれるリスクがある。
職場と家庭のモラハラ
モラハラは主に職場と家庭(夫婦・恋愛関係)で起こります。それぞれの場面には独自の特徴があり、対処の方向性も異なります。具体例と特殊性を見ていきましょう。
職場で起こるモラハラの例
職場におけるモラハラの具体的な事例です。
- ✓会議で発言すると、毎回否定的なコメントや嘲笑をされる
- ✓業務に必要な情報を意図的に共有されず、仕事に支障が出る
- ✓能力に見合わない過大な仕事を押し付けられる、または逆に仕事を与えられない
- ✓陰口を広められ、職場内で孤立させられる
- ✓メールの返信をわざと遅らせる、またはCCを外される
- ✓小さなミスを執拗に追及され、人前で叱責される
- ✓プライベートに過度に干渉される(休日の過ごし方、恋愛関係など)
- ✓「あなたがいると迷惑」「辞めたら?」と退職を促される
- ✓成果を横取りされる、または正当に評価されない
- ✓飲み会や社内イベントにだけ意図的に呼ばれない
家庭(夫婦関係)で起こるモラハラの例
夫婦関係や恋愛関係におけるモラハラの具体的な事例です。
- ✓「お前は何もできない」「俺がいなければ生きていけない」と日常的に人格否定する
- ✓気に入らないことがあると何日も無視を続ける(サイレントトリートメント)
- ✓家計を完全に管理し、自由に使えるお金を与えない(経済的DV)
- ✓友人や実家との付き合いを制限する
- ✓料理の味付け、掃除の仕方、子どもの育て方など、すべてに文句をつける
- ✓「そんなことも知らないの?」「常識がない」と日常的に見下す
- ✓怒鳴る、物を投げる、壁を殴るなど威嚇行為を行う
- ✓外ではよい配偶者を演じ、家庭内でのみ態度が豹変する
- ✓子どもの前で配偶者を馬鹿にする
- ✓性的な行為を強要する、または拒否を責める
- ✓「離婚する」「出ていけ」と脅す一方で、実際に離れようとすると妨害する
職場モラハラの3つのパターン
職場におけるモラハラには、加害者と被害者の関係性によって3つのパターンがあります。職場モラハラは被害者の仕事のパフォーマンスを低下させるだけでなく、職場全体の雰囲気を悪化させ、他の従業員の生産性や定着率にも悪影響を与えます。
- 上司から部下へのモラハラ最も多いパターン。指導や叱責の名を借りて過度な人格否定や威圧的な態度が行われる。「指導」と「モラハラ」の境界が曖昧になりやすく、加害者も被害者も認識しにくい。
- 同僚間のモラハラ無視、仲間はずれ、陰口、情報の意図的な遮断などの形で現れる。地位の差がなくても、性格的な力関係やグループの力学でモラハラが発生する。
- 部下から上司へのモラハラあまり認識されていないが、集団的な無視、業務への非協力、陰口などの形で部下から上司へのモラハラが行われることもある。
企業の安全配慮義務とパワハラ防止法
企業には、従業員の安全と健康を守る安全配慮義務(労働契約法第5条)があります。モラハラによって従業員の精神的健康が損なわれた場合、企業はこの義務を果たしていないと判断される可能性があります。
2020年6月に施行された改正労働施策総合推進法(いわゆる「パワハラ防止法」)により、事業主にはパワーハラスメント防止のための雇用管理上の措置が義務付けられました。この法律は職場のモラハラの多くをカバーしています。義務付けられている措置は以下のとおりです。
- ✓ハラスメントに関する方針の明確化と周知・啓発
- ✓相談窓口の設置と適切な対応
- ✓ハラスメント発生時の迅速かつ適切な対応
- ✓プライバシーの保護と不利益取り扱いの禁止
家庭内モラハラ5つの特殊性
家庭内のモラハラには、職場のモラハラとは異なるいくつかの特殊性があります。
- 逃げ場がない職場であれば退職や異動の選択肢があるが、家庭は生活の基盤。経済的に依存している場合や子どもがいる場合は、容易に離れることができない。
- 愛情との混同加害者が「お前のために言っている」「愛しているから厳しくする」と主張し、被害者もモラハラを「愛情の表れ」と認識してしまうことがある。
- ハネムーン期の存在DV研究で知られる「暴力のサイクル」と同様に、モラハラにも「緊張期→爆発期→ハネムーン期(謝罪・優しくなる期間)」のサイクルがある。ハネムーン期に見せる優しさや反省が、「本当は優しい人なんだ」「きっと変わってくれる」という希望を被害者に抱かせ、関係維持につながる。
- 外からは見えにくい加害者が外では良い人を演じていることが多く、「あの人がそんなことをするはずがない」と信じてもらえず、被害者がさらに孤立する。
