誹謗中傷被害とは?
心理的影響・PTSD・法的対処・相談窓口・回復まで徹底解説
SNSや匿名掲示板での誹謗中傷は、被害者の心と人生を根底から揺るがします。被害がもたらす心理的・身体的ダメージ、緊急対処、証拠保全と法的手続き、メンタルヘルスの治療と公的支援制度まで、被害者と支援者のために必要な情報をすべてまとめました。
誹謗中傷被害とは
誹謗中傷被害とは、根拠のない悪口・侮辱・虚偽情報の拡散・個人情報の暴露などの攻撃的行為によって、精神的・社会的・経済的な損害を被ること。SNSや匿名掲示板での攻撃は、被害者の心と人生を根底から揺るがす深刻な社会問題です。
誹謗中傷被害の定義
誹謗中傷被害(ひぼうちゅうしょうひがい)とは、他者による根拠のない悪口、侮辱、虚偽情報の拡散、個人情報の暴露などの攻撃的行為によって、精神的・社会的・経済的な損害を被ることを指します。インターネットやSNSが普及した現代社会においては、対面での誹謗中傷だけでなく、オンライン上での攻撃——いわゆるネット誹謗中傷被害が急激に増加しており、その被害は被害者の心と生活に深刻な影響を与えています。
誹謗中傷被害の本質的な問題は、「言葉の暴力」が持つ破壊力です。物理的な暴力と異なり、言葉による攻撃は目に見えないがゆえに、周囲から理解されにくく、被害者が孤立しがちです。また、インターネット上の誹謗中傷は瞬時に世界中に拡散し、削除が困難なため、その被害は時間と空間を超えて継続するという特徴があります。
誹謗中傷と「批判」の違い
誹謗中傷被害の当事者がしばしば直面する問題のひとつが、「批判」との境界線です。批判と誹謗中傷は、以下の観点から明確に区別されます。
誹謗中傷被害が「心の問題」である理由
誹謗中傷被害は、単なる「嫌な経験」ではなく、医学的に治療を必要とする可能性のある心の問題です。研究では、誹謗中傷被害が以下のような神経生物学的変化を引き起こすことが示されています。
これらの変化は、誹謗中傷被害が「気のもちよう」では解決できない、身体的・神経生物学的な問題であることを示しています。専門家への相談と適切な治療が必要な理由がここにあります。
誹謗中傷被害の実態と統計
日本における誹謗中傷被害は、近年急速に拡大しています。被害者の多くが孤立し助けを求められない状況にあり、技術的・社会的な複合要因が背景にあります。
日本における被害の規模
日本における誹謗中傷被害の主要な統計データを示します。
総務省の2023年調査では、SNS等の利用者のうち2割弱(18.3%)が過去1年間に誹謗中傷被害を経験しており、年代別では20代(23.9%)と30代(22.3%)での被害が特に多いことが明らかになっています。
2024年の民間調査では、誹謗中傷被害の内容として以下が報告されています。
被害者が相談できない実態
誹謗中傷被害の深刻な問題のひとつは、被害者の多くが孤立し、助けを求めることができないことです。被害者の約半数が「誰にも相談しなかった」と回答しています。
相談しなかった主な理由:
- 相談しても解決しないと思った
- 大げさだと思われるのが怖かった
- 恥ずかしかった
法的手続