メンタルヘルス用語辞典 · クライシスプラン

クライシスプランとは?
作り方・WRAPとの違い・安全計画までわかりやすく解説

精神的な状態が悪化したときに備えて、心が安定しているうちに作成する「危機対応の事前計画書」。前兆サイン・対処法・連絡先・入院基準を文書化し、本人・家族・支援者が一貫した対応をとるためのツールです。意義・構成要素・作り方・疾患別活用・安全計画まで、必要な情報をすべてここにまとめました。

ABOUT CRISIS PLAN

クライシスプランとは

クライシスプランは、精神的な状態が悪化したときに備えて、心が安定しているうちに自分自身と支援者が一緒に作成する「危機対応の事前計画書」です。再発のサイン・対処方法・連絡先・入院の判断基準などを文書化しておくことで、いざという場面でも適切な行動ができるようになります。

定義

クライシスプランの定義

クライシスプラン(Crisis Plan)とは、精神疾患を抱える人が、精神的に安定している時期に、将来起こりうる「危機的な状態」に備えてあらかじめ作成しておく行動計画のことです。「危機計画」「クライシス・プラン」などとも呼ばれ、精神医療・精神保健福祉の現場で近年急速に普及しています。

精神疾患は、一度症状が落ち着いてもストレスや生活の乱れ、服薬の中断などをきっかけに再発・悪化することがあります。そのような「危機」が訪れたとき、本人が冷静に判断して適切な対処をとることは非常に難しい状態になります。感情の波に飲み込まれ、普段なら当然できる判断が困難になり、誰に連絡すればよいかさえわからなくなることも少なくありません。

クライシスプランは、そうした「危機の瞬間」のために、元気なうちに「自分の危険サイン」「対処法」「連絡すべき人と機関」「入院の判断基準」などをあらかじめ書き留めておくツールです。これにより、本人・家族・支援者が同じ情報を共有でき、危機が生じても素早く・一貫した対応が可能になります。

重要な特徴

「当事者主体」というあり方

クライシスプランの重要な特徴は、「支援者が一方的に決めるのではなく、本人が主体となって作る」という点です。当事者が自分の状態・価値観・希望を反映させることで、危機時にも本人の自己決定が尊重される計画が生まれます。これはリカバリー志向の精神医療において非常に重要な考え方であり、単なる治療計画とは根本的に異なる「当事者主体のツール」です。

「治療計画」ではなく「自分の計画」支援者と一緒に作りますが、主役はあくまで本人です。「自分が、未来の危機の自分のために残す手紙」という視点が、プランの実効性を支えます。
日本での普及

日本における導入の流れ

日本では、2010年代以降、精神科医療や地域精神保健福祉の現場でクライシスプランの導入が進んでいます。国立精神・神経医療研究センター日本精神保健福祉士協会なども普及に取り組んでおり、入院治療中に作成して退院後の地域生活に役立てる取り組みが広がっています。

基本的な目的

クライシスプランの基本的な目的

  • 危機状態でも適切な行動がとれるよう「事前の準備」をする
  • 本人・家族・支援者が共通の情報をもとに連携できる
  • 再入院や緊急搬送を可能な限り防ぎ、地域生活を継続する
  • 本人の自己決定と主体性を危機時にも守る
  • 危機を「回避・軽減・早期解消」につなげる
WHY IN ADVANCE

なぜ事前に作るのか——危機時の判断力低下

「いざとなれば自分で判断できる」と思っている人は多いですが、精神的な危機状態においては脳の認知機能が著しく低下します。だからこそ、判断力が正常な「元気な時期」にプランを文書化しておく必要があります。

判断力の変化

危機時に起こりやすい判断力の変化

うつ状態では思考力・集中力・決断力が落ち、躁状態では衝動性が高まって冷静な判断ができなくなります。統合失調症の急性期には現実認識そのものが歪みます。こうした状態では、普段なら当たり前にできる「誰に電話するか」「今すぐ病院に行くべきか」という判断すら困難になります。これは意志の弱さや努力不足ではなく、脳の機能的な変化によるものです。