- 子どもへの影響家庭内モラハラは配偶者だけでなく、その家庭で育つ子どもにも深刻な影響を与える。面前DV(子どもの前でのDV)は児童虐待の一形態として認識されている。
DV防止法との関連
日本のDV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)は、身体的暴力だけでなく、「心身に有害な影響を及ぼす言動」もDVに含めています。したがって、家庭内のモラハラはDV防止法の対象となりうるものです。DV防止法に基づいて、以下のような保護を受けることができます。
- 保護命令裁判所に申し立てることで、加害者に対して接近禁止命令や退去命令を出してもらうことができる。
- 配偶者暴力相談支援センター相談、カウンセリング、一時保護、情報提供などのサポートを受けられる。
- シェルター緊急の避難が必要な場合に、一時的に保護される施設を利用できる。
モラハラのチェックと対処
モラハラ被害者は「自分が悪い」と思い込まされやすく、被害の自覚が遅れがちです。まずチェックリストで状況を確認し、その上で職場・家庭それぞれの状況に合った対処ステップを取りましょう。
モラハラ被害のチェックリスト
以下のチェックリストで、モラハラを受けている可能性を確認してみましょう。
【相手の行動について】
- ✓人格を否定するような言葉を言われる
- ✓怒鳴られる、または長時間説教される
- ✓無視される時期がある
- ✓外ではよい人だが、二人の時だけ態度が豹変する
- ✓自分の友人や家族との付き合いを制限される
- ✓経済的に支配されている
- ✓「お前が悪い」と言われ、すべてが自分のせいにされる
- ✓物を投げたり、壁を殴ったりする威嚇行為がある
【自分の状態について】
- ✓相手の顔色を常にうかがっている
- ✓相手の前で自分の意見が言えない
- ✓以前より自分に自信がなくなった
- ✓「自分が悪い」「自分がもっと頑張れば」と思ってしまう
- ✓相手といると緊張する、不安になる
- ✓相手と離れている時のほうがホッとする
- ✓体調不良が増えた(頭痛、不眠、胃痛など)
- ✓友人や家族との関係が減った
まず自分を守る——5つの基本ステップ
モラハラへの対処で最も大切なのは、自分自身の安全と心の健康を最優先にすることです。
職場のモラハラへの対処ステップ
職場でモラハラを受けている場合の具体的な対処ステップです。
- 1記録を取る——日時、場所、具体的な言動、目撃者の名前を記録。メールやチャットの記録も保存
- 2社内の相談窓口に相談する——ハラスメント相談窓口、人事部門、コンプライアンス部門
- 3信頼できる同僚に相談する——社内に味方を作ることで孤立を防ぐ
- 4外部機関に相談する——労働基準監督署の総合労働相談コーナー、都道府県労働局、弁護士
- 5産業医に相談する——心身の不調がある場合、必要に応じて就業上の配慮を求める
- 6心療内科・精神科を受診する——うつ病や不安障害を発症している場合、診断書の取得が重要
- 7異動・休職・退職を検討する——状況が改善しない場合、自分の心身を守るための選択肢。退職は「逃げ」ではなく「自分を守る選択」
家庭のモラハラへの対処ステップ
家庭内でモラハラを受けている場合の対処ステップです。
- 1状況を認識する——「これはモラハラ(DV)である」と認識。加害者の行動は「しつけ」でも「愛情」でもない
- 2相談窓口に連絡する——DV相談ナビ(#8008)、配偶者暴力相談支援センター、女性相談支援員
- 3安全計画を立てる——緊急時の避難先、持ち出す貴重品、連絡先リストを事前に準備
- 4経済的基盤を確保する——可能であれば自分名義の口座に少しずつ貯蓄。就労していない場合は就労支援を利用
- 5証拠を確保する——録音、写真、日記、診断書、LINEの記録などを安全な場所に保管(加害者に見つからないよう注意)
- 6法的対応を検討する——弁護士に相談し、保護命令の申立て、離婚調停、損害賠償請求などを検討。法テラス(0570-078374)で無料法律相談
- 7避難する——身の危険がある場合は、配偶者暴力相談支援センターやシェルターに避難。自分と子どもの安全が最優先
モラハラへの法的対応
モラハラ自体を直接罰する法律はありませんが、行為の内容に応じて刑事責任・民事責任を問える場合があります。職場と家庭でそれぞれ使える法的手段があり、証拠の確保が決定的に重要です。
