メンタルヘルス用語辞典 · 危機介入

危機介入とは?
ロバーツ7段階モデル・PFA・自殺危機への対応をわかりやすく解説

「死にたい」「もう消えてしまいたい」——そんな言葉に直面したとき、私たちはどう向き合えばよいのでしょうか。危機介入(クライシスインターベンション)は、心理的・精神的な緊急事態に対して迅速かつ直接的に介入し、当事者が均衡を取り戻せるよう支援する実践的アプローチです。理論・モデル・実践、そして日本の支援体制まで、必要な情報をまとめました。

ABOUT CRISIS INTERVENTION

危機介入とは

危機介入(クライシスインターベンション)は、深刻な心理的危機状態にある人に対して、迅速かつ直接的に行われる専門的な援助活動です。1960年代にアメリカで確立され、自殺予防・精神科救急・災害心理支援・DV対応など、幅広いメンタルヘルス支援で活用されています。

定義

危機介入の定義

危機介入(クライシスインターベンション、Crisis Intervention)とは、深刻な心理的危機状態にある人に対して、できる限り迅速かつ直接的に行われる専門的な援助活動のことです。第一の目的は、当事者が危機状態から脱し、心理的均衡(ホメオスタシス)を回復することにあります。

ソーシャルワーク研究者のL・ラポポート(Lydia Rapoport, 1970年)は、危機介入を「危機状態にある対象者に対して、その状態からできるだけ早く脱出することを目的に迅速かつ直接的に行われる援助」と定義しました。「迅速性」と「直接性」という二つのキーワードが含まれており、通常の心理療法やカウンセリングとは根本的に異なる緊急性・即時性が強調されています。

危機介入が目指すことは、単に危機状態を終わらせることではありません。適切な危機介入が行われた場合、当事者は危機以前の機能水準に戻るだけでなく、むしろそれ以前よりも高い適応力を獲得できる可能性があります。危機はピンチであると同時に、個人の成長のチャンスにもなりうるという考え方が、危機介入の重要な哲学的基盤となっています。

なぜ「迅速性」が重要なのか危機状態は通常4〜6週間で何らかの方向(回復または悪化)に変化します。この限られた時間の中で適切な支援が届けば、人は危機を乗り越え、以前よりも豊かな対処能力を身につけることができます。
対象場面

危機介入が必要とされる主な場面

危機介入は、以下のような多様な状況で必要とされます。

自殺の危機
「死にたい」という気持ちが強まり、具体的な計画が生じているような自殺念慮・企図の緊急状態。
🏥
精神科的救急
急性の精神病状態(幻覚・妄想)、重篤な躁状態、解離状態、急性ストレス反応など。
🛡
暴力・虐待・DVの危機
身体的・性的暴力の被害を受けた直後、あるいは継続的な被害からの脱出を図るとき。
💔
喪失・悲嘆の危機
愛する人の突然の死、離婚・別離、失業・破産、重篤な診断など、大きな喪失体験の直後。
🌪
災害・事故・犯罪被害
自然災害、交通事故、犯罪被害などのトラウマティックな出来事の直後。
💊
物質依存関連の危機
アルコール・薬物などの急性中毒、断薬・断酒後の急性状態。
🏫
学校・職場での危機
いじめ、ハラスメント、試験・業績への強いプレッシャーなどによる急性の心理的苦境。
通常カウンセリングとの違い

危機介入が通常のカウンセリングと異なる点

危機介入は、長期的な心理療法・カウンセリングとは目的・期間・関わり方のすべてにおいて異なります。

目的
通常カウンセリングパーソナリティの変容、長期的な成長
危機介入危機状態からの脱出、安全の確保
期間
通常カウンセリング数ヶ月〜数年
危機介入1〜6週間(急性期)
緊急性
通常カウンセリング比較的余裕をもって計画できる
危機介入即座・迅速な対応が不可欠
支援者の関わり方
通常カウンセリング非指示的・傾聴中心
危機介入より積極的・直接的・指示的
安全の確保
通常カウンセリング前提として存在する
危機介入第一優先事項として常に意識
当事者の状態
通常カウンセリング比較的安定した状態での作業
危機介入混乱・パニック・麻痺状態への対応
「危機」の定義

そもそも「危機」とはどのような状態か

精神保健の文脈における「危機(crisis)」とは、通常の対処機制では解決できない圧倒的なストレス状態を指します。精神科医のエリック・リンデマン(Erich Lindemann)ジェラルド・カプラン(Gerald Caplan)は1940〜50年代にかけて危機理論の基礎を築きました。彼らは危機の特徴として以下を挙げています。

  • 突発性急激に生じる心理的均衡の喪失。
  • 一時性危機状態は通常4〜6週間で解消または変化する(良い方向にも悪い方向にも)。
  • 介入可能性危機状態では通常よりも外部からの介入が受け入れられやすい。
  • 転換点としての性質危機は破局になる可能性もあれば、成長のきっかけにもなりうる。
💡
「危機の一時性」という特性が、迅速な危機介入の重要性を裏付けています。適切な支援が届かなければ危機は悪化しますが、適切な支援によって当事者は危機を乗り越え、以前よりも豊かな対処能力を身につけることができます。
TYPES & SIGNS

心理的危機の種類とサイン

危機にはいくつかの種類があり、それぞれに適した支援アプローチがあります。また、危機状態にある人は感情・認知・行動・身体に特有のサインを示します。早期の気づきが介入の鍵です。

発達的危機・状況的危機

発達的危機と状況的危機

カプランは危機を大きく二つに分類しました。この分類は、危機の性質を理解し、適切な介入方法を選択する上で非常に重要です。

発達的危機(Developmental Crisis)
発達段階の移行に伴う
入学・卒業、就職・退職、結婚・離婚、子育て、更年期、老年期への移行など、誰もが経験しうる「通過儀礼」的な変化に伴う危機。予測可能な側面があるため、事前の心理教育が予防に役立つ。
状況的危機(Situational Crisis)
予測不能な出来事による
事故、犯罪被害、突然の死別、自然災害、重篤な病気の診断、突然の失業など。予測不能であるため当事者にとってより混乱が大きく、緊急の支援が必要なケースが多い。
急性・慢性