🌧
うつ状態
思考の遅延・集中困難・絶望感・意欲低下・「助けを求めること」への罪悪感が強まります。
🔥
躁状態
衝動的判断・過剰な自信・リスク無視・睡眠不要感・計画性の喪失が現れます。
🌀
統合失調症急性期
幻覚・妄想による現実歪曲・自己病識の低下・支援者不信が起こります。
強い不安・パニック
視野狭窄・「今すぐ逃げたい」衝動・論理的思考の麻痺が生じます。
🌫
解離状態
記憶の断絶・自己同一性の揺らぎ・状況把握困難が現れます。
💡
このような状態で適切な判断を求めることは、骨折した足でフルマラソンを走らせるようなものです。クライシスプランは、そのような不可能に近い要求を回避し、「あらかじめ決めておいたことを実行するだけ」にするための知恵です。元気な自分が未来の苦しい自分を助けるために書き残す「手紙」とも言えます。
援助希求の障壁

「助けを求めること」自体が難しくなる

精神的な危機では「助けを求めること」そのものへの抵抗感が強まることもあります。「迷惑をかけたくない」「自分が悪いのだから仕方ない」「誰も助けてくれない」といったネガティブな思考が強化され、本来なら頼れるはずの人に連絡できなくなります。事前にクライシスプランで「このときは〇〇さんに電話する」と決めておくことで、そうした心理的障壁を乗り越えやすくなります。

家族の戸惑い

家族・支援者にとっての指針にもなる

家族や支援者の側も「どう対応すればいいかわからない」という問題を抱えています。精神的な危機を目の当たりにした家族は、パニックになったり、逆に問題を過小評価したりすることがあります。クライシスプランが存在すれば、家族も「こういう状態になったらこう対応する」という具体的な指針を持てます。

COMPONENTS

クライシスプランの構成要素

決まったフォーマットはありませんが、一般的に以下の6要素が含まれます。状態のゾーン分け、前兆サイン、各段階の対処、連絡先、入院基準、希望の言語化を、自分の状況に合わせてカスタマイズします。

ゾーン分け

状態の段階分け(3段階モデル)

多くのクライシスプランでは、自分の精神的・身体的状態を3〜5段階に分けて記述します。よく使われる3段階の例を以下に示します。

ZONE 1
普段の自分(緑)
状態:いつも通りの調子。睡眠・食欲・気分が安定している。仕事・学校・家事を普通にこなせる。人と話すことが苦にならない。
対処:日常的なセルフケアを続ける。良い状態を維持する行動を習慣化する。
ZONE 2
少し注意(黄)
状態:睡眠が浅い、気分の波が大きい、イライラしやすい、意欲がやや低下。「いつもと少し違う」感覚がある。
対処:早めに主治医に相談。ストレス源を減らす。ゆっくり休む時間を意識的に作る。
ZONE 3
危機的状態(赤)
状態:自傷・自殺を考える。幻聴・妄想が強まる。何日も眠れない。日常生活が全く送れない。一人での対処が限界。
対処:すぐに支援者・家族に連絡。緊急受診または入院を検討。あらかじめ決めた手順に従う。
6つの要素

クライシスプランの6つの構成要素

プランに含めるべき要素を、必要なポイントとともに整理しました。順序通りに並べる必要はなく、自分にとって意味のある形にカスタマイズして構いません。

COMPONENT 1
状態の段階分け(ゾーン分け)
自分の精神的・身体的状態を3〜5段階に分けて記述します。多くは「普段(緑)/少し注意(黄)/危機(赤)」の3段階を用います。
基本構造
COMPONENT 2
前兆サイン(警告サイン)
状態が悪化するときに現れる事前のサイン。「眠れなくなる」「食欲がなくなる」「部屋が散らかっていく」「SNSに投稿が増える」「外出が減る」など、人によって異なります。過去の再発・入院の経験を振り返り、「あのとき、何が最初に変わっていたか」を丁寧に思い出して記録します。支援者や家族も「外から見てわかる変化」として記録に参加できます。
早期対処の鍵
COMPONENT 3
各段階での対処方法
各ゾーンに応じて「自分でできること」「人に頼むこと」「やってはいけないこと」を具体的に列挙します。「音楽を聴く」「散歩する」「入浴する」といった個人的なセルフケアから、「主治医に電話する」「家族に来てもらう」といった他者への依頼まで、具体的な行動レベルで書きます。
行動レベルで
COMPONENT 4
連絡先リスト
危機時に連絡すべき人・機関の一覧。主治医・担当支援者・家族・友人・相談窓口などの名前・電話番号・利用可能時間を記載。「誰に・何をお願いするか」も合わせて書いておくとより実用的です。
最重要パート
COMPONENT 5
入院の判断基準
「3日以上眠れない」「自殺念慮が消えない」「一人で食事・排泄ができない」など、入院を考える具体的な状態を文章化。本人も家族も「入院の判断」を感情的にではなく客観的にできます。
客観的指標
COMPONENT 6
やってほしいこと・やってほしくないこと
「強制的に動かさないでほしい」「静かにそばにいてほしい」「入院の手続きを手伝ってほしい」など、本人の希望を言語化することで、支援の質が上がります。
希望の言語化
セルフモニタリング

