解決済み
家族の死を受け入れ乗り越えるには
visibility327 edit2023.07.17
亡くなってから一年も経つのに、田舎に行けば祖母に会えるような感じがして、祖母が死んだと完全に受け入れていない自分がいます。
祖母が亡くなってから、寝る前に祖母を想い泣く日が多くなりました。そのせいか何度も夢の中で祖母に会い、色々お話をしました。
とても嬉しかったのですが、目が覚めるとまた涙が止まりません。
特に仕事で辛いことがあった時とか、祖母に話してうんうんと笑顔で聞いてくれる様子が鮮明に想像できて更に悲しくなります。
ふいにGoogle Mapのストリートビューで祖母の家を見ると更地になってました。
田舎なので、親族で家の引き取り手がないから土地を売ったのは知っていました。
しかし、更地になった写真をみてやっと「祖母はこの世にいない」と実感しました。
色んな幸せな思い出が詰まってる祖母の家もないんだととても寂しいです。
この時期になると毎年夏に祖母の家に泊まったことや祖母の手作り料理の味を思い出して今も泣いてます。
しかし、祖母の子である母が一番悲しいはずなのに「もう歳だから仕方ないよ。寿命で逝くなんて幸せな死に方だったんじゃないかな」と言ってます。恥ずかしながら、私ならそう言える覚悟ができません。絶対何年経っても涙が止まらず会いたい会いたいとばかり言ってると思います。
祖母の死と比べるわけではないですが、私も両親が亡くなったら今よりも大きな悲しみが降りかかる気がして、今よりも受け止められないんじゃないかと思いとても怖いです。
それに、実家は自分が育った場所や安心できる場所なので、それもなくなるのが怖いです。
ちなみに両親は60代です。
実家に帰れるのは年に数回ですか、実家に帰るたびに「あと何回実家に帰って両親の顔を見れるだろう」と胸が張り裂けそうです。
ふと「お母さんってこんなに白髪としわが多かったっけ」「お父さん背縮んだ?」と、親の老いに気づく場面が多くなりました。
どんな姿でも大切な存在に変わりないですが、思い浮かぶ両親の姿は、私が小中の頃の、ずっと元気で今よりも背が高くて若い姿のままです。
また、ランニングが趣味だった父親も「もう歳やわ〜。すぐ疲れるわ」と外出する機会も少なくなりました。
そうやって老いて死に近づいていく状態をみるのが辛いです。
両親がテレビをみて笑ってる姿や私との会話での笑顔をみて、
「このまま幸せがずっと続きますように。誰も死んでほしくない。健康のままでずっと生きてほしい」と子供じみた考えをしてしまいます。
両親や生前の祖母が「私が死んだら〇〇(食器等)あんたにあげるわ」「次の元号変わるときはもう生きてないわ」と笑顔で言ってましたが、そんなちょっとした会話でも泣きそうになります。
大切な人が死ぬという現実から逃げたい気持ちでいっぱいです。
命は必ず終わりがあるのはわかってるのですが、家族の死にどう向き合えばいいかわかりません。両親が死んだらきっと悲しみを抱えきれないだろうから自殺しようかと考えたこともあります。でも私には仲良しな妹がいて、妹のことを考えると自殺すらできません。
ペットの死も何度も経験しましたが、何年も立ち直れなかったこともあります。
また、死とは関係ないかもしれませんが、介護施設でアルバイトしていた頃に認知症の方々の対応をしていたこともあって、両親が認知症になって色んな思い出や私たち家族のことを忘れたら、どんな悲しみが降りかかるのかと怖い気持ちもあります。
どうやって大切な人の死を受け入れて乗り越えたらいいのでしょうか。
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