急性危機と慢性危機

危機には時間的な広がりの観点から、急性のものと慢性化したものがあります。

急性危機(Acute Crisis)
今ここでの介入が必要
直前の出来事(事故、突然の死別、暴力被害など)によって引き起こされる、強烈で即座の心理的苦境。「今、ここで」の介入が求められる。
慢性的なストレスによる危機
蓄積が臨界点に達した状態
長期にわたる貧困、慢性的な虐待やDV、長期的ないじめ、慢性疾患など、蓄積されたストレスが臨界点に達した状態。「なぜ今なのか」を理解するためには、長期的な文脈の把握が必要。
危機のサイン

危機状態にある人が示すサイン

危機状態にある人は、感情・認知・行動・身体の四つの領域にわたって特有のサインを示します。これらのサインに気づくことが、早期の危機介入につながります。

😱
感情面のサイン
極度の不安・恐怖・パニック、激しい怒り、深い絶望感や無力感、感情の麻痺・無感覚、泣き続けたり逆に泣けなかったりする。
🌀
認知面のサイン
集中力・判断力の著しい低下、混乱した思考、「死にたい」「消えたい」という考え、トンネルビジョン(視野が極端に狭まった状態)。
🚪
行動面のサイン
突然の引きこもり・連絡途絶、衝動的・無謀な行動、大切なものを人にあげる、身辺整理をする、過度のアルコール・薬物使用。
💢
身体面のサイン
食欲・睡眠の著しい乱れ、心拍数増加・発汗などの自律神経症状、身体化症状(頭痛・腹痛・吐き気など)。
🚨
今すぐ助けが必要なサイン以下のサインが見られる場合は、すぐに専門機関に連絡してください。
・「死にたい」「死ぬつもりだ」と直接述べている
・自殺の具体的な方法・場所・時期を話している
・薬の大量服薬や刃物などを手元に準備している様子がある
・意識が朦朧としている、または激しく興奮している
いのちの電話:0120-783-556(24時間)
HISTORY & THEORY

危機介入の理論的背景と発展の歴史

危機介入の理論的基盤は、1940年代のリンデマンによるグリーフ研究から始まりました。その後カプランの危機理論、ロバーツのモデル、PFAへと発展し、日本でも独自の制度的展開が進んでいます。

世界の歴史

世界における危機介入の発展

危機介入の理論と実践は、リンデマンの先駆的研究から現代のゼロスイサイド運動まで、約80年にわたって発展してきました。

1944
リンデマンのグリーフ研究
精神科医エリック・リンデマンがボストン・ナイトクラブ「コカナッツグローブ」火災(1942年)の生存者と遺族500人以上を対象に研究を行い、正常な悲嘆プロセスと病的な悲嘆の違いを記述。グリーフワークによる回復可能性を示し、危機介入の理論的基礎を作った。
危機理論の出発点
1950s
カプランの危機理論
精神科医ジェラルド・カプランがコミュニティ精神医学の観点から「危機理論」を体系化。危機状態とは「個人が通常の問題解決機制では対処できない障害に直面したとき」に生じると定義し、危機の一時性(4〜6週間で解消)と介入の効果の高さを強調した。
危機理論の体系化
1958-1971
自殺予防センターと電話相談の普及
ロサンゼルス自殺予防センター(1958年)が先駆けとなり自殺リスクアセスメントが標準化。英国サマリタンズ(1953年)に刺激を受けて電話相談が普及し、日本でも1971年に「いのちの電話」が東京で設立。
危機支援サービスの拡大
1963
地域精神保健センター法
ケネディ大統領が署名した地域精神保健センター(CMHC)法により、米国で地域ベースの精神保健サービスが全国的に整備され、危機介入が重要な機能として位置づけられた。1970年代には危機介入モデルがソーシャルワーク実践に統合された。
米国での制度化
1983
CISMの開発
ジェフリー・ミッチェルにより、緊急サービス従事者(消防士、警察官等)向けの包括的な危機介入システム「重大事件ストレスマネジメント(CISM)」が開発された。現在は一般市民や職場にも応用されている。
職場危機支援
1991
ロバーツ7段階モデル
アルバート・R・ロバーツが危機介入の体系的なステップを7段階で整理し、現在最も広く使用されるモデルとなった。
標準モデルの確立
2000s
心理的応急処置(PFA)の開発
アメリカ国立PTSDセンターと国立子どもトラウマティックストレス・ネットワーク(NCTSN)により、災害時の心理支援のための実践ガイドとしてPFAが開発された。WHOもバージョンを作成し、国際的に普及している。
災害支援の標準化
2010s〜
ゼロスイサイド運動
医療・地域システム全体で自殺を防ぐという統合的なアプローチが国際的に広まった。
統合的予防
カプランは「問題を解決するか、問題を再定義して解決可能なものとして受け入れるか、あるいは問題を避けるかのいずれかによって危機は解決される」という実践的な視点を提供しました。これは現在も危機介入の基本哲学です。
日本の歴史

日本における危機介入の歴史

日本では、精神保健福祉の分野において危機介入の概念が徐々に導入されてきました。特に1998年の自殺者急増を契機に、社会的な対策の整備が加速しました。

  • 1971年「いのちの電話」が東京で設立され、電話による危機支援が始まった。
  • 1998年自殺者数が急増(年間3万人を超える)し、自殺対策の緊急性が認識されるようになった。
  • 2006年自殺対策基本法が制定され、国・自治体・民間が連携した総合的な自殺対策が法定化された。
  • 2007年自殺総合対策大綱が閣議決定され、ゲートキーパー養成など具体的な施策が示された。
  • 2016年改正自殺対策基本法が施行され、市区町村レベルでの自殺対策計画が義務化された。
  • 2019年頃〜精神科救急でのACT(包括型地域生活支援プログラム)チームの普及が進んだ。
ROBERTS' 7-STAGE MODEL

ロバーツの7段階危機介入モデル

ニュージャージー州立大学のアルバート・R・ロバーツが1991年に発表した7段階モデルは、現在最も広く使用される危機介入の体系的な枠組みです。支援者が危機状態にある人を段階的に導くロードマップとして機能します。

概要

ロバーツの7段階モデルとは

ロバーツの7段階危機介入モデル(Roberts' Seven-Stage Crisis Intervention Model)は、ニュージャージー州立大学の社会福祉学教授アルバート・R・ロバーツ(Albert R. Roberts)が1991年に発表し、その後改訂を重ねてきたモデルです。現在、危機介入の分野で最も広く知られ、活用されている体系的な枠組みの一つです。