自分の危機パターンを知る

良いクライシスプランを作るためには、まず「自分の危機のパターン」を理解することが必要です。この作業を「セルフモニタリング(自己観察)」と呼びます。自分の感情・思考・行動・体の状態を日々観察・記録し、パターンを把握する実践です。

📓
STEP 1:気分日記をつける
毎日の気分の状態を10点満点で記録、「今日の睡眠時間」「食欲の有無」「気になった出来事」を短く書き留めるだけでも、状態変化のパターンが見えてきます。双極性障害のある人にはムードチャート(気分表)も一般的です。
STEP 2:過去の危機を振り返る
過去の再発・入院・危機的エピソードを時系列で振り返ります。「あのとき、何がきっかけだったか」「どんな前兆があったか」「何が状況を悪化させ、何が助けになったか」を支援者と一緒に整理。これは「未来の自分を守るための知恵を引き出す」作業です。
🎯
STEP 3:トリガー(引き金)を特定する
「何が状態を悪化させるか」を把握。睡眠不足・過労・対人関係のトラブル・季節の変わり目・服薬忘れ・アルコールの過剰摂取・特定の人物との接触など、人によって異なります。これを記録しておくことで予防的な対処が可能になります。
🌱
STEP 4:強みとリソースの確認
「問題点を探す」だけでなく、「元気でいられる条件」「調子が良いときの過ごし方」「自分の強み」も発見。「これをすると気分が上がる」「この場所にいると落ち着く」「この人と話すと楽になる」といったポジティブな情報も重要な構成要素です。
セルフモニタリングのツール例
  • 気分日記・ムードチャート:毎日の気分の状態を10点満点で記録、睡眠時間・食欲・出来事を短く書き留める。手帳・スマートフォンアプリで実践。双極性障害ではムードチャート(気分表)が一般的。
  • 睡眠記録アプリ:睡眠時間・睡眠の質を客観的に記録できるツール。前兆サインの早期発見に役立つ。
  • 通院ワークブック:国立精神・神経医療研究センターが提供する自己観察用のワークブック。
  • WRAPワークシート:WRAP(元気回復行動プラン)が提供する、日常から危機まで体系的に記録できるワークシート。
  • 主治医・支援者からのフィードバック:精神科・心療内科の定期診察時に、自分の状態変化について客観的な意見をもらう。
MAKING PROCESS

支援者・家族と一緒に作るプロセス

クライシスプランは本人が一人で作るものではありません。主治医・看護師・精神保健福祉士・ケースワーカー・訪問看護師・家族など、本人を取り巻く支援ネットワークが協力して作成するのが理想です。ただし「本人が主体」が大原則。

4ステップ

完成までの4ステップ

支援者が一方的に「こうすべき」と決めるのではなく、本人の言葉・希望・価値観を最大限尊重しながら作り上げるプロセスが重要です。

STEP 1
安定した時期に話し合いを始める
クライシスプランの作成は、精神的に安定している時期(外来通院中・回復期の入院中など)に行います。急性期や危機の最中に作ろうとしても、判断力が低下しているため良い計画が作れません。入院中に退院後の計画として作成するケースも多く見られます。
安定期に
STEP 2
対話を通じて本人の言葉で記述する
支援者との対話で、「あなたにとって調子が悪くなるとはどういうこと?」「危機のときに一番困ることは?」「どんな支援があると助かる?」といった問いかけを通じて、本人自身の言葉で内容を引き出します。医療用語や一般論ではなく、「自分だけの言葉」で記述されたプランは、危機時により実効性を発揮します。
自分の言葉で
STEP 3
家族・キーパーソンと内容を共有する
完成したプランは、本人が信頼する家族やキーパーソンと共有します。「このサインが出たら、こう対応してほしい」を事前に伝えることで、家族の不安も減り、適切な協力が得やすくなります。プランのコピーを家族が持つ、クラウドで共有するなど、「緊急時にすぐ参照できる形」で保管することも大切です。
共有が必須
STEP 4
完成・署名・複数箇所に保管
プランが完成したら、本人・支援者双方がサインをします。これにより「共同で合意した計画」という性質が明確になります。保管は複数箇所に行うのが理想です。本人の手元(財布・スマートフォン)、家族・支援者の手元、病院のカルテなどに分散して保管します。
複数保管
作成時の注意点

