対象恒常性とは?
ピアジェ・マーラー・愛着理論からBPD・ADHDまでわかりやすく解説
「目の前からいなくなると、相手が嫌いになったのかと不安になる」「連絡が途絶えると、もう会えないような気がして怖い」——対象恒常性(たいしょうこうじょうせい)とは、人や物が視界から消えても「それは存在し続けている」「関係は続いている」と安定して感じ続けられる心理的能力です。ピアジェの認知発達、マーラーの分離個体化理論、ボウルビィの愛着理論と深く結びついたこの概念を、BPD・ADHD・複雑性PTSDなどとの関係、回復と支援まで包括的に解説します。
対象恒常性とは——2つの概念の区別
心理学において「対象恒常性」に関連する概念は、大きく2つの意味で使われます。ピアジェの認知発達論における「対象の永続性(object permanence)」と、対象関係論・精神分析における「対象恒常性(object constancy)」です。日常会話やSNSでは混同されることが多いため、まずこの2つを整理します。
「対象の永続性」と「対象恒常性」の違い
2つの概念は提唱者・内容・発達時期がそれぞれ異なります。下のカードで比較できます。
簡潔にいえば、「対象の永続性」は「物が消えても存在する」という認知的理解であり、「対象恒常性」は「人が離れても愛情・関係性は続く」という情緒的確信です。前者は生後1年以内に獲得される比較的シンプルな認知能力ですが、後者はより複雑で、健全な養育環境のなかで数年かけて育まれます。
「対象恒常性」の中核——3つの能力
精神分析・対象関係論の文脈での対象恒常性とは、以下の3つの能力が統合されたものといえます。
ピアジェの認知発達理論と「対象の永続性」
スイスの発達心理学者ジャン・ピアジェ(Jean Piaget, 1896–1980)は、子どもの認知発達が4つの段階を経て進むと提唱しました。この理論は20世紀の発達心理学に革命をもたらし、現在も教育・保育・臨床心理の基盤として広く参照されています。
ピアジェの認知発達4段階
ピアジェは認知発達を以下の4つの段階に分けて提唱しました。対象の永続性は感覚運動期の重要なマイルストーンです。
感覚運動期における対象の永続性の発達
ピアジェの理論では、感覚運動期(0〜2歳)が6つのサブステージに細分化されており、対象の永続性はこの段階の中で段階的に獲得されます。
- 生後0〜4か月頃物が視界から消えると、まるで存在しなくなったかのように行動する。「見えなければ存在しない」段階。
- 生後4〜8か月頃部分的に隠された物を探し始める。しかし完全に隠されると追いかけない。
- 生後8〜12か月頃完全に隠された物を探せるようになる。対象の永続性の基本的な理解が芽生える段階。ただし「A-not-B誤り」(最初に隠した場所を探し続ける誤り)がみられる。
- 生後12〜18か月頃場所の変化を追える。見えない移動には対応困難。
- 生後18〜24か月頃見えない移動も含め、物の場所を頭の中で表象として保持できるようになり、対象の永続性が完成に近づく。
ピアジェ理論のその後の評価と修正
ピアジェの対象の永続性に関する研究は画期的でしたが、後続の研究者による検証で一部修正が加えられています。レネ・バイラジョン(Renée Baillargeon)らの実験では、生後3〜4か月のきわめて幼い乳児が、ピアジェが考えた以上に早い段階で物の存在継続性を理解している可能性が示されました。ただし、そのような早期理解は運動的な探索行動として表れないため、ピアジェの実験では検出されなかったのではないかと考えられています。
現代の発達心理学では、対象の永続性の発達は「獲得するかしないか」の二分法ではなく、生後数か月から徐々に複雑化・精緻化していく連続的なプロセスとして理解されています。
マーラーの分離個体化理論と「対象恒常性」