このモデルは、支援者が危機状態にある人を段階的に導くための「ロードマップ」として機能します。これらの段階は必ずしも厳密な順序で進むとは限らず、実際の支援では柔軟に行き来することが求められます。また、このモデルはACT(Assessment, Crisis Intervention, Trauma Treatment)モデルとも組み合わせて用いられ、危機介入後のトラウマ治療へのスムーズな移行を可能にします。

7つの段階

7段階の流れ

第1段階の安全確認から第7段階のフォローアップまで、危機介入を体系的に進めます。

STAGE 1
安全と危険性のアセスメント
当事者の生命の安全を確認し、危険の程度を迅速に評価する。即座の安全確認(「今、自分を傷つけることを考えていますか?」と直接尋ねる)、致死的手段の有無確認と除去(薬物・刃物・縄・銃など)、身体的安全の確保(DV時はまず安全な場所へ移動)、医療的緊急性の評価(大量服薬は救急医療を優先)。差し迫った危険があれば次段階に進む前に救急・警察への通報が必要。
基盤となる第一歩
STAGE 2
信頼関係・ラポールの構築
当事者との信頼関係(ラポール)を速やかに構築する。真摯な存在感(焦りを見せず「ここにいる」姿勢)、非審判的態度(理由の追及や評価をせず体験を受け入れる)、共感的傾聴(「それは本当につらかったですね」など感情を反映)、自己紹介と役割の説明(透明性が信頼構築に重要)、文化的感受性(背景・宗教・価値観の尊重)。
信頼の土台作り
STAGE 3
主要な問題の明確化
危機の核心にある問題を明確化する。「何がきっかけでしたか?」と直近のきっかけ(出来事・会話・記念日)を探る、問題の複数性を認識し最も緊急のものに焦点化、当事者の主観的な問題認識を中心に置く(支援者が思う「真の問題」と当事者の「最もつらいこと」は一致しないことがある)、危機前の機能水準を把握し回復のゴールを設定。
焦点化
STAGE 4
感情の探索と支持
圧倒的な感情の渦の中にいる当事者に、感情を安全に表現し処理できる場を提供。感情の正常化(「そう感じるのは自然なことです」と妥当性を認める)、感情の言語化(「今どんな気持ちですか?」と問い具体的な言葉にする)、カタルシスの支持(「泣いていいですよ」と感情解放の許可を与える)、感情と行動の分離(「怒りを感じること」と「暴力をふるうこと」は別と明確化)。
カタルシス
STAGE 5
既存の対処資源の探索と活用
当事者がもともと持っている強さ・対処能力・社会的サポートを引き出す。個人の強みの探索(「過去に似た困難をどう乗り越えましたか?」)、社会的サポートの確認(「困ったとき誰かに電話できますか?」)、地域資源の探索(相談窓口・支援団体・医療機関・行政サービス)、過去の成功体験の活用、スピリチュアルな資源(宗教・信仰・哲学的価値観・生きがい)にも着目。
リソース発掘
STAGE 6
行動計画の策定と実行
具体的な行動計画を一緒に立てる。小さく具体的なステップ(「まず今日の夜をどう過ごすか」「次の24時間でできること」)、共同での計画策定(一方的な指示ではなく協力、自己決定を尊重)、安全計画(Safety Plan)の作成(警戒サイン→自分でできること→助けを求める人のリスト→相談窓口の番号)、環境の調整(致死的手段の除去、薬の管理を家族に委ねる等)、コミットメントの確認(「この計画を実行できそうですか?」)。
行動化
STAGE 7
フォローアップの計画
継続的なサポートとフォローアップの計画。次の接触の約束(「明日の○時に電話します」と具体日時を決め「見放されていない」感覚を作る)、専門機関への橋渡し(精神科・心療内科・カウンセリング機関・支援団体)、危機の再発予防(早期サインを一緒に確認)、成果の評価(危機前との比較で介入効果を確認)。
継続支援
💡
一方向ではなく、行き来するこのモデルは一方向的な「ステップ」ではなく、実際の支援では必要に応じて前の段階に戻ることが求められます。例えば、行動計画の策定中(第6段階)に当事者の感情が揺れ動けば、再び感情の探索(第4段階)に戻ります。「生きた実践」のガイドラインであり、硬直した手順書ではありません。
PSYCHOLOGICAL FIRST AID

心理的応急処置(PFA)

PFA(サイコロジカル・ファーストエイド)は、深刻な危機的出来事に見舞われた人々に対して、支援者が初期段階に提供できる心理社会的支援のガイドラインです。専門家以外でも習得でき、現場で使える実践的な枠組みです。

PFAとは

PFAとは何か

心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:Psychological First Aid, PFA)は、深刻な危機的出来事(自然災害、事故、犯罪被害など)に見舞われた人々に対して、支援者が初期段階に提供できる心理社会的支援のガイドラインです。アメリカ国立PTSDセンターアメリカ国立子どもトラウマティックストレス・ネットワーク(NCTSN)が共同開発し、WHOも独自のPFAガイドラインを作成しています。日本語版は兵庫県こころのケアセンター等が作成し、国内でも広く普及しています。

PFAは「精神的なトラウマケア」や「カウンセリング」とは異なります。心理的な「診断」を行うものでも、「感情を吐き出させる」ことを目的にしたものでもありません。被災者・被害者が自分の力で回復できるよう支える環境を整え、さらなる心理的被害から守るための実践的なアプローチです。医療専門職だけでなく、教師、消防士、警察官、ボランティア、行政職員など、幅広い人々が習得できるよう設計されています。

8つのコアアクション

PFAの8つのコアアクション

PFAのアメリカ版ガイドラインでは、以下の8つのコアアクションが示されています。これらは順番通りに実行しなければならないものではなく、状況に応じて柔軟に実施します。

🤝
1. 接触と関与
押しつけがましくなく、思いやりをもって接触する。無理に話をさせようとしない。
🏠
2. 安全と安心感
当事者の安全を確認し、物理的・心理的な安心感をもたらす情報を提供する。
🧘
3. 安定化
極度に混乱している場合、感情的な安定を取り戻すための支援を行う。
📋
4. 情報収集
現在のニーズと困りごとを把握する。「今、一番心配なことは何ですか?」と問う。
🛠
5. 実際的な支援
当事者の最も差し迫ったニーズに対応する実際的な支援(情報提供、手続きの補助など)。
👥
6. 社会的サポートとの連結
家族、友人、地域の支援者とのつながりを強化・再構築する。
💡
7. 対処に関する情報
ストレス反応は正常な反応であることを伝え、健康的な対処方法に関する情報を提供する。
🔗
8. 協同サービスとの連結
継続的なサポートが必要な場合、専門的な支援サービスへの橋渡しを行う。
Do/Don't