プロセスを支える5つの心得

  • 支援者が「教える」のではなく「一緒に考える」姿勢で臨む
  • 完璧なものを一度で作ろうとしない(何度も改訂する前提で)
  • 本人が「書きたくない」と思う項目は無理に記入しない
  • 「こうしてほしくない」という否定的な希望も尊重する
  • 作成過程そのものが治療的な意味を持つことを意識する
💡
作成過程そのものが治療的な意味を持ちます。「使えるプラン」を完成させること以上に、「本人と支援者が一緒に状態を語り合うプロセス」が回復を支える側面があります。
WRAP RELATION

WRAP(元気回復行動プラン)との関係

WRAP(Wellness Recovery Action Plan:ウェルネス・リカバリー・アクション・プラン)は、1997年にアメリカの精神障害当事者であるメアリー・エレン・コープランドが提唱したセルフヘルプ・プログラムです。日本でも2000年代から当事者・支援者の間で活用されています。

WRAPの6プラン

WRAPを構成する6つのプラン

WRAPは精神疾患からのリカバリーを支えるツールとして世界中に広まり、以下の6つのプランで構成されています。

  • 1. 日常生活管理プラン元気でいるために毎日すること
  • 2. 引き金に対する行動プラン状態悪化の引き金になる出来事への対処
  • 3. 注意サインに対する行動プラン前兆サインへの早期対処
  • 4. 調子が悪くなってきているときの行動プランさらに悪化した状態への対応
  • 5. クライシスプラン最も深刻な危機状態への対応
  • 6. クライシスを脱したときのプラン危機後の回復を支えるアクション

この構造から分かるように、クライシスプランはWRAPの一部を構成しています。つまり、クライシスプランはWRAPに含まれる「危機時対応」の専門的パートですが、WRAP全体は日常の元気管理から危機後の回復まで、より広いスパンをカバーしています。

WRAPとの違い

WRAPとクライシスプランの違い

観点
比較ポイント
WRAP
日常〜危機後
クライシスプラン
危機時に特化
対象時期
日常〜危機後まで全体
主に危機的状態
焦点
リカバリー・ウェルネス全般
危機時の行動・連絡・入院判断
作成方法
本人主体のグループワーク・個人ワーク
本人・支援者・家族の協働作成
医療との連携
相対的に当事者主体
医療・福祉支援者との連携が強い
起源
精神障害当事者運動(アメリカ)
精神科臨床実践
補完し合うツール日常的なウェルネス管理にはWRAP全体を活用し、危機時の具体的な行動計画にはクライシスプランを充実させる。両者を組み合わせることは、リカバリー志向の支援における「最良の実践」のひとつとして評価されています。
DISORDER-SPECIFIC

疾患別の活用——双極性障害・統合失調症・うつ病

クライシスプランは様々な精神疾患に有効ですが、疾患ごとに特有の危機パターンがあるため、それぞれに合わせた内容が重要です。

疾患別の特徴

疾患ごとに変わる、注目すべきポイント

疾患を切り替えて、それぞれのクライシスプラン作成のポイントを確認できます。

🔄双極性障害(躁うつ病)

躁状態とうつ状態が交互に現れるため、「躁転の前兆」と「うつ転の前兆」の両方を記録することが重要です。

  • 躁転の前兆:睡眠時間の急激な減少(「眠れなくてもなぜか元気」)、過剰な計画・行動への衝動、多弁・多動、浪費・性的逸脱行動。躁状態では本人が「むしろ絶好調だ」と感じるため、自覚が非常に難しい。
  • うつ転の前兆:急激な活動量の低下、何に対しても意欲・喜びが感じられない、「死にたい」気持ちが頭をかすめる。受診意欲も失われるため「家族が主治医に電話してよい」という具体的な許可をあらかじめ与えておく。
  • 客観的指標で行動を決める:「睡眠が3日連続で4時間以下になったら必ず主治医に連絡する」など。
  • 気分安定薬の自己中断をしない合意:躁状態では「薬が不要に感じる」ため自己中断しがちだが、これが急速サイクリングを引き起こす大きなリスクになる。
SAFETY PLAN