マーガレット・マーラー(Margaret Mahler, 1897–1985)はハンガリー出身の精神科医・精神分析家で、乳幼児の心理的発達に関する精緻な観察と理論を打ち立てました。「分離個体化理論(Separation-Individuation Theory)」は、子どもが母親との共生状態から徐々に分離し、独立した自己を確立していく過程を記述しています。
正常な発達の段階
マーラーの理論では、正常な発達は以下の段階を経て進みます。正常な自閉期と共生期を経て、5か月〜3歳までの長い「分離個体化期」に4つのサブステージが含まれます。
対象恒常性の確立とその意義
マーラーの理論における対象恒常性の確立とは、子どもが母親を「良い母親(欲求を満たしてくれる存在)」と「悪い母親(欲求不満を引き起こす存在)」として分裂させることなく、「良い面も悪い面も持つ、一人の人間」として統合的に表象できるようになることです。この統合がうまくいくと、以下のことが可能になります。
- 母親が怒っていても、または短時間いなくても、「ママは自分のことを愛している」と感じ続けられる
- 母親への怒りや嫌悪感を感じつつも、それが関係全体を壊すとは感じない
- 母親がいない状況でも、心の中にある母親のイメージ(内的表象)に支えられて情緒的安定を保てる
愛着理論との関係——ボウルビィとエインズワース
イギリスの精神科医・精神分析家ジョン・ボウルビィ(John Bowlby, 1907–1990)は、乳幼児が特定の養育者との間に形成する情緒的絆——愛着(アタッチメント)——が、心理的健康の基盤となると主張しました。
ボウルビィの愛着理論と「安全基地」
ボウルビィによれば、愛着システムは進化的に備わった生存戦略であり、危険を感じたときに愛着対象(安全の拠点)の近くにいようとする行動と結びついています。健全な愛着が形成されると、子どもは「安全基地(secure base)」を心の中に持ち、その安心感を土台に外界の探索を行えるようになります。
この「安全基地」の内面化こそが、対象恒常性の発達と深く結びついています。養育者が物理的にそばにいなくても、心の中に安定した内的表象として存在していれば、子どもは安心感を保てます。これは2〜3歳以降に明瞭になる能力で、愛着システムの成熟の証ともいえます。
ストレンジ・シチュエーション法と4つの愛着タイプ
アメリカの発達心理学者メアリー・エインズワース(Mary Ainsworth, 1913–1999)は、「ストレンジ・シチュエーション法(Strange Situation Procedure)」という実験手続きを用いて、乳幼児の愛着タイプを4つに分類しました。このタイプ分けは、後の対象恒常性の発達と密接に関連します。
内的作業モデルと対象恒常性
ボウルビィは、子どもが早期の愛着経験をもとに「内的作業モデル(Internal Working Model)」という心理的表象のシステムを構築すると述べました。このモデルには「自己は愛されるに値するか」「他者は信頼できるか」という2つの次元が含まれ、成人後の対人関係のあり方を規定します。
安定した内的作業モデルを持つ人は、他者への信頼感を基盤に関係を築けます。不安定な内的作業モデルを持つ人は、他者の不在や離別に過敏に反応したり、逆に感情を遮断したりしやすくなります。この内的作業モデルの安定性こそ、成人期における対象恒常性の基盤といえます。
対象恒常性が育まれる発達プロセス
対象恒常性は、ある日突然に獲得されるものではありません。乳幼児期から子ども期にかけて、養育者との無数のやり取りを通じて少しずつ発達し、その後も生涯を通じて成熟していきます。
乳幼児期の体験が土台をつくる
以下のような体験が、対象恒常性の発達を支えます。
- 予測可能で一貫した養育泣いたら来てくれる、ミルクをくれる、抱っこしてくれるという経験の積み重ねが、「養育者は信頼できる」という基本的確信を生む。
- 適切な分離と再会の経験ちょっとした別れ(買い物に行くなど)と安全な再会を繰り返すことで、「離れていても戻ってくる」という理解が深まる。
