pokoの日記『三世の因果(2)』

高い山に登った者が必ず山を下らねばならぬのと同様に、たとえば過去に自分が人を軽易(バカに)したから今度は他人から自分がバカにされる等々、
悪い行為が因となって必ず悪い結果が生ずるという世間においては当然の因果関係をまず仰せられ、さらに「日蓮は此の因果にはあらず」として、このような因果はまだまだ浅い因果であり、じつは、かくのごとき不幸の悪因を招きだした根本の原因こそ、
過去の謗法の罪業によるのである、と示されているのです。

このことは、きわめて重要です。
大聖人様は、「病の起こりを知らざらん人の病を治せば弥病は倍増すべし」(御書一〇六七㌻)
と仰せですが、不幸の起こりを知らぬ者が、いかに不幸を取り除こうと努力しても、結局、何ひとつとして解決できなかったり、また一時は解決したかのように見えても、また他の悩み苦しみが起きてきて、不幸を免れることはできません。
 
たとえば、病気になる原因についても、種々考えられましょう。
しかし、それらの原因の奥に、さらにそれを招き起こした根本原因―正法誹謗の宿業―があったならば、いかに病院を訪ねまわっても、また、いかなる良薬を求めても、これを治療できない場合が多く、さらには病気の再発や他の苦しみが起こってくる場合すらあるのです。
 
したがって、大切なことは、まず、不幸のよって来たる真の原因が、過去からの謗法罪障にあることを知り、その悪業を消滅させることであります。
そうすれば、そこに、あらゆる人生の苦悩と不幸を解決していくことができるのです。
 
その具体的な方途としては、大聖人様が「人の、地に依りて倒れたる者の、返って地をおさへて起つが如し」(御書一三一六㌻)と仰せのように、過去に正法に背いた謗法の罪は、正法たる日蓮大聖人様がお認めになられた大御本尊様に信順することによってのみ消滅できうるのです。

ログインするとこの日記をフォローして応援できます

keyboard_arrow_up