自殺リスクへのクライシスプラン(安全計画)

自殺リスクのある方に対するクライシスプランは、特に「安全計画(Safety Plan)」と呼ばれます。1990年代にアメリカのスタンレー博士とブラウン博士が開発した「Stanley-Brown Safety Planning Intervention」が世界的に普及したものです。

6ステップ

スタンレー&ブラウンの安全計画——6ステップ

自殺念慮や自傷衝動が高まる危機の瞬間に、自分を守るための具体的な行動ステップをあらかじめ決めておくツールです。

STEP 1
自分の危機サイン(警告サイン)を特定する
「死にたい気持ちが出てきた」と気づく手がかりとなる思考・感情・行動・状況を具体的に書きます。
気づきの起点
STEP 2
自分でできる対処法(気をそらす方法)を書く
散歩・音楽・入浴など、「人に頼らずに一人でできること」を列挙します。
一人でできる
STEP 3
気をそらしてくれる人・場所・活動を書く
「〇〇カフェに行く」「〇〇と話す(自殺については話さなくていい)」など、社会的なリソースを活用する方法を書きます。
社会的リソース
STEP 4
信頼できる人に連絡する
危機を打ち明けられる人の名前と連絡先を書きます。
打ち明ける
STEP 5
専門家・相談窓口に連絡する
主治医・相談窓口・救急の連絡先を書きます。
専門家へ
STEP 6
致死的な手段へのアクセスを制限する
手元に薬の大量保管をしない、自傷に使う可能性のあるものを遠ざけるなど、環境の安全化を行います。
環境の安全化
話し合う意義

「死にたい気持ち」を話し合うことの重要性

安全計画を作成するには、「死にたい気持ち」「自傷衝動」について正直に話し合うことが必要です。一見「死について話すことで自殺リスクが高まる」と心配する人もいますが、研究によれば、安全に話し合うことはリスクを高めず、むしろ孤立感を減らし、援助希求行動を促進することが示されています。

安全計画は、「死にたいと思っても死なないために何ができるか」を一緒に考えるプロセスそのものに治療的価値があります。支援者との対話の中で「自分の命を守る行動計画」を作ることが、それ自体として希望を育てる作業になります。

緊急時

今すぐ危険な状態の場合

🚨
今この瞬間、自殺や自傷を考えている場合今すぐ以下に連絡してください。
いのちの電話:0120-783-556(無料・24時間)/よりそいホットライン:0120-279-338(無料・24時間)/救急・警察:110 / 119/近くの緊急精神科受診
連絡先リスト

危機時の連絡先リスト作成

クライシスプランの中でも、連絡先リストは最も実用的で重要な要素のひとつです。危機の瞬間に「誰に連絡すればいいかわからない」という状況を防ぐために、あらかじめ複数の連絡先を整備しておきます。

カテゴリ
具体例
記載すべき情報
医療機関
主治医・精神科クリニック・入院先病院
名前・電話番号・受付時間・緊急連絡先
福祉支援者
訪問看護師・精神保健福祉士・ケースワーカー
名前・所属・電話番号・対応可能時間
家族・友人
キーパーソン・信頼できる友人
名前・関係・電話番号・お願いしたいこと
公的相談窓口
精神保健福祉センター・保健所
電話番号・場所・対応時間
24時間窓口
いのちの電話・よりそいホットライン
フリーダイヤル番号
緊急時
救急・警察・精神科救急
119 / 110 / 各都道府県精神科救急情報センター

連絡先リスト作成のポイント:

  • 「誰に・何をお願いするか」を具体的に書く(「話を聞いてほしい」「病院に連れて行ってほしい」など)
  • 優先順位をつけ、「まずはAに連絡、次にB」と手順化する
  • 定期的に番号を更新し、「つながらない番号」を残さない
  • スマートフォンの連絡先に「クライシスプラン:〇〇さん」として登録し、すぐ見つかるようにする
  • 連絡先リストのコピーを財布・冷蔵庫・スマートフォンなど複数箇所に保管する
主な公的相談窓口
  • いのちの電話:0120-783-556(無料・24時間)
  • よりそいホットライン:0120-279-338(無料・24時間)
  • こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556(平日・各都道府県)
  • 精神保健福祉センター:各都道府県に設置(電話相談・来所相談)
  • 保健所:精神保健相談窓口あり(要事前確認)
  • 精神科救急情報センター:各都道府県(夜間・休日の精神科受診調整)
事前指示書