- 怒りや失望のあとの修復養育者との衝突や失望のあとに、関係が修復される経験が「喧嘩しても関係は壊れない」という確信につながる。
- 情緒の調整への援助不快な感情をラベリングし、落ち着かせてもらう経験が、感情調整能力と対象恒常性の基盤を育む。
- 移行対象の活用ぬいぐるみや毛布などの「移行対象(transitional object)」は、養育者の不在時に安心感を提供し、対象恒常性の発達を補助する(ウィニコット理論)。
2〜3歳ごろの重要な変化
マーラーの理論によれば、2〜3歳ごろに対象恒常性の基盤が形成されます。この時期の子どもは、母親が不在でも情緒的な安定をある程度保てるようになり、保育所や幼稚園に預けられても適応できる基礎が生まれます。また、怒りや悲しみを感じた後でも関係が続くことを体験的に学び、人間関係の複雑さへの理解が深まります。
ただし、2〜3歳での「基盤形成」はあくまでスタートラインです。対象恒常性は児童期・思春期・成人期を通じて継続的に発展するものであり、人生で経験する重要な関係(友人、パートナー、治療者など)との安全で肯定的な体験によっても深められていきます。
成人期における対象恒常性の成熟
対象恒常性が十分に発達した成人は、以下のような特徴を示します。
対象恒常性の困難が生じる原因
対象恒常性の困難は、しばしば乳幼児期の養育環境における問題に起因します。ただし、これは「親が悪い」という単純な因果関係ではなく、養育者自身が抱える困難や社会的状況など複合的な要因が絡み合っています。
早期の養育環境の問題
- 虐待・ネグレクト身体的・精神的虐待や育児放棄は、養育者を「安全な存在」として内面化することを著しく妨げる。
- 一貫性のない養育養育者の情緒的可用性が予測不可能な場合(親自身がうつ病、双極性障害、アルコール依存などを抱えている場合など)、子どもは養育者を安定した対象として体験できない。
- 早期・長期の分離生後初期に長期間の親との分離(入院、親の海外赴任、離婚など)があった場合、愛着の形成と対象恒常性の発達が阻害されることがある。
- 愛情の条件付け「〇〇しないとダメな子だ」「こんな子は嫌い」という条件付きの愛情表現は、自己の価値と愛着対象への信頼の両方を損なう。
- 感情の否定怒りや悲しみなどの感情を頻繁に否定・無視された場合、感情と対象表象の統合が妨げられる。
トラウマ・喪失体験
乳幼児期以降であっても、トラウマ的な体験や重大な喪失が対象恒常性の発達や維持を妨げることがあります。
- ✓重要な愛着対象(親、兄弟、祖父母など)の突然の死や重篤な疾患
- ✓予期しない離別(転校、離婚、施設入所など)
- ✓性的・身体的虐待などのトラウマ体験
- ✓いじめや学校での孤立による対人信頼の損傷
神経発達的な要因
近年、ADHDや自閉スペクトラム症(ASD)などの神経発達特性が、対象恒常性に関連する困難に影響する可能性が注目されています。これらは後のセクションで詳しく解説します。また、気質(生まれながらの感情反応の敏感さ)も、対象恒常性の発達のしやすさに影響すると考えられています。
境界性パーソナリティ障害(BPD)との関係
境界性パーソナリティ障害(Borderline Personality Disorder: BPD)は、対象恒常性の困難が最も顕著に現れる精神疾患の一つです。BPDは、感情調整の困難、不安定な自己イメージ、衝動性、見捨てられ不安を特徴とし、日本での推定有病率は一般人口の1〜2%程度とされています。
BPDにおける対象恒常性の困難
BPDにおける対象恒常性の困難は、以下のような形で現れます。
BPDと対象恒常性に関する研究
PubMedに掲載された研究(2022年)によれば、思春期のBPD傾向を持つ若者を対象とした調査で、BPD症状が強い人ほど、親友への親密感を維持するために直接的な接触(電話や対面)に依存する傾向が強く、書面やメッセージでは関係性を内的に保つことが難しいことが示されました。これは、BPDにおける対象恒常性の困難が思春期から明確に現れることを示す重要な知見です。
