受付終了

ごみつき 10代前半・女性

生きてるのが当たり前という考えを不快に感じます。この考えがマイノリティであることが嫌です。

私は自殺未遂経験者です、よくテレビとかでいうのですがなぜ自殺はダメな行為なのでしょうか、なぜ死にたくなるような思いをしていない人までも自分勝手に死ぬなというのでしょうか、本当に死にたい人のことを思ってるのでしょうか、死にたい人に対して死ぬなっていうことこそ1番苦しめていることだと思います、生きる権利があるんだったら死ぬ権利だってあるはずです、義務はなくても権利はあります、他人を殺すのはダメな行為だと思いますが自殺はダメではないと思います、苦しくて後悔がないなら死んだって良いと思うのですが、よく「人としての生きる行為を失う」という理由で言う人がいますが逆にそうしたいから自殺するんです、本当になぜダメなのかがわかりません、変な人間でごめんなさい、

コメント238 閲覧5545 最終更新 約3年前

みんなのコメント

  • 約3年前
    シークレット

    ※このコメントは閲覧できません

  • 約3年前
    シークレット

    ※このコメントは閲覧できません

  • おきくさん 30代・女性

    約3年前

    ごみつきさん、こんにちは。私は母が自殺を図ったことがあります。私は「自殺が悪いことだからやめるように」と世間が本人に言うことはやはり本人の気持ちを無視した行為と感じています。「それだけ辛いのだ」、周囲としてはそういう風に受け止めた方がよいかと思いますが、今の社会は辛い気持ちを抱えている人が非常に多いので、周囲の人にも余裕がないというのもあるのかなと感じています。

    また社会のルールとして完全に心身機能を失った方以外の自殺を容認することはかなり難しいだろうと感じており、それは「周囲の人間のトラウマ」になる可能性がかなりあるからかなと思います。私自身、母の自殺未遂で母の苦しみは理解できましたが、自分も死にたいような気持ちになることが出て来てしまいました。社会的にはこのような「トラウマの連鎖」を防ぐ必要があるため、「自殺は禁止」になっているのだと思います。

    ただ自殺したいほど辛いのだ、苦しいのだ、今の社会は、自分の置かれている環境はおかしいのだというお気持ちはあって当然のものであり、誰かに否定されるべきものではありません。そんな気持ちにさせてしまっている周囲の大人、社会の大人、非常に不甲斐ないですが、その気持ちを抱えたままなんとか「同じ気持ちを抱えた子供たちが安心して生きられる社会」の形成のために生きていっていただけたら、これほど嬉しいことはありません。

    10代前半でこんなに苦しい気持ちになっていらっしゃること、社会を変えることがなかなかできていないこと、大人の一人としてとても辛く感じています。少しでも安心して過ごせることを心から願っています。

  • ニック・ネーム 40代・男性

    約3年前

    こんにちは。
    タンチョクでいうと、自殺は「悪」ではないと自分も思います。
    その行為は「悪」ではないけど、自分から死ぬ理由ってなんですかね。
    「死」は放っておいても勝手にやってくるし、今が「死ぬほどつらい」なら「いっそ運命様、神様殺して下さい」って祈ってみたらいいんじゃない?それで死ねれば御の字だし、死ななければそれも運命じゃねぇかな。自分から痛い思いしに行く必要もないし、「死ぬ」って行為は一度しかできないんだから取っときゃいいじゃん。
    俺は「死」って物が目の前にぶら下がった時、単純に「怖い」って思った。
    それは多分理屈じゃなくて生物としての純粋な「死への恐怖」なんだとおもう。
    親に階段から突き落とされたり、馬乗りになって首絞められたりしたことあるけど、この歳まで生きて「ああ良かったな」って思う瞬間があるのも事実で、「死ぬ」って腹括るよりも「生きる」って腹括る方が良いかなと個人的に思います。
    短い人生経験で言わせて貰えば死ぬ気で何かに取り組んだら死ぬ前に大体決着つきます。
    今はつらいかもしれないけど、私は自殺した人間で幸せになった話しは聞いたことがありません。
    宝くじは買わなければ当たりません。同様に生きてなければ幸せは感じられないと思ってます。
    長文で読みにくくてすいません。あなたの「生きる」の一助になれば幸いです。

  • 銀ノ月 10代後半・男性

    約3年前

    はじめまして、銀ノ月と申します。
    「なぜ自殺は(社会的に)ダメな行為なのか」というトピックがとても印象的で、今までのやり取りや過去のスレッドを拝見させていただきました。