PFAの「やること」と「やってはいけないこと」

PFAには明確な実践上の指針があります。これらを守ることで、支援が逆効果にならないようにします。

✓ やること(Do)
穏やかに声をかけ、一緒にいる
基本的なニーズ(水・食料・安全)の充足を確認する
感情を否定せず、反応を「正常」として認める
専門家へのリファーが必要なサインを見逃さない
当事者の主体性・選択を尊重する
自分の限界を知り、引継ぎを適切に行う
✗ やってはいけないこと(Don't)
強引に話を聞き出そうとする
「大丈夫ですよ」と根拠なく保証する
「しっかりしなさい」「もっとひどい人もいる」と励ます
「今すぐ感じていることをすべて話してください」と求める
診断を下したり、心理的に分析したりする
守れない約束をする
CISDとの違い

PFAと心理的デブリーフィング(CISD)の違い

かつては「心理的デブリーフィング(Critical Incident Stress Debriefing: CISD)」と呼ばれる、外傷的出来事直後にグループで体験を語り合う手法が危機後支援として広く実施されていました。しかし複数のランダム化比較試験により、CISDは単回の実施ではPTSDの予防効果が証明されず、むしろ一部の人には有害な影響を与える可能性があることが示されました。

現在では、CISDよりもPFAの方が根拠に基づく初期支援として推奨されています。PFAはトラウマの強制的な「吐き出し」を求めず、個人のペースと選択を尊重する点が重要な違いです。

SUICIDE CRISIS

自殺危機への介入と自殺リスクのアセスメント

自殺の危機は、危機介入の中でも最も緊急性の高い場面です。WHOや日本の自殺対策で共通して強調されているのは『直接尋ねることを恐れない』姿勢です。リスク評価から具体的介入、安全計画作成までを解説します。

⚠️
このセクションには自殺に関する記述が含まれますつらいと感じた場合は、無理に読み進めず、ページ下部の相談窓口に連絡してください。いのちの電話:0120-783-556(24時間)
基本姿勢

自殺危機への介入の基本姿勢

自殺の危機に瀕した人への介入は、危機介入の中でも最も緊急性の高い場面の一つです。世界保健機関(WHO)や日本の自殺対策において共通して強調されているのは、自殺念慮を持つ人に対して直接尋ねることを恐れないという姿勢です。

「死について聞くと、自殺念慮を強化してしまうのではないか」と心配する人は多いですが、これは誤解です。多くの研究が示すように、自殺について直接尋ねることそのものが自殺リスクを高めるという証拠はなく、むしろ当事者に「あなたのことを気にかけている」というメッセージが伝わり、助けを求めやすい環境が生まれます。

6ステップ

自殺危機介入の具体的なステップ

自殺の危機に気づいたとき、支援者(専門家・一般人を問わず)が取るべき基本的なステップです。

STEP 1
そばにいる・気づく
「最近様子がおかしい」「なんとなく心配」と感じたら、その直感を信じる。声をかけること自体が「あなたのことを見ている」という強力なメッセージになる。
STEP 2
直接尋ねる
「死にたいと思うことがありますか?」「自分を傷つけることを考えていますか?」と直接尋ねる。婉曲な言い方よりも、明確な言葉で聞く方が正確な情報が得られ、当事者も「本当に心配してくれている」と感じやすい。
STEP 3
ただ聞く(判断しない)
アドバイスや反論をはさまずにただ聞く。「そんなことを考えてはいけない」「死ぬなんて馬鹿なことを考えて」という言葉は、当事者を傷つけ心を閉ざさせる。
STEP 4
一人にしない
高いリスクがある場合、当事者を一人にしないことが重要。物理的に一緒にいられない場合は、電話でつながり続ける。
STEP 5
致死的手段を遠ざける
薬物、刃物、縄など、自殺の手段となりうるものを当事者の手の届かないところに移動させる。これを「致死的手段へのアクセスを制限(Means Restriction)」といい、自殺予防において最も効果が証明されている介入の一つ。
STEP 6
専門機関につなぐ
精神科救急、いのちの電話(0120-783-556)、よりそいホットライン(0120-279-338)、または精神保健福祉センターに連絡。緊急の場合は救急(119)や警察(110)への通報も躊躇しない。
ACTモデル

ACT介入——アセスメント・危機介入・トラウマ治療

ロバーツが提唱したACTモデルは、自殺危機介入を三つの段階に整理しています。

A:Assessment(アセスメント)

迅速な生物心理社会的評価。自殺リスクの程度、精神疾患の有無、家族・社会的サポートの状況、物質依存の有無などを評価する。

C:Crisis Intervention(危機介入)

ロバーツの7段階モデルに基づく、時間限定・目標指向の介入。現在の問題・ストレス・心理的トラウマ・感情的葛藤の解消を目指す。

T:Trauma Treatment(トラウマ治療)

危機が安定した後の、トラウマ記憶や根本的な精神的問題に対する継続的な専門的治療(認知行動療法、EMDRなど)。

安全計画

安全計画(Safety Plan)の作成

自殺の危機にある人が自分自身を守るために事前に用意する「安全計画(Safety Plan)」は、危機介入の重要なツールの一つです。スタンリーとブラウン(Stanley & Brown)が開発したSafety Planning Interventionは、国際的に広く使用されています。安全計画には、以下の要素が含まれます。

  • 警戒サイン(Warning Signs)自殺念慮が高まるときに自分が示す内的サイン(思考・感情・行動・身体症状)をリストアップ。
  • 一人でできる対処法気分をそらしたり落ち着かせたりするために自分でできること(音楽を聴く、散歩する、シャワーを浴びるなど)。
  • 注意をそらしてくれる場所・活動図書館、カフェ、公園など、一人で危険になりにくい場所。
  • 助けを求められる人のリスト危機のときに連絡できる家族・友人の名前と連絡先を少なくとも3人以上書く。
  • 専門機関の連絡先担当医、相談窓口(いのちの電話、よりそいホットライン等)、精神科救急の番号。
  • 致死的手段の制限自宅にある危険な物(薬・刃物など)をどのように管理・保管するかの計画。
危険因子・保護因子