入院への意思表明書・事前指示書

クライシスプランのより発展的な形として、「事前指示書(Advance Directive)」や「入院への意思表明書」があります。本人が判断能力を持っている間に、「将来の危機時・入院時に自分がどのような治療・対応を望むか(あるいは望まないか)」を文書化しておくものです。

事前指示書に記載できる内容:

  • 使用を希望する・希望しない薬剤の種類
  • 入院した場合に連絡してほしい人・してほしくない人
  • 身体拘束・隔離に関する希望
  • 緊急時の医療上の決定を委ねる代理人の指定
  • 宗教的・文化的な配慮の希望
  • ペットや家族の世話に関するお願い
  • 退院後の生活に関する希望

事前指示書は、精神科医療においてはまだ法的拘束力が明確でないケースも多いですが、主治医や医療チームに対して「本人の意向」を伝える強力なツールです。特に、過去の入院で「こういう対応をされてつらかった」「こういう対応があると回復しやすかった」という経験を伝えることで、入院治療の質を向上させることが期待できます。

入院判断基準の明文化:「入院したくない」という気持ちは当然ありますが、「3日間眠れない状態が続いた場合」「自傷行為を行ってしまった場合」「一人で食事ができなくなった場合」など、客観的な基準をあらかじめ合意しておくことで、いざという場面での判断が感情的にならずに済みます。「どの病院に入りたいか(希望する病院・希望しない病院)」「任意入院を希望するか、医療保護入院は認めるか」といった入院形態に関する意向も記載できます。

日本の入院形態(参考)
  • 任意入院:本人の同意に基づく入院。最も推奨される形態。
  • 医療保護入院:精神保健指定医の診察と家族等の同意に基づく入院。本人の同意は不要。
  • 措置入院:自傷他害の恐れがある場合に、都道府県知事の命令で強制入院。
  • 応急入院:急性期に家族等と連絡がとれない場合の72時間以内の入院。
見直し

クライシスプランの定期的な見直し

クライシスプランは、一度作ったら終わりではありません。人の状態・生活状況・支援ネットワークは変化します。それに合わせてプランも定期的に更新することが非常に重要です。

見直しのタイミング:

  • 定期的な見直し:3〜6ヶ月ごと、または年に1回の外来受診時
  • 状態が大きく変化したとき:症状の改善・悪化・新しい疾患の診断など
  • 生活環境が変わったとき:転居・就職・離職・家族構成の変化など
  • 支援者が変わったとき:担当医・支援者の変更
  • 危機を経験した後:入院・再発などの後に、「何が起きたか」を振り返り改訂する
  • 連絡先に変更があったとき:番号変更・担当者交代など

危機後の振り返りと改訂:危機・入院を経験した後は、「何が前兆として現れたか」「プランの通りに動けたか」「何が機能して何が機能しなかったか」を丁寧に振り返ります。例えば「プランに書いてあった連絡先に実際には電話できなかった」場合、「なぜできなかったか」を考えます。「恥ずかしくて電話できなかった」なら、電話の敷居をさらに下げる工夫(「文章で連絡してもいい」など)を追加。「番号が変わっていた」なら連絡先を更新。危機の経験を「失敗」として終わらせず、「プランを改善するための情報」として活かすことがポイントです。

見直しの方法:主治医・支援者との定期面談の際に、「最近、前回と比べて変わったことはありますか?」という問いかけをきっかけに、プランの内容を確認し、必要な変更を加えます。改訂のたびに「バージョン(日付)」を記録しておくと、変化を振り返りやすくなります。