モラハラで成立しうる犯罪・不法行為
モラハラ自体を直接罰する法律は日本には現在ありません。しかし、モラハラ行為が以下のような法律に抵触する場合は犯罪として問われる可能性があります。
- 侮辱罪(刑法231条)公然と人を侮辱した場合に成立する。
- 名誉毀損罪(刑法230条)公然と事実を摘示して名誉を毀損した場合に成立する。
- 脅迫罪(刑法222条)生命や身体等に害を加える旨を告知した場合に成立する。
- 不法行為(民法709条)民事上、損害賠償請求が可能な場合がある。
職場モラハラの法的手段
職場のモラハラに対しては、以下のような法的手段が考えられます。
- 労働局への相談都道府県労働局の総合労働相談コーナーに相談すると、助言・指導やあっせん(話し合いの場の設定)が受けられる。
- 労働審判労働審判制度を利用して裁判所で迅速な紛争解決を図ることができる(原則3回以内で結論)。
- 損害賠償請求モラハラにより精神的苦痛を受けた場合、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償を請求できる。加害者個人だけでなく、安全配慮義務を怠った企業に対しても請求可能。
- 労災申請モラハラが原因でうつ病などの精神疾患を発症した場合、労災(労働災害)として認定される可能性がある。
家庭内モラハラの法的手段
家庭内のモラハラに対しては、以下のような法的手段が考えられます。
- 保護命令DV防止法に基づき、裁判所に保護命令(接近禁止命令、退去命令など)を申し立てることができる。
- 離婚モラハラは離婚事由(「婚姻を継続し難い重大な事由」)として認められる場合がある。協議離婚、調停離婚、裁判離婚の手続きがある。
- 慰謝料請求モラハラによる精神的苦痛に対して慰謝料を請求できる。証拠の有無が重要。
- 婚姻費用の請求別居中でも、婚姻費用(生活費)を請求する権利がある。
モラハラの証拠を集める5つの方法
モラハラの証拠集めは、法的対応(離婚、損害賠償請求、労働審判など)において非常に重要です。証拠は複数の種類を組み合わせることで、より強い証拠力を持ちます。
- 録音スマートフォンの録音アプリでモラハラ発言を記録する。盗聴ではなく自分が参加している会話の録音は原則として合法。
- メール・LINE・SNSの記録モラハラ的な内容のメッセージをスクリーンショットで保存する。
- 日記の記録日時、場所、具体的な言動、自分の気持ちを詳細に記録する。
- 医療機関の診断書モラハラによるうつ病やPTSDなどの診断書は重要な証拠になる。
- 第三者の証言目撃者がいる場合はその証言も有力。証拠は複数の種類を組み合わせると証拠力が高まる。
心の回復と支援制度
モラハラからの回復は段階的なプロセスです。トラウマボンドや共依存といった「離れられない心理メカニズム」を理解し、バウンダリーの回復・専門的な心理療法・公的支援制度を組み合わせて、自分のペースで歩んでいきましょう。
回復の5つの段階
モラハラからの心の回復は、一朝一夕には進みません。以下のようなプロセスを経て、徐々に回復していきます。
回復に役立つ心理療法
モラハラ被害からの回復には、以下の心理療法が効果的です。
トラウマボンド——なぜ離れられないのか
モラハラ被害者がしばしば直面する問題のひとつが、トラウマボンド(Trauma Bond)と呼ばれる現象です。トラウマボンドとは、暴力・モラハラ・虐待を繰り返す相手に対して、被害者が強い情緒的依存や愛着を感じてしまう状態を指します。「なぜ離れないのか」「なぜ戻ってしまうのか」という周囲の疑問に対する、心理学的な答えがこのトラウマボンドにあります。
トラウマボンドが形成されるメカニズムは、断続的強化(Intermittent Reinforcement)と呼ばれる学習理論で説明できます。モラハラ加害者は、暴言・無視・人格否定などの攻撃と、謝罪・優しさ・愛情表現を交互に繰り返します。この「恐怖と愛情が交互に来るサイクル」は、心理的にも神経生物学的にも、相手への強い執着を生み出します。具体的には次のサイクルが繰り返されます。
このサイクルが繰り返されることで、被害者の脳内では加害者の存在がストレスの原因でありながら同時に救済者(安心の源)として刷り込まれていきます。その結果、「離れたい、でも離れられない」という強烈なアンビバレンス(矛盾した感情)が生じます。
共依存との違いと関係