自殺の危険因子と保護因子

自殺リスクは、リスクを高める「危険因子」と、リスクを下げる「保護因子」のバランスによって決まります。

  • !過去の自殺企図歴(最大のリスク因子)
  • !精神疾患(うつ病、双極性障害、統合失調症、依存症等)
  • !物質(アルコール・薬物)の乱用・依存
  • !慢性的な身体疾患・慢性疼痛
  • !家族歴における自殺
  • !致死的手段へのアクセス(特に銃器・大量の薬物)
  • !社会的孤立・孤独
  • !最近の重大な喪失体験
  • !絶望感・将来展望の喪失
IS PATHWARM

自殺念慮の「強度」を評価する——IS PATHWARMの活用

IS PATHWARMは、アメリカ自殺学会(AAS)が自殺の警戒サインとして提唱した頭字語です。これらのサインが多く見られるほど、緊急の介入が必要です。

I
Ideation(自殺念慮)
「死にたい」「消えたい」という考え、または脅し。
S
Substance abuse(物質乱用)
アルコール・薬物の使用量の増加。
P
Purposelessness(目的の喪失)
生きる理由、目的、希望がなくなった感覚。
A
Anxiety(不安)
極度の不安、焦燥感、眠れない夜が続く。
T
Trapped(罠にかかった感覚)
「逃げ場がない」「どうにもならない」という感覚。
H
Hopelessness(絶望感)
将来について全く希望が持てない。
W
Withdrawal(引きこもり)
家族・友人・社会からの孤立。
A
Anger(怒り)
抑えられない怒り、復讐心。
R
Recklessness(無謀な行動)
死のリスクが高い行動(危険な運転、過剰な薬物服用等)。
M
Mood changes(気分の激しい変動)
突然の気分の変動、特に落ち込みから突然の「落ち着き」(覚悟を決めた可能性)。
緊急度判断

緊急度の判断——低・中・高リスクの目安

自殺リスクの緊急度は、念慮の具体性と計画の詳細度によって判断します。

低リスク
漠然とした願望
「消えてしまいたい」など漠然とした死への願望はあるが、具体的な計画はない。支援者との対話で感情が和らぐ。社会的サポートが存在する。→外来での支援、定期的なフォローアップで対応可能。
外来支援
中リスク
具体的方法を考えている
死にたい気持ちが頻繁にあり、具体的な方法について考えている。しかし計画の実行に抵抗感もある。→精神科外来への緊急紹介、安全計画の作成、頻繁なフォローアップが必要。
緊急紹介
高リスク
準備済み・実行間近
具体的な方法・時期・場所を決めており、致死的手段を準備している。または「今すぐ死ぬつもりだ」と述べている。過去に企図歴がある。→即座の精神科救急・救急搬送、入院治療の検討が必要。
救急対応
🚨
高リスクと判断したら——迷わず119・110・相談窓口へ高リスクと判断した場合は、当事者を一人にせず、救急(119番)または警察(110番)に連絡してください。専門家でない場合、リスクを過小評価することがあります。「心配しすぎかもしれない」と思っても、安全のために連絡することが重要です。
💡
自殺未遂後は「黄金の機会」自殺企図(未遂)の直後は、当事者が助けを受け入れやすい「黄金の機会」でもあります。救急搬送後の精神科的評価と適切な危機介入が、その後の再企図を大幅に減らすことが示されています。退院直後の数週間が再企図のリスクが最も高い時期で、外来フォローアップの確保が最重要です。家族・身近な人へのサポートも同時に行うことが、当事者の回復を支えます。
SUPPORT SYSTEM

日本の危機支援体制と特定状況の介入

日本では精神科救急医療体制、ACTチーム、精神保健福祉センター、各種電話相談窓口が整備されています。さらに、DV・災害・職場・学校といった特定状況には、それぞれ特有の危機介入アプローチが必要です。

主な支援機関

精神科救急・ACTチーム・精神保健福祉センター

日本の危機支援体制の中核を担う三つの機関を紹介します。

🚑
精神科救急医療体制
各都道府県に整備されている。精神科救急情報センターが24時間電話相談と精神科救急医療機関への案内を行う。救急輪番体制で精神科病院や精神科救急外来が24時間対応している地域がある。大量服薬等の身体的緊急状態には救急病院での初期対応後、精神科と内科が連携。本人や周囲の安全確保が困難な場合、警察や救急車が介入し、精神保健福祉法に基づく「措置入院」の手続きが行われることもある。
🏘
ACTチーム(包括型地域生活支援)
重い精神障害を持つ人が地域で安心して生活できるよう、多職種のチームが包括的な訪問支援を行うプログラム。日本では2003年に国立精神・神経センターと国府台病院でACT-Jとして研究事業が開始。精神科医・看護師・精神保健福祉士・作業療法士・臨床心理士などの多職種で1チームを形成し、24時間365日対応。「こちらから出向く」姿勢が特徴。統合失調症・双極性障害など重篤な精神疾患を持ち頻回の入退院を繰り返す方が対象。再入院の減少、生活の質の改善、就労率の向上、家族の負担軽減などの効果が示されている。
🏛
精神保健福祉センター
各都道府県・政令指定都市に設置されている公的な精神保健の相談機関。精神科医・精神保健福祉士・臨床心理士などの専門家が無料で相談に対応。匿名相談も可能。自殺念慮・危機状態についての相談、医療機関・福祉サービスへの紹介・橋渡し、依存症専門相談、思春期相談など地域特化の窓口を持つセンターもある。
相談窓口

日本の主な危機対応・自殺予防の電話相談窓口

24時間対応の窓口を中心に、誰でも無料で利用できる相談先があります。

いのちの電話
0120-783-556
24時間・無料。ボランティアカウンセラーによる傾聴と危機支援
よりそいホットライン
0120-279-338
24時間・無料。社会的問題を抱える方、自殺念慮のある方、DV・性暴力の被害を受けた方への支援
こころの健康相談統一ダイヤル
0570-064-556
都道府県・政令市が設置する相談窓口につながる統一ダイヤル
子どもの人権110番
0120-007-110
子ども・若者向け
チャイルドライン
0120-99-7777
子ども・若者向け
法制度

自殺対策基本法と自殺総合対策大綱

日本における自殺危機への社会的対応の根拠となるのが、2006年に制定された自殺対策基本法です。この法律の制定により、自殺は「個人の問題」から「社会的な問題」として位置づけられ、国・地方公共団体・事業者・医療機関・学校が連携して取り組む枠組みが整備されました。

