のあの日記『おたおめの人の日記』
visibility48 edit2023.09.13
なんと本日は私の誕生日だ。
夜勤のバイトを終え、帰り支度を済ませる。その一環とも言うように更衣室でスマホの画面をつけると、通知欄より"彼氏からメッセージが届いた"との一報を受けた。
メッセージを開くとそこには少し長めの文章が並んだ。私を祝福する為に贈られたものだ。
友達らしい友達もいなければ、家族も一般的なイメージとは少しズレているので、彼氏以外からのメッセージは来ていなかった。(家族に関しては、単に寝ているだけ、と信じたい)
彼氏曰く「祝えることが嬉しい、これからもっと思い出を作って来年もまた一緒に祝おう」とのこと。
家族とはまた違う視点だからこそ思えたことなのかもしれないが、そんな言葉をかけられるのは初めてなのでボーッとなった。ミリ秒だけ戸惑ってから、じわじわ嬉しくなってきた。
これだけ有難い言葉を受け取ったのだからと、迅速かつ心を込めて感謝の返信をし、もう一度文章を読み返す。
改めて、こんな白と黄色のうねりが見える光みたいなメッセージ受け取ったことがないと思った。ふと、私は新生児か何かかなとも思った。親の温もりに近いものを受け取った気がした。
それから"親"に関連付いて、自分の家族を比較対象に脳は疑問を抱く。コンロにかけた鍋の水が徐々に温まるように、ふつふつ考えた。
私って愛されてるのかな?まあ愛されていないわけじゃないけど、その人の為に脳を働かせエネルギーを消費するなんてことが私の家族にはあったんだろうか?あったならそれは誰に対してだろうか?そもそも愛情の定義はなんだろうか?定義のズレは元からあったのだろうか?それとも生きていくにつれてズレていったのだろうか?
───水は湯気になった、冷やさねば水に戻らない。
考えるのを諦めた。愛情なんて所詮ホルモンだしななどと言い訳をして。
蛇足だが今日は生理予定日である。
読んでくれた人へのメッセージ
お読みいただきありがとうございます。
今年の目標はツーリングを始めることと読書量を増やすことです。目指せ100冊、100km。
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