    まず、疑問に対する私の思いを伝える前に、私が感じたごみつきさんの印象を伝えさせてください。(幼稚で未熟者の私の印象です。不快に感じてしまったら申し訳ありません。)
    私はごみつきさんが優れた勇気の持ち主だなと感じました。
    私にとって1番の恐怖は「死」です。(もちろん人によって何が1番怖いかは違います。)19年しか生きていなくても死にたくなるようなことはたくさんありました。しかし私は極度のビビりなので、「生きててごめんなさい」と思うことは何度もあっても自分から命を手放すことはできませんでした。
    しかしごみつきさんはそれを実行したことがある。
    これを世間は決して「称賛」しないだろうし、私も決して喜びません。というのも、私は自殺については「いい」も「悪い」もその人次第と思っているので実行することを否定しませんが、死んでしまうことについては心から喜べないからです。それがたとえ死を望んでいた人であっても。ですが、動機がどんなに辛いものであれ、私にとって1番の、そして他の人にとっても上位に食い込むであろうほどの恐怖を選択した(?うまく表現できません)その勇気を私は凄いと思いました。
    おそらく、ごみつきさんやほかの自殺経験者の方はこれを勇気とは思わないかもしれません。それどころか勘違いしている私にとても腹を立てているかもしれません。先に謝っておきます、ごめんなさい🙇

    勘違いしたまま意見を伝えてしまうのは嫌なので、1つ質問させてください。
    過去のコメントで「自殺」=「救い」とおっしゃっていましたが、この「救い」というのは「どうしようもなくつらくてしんどい現実から逃がしてくれる、解放してくれる希望」という解釈で合っているでしょうか?教えていただけると幸いです。

  • ヴィオラ 40代・男性

    約3年前

    冷やかしではなく、実体験を含め真面目に返答いたします。死にたいけど死ぬ勇気がない。そんな感じで40まで生きてきました。この年になると、人はみんな死にたくなるような思いをしてきているのですが、ツライ事への耐性があるか無いかの問題のような気がします。私のような耐性がなく弱い人間はすぐに現実を受け入れようとせず、死への憧れに逃げてしまいます。それでも死ぬ勇気がないからダラダラと生きてしまっているのです。東尋坊に行くたびに自分の弱さに失望し、死ななかった事への安堵がループします。その矛盾で凄く複雑な気持ちになっています。だから、死を選ぶ権利があったとしても、人間は生への執着が勝ってしまう厄介な生物なんです。あなたが死ぬように煽っている訳ではありませんが、最後の最後には越えられない壁があるように思えます。

  • ナスカ 40代・男性

    約3年前

    なるほどね~

  • ヤマヤマ 20代前半・男性

    約3年前

    死んだらダメっていうけど、そういうこと言う奴らに限って言った事なんて次の日には、忘れてる。そんなヤツらのことなんて無視すればいいと思うけど、もし出来ないなら死ねばいいよ。仲いいヤツが居るんだったらそいつらが悲しむだけで、大体の奴らは直ぐに忘れる。そんな正常に機能してる人間してるなんてクソくらえだろ?そんな有象無象なんて気ににせずに、自分勝手に生きろ、どうせ自殺したら迷惑かけるんだから、今この瞬間を生きろ、だって今の自分はいつか死ぬから

  • メンバー

    Kei 20代後半・男性

    約3年前

    ごみつきさん

    こんにちは。
    初めまして、keiと申します。

    相談内容拝見いたしました。

    始めに、私自身は自殺に関してそれが良い事なのか悪い事なのか正直どちらでもないと思っています。

    ただ、世の中全体の考えとして、自殺が悪い事だという事は理解しています。
    なぜかと言うと、良い事&悪い事を決めるには基準が必要でその基準になっているのが社会(マジョリティ)だからです。簡単に言うと世の中の「良い、悪い」は大勢の共通認識になります。

    そして人は生き物である以上、生存本能がありそれは理性でコントロールしようとしても抑える事が出来ない本能になります。なので、世の中の多くの人にとって死ぬ事が悪い事という共通認識が生まれ、自殺他殺等の思考を悪い事にしようと「人にとって都合がいい様」に考えたのだと思います。

    上記内容が一応私からごみつきさんへの回答になります。
    (解決策と呼べる物なのか少し微妙な所ですが以上になります💦)

  • あい 30代・その他

    約3年前

    少しわかる気がします

    「死にたい」と思ったり言ってしまったりする時があるのですが
    私としては行為として本当に死にたいわけではなくて
    「死にたい」と思ってしまう気持ちが存在することは
    否定されたくないんですよね
    正しくは「死にたい気持ちが出るぐらい何かが辛い」なのかもしれない

    気持ちを理解してほしいことと、生きる死ぬの壮大さのギャップみたいなのがあるのかも

    どうしたら寄り添えるのかはわからないですが
    貴重な考えを知れた気がします

keyboard_arrow_up