トラウマボンドと似た概念に共依存(Co-dependency)があります。共依存とは、相手の問題行動を無意識に支え・助長してしまいながら、その関係に強く依存している状態を指します。モラハラ関係においては、トラウマボンドと共依存が重なり合って生じることが多くあります。共依存の主な特徴は次のとおりです。
- ✓相手の感情や機嫌を最優先し、自分の欲求・感情を後回しにする
- ✓「私がいなければこの人はダメになる」と感じ、関係を手放せない
- ✓相手の問題行動(暴言、アルコール依存など)を隠したり、フォローしたりする
- ✓自分の価値を「誰かの役に立つこと」にしか見出せない
- ✓拒絶や見捨てられることへの強い恐怖がある
共依存が生じる背景には、幼少期の家庭環境(機能不全家族での育ち、親の感情を管理する役割を担ってきたなど)が関係していることが多いと言われています。共依存とモラハラの組み合わせは、関係から抜け出すことを特に困難にします。回復には、自己理解を深め、健全な自己肯定感を取り戻す専門的なサポートが不可欠です。
バウンダリー(心の境界線)の回復
バウンダリー(Boundary:心の境界線)とは、「自分」と「他者」の間にある心理的な境界線のことです。健全なバウンダリーがあると、他者からの不当な要求や攻撃から自分を守ることができます。「これは受け入れられる」「これは受け入れられない」という自分なりの基準を持ち、相手に伝えることができる状態です。
モラハラ被害者の多くは、バウンダリーが侵食・崩壊された状態にあります。長期間のモラハラによって「自分の感情や意見には価値がない」と感じさせられ、相手の要求にすべて応じることが「普通」になっていきます。バウンダリーの回復は、モラハラからの心の回復において中心的なテーマのひとつです。段階的なアプローチを取りましょう。
モラハラ被害者を支える公的・民間の支援制度
モラハラ被害者が利用できる支援制度を紹介します。精神面の支援から経済的支援、法的支援まで、状況に応じて組み合わせて活用できます。
- 精神保健福祉センター各都道府県・政令指定都市に設置された公的相談機関。精神保健相談(精神科医・精神保健福祉士などが心の悩みや精神疾患に関する相談に応じる、原則無料)、自立支援医療の審査・判定、精神障害者保健福祉手帳の審査・交付、家族支援を提供。「こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556」から最寄りのセンターに繋がる。
- 自立支援医療(精神通院医療)うつ病・不安障害・PTSDなどを発症した場合に医療費自己負担を軽減する制度。通常3割の自己負担が原則1割に。世帯所得に応じた月額上限が設けられ、住民税非課税世帯は月額2,500円または5,000円が上限。対象は精神科・心療内科への通院(診察・薬物療法)、医院でのカウンセリング(医師の指示による)、デイケア・ショートケア、精神科訪問看護。市町村の福祉課または精神保健福祉センターで申請。有効期間1年、毎年更新。
- 生活保護制度経済的支配によって自立できない状況にある場合、生活保護の申請ができる。配偶者と別居した後、収入がない・少ない場合は、市区町村の福祉事務所に相談。
- 母子生活支援施設DV・モラハラ被害を受けている母子家庭(離婚前でも利用可能)が、安全な環境で生活しながら自立に向けた支援を受けられる施設。生活支援、就労支援、子どもの学習支援を提供。
- 住民票閲覧制限(DV支援措置)加害者に居場所を知られたくない場合、市区町村に「DV支援措置」を申請することで住民票の閲覧・交付を制限してもらえる。配偶者暴力相談支援センターまたは警察署に事前相談が必要。
- 法テラス(日本司法支援センター)経済的に弁護士費用が払えない方を対象に、弁護士費用の立替制度(審査あり)と無料法律相談(0570-078374)を提供。モラハラ・DV被害の法的対応で活用できる。
- ハローワークの給付制度モラハラを理由に退職した場合、一定の条件を満たせば「特定受給資格者」または「特定理由離職者」として、通常より早く失業給付を受け取れる可能性がある。退職後すみやかに相談を。
モラハラ後遺症と日常のセルフケア
モラハラ環境から離れた後も、後遺症として心の痛みが続くことがあります。主な後遺症には、フラッシュバック(過去のモラハラ場面が突然蘇る)、過覚醒(常に警戒状態にある)、感情の麻痺(何も感じられなくなる)、対人恐怖(人を信頼できなくなる)などがあります。これらは複雑性PTSD(C-PTSD)の症状として現れることがあり、専門的な治療と並行して、日常的なセルフケアが回復を助けます。