また、BPDを持つ人の中には「感情的な物の永続性(emotional object permanence)」の困難——相手への愛情や安心感そのものが、相手が見えないと感じられなくなる——と表現する当事者も多く、これが孤独感の激化や自傷・過量服薬などの衝動行動の引き金になることがあります。
BPDの治療と対象恒常性の回復
BPDに対する効果的な治療法として、以下が挙げられます。これらはいずれも対象恒常性の困難に直接または間接的に働きかけます。
ADHDと対象恒常性——「視界から消えると存在を忘れる」問題
近年、ADHDを持つ人の当事者コミュニティやSNS上で「ADHDは対象恒常性がない」「視界から消えると存在を忘れる」という表現が広く共有されています。正式な医学的診断概念ではありませんが、ADHDを持つ多くの人が実感する現象を的確に表しているとして、精神医学・臨床心理の分野でも注目されています。
ADHDの神経学的メカニズム
ADHDにおけるこの現象は、厳密には乳幼児の「対象の永続性の欠如」とは異なります。ADHDを持つ人は、物や人が存在し続けることは理解しています。問題は、その情報を作業記憶(ワーキングメモリ)の中に保持し続けることの困難から生じます。ADHDは、前頭前野を中心とした脳の実行機能ネットワークの特性から生じ、作業記憶・抑制制御・柔軟な思考の切り替えなどに特性があります。
ADHDの対象恒常性困難が人間関係に与える影響
- ✓友人・知人への連絡が途絶えがちになり、「冷たい人」「自分に興味がない人」と誤解される
- ✓重要な約束や誕生日を忘れてしまい、相手を傷つける
- ✓恋愛関係で、パートナーが「忘れられた」と感じ、関係の不安定化につながる
- ✓職場で、締め切りやタスクが「視界から消えると」存在を忘れ、仕事上の信頼を損なう
- ✓ADHDを持つ人自身も、大切な人や物が「視界から消えると存在を実感できなくなる」ことで、孤独感や人間関係の希薄さを感じる
ADHDにおける対処戦略
ADHDの神経学的特性による対象恒常性の困難には、環境調整や外部システムの活用が効果的です。
- 視覚化大切な人の写真や連絡先を見える場所に置く。カレンダーに友人の誕生日や「連絡の日」を設定する。
- リマインダーの活用スマートフォンのリマインダー機能で「〇〇に連絡する」「タスクを確認する」を定期的に設定する。
- 物の定位置の設定重要なものが「視界から消えない」よう、透明な収納や見える場所に置く。
- 即時対応の習慣化「後でやる」をできる限りなくし、気づいた瞬間に行動する(2分ルールなど)。
- パートナーや友人との合意ADHDの特性を共有し、「連絡がないのは関心がないからではない」と相互理解を深める。
- 薬物療法ADHDの中核症状への投薬(コンサータ、ストラテラなど)により作業記憶や注意機能が改善することで、状況が好転することもある。
その他の精神疾患・状態との関係
BPDやADHDのほかにも、対象恒常性に関連する困難はさまざまな精神疾患・状態に現れます。ASD、複雑性PTSD、うつ病、不安障害、解離など、それぞれにおける関連を解説します。
6つの関連する精神疾患・状態
対象恒常性の困難が日常生活に与える影響
対象恒常性の困難は、人間関係・自己評価・仕事や学業など、日常生活のさまざまな領域に影響を及ぼします。
人間関係への影響
- 恋愛関係パートナーが少し連絡を遅らせただけで「嫌いになったのか」と思い込む。喧嘩のたびに「もう終わりだ」と感じる。相手の良い面と悪い面を同時に見ることが難しく、関係が不安定になりやすい。
- 友人関係久しぶりに会うと関係が続いているか確信が持てない。友人が他の人と仲良くしているのを見ると強い嫉妬や疎外感を感じる。
