銀ノ月の日記『皓月千里#01』
visibility11 edit2024.02.15
≪始めに≫
このタイトルの日記では主に「哲学的」な事柄を綴らせて頂こうと思います
プロフィールにも書かせて頂いた通り、私は哲学的なことを考えることが好きです
基本は自問自答を繰り返してその時の自分なりの答えを導くのですが(正しいとか間違いとかはなく、自分が満足できるか否かを大切にしています)、皆様の様々な経験や視点をお借りして、自分の考えをより深めていきたいと考えています
ご都合の宜しい時・興味の向いた時にでも皆様の貴重なご意見をお聞かせいただけると幸いです
何卒宜しくお願い致します🙇
今回のテーマは『真面目と不真面目、そして非真面目』です
「非真面目?」と思われた方もいると思いますが、決して誤字ではございません
これは私が高校時代の時に出逢った1冊の本が教えてくれた、新たな概念です
少し私のお話を
自分で言うのも何ですが、私は上っ面の良い人間です
つまり、学校では真面目・家では別人の如く不真面目な人間です
ですが私は、自分が真面目だと思われることが嫌いでした
真面目が全ての原因ではないのでしょうが、他のクラスメイトから何処か一線を引かれているように感じていたからです(自分だけ名前が「さん」づけなど)
イジメではありませんが、ものすごく孤独感を感じたためしんどかったことを覚えています
また、ふざけたキャラを演じてみようとして当時の担任に「貴方はそんなことをする子じゃないでしょ」(?)と言われたことも地味に応えました
すみません、話が逸れました
そんなこともあり私としては真面目になりたくないと思っていましたが、不真面目になりきることも中々に出来ませんでした
そんな中出逢ったのが「非真面目」という言葉です
真面目と不真面目はお互いに対立した概念ですが、非真面目には対立するものが存在しません
何故なら非真面目は”真面目”と”不真面目”の両方を良いとこ取りした、別次元のものだからです
物事に取り組むとき、真面目過ぎると視野が狭くなり、1つのことを成し遂げた時にはへばってしまっているかもしれません
不真面目だと…まぁ言うまでもありませんかね
ですが「楽に」生きていくためにはどちらも必要なことなのだと思います
真面目には「一生懸命に頑張る」という素敵な所があり、不真面目には「疲れた心身を休ませる」という素敵な所があります
どちらかに振り切るのではなくどちらも含ませる、それが”非真面目”という考え方です
少し話が飛躍しますが、私はこの発想を極めると天才を「作れる」と思っています
天才に「なる」のではなく「作る」、いわゆるコピーというものです
この考えを使うと、100%は不可能ですが80~90%あたりまでは似せられると思います
上手く説明できませんが、非真面目は「天才の思考」と似通った部分があると感じたためそう考えました
今日よかったこと♪
〈参考図書〉
「非まじめ」のすすめ~ゴミを砂金にする発想~/森 政弘
読んでくれた人へのメッセージ
ここまで目を通してくださり、本当にありがとうございます😌
一応ですが、私は真面目も不真面目も(もちろん非真面目も)素敵だと思っています
ただどちらかの発想に振り切るのが怖いと感じているので、個人的に非真面目の発想を好んでいます
皆様の真面目や不真面目についてのお考えも、宜しければお聞かせください🙇
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