  • 自殺対策基本法(2006年制定)自殺は「個人の問題」から「社会的な問題」として位置づけられ、国・地方公共団体・事業者・医療機関・学校が連携して取り組む枠組みが整備された。
  • 自治体の自殺対策計画義務化国・都道府県・市区町村はそれぞれ自殺対策計画を策定する義務を持つ(2016年改正により義務化)。
  • 自殺総合対策大綱(最新は2022年改定)「誰も自殺に追い込まれることのない社会」の実現を目標とし、ゲートキーパーの養成、相談支援体制の強化、地域のつながりの再構築などが重点施策として示されている。
  • 令和6年版自殺対策白書(2024年)年間の自殺者数や地域別・属性別の傾向の分析、対策の進捗状況が報告されている。
特定状況の介入

DV・災害・職場・学校における危機介入

場面ごとに特有の課題と支援アプローチがあります。タブで切り替えて確認してください。

🛡DV(ドメスティックバイオレンス)場面

被害者の生命に関わる危機状態を生み出すDV場面では、一般的な心理的危機への介入と異なる特有の課題がある。

  • 安全の確保が最優先:心理的ケアより先に物理的安全(加害者から距離を置く場所の確保)。シェルター、配偶者暴力相談支援センター、警察への連絡を検討
  • 「なぜ逃げないのか」への誤解を避ける:経済的依存、子どもの問題、加害者への情愛と恐怖の混在(トラウマ・ボンディング)、「変わってくれる」という希望など複雑な要因がある。「逃げない」ことを責めるのは不適切
  • 信頼関係の構築と中立性:被害者は「話した後に自分が不利になるのでは」という恐れを持つ。被害者の側に立ち、選択を尊重しながら支援
  • 段階的なアプローチ:関係を終わらせることを急かさず、まず「今の安全」を確保することに焦点を当てる。被害者が自分のペースで決定できるよう支える
FOR YOU & THOSE AROUND

身近な人が危機にあるとき・自分自身が危機にあるとき

ゲートキーパーとして身近な人を支える方法、家族・友人としての適切な関わり方、そしてあなた自身が危機にあるときのセルフケアと回復支援まで、実践的な指針をまとめます。

ゲートキーパー

ゲートキーパー——気づき・つなぐ役割

ゲートキーパー(Gatekeeper)とは、自殺の危険を示すサインに気づき、適切な対応を取ることができる人材のことです。医師・看護師・カウンセラーなどの専門家だけでなく、教師、職場の上司・同僚、民生委員、地域の人々など、あらゆる立場の人がゲートキーパーになれます。日本政府は自殺総合対策大綱の重点施策の一つとして「ゲートキーパーの養成」を掲げており、全国各地でゲートキーパー養成研修が実施されています。

👀
気づく
身近な人の「変化のサイン」に敏感になる。いつもと違う様子(元気がない、口数が減った、欠席が増えた、大切なものを手放す、「みんなに迷惑をかけている」などの言葉)を見落とさない。
👂
傾聴する
声をかけ、批判せず、気持ちをただ聞く。「どうしたの?最近元気なさそうだけど、話せる?」というシンプルな言葉から始める。
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つなぐ
相談機関や専門家への受診を一緒に考える。「一人で行くのが不安なら、一緒に行くよ」という具体的なサポートが有効。
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見守る
相談機関につないだ後も、声かけを続ける。「その後どう?」という問いかけを続けることが、当事者の孤立を防ぐ。

危機にある人への声かけは、多くの人が「どう切り出せばいいかわからない」と感じるものです。以下は具体的な声かけの例です。

  • 💬「最近、なんかいつもと違う気がして心配してるんだけど、大丈夫?」
  • 💬「もし、なんか辛いことがあったら、聞かせてほしいな」
  • 💬「こんなこと聞いていいか分からないんだけど、死にたいとか、そういうことを考えてたりしてる?」
  • 💬「あなたのことが心配で、こうして声をかけてるんだ。時間があるとき話せない?」

大切なのは「完璧に話さなければならない」というプレッシャーを手放すことです。どんなに不完全でも、「気にかけている」ことを伝えること自体が大きな支えになります。

ゲートキーパー研修を受けてみよう各都道府県・市区町村や、職場・学校を通じて、ゲートキーパー養成研修が無料で受けられる機会が多くあります。半日〜1日程度の研修で、危機に気づき・話を聞き・専門家につなぐ基本スキルを学べます。近くの精神保健福祉センターや自治体の健康増進課に問い合わせてみてください。
言葉のかけ方

家族・友人が危機状態の人に寄り添うとき

家族や友人が深刻な危機状態にあるとき、側にいる人も大きなストレスを抱えます。「何かしなければ」という焦りと、「どうしたらいいのかわからない」という無力感の間で揺れ動くことは自然なことです。まず、あなたが「そこにいること」自体がすでに大切な支援です。

言葉のかけ方ひとつで、当事者の感じ方は大きく変わります。避けるべき言葉と代わりに使える言葉を比較してみましょう。

✗ 避けるべき「気にするな」「大丈夫だよ」
✓ 代わりに「それは本当につらいね。話してくれてありがとう」
✗ 避けるべき「もっとひどい人もいる」「あなたはまだマシ」
✓ 代わりに「あなたの苦しさは本物だよ。一人じゃないからね」
✗ 避けるべき「なんでそんなことを考えるの!」(非難・驚き)
✓ 代わりに「話してくれてよかった。一緒に考えよう」
✗ 避けるべき「死ぬなんてダメだよ」(行動を禁止するだけ)
✓ 代わりに「あなたにいてほしい。一緒に助けを探そう」
✗ 避けるべき「私が何でも解決してあげる」(過度な責任感)
✓ 代わりに「私にできることはサポートすること。あなたの力を信じている」
✗ 避けるべき「秘密にしておく」(危険なコミットメント)
✓ 代わりに「あなたの安全が大切だから、必要な人に話す可能性がある」と正直に伝える
「秘密にして」と言われたら

「秘密にして」と頼まれたとき

危機状態にある人から「誰にも言わないで」と頼まれることがあります。この「秘密の約束」は、支援者を非常に難しい状況に置きます。

生命の危険がある場合、「秘密」の約束を守ることよりも、当事者の生命を守ることが最優先です。「あなたのことがとても心配だから、助けてくれる人に話したい。一緒に相談窓口に連絡してみよう」と伝え、専門家につなぐことを最優先にしてください。「裏切られた」と感じさせてしまっても、命を守ることの方が重要です。多くの場合、危機を乗り越えた後、当事者は「あのとき話してくれてよかった」と感謝することがほとんどです。