- 家族関係親や兄弟への感情が大きく揺れやすく、衝突後に関係全体を否定したくなる。
- 職場関係上司や同僚との関係を「完全に良い」か「完全に悪い」で捉えがちで、評価の変動に過敏になる。
- 治療関係カウンセラーや精神科医との間でも、次のセッションまでの間に「先生は自分を気にかけていない」と感じたり、反対に過度に依存したりすることがある。
自己評価と感情への影響
対象恒常性の困難は、他者との関係だけでなく、自己への関わり方にも影響します。
仕事・学業への影響
対象恒常性の困難(特にADHDに関連したもの)は、仕事や学業にも影響します。
- ✓視界から消えたタスクや締め切りを忘れてしまう
- ✓上司や教師への印象が「良い」「悪い」で極端に揺れ、それが業務態度に影響する
- ✓プロジェクトの目的や目標が「今見えていない」と、モチベーションを維持しにくい
治療・支援アプローチ
対象恒常性の困難に対する心理療法は、「治療関係そのもの」が重要な媒体となります。安全で一貫した治療者との関係の中で、患者は少しずつ「不在でも存在する、信頼できる他者」というモデルを内面化していきます。
心理療法と「修正感情体験」
治療者は「安定した、予測可能な対象」として機能することで、幼少期に十分に経験できなかった「安全な愛着」の修正体験を提供します。これを「修正感情体験(corrective emotional experience)」と呼びます。
各療法のアプローチ
感情の調整スキル、苦悩耐性スキルを習得することで、対象の不在時に生じる感情の波を和らげる。グループスキルトレーニングと個人セッションの組み合わせが標準的。
「今この瞬間に自分と相手の心の状態はどうなっているか」を丁寧に探索する。これにより、相手を複雑な一人の人間として理解できるようになり、スプリッティングが軽減する。
幼少期の傷ついた体験から生まれた「見捨てられスキーマ」「不信/虐待スキーマ」などに直接取り組み、より適応的な心の構造を育む。
トラウマ記憶を処理し、感情の誘発力を低下させる。C-PTSDや愛着トラウマに有効。
内的対象関係の探索を通じて、より統合された自己・他者表象の形成を促す。
愛着パターンそのものを焦点とし、安全な愛着の体験を促進する。
薬物療法との組み合わせ
対象恒常性の困難そのものに直接効く薬はありませんが、関連する症状の緩和に薬物療法が役立つことがあります。
- BPDへの薬物療法気分安定薬(バルプロ酸など)、非定型抗精神病薬(クエチアピンなど)、抗うつ薬などが症状の管理に用いられることがある(BPD自体に単独で承認された薬はない)。
- ADHDへの薬物療法メチルフェニデート(コンサータ等)、アトモキセチン(ストラテラ)などが作業記憶や注意機能を改善し、「視界から消えると忘れる」問題の軽減に役立つ場合がある。
- 不安・うつへの薬物療法SSRIやSNRIなどの抗うつ薬が、不安や抑うつを軽減することで、対象恒常性の困難から生じるストレスを和らげる。
対象恒常性を高めるための日常実践
専門的な治療と並行して、日常生活の中でも対象恒常性を育てるための実践があります。ただし、これらは専門的な支援の代替にはなりません。困難が大きい場合は、まず専門家に相談することをお勧めします。
自分でできる6つの取り組み
人間関係の中での実践
- 不安を適切に伝える「連絡がなくて不安だった」という感情を、責めるのではなく自分の体験として伝える(Iメッセージ)。
- 予測可能な別れのルーティンをつくる「また〇〇日に話そうね」「次の誕生日に会おう」など、再会の見通しを持つことで不在の不安が和らぎやすい。
- 関係の「記録」を作る友人との思い出写真アルバム、交換した手紙などを保存し、不在時に見返せるようにしておく。
- 安全なサポートグループへの参加DBTスキルグループやBPDのサポートグループ、ADHDの当事者会などへの参加が、同じ困難を持つ人との繋がりを提供し、孤独感を和らげる。