PRACTICAL TIPS

実践に役立つポイントとよくある落とし穴

クライシスプランを実際に役立てるためには、いくつかの実践的なポイントと、よくある落とし穴を知っておくことが大切です。

実践のポイント

実践に役立つ6つのポイント

シンプルで具体的に書く
長い文章より短い箇条書き。「具体的な行動」レベルで記述する。
🗣
自分の言葉で書く
専門用語ではなく、自分が危機時でも理解できる言葉で書く。
📱
持ち歩ける形にする
A4用紙1〜2枚・スマートフォンのメモアプリなど、いつでも参照できる形にする。
🗂
複数コピーを置く
自宅・財布・スマートフォン・家族の手元・病院など複数箇所に保管する。
🌱
「完璧」を求めない
最初から完璧なものを作ろうとしない。修正を繰り返して育てるものと割り切る。
前向きな要素も入れる
「自分の強み」「元気なときにできること」「回復の兆し」なども記録する。
落とし穴

よくある6つの落とし穴

「作っただけ」「使えなかった」とならないために、以下の落とし穴に注意しておきましょう。

📦
落とし穴1:作っただけで終わる
プランを作成したことで安心し、その後見直しも活用もされない。定期的な確認と更新が必須。
🎚
落とし穴2:支援者主導で作ってしまう
支援者が「こう書くべき」と誘導してしまい、本人の意向が反映されていない計画になる。
🤐
落とし穴3:共有されていない
本人しかプランを知らず、危機時に家族や支援者が何もできない。関係者への共有が重要。
📞
落とし穴4:連絡先が古い
プランに記載の番号が変わっていて使えない。定期的な連絡先の更新確認が必要。
🌫
落とし穴5:あいまいな記述
「調子が悪くなったら相談する」だけでは、危機時には機能しない。具体的な行動レベルで書くことが必要。
落とし穴6:病識低下時への対策がない
特に統合失調症・躁状態では「自分は病気ではない」と感じてプランを使わない。外部からの働きかけの手順も含める。
FAQ

よくある質問

クライシスプラン作成の現場でよく寄せられる8つの質問にお答えします。

FAQ

クライシスプランへのよくある疑問

Q1. クライシスプランは誰でも作れますか?精神科に通っていないと作れませんか?

A. クライシスプランは、精神疾患の診断を受けている方だけでなく、強い不安やストレスを抱えやすい方、過去にメンタルヘルスの危機を経験したことがある方、自傷・自殺を繰り返す傾向がある方など、幅広い方が活用できるツールです。精神科に通院していない方でも、自分で作成することは可能です。ただし、より実効性の高いプランを作るためには、かかりつけの精神科・心療内科の医師や支援者と一緒に作成することをお勧めします。まだ通院していない方は、精神保健福祉センターや保健所に相談することから始めることができます。一人で抱え込まず、支援につながりながら作ることが理想的です。

Q2. クライシスプランを作ったのに、実際の危機では使えませんでした。意味がなかったのでしょうか?

A. クライシスプランが初めての危機で完全に機能しないことは、決して珍しいことではありません。危機時の判断力低下は予想以上に大きく、「プランがあってもそれを実行できない状態」になることもあります。大切なのは、「使えなかった」経験をそのまま終わりにせず、「なぜ使えなかったか」を振り返り、プランを改訂することです。「電話する勇気が出なかった」なら連絡方法をメール・LINEに変更する、「プランの存在を思い出せなかった」なら見える場所に貼り付けるなど、具体的な改善ができます。クライシスプランは「使いながら育てるもの」であり、経験から学ぶプロセスそのものに意味があります。

Q3. 家族にクライシスプランを見せることに抵抗があります。どうすればよいですか?

A. 家族にクライシスプランを見せることへの抵抗感は、多くの方が感じることです。「心配させたくない」「弱いところを見せたくない」「どう思われるか怖い」といった気持ちは自然です。まず、プラン全体を見せることにこだわらず、「緊急時に連絡してほしいこと」「このサインが出たら病院に連れて行ってほしい」など、最低限必要な情報だけを共有することから始めることもできます。また、主治医や支援者に同席してもらい、「プランの説明を一緒にする場」を設けることで、家族への伝え方がスムーズになることもあります。家族への開示のしかたも、支援者と相談しながら決めていくとよいでしょう。

Q4. 躁状態のときは「自分は元気だ」と感じてクライシスプランを使おうとしません。どうすれば?