⚠️
支援者自身のセルフケア危機状態にある人を支え続けることは、支援者自身にも大きな精神的負担をかけます。共感疲労(Compassion Fatigue)や燃え尽き(バーンアウト)を防ぐためのセルフケアは、支援を継続するために不可欠です。
  • 「すべてを自分が解決しなければならない」というプレッシャーを手放す。支援者は専門家ではなく、専門家につなぐ役割を担っている。
  • 支援の経験を一人で抱え込まない。信頼できる人や専門家に話す。
  • 自分自身の感情(不安、怒り、悲しみ、無力感)を認め、それを適切に処理する時間を持つ。
  • 睡眠・食事・運動など基本的な生活リズムを崩さない。
  • 自分が限界に達していると感じたら、専門の相談機関(精神保健福祉センターなど)に相談する。
自分自身のセルフケア

自分自身が危機状態にあるとき

深刻な危機状態にある自分に気づいたとき、「助けを求めることは弱さの証だ」「迷惑をかけてしまう」という思いが浮かぶことがあります。しかしそれは誤りです。危機の状況で「助けが必要だ」と認識し、行動を起こすことは、勇気と強さの証です。あなたが今感じている苦しさは本物で、あなたには助けを受ける資格があります。

今すぐできるセルフケアと危機の対処法を紹介します。

🖐
グラウンディング(5-4-3-2-1)
パニックや解離が生じたとき、今いる場所で「見えるもの5つ」「触れるもの4つ」「聞こえるもの3つ」「匂いで感じるもの2つ」「味で感じるもの1つ」を意識することで「今ここ」に戻る。
🌬
4-7-8呼吸法
4秒かけて鼻から吸い、7秒息を止め、8秒かけて口から吐く。副交感神経を活性化し、パニック状態を落ち着かせる効果がある。
🚶
安全な場所に移動する
「ここにいると自分を傷つけてしまう」と感じたら、まず物理的にその場を離れる。人のいる場所(コンビニ、図書館、病院の待合室など)に移動する。
🔒
致死的手段を遠ざける
薬物、刃物などを自分の手の届かない場所に移す。誰か信頼できる人に預けることができれば、なおよい。
📞
誰かに連絡する
家族、友人、知人——内容は何でもいい。「話し相手が欲しい」だけでも十分。一人でいないことが重要。
相談窓口に電話する
いのちの電話(0120-783-556)、よりそいホットライン(0120-279-338)は24時間対応。「何を話せばいいかわからない」でも大丈夫。
受診のサイン

精神科・心療内科を受診するサイン

以下のような状態が続く場合は、できるだけ早く精神科・心療内科を受診してください。危機的状態が緊急の場合は、精神科救急または救急外来への受診を検討してください。

  • 「死にたい」「消えたい」という考えが頭から離れない
  • 自分を傷つけることを考えている、または実際に傷つけてしまった
  • 2週間以上、極度の落ち込み・不安・絶望感が続いている
  • 日常生活(食事、睡眠、仕事・学校)が著しく障害されている
  • 現実感が失われている(解離)、または幻覚・妄想のような体験がある
  • アルコールや薬物への依存が著しく増している
受診費用が心配な方へ——自立支援医療制度精神科・心療内科への継続的な通院が必要な場合、自立支援医療制度(精神通院医療)を申請することで、医療費の自己負担が原則1割に軽減されます。申請は市区町村の福祉担当窓口、または精神保健福祉センターで相談できます。
フォローアップとPTG

危機介入後のフォローアップと回復——DBT・PTG

急性の危機が安定した後、多くの人はホッとした気持ちとともに、「本当にこれで大丈夫なのか」という不安を抱えます。危機介入は「終わり」ではなく、長期的な回復の「入口」です。

定期的なフォローアップ

急性期の安定後、数日〜1週間に1回程度の頻度で支援者・医療者と接触を持つことが、再燃防止に効果的。

継続的な精神科外来治療

薬物療法(抗うつ薬、気分安定薬、抗精神病薬など)と心理療法を組み合わせた継続的な治療が、根本的な回復を支える。

心理療法への橋渡し

危機が安定した後、認知行動療法(CBT)、弁証法的行動療法(DBT)、EMDR、マインドフルネスベースの療法など、エビデンスに基づく心理療法への橋渡しが有効。

弁証法的行動療法(Dialectical Behavior Therapy: DBT)は、マーシャ・リネハンが1980年代に境界性パーソナリティ障害や自殺傾向のある人のために開発した心理療法です。現在では、繰り返す自殺念慮・自傷行為、感情調節の困難を持つ幅広い人々に対して有効性が示されています。

  • マインドフルネス「今この瞬間」に判断なく注意を向ける力を育む。感情の嵐の中でも「ただ観察する」視点を持つことで、衝動的な行動を防ぐ。
  • 苦悩耐性スキル苦しい感情や状況を即座に変えようとせず、耐えのびるための具体的なスキル(TIPP:温度変化・強度の高い運動・ペースの調整・漸進的な筋弛緩)。
  • 感情調節スキル感情を認識し、強度を調整し、感情に振り回されずに行動するための技術。
  • 対人関係スキル自分の権利を主張しながら、相手を傷つけず、関係を維持するためのコミュニケーションスキル。

深刻な危機体験の後、単に「元の状態に戻る」だけでなく、以前よりも豊かな自己感覚・人生観・対人関係を獲得する「ポストトラウマティック・グロース(外傷後成長、PTG)」が生じることがあります。

  • 個人的強さの認識「あの危機を乗り越えた私には、想像していたよりも強さがある」という認識。
  • 人間関係の深化危機の中で支えてくれた人々との絆が深まり、人との関係に対する感謝と意味が増す。
  • 人生への感謝「生きていること」「当たり前の日常」に対する深い感謝と喜びの感覚。
  • 新たな可能性危機がきっかけで、新しい方向性・価値観・活動に気づく。
  • スピリチュアルな変化人生の意味や目的についての深い探求。
💡
PTGは「危機は良いものだった」という結論ではなく、「苦しみと成長が同時に存在しうる」という複雑な現実を示しています。PTGを強制したり、「成長できていない」と感じる人を責めるような使い方は避けるべきです。
FAQ