子育てと対象恒常性——親ができること
子どもの対象恒常性の健全な発達には、養育者の安定した存在と応答的な関わりが最も重要です。「完璧な親」である必要はありません。ウィニコット(D.W. Winnicott)は「ほどよい母親(good-enough mother)」という概念を提唱し、完璧な養育より「おおむね応答的で、失敗しても修復できる」関わりが健全な発達を支えると述べています。
子どもの対象恒常性の発達を支える6つの養育
- 泣いたら応える乳幼児の泣きへの一貫した応答が、「困ったときに助けを求めると来てくれる」という基本的信頼感を育む。
- 「いないいないばあ」遊びこの遊びは対象の永続性を楽しみながら体験する場として機能する。笑顔で繰り返すことが大切。
- 別れの予告と説明保育所に預けるとき、「ちゃんとお迎えに来るよ」と伝える。不意に消えるのではなく、別れを予告することで子どもの分離不安を和らげる。
- 移行対象の尊重子どもが特定のぬいぐるみや毛布に執着するのは健全なプロセス。外出時も持参することを許可する。
- 感情の受け止めと命名「悲しいね」「怒ったね」と子どもの感情を言語化し、受け止める。感情が「受け入れられる」経験が感情調整能力と対象恒常性を育む。
- 修復の経験叱ったあとや親子喧嘩のあとに、「さっきは怒ったけど、ママはあなたのことが大好きだよ」と関係の修復を明示的に示す。
親自身が困難を抱えているとき
親自身が対象恒常性の困難、BPD、うつ病、複雑性PTSD、ADHDなどを抱えている場合、子どもへの応答的な関わりが難しくなることがあります。これは「自分が悪い親だ」という証拠ではなく、親自身がまず適切なサポートを受ける必要があるというサインです。
親が精神的なサポートを受け、自分の内的な安定を高めることが、子どもへの応答的な関わりを改善する最も効果的な方法の一つです。精神科・心療内科への受診や、地域の精神保健センターへの相談を恥ずかしがらず検討してください。
専門家に相談すべきタイミング
セルフケアだけでは難しいと感じるとき、専門家への相談を検討してください。早めに相談することが、回復への近道です。
こんな困難があれば専門家へ
以下のような状況が続いている場合は、精神科・心療内科・カウンセリングなどへの相談を強くお勧めします。
- ✓恋人や友人が連絡してこないと激しい不安・怒りが止まらず、日常生活に支障が出る
- ✓人間関係で「大好き」と「大嫌い」が突然入れ替わり、関係が壊れることが繰り返されている
- ✓誰かと喧嘩したあとに強い自傷衝動(自分を傷つけたい気持ち)や死にたい気持ちが生じる
- ✓見捨てられることへの恐れが強く、相手を引き止めるために激しい行動(嘘、脅迫的言動、自傷など)をしてしまう
- ✓慢性的な空虚感・虚無感が続いており、何をしても満たされない
- ✓子ども時代の虐待やネグレクト、深刻なトラウマがあり、それが現在の関係に大きく影響していると感じる
- ✓ADHDの「視界から消えると忘れる」特性により、重要な関係や仕事が繰り返し壊れている
受診・相談の選択肢
精神科・心療内科への受診、公認心理師・臨床心理士によるカウンセリング、精神保健福祉センターへの相談などが利用できます。どこに相談すればよいかわからない場合は、まずかかりつけ医(内科など)に相談するか、ココトモのチャット相談や下記の電話相談窓口を利用することができます。
対象恒常性についての7つの質問
A. はい、適切な支援と時間をかけることで、大人になってからでも対象恒常性を育て直すことは十分可能です。弁証法的行動療法(DBT)、メンタライゼーション基盤療法(MBT)、スキーマ療法などの心理療法が、この困難の改善に効果的とされています。治療には時間と労力がかかりますが、少しずつ確実に変化が生まれます。専門家との継続的な治療関係そのものが、安全な愛着の「修正体験」となり、対象恒常性の基盤を築いていきます。