モラハラに関する主な相談窓口
モラハラに関する主な相談窓口の一覧です。状況に応じて使い分けてください。
- DV相談ナビ(#8008)最寄りの相談窓口を案内
- DV相談+(プラス)(0120-279-889(24時間))電話・メール・チャット相談
- 配偶者暴力相談支援センター(各自治体の窓口)相談、カウンセリング、一時保護
- 法テラス(0570-078374)無料法律相談
- 総合労働相談コーナー(各都道府県労働局)職場のハラスメント相談
- よりそいホットライン(0120-279-338(24時間))さまざまな悩みの電話相談
- いのちの電話(0120-783-556)24時間・無料の電話相談
- 警察相談専用電話(#9110)犯罪に至らない悩みの相談
周囲の人ができるサポートとFAQ
モラハラ被害者を支える家族・友人にとって、関わり方は本人の回復に大きく影響します。よかれと思っての言葉が逆効果になることも珍しくありません。よくある質問もまとめました。
周囲の人がしてよいこと・してはいけないこと
モラハラ被害者への接し方には、回復を助けるものと、逆に被害者をさらに追い詰めるものがあります。違いを意識してみましょう。
よくある質問
A. モラハラ(モラルハラスメント)とパワハラ(パワーハラスメント)は重なる部分がありますが厳密には異なる概念です。パワハラは「職場における優越的な関係を背景とした言動」であり、上司から部下など職務上の地位や権限の差を利用した嫌がらせを指します。法律(労働施策総合推進法)で定義されています。一方、モラハラは必ずしも地位の差を前提とせず、同僚間、部下から上司、あるいは家庭内でも起こりえます。精神的な攻撃(言葉の暴力、無視、人格否定など)が中心であり、職場に限らず家庭や恋愛関係でも広く使われる概念です。
A. モラハラ自体を直接罰する法律は日本には現在ありません。しかし、モラハラ行為が以下のような法律に抵触する場合は犯罪として問われる可能性があります。(1)侮辱罪(刑法231条):公然と人を侮辱した場合、(2)名誉毀損罪(刑法230条):公然と事実を摘示して名誉を毀損した場合、(3)脅迫罪(刑法222条):生命や身体等に害を加える旨を告知した場合。また、民事上は不法行為(民法709条)として損害賠償請求が可能な場合があります。家庭内のモラハラはDV防止法の対象となる場合もあり、保護命令の申立てが可能です。
A. モラハラの被害者はしばしば「自分が受けていることがモラハラである」と認識できません。これはモラハラの大きな特徴です。以下のサインに心当たりがあれば、モラハラを受けている可能性があります。(1)相手の顔色を常にうかがっている、(2)相手の前では自分の意見が言えない、(3)「自分が悪い」と思い込まされている、(4)以前より自信がなくなった、(5)相手から離れると安心する、(6)友人や家族との関係が減っている、(7)常に緊張状態にある。ひとつでも当てはまる場合は、信頼できる人やDV相談窓口に相談してみてください。
A. モラハラ加害者の自覚の程度はさまざまです。(1)まったく自覚がない場合——自分の行為が「しつけ」「指導」「愛情」だと本気で思っており、モラハラの認識がないケース。(2)部分的に自覚がある場合——「少し言い過ぎたかも」とは思うものの、「相手が悪いから仕方ない」と正当化するケース。(3)意図的に行っている場合——相手をコントロールするために意図的に精神的攻撃を行っているケース。いずれの場合も、加害者が自発的に行動を変えることは難しく、被害者が「いつか変わってくれる」と期待し続けることは危険です。
A. モラハラの相談先は状況によって異なります。【家庭内のモラハラ】DV相談ナビ(#8008)、配偶者暴力相談支援センター、婦人相談所、女性センターなどに相談できます。法的対応を検討する場合は弁護士(法テラス:0570-078374)への相談も有効です。【職場のモラハラ】社内のハラスメント相談窓口、人事部門、労働基準監督署、総合労働相談コーナー、弁護士への相談が選択肢です。【心のケア】心療内科・精神科、カウンセリングルーム、ココトモなどの相談サービスも活用できます。一人で抱え込まず、まずは相談してみてください。