よくある質問

Q. 危機介入は専門家だけがするものですか?一般の人にもできますか?

A. 危機介入の「専門的な介入」(精神科的評価、入院の判断、薬物療法など)は専門家が担いますが、最初の「気づく」「傾聴する」「つなぐ」というゲートキーパーとしての役割は、一般の人にも十分担えます。むしろ、最も身近にいる家族や友人が最初に危機に気づき、最初の支援を行う場合がほとんどです。完璧な言葉を言えなくてもいい、「そばにいる」こと、「ちゃんと心配している」ということを伝えることが、最も重要な危機介入の始まりです。ゲートキーパー研修(無料・半日程度)を受けることで、より具体的なスキルを習得できます。

Q. 「死にたい」と言っている人に「死にたいの?」と直接尋ねると、自殺を促してしまいますか?

A. これは非常によくある誤解ですが、研究の結果からは「自殺について直接尋ねることが自殺念慮を強化する」という証拠はありません。むしろ、直接尋ねることは(1)「あなたのことを真剣に心配している」というメッセージを伝える、(2)当事者が「この人には正直に話せる」と感じる安全な環境を作る、(3)当事者が抱えていた「打ち明けたいが言い出せなかった」感情を解放する出口を提供する、という効果があります。婉曲な問いかけよりも、「死にたいと思うことがありますか?」「自分を傷つけることを考えていますか?」という直接的な問いの方が、正確な情報を得られ、より適切な支援につながります。

Q. 危機状態にある人が「病院には行かない」と言っています。どうすればいいですか?

A. まず、「なぜ行きたくないのか」を聞いてみることが大切です。「時間がない」「お金が心配」「精神科に行くのは恥ずかしい」「効果があるのかわからない」「以前行って良くなかった」など、具体的な理由がある場合は、それに対応した情報提供や一緒に動くことが助けになります。「病院ではなく、まず電話相談だけ試してみませんか?」という小さな一歩を提案することも有効です。それでも拒否する場合でも、「あなたのことを心配している」という気持ちを伝え続け、側にいることが大切です。生命の危険が差し迫っている場合(今すぐ自殺しようとしている)は、当事者の意思に反しても救急・警察への連絡が必要になります。

Q. ロバーツの7段階モデルは、プロでなくても使えますか?

A. ロバーツの7段階モデルは本来、専門的なトレーニングを受けた支援者のための枠組みですが、その「考え方」は一般の人にも参考になります。特に「まず安全を確認する」(第1段階)、「信頼関係を作る」(第2段階)、「感情をただ聞く」(第4段階)、「使えるサポートを確認する」(第5段階)、「次の小さなステップを一緒に考える」(第6段階)、「その後もつながり続ける」(第7段階)という流れは、一般の人が身近な人を支える際にも役立つガイドラインとして機能します。ただし、専門的な精神科的評価や治療は必ず専門家に委ねてください。

Q. 危機介入後、当事者が「大丈夫」と言っています。支援をやめていいですか?

A. 急性危機が落ち着いた後の「大丈夫」は、必ずしも本当に大丈夫であることを意味しません。特に自殺危機においては、「覚悟が決まった」とき(実行を決意したとき)に突然落ち着いたように見える場合があります。また、危機が一時的に安定しても、根本的な問題が解決していなければ再燃する可能性があります。急性危機の後も「その後どう?」という定期的な声かけ、専門機関との継続的なつながり(定期通院、カウンセリング)を維持することが重要です。支援は「急性期に集中して→終わり」ではなく、回復のプロセス全体を通じて継続するものです。

Q. ACTチームはどうすれば利用できますか?

A. ACT(包括型地域生活支援プログラム)は、すべての地域で提供されているわけではなく、主に都市部の精神科病院や地域精神保健機関を中心に展開されています。まずは通院中の精神科医またはかかりつけ医、あるいは地域の精神保健福祉センターに「ACTのようなサービスを利用したい」と相談してみることをお勧めします。精神保健福祉センターは各都道府県・政令市に設置されており、利用可能なサービスについての情報提供・紹介を行っています。ACTが利用できない地域では、精神科訪問看護、障害福祉サービス(居宅介護、自立訓練など)、相談支援専門員との連携などを組み合わせた支援が検討されます。

Q. PFAと心理的デブリーフィング(CISD)の違いは何ですか?

A. かつては「心理的デブリーフィング(Critical Incident Stress Debriefing: CISD)」と呼ばれる、外傷的出来事直後にグループで体験を語り合う手法が危機後支援として広く実施されていました。しかし複数のランダム化比較試験により、CISDは単回の実施ではPTSDの予防効果が証明されず、むしろ一部の人には有害な影響を与える可能性があることが示されました。現在では、CISDよりもPFAの方が根拠に基づく初期支援として推奨されています。PFAはトラウマの強制的な「吐き出し」を求めず、個人のペースと選択を尊重する点が重要な違いです。

Q. 自殺未遂後の支援で大切なことは何ですか?

A. 自殺企図(未遂)の直後は、当事者が助けを受け入れやすい「黄金の機会」でもあります。救急搬送後の精神科的評価と適切な危機介入が、その後の再企図を大幅に減らすことが示されています。救急搬送後は身体的治療と並行して精神科医・精神保健福祉士による心理社会的評価と介入が実施されるべきです。退院後の外来フォローアップの確保が最重要で、退院直後の数週間が再企図のリスクが最も高い時期です。家族・身近な人へのサポートも同時に行うことが、当事者の回復を支えます。

Q. 「秘密にして」と言われたらどうすればいいですか?

A. 危機状態にある人から「誰にも言わないで」と頼まれることがあります。生命の危険がある場合、「秘密」の約束を守ることよりも、当事者の生命を守ることが最優先です。「あなたのことがとても心配だから、助けてくれる人に話したい。一緒に相談窓口に連絡してみよう」と伝え、専門家につなぐことを最優先にしてください。「裏切られた」と感じさせてしまっても、命を守ることの方が重要です。多くの場合、危機を乗り越えた後、当事者は「あのとき話してくれてよかった」と感謝することがほとんどです。

一人で抱え込まないで。
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危機的な気持ち、つらい気持ちを一人で抱えていませんか。どうかあなたの大切な悩みをココトモに聞かせていただきたいです。

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このページの情報は、医師による診断や治療に代わるものではありません。症状が気になる場合は、心療内科・精神科への受診をご検討ください。精神科への継続通院が必要な方は自立支援医療制度(精神通院医療)により医療費の自己負担が原則1割に軽減されます。お住まいの市区町村窓口または精神保健福祉センターへご相談ください。

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