A. いいえ、BPDを診断されていない人にも対象恒常性の困難は生じます。ADHD、ASD、複雑性PTSD、愛着障害、うつ病、不安障害など様々な状態に関連することがあります。また、深刻な診断がなくても、幼少期の養育環境や人生上のトラウマ体験によって、誰でも程度の差はあれ対象恒常性に関連する困難を持つことがあります。自分が何らかの診断に当てはまるかどうかより、困難の内容と影響に着目して支援を求めることが大切です。
A. 「視界から消えると存在を忘れる」という表現は、ADHDを持つ当事者が自身の体験を表すためにSNSや当事者コミュニティで広く使われているものですが、正式な医学的診断基準には含まれていません。しかし、この表現が指す現象——作業記憶の困難、注意の特性から来る「見えていないものの情報の脱落」——はADHDの実行機能の困難と深く関連しており、多くの当事者の実体験を反映しています。ADHDの正式な診断と治療は、この困難の改善に役立つことがあります。
A. まず、パートナーの反応(不在への強い不安、突然の「嫌い」発言など)が「あなたへの攻撃」ではなく「心理的な困難から来るもの」と理解することが大切です。その上で、できる範囲で予測可能な行動(約束を守る、連絡の遅れを伝えるなど)をとることが助けになります。ただし、あなた自身が過度な負担を背負う必要はありません。パートナーが専門的な支援を受けることを促し、あなた自身も必要なら対人関係の専門家や支援者に相談してください。カップルカウンセリングが有効な場合もあります。
A. 一般的に、対象の永続性(ピアジェの認知的理解)は生後8〜12か月ごろ、情緒的な対象恒常性(マーラーの意味での)は2〜3歳ごろに基盤が形成されます。2〜3歳になっても親との分離に非常に強い苦痛を示し続ける場合、または発達の全体的な遅れが心配な場合は、小児科医や発達専門の心理士への相談を検討してください。また、親自身が養育に強い困難を感じている場合も、地域の子育て支援センターや精神保健センターへの相談が役立ちます。
A. その不安は理解できます。実際、対象恒常性の困難を持つ方の中には、治療者との関係にも「見捨てられ不安」や「理想化とこき下ろし」が生じることがあります。しかし、経験豊富な治療者はこうした展開を想定して対応できます。むしろ、治療者との関係の中でこうした困難が表れることが、それを扱い、変化させる貴重な機会となります。最初から完璧に信頼できなくていい、少しずつ試してみることから始めていい、と自分を許可してください。最初の受診・相談に高いハードルを感じる場合は、電話相談や精神保健センターへの相談から始めることもできます。
A. いわゆる「毒親」(機能不全家族の中で、虐待・ネグレクト・過干渉・感情的搾取などを行う親)のもとで育った場合、対象恒常性の困難が生じやすいことは研究でも示されています。これは、養育者を「安全で一貫した愛着対象」として内面化することが難しい環境で育ったからです。ただし、こうした困難は「あなたのせい」でも「親が完全に悪い」でもなく、環境と発達の複雑な相互作用の結果です。過去を変えることはできませんが、適切な支援により「今から」対象恒常性を育て直すことは可能です。専門家との安全な治療関係が、新しい愛着の体験を提供します。
「不在が怖い」「見捨てられそう」と
感じてしまうあなたへ
対象恒常性の困難は、あなたの意志の弱さや性格の問題ではありません。発達の過程で形成されたもので、適切な支援と安全な関係を通じて変化させることができます。一人で抱え込まず、ココトモに話してみませんか。
このページの情報は、医師による診断や治療に代わるものではありません。症状が気になる場合は、心療内科・精神科への受診をご検討ください。精神保健福祉センター(各都道府県・政令指定都市に設置)や、自立支援医療制度(精神通院医療費の自己負担を原則1割に軽減する公的制度)の活用もご検討ください。