A. はい、子どもは直接モラハラの対象でなくても、家庭内でモラハラが行われている環境で育つことで深刻な影響を受けます。両親の間のモラハラを目撃すること(面前DV)は、子どもの心に以下のような影響を及ぼします。(1)不安障害やうつ症状の発症リスクの上昇、(2)自己肯定感の低下、(3)対人関係パターンの歪み(暴力的な関係を「普通」と認識)、(4)学業成績の低下や行動問題、(5)将来の人間関係においてモラハラの加害者または被害者になるリスクの上昇。子どもの健全な発育のためにも、モラハラ環境からの脱出は重要な選択肢です。
A. モラハラ加害者が変化する可能性はゼロではありませんが、いくつかの条件が必要です。(1)加害者自身がモラハラ行為を認識し問題だと認めること、(2)変わりたいという強い動機を持つこと、(3)専門的な治療やカウンセリングを受けること、(4)長期にわたる努力を継続すること。しかし現実には、多くの加害者はこれらの条件を満たすことが困難です。被害者が「相手は変わるかもしれない」と期待して関係を続けることは、被害の長期化につながるリスクがあります。まず自分自身の安全を最優先にし、その上で加害者の変化の可能性を検討するという順序が大切です。
A. モラハラの証拠集めは法的対応(離婚、損害賠償請求、労働審判など)において非常に重要です。以下の方法で証拠を集められます。(1)録音——スマートフォンの録音アプリでモラハラ発言を記録します(盗聴ではなく自分が参加している会話の録音は原則として合法です)、(2)メール・LINE・SNSの記録——モラハラ的なメッセージをスクリーンショットで保存、(3)日記の記録——日時、場所、具体的な言動、自分の気持ちを詳細に記録、(4)医療機関の診断書——モラハラによるうつ病やPTSDなどの診断書は重要な証拠、(5)第三者の証言——目撃者がいる場合はその証言も有力です。証拠は複数の種類を組み合わせることで、より強い証拠力を持ちます。
A. 精神保健福祉センターは、各都道府県・政令指定都市に設置された公的な相談機関で、モラハラ被害による心の不調(うつ症状、不安、PTSD、不眠など)について専門家(精神科医・精神保健福祉士・臨床心理士など)に相談できます。相談は原則無料です。また、自立支援医療(精神通院医療)の申請窓口も兼ねており、医療費の軽減制度について案内を受けることもできます。「こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556」に電話すると、お住まいの地域のセンターに繋がります。一人で抱え込まず、まず電話してみることをおすすめします。
A. 自立支援医療(精神通院医療)を利用すると、精神科・心療内科への通院にかかる医療費の自己負担が通常の3割から原則1割に軽減されます。さらに世帯の所得状況に応じた月額上限が設けられているため、住民税非課税世帯の方は月額2,500円または5,000円が上限となります。モラハラが原因でうつ病・不安障害・PTSDなどを発症し、継続的な治療が必要と診断された場合に申請できます。申請は市区町村の福祉担当窓口または精神保健福祉センターで受け付けています。精神科・心療内科の主治医に相談してみてください。
A. モラハラからの心の回復にかかる時間は、受けた被害の期間や程度、個人の特性、サポート環境によって大きく異なります。数ヶ月で著しく改善する方もいれば、数年をかけて少しずつ回復する方もいます。特に、長期間にわたってモラハラを受けた場合や、複雑性PTSD(C-PTSD)を発症している場合は、専門的な治療が必要になることが多く、回復には時間がかかる傾向があります。大切なのは「いつまでに回復しなければ」と焦らないことです。回復の速さよりも、安全な環境の確保、精神保健福祉センターや心療内科・精神科などの専門家によるサポート、自立支援医療制度を活用した継続的な通院、そして自分をいたわる日常的な実践を継続することが、長期的な回復につながります。一人で抱え込まず、必ず周囲のサポートを頼りながら、自分のペースで歩んでいきましょう。また、回復の途中で「後退した」と感じることもありますが、それも回復プロセスの一部です。焦らず、着実に前進することが大切です。
一人で抱え込まないで。
相談してみませんか。
つらい気持ちを抱えていませんか。どうかあなたの大切な悩みをココトモに聞かせていただきたいです。
このページの情報は、医師による診断や治療に代わるものではありません。症状が気になる場合は、心療内科・精神科への受診をご検討ください。