A. これは双極性障害の方が直面する最も難しい課題のひとつです。躁状態では自分の状態変化に気づく「病識」が著しく低下するため、いくらプランを作っていても、「今は大丈夫」「プランなど必要ない」と感じてしまいます。この問題への有効なアプローチのひとつは、「客観的・行動的な指標」をプランに盛り込むことです。例えば「主観的にどう感じていても、睡眠が3日連続4時間以下なら主治医に連絡する」という自動的な行動ルールを設けます。また、家族や信頼できる支援者に「このサインが見えたら、本人が拒否しても連絡する」という役割を事前に委ねることも、プランの中に記載しておくことが有効です。元気な時期に「躁状態のときの自分は判断力が変わっている」という認識を十分に話し合っておくことが、何より重要です。

Q5. クライシスプランと「安全計画」は同じものですか?どう使い分けますか?

A. クライシスプランと安全計画は、重なる部分が多いですが、完全に同じではありません。クライシスプランは精神疾患全般の危機対応を包括した計画であり、前兆サイン・ゾーン分け・連絡先・入院基準など、幅広い要素を含みます。一方、安全計画(Safety Plan)は特に「自殺リスク・自傷」への対応に特化したツールで、「スタンレー&ブラウン方式」など国際的に標準化されたフォーマットがあります。自殺リスクのある方に対してはクライシスプランの一部として安全計画を組み込む形が多く、実際には「クライシスプランの中に安全計画の要素を含める」という作り方がよく見られます。どちらも本人主体で、支援者との協働で作成するという原則は共通しています。

Q6. クライシスプランを作りたいのですが、主治医が積極的でないようです。どうすればよいですか?

A. 残念ながら、クライシスプランの重要性を十分に理解していない医療者がまだいることも事実です。その場合は、いくつかのアプローチが考えられます。まず、「クライシスプランを作りたい」と明確に伝えてみてください。「前回入院したときのような状況に備えたい」という具体的な動機を伝えると、理解を得やすいこともあります。それでも難しい場合は、精神保健福祉士・訪問看護師・相談支援専門員など、他の支援者に相談することも有効です。また、精神保健福祉センターでは、クライシスプランの作成支援を行っている場合もあります。さらに、WRAP(元気回復行動プラン)のワークショップに参加し、仲間と一緒に作成するという方法もあります。医師が関与しなくても、当事者主体で作ることは十分可能です。

Q7. クライシスプランは、強制入院(医療保護入院・措置入院)を防ぐためにも役立ちますか?

A. はい、クライシスプランは強制入院を防ぐうえで重要な役割を果たす可能性があります。強制入院になるケースの多くは、「本人が助けを求める前に状態が限界まで悪化してしまった」「本人の意向が確認できない状態で緊急対応が必要になった」という状況で起こります。クライシスプランがあれば、前兆の段階で早期に医療介入できる可能性が高まります。また、「このような状態になったら任意で入院を受け入れる」という本人の意向があらかじめ明示されていれば、医療者・家族が強制的に判断しなくても済む場面が増えます。さらに、入院が必要な場合でも、事前指示書に本人の希望する入院形態・病院が記載されていれば、本人の自己決定がより尊重された入院治療が実現しやすくなります。クライシスプランは強制入院を100%防ぐものではありませんが、任意入院・早期入院・適切な治療への移行を促進する重要なツールです。

Q8. 子どものメンタルヘルスのためにもクライシスプランは使えますか?

A. 子どものメンタルヘルス支援においても、クライシスプランの考え方は有効です。特に、自傷・希死念慮のある子ども・思春期の若者に対して、「学校のスクールカウンセラー」「かかりつけの児童精神科医」「保護者」が連携して安全計画を作成することは、非常に重要な支援です。子どもの場合は、プランの内容を子ども自身が理解・同意できる言葉と形式にすることが大切です。また、親・学校・医療機関の連携体制をプランに明記し、「誰が何を担うか」を分担しておくことも重要です。思春期の若者には、「危機のときに親に言いたくない」という感情もあるため、「まずスクールカウンセラーに連絡する」など、段階的な連絡先の選択肢を設けることも実用的です。

「次の危機」に備えたい
あなたへ

元気な今だからこそ、未来の苦しい自分を守るためのクライシスプランを作る価値があります。一人で抱え込まず、ココトモに話してみませんか。

今すぐ話したい方へ——相談窓口
ココトモ相談するチャット相談・無料
いのちの電話0120-783-55624時間・無料
よりそいホットライン0120-279-33824時間・無料

このページの情報は、医師による診断や治療に代わるものではありません。症状が気になる場合は、心療内科・精神科への受診をご検討ください。

keyboard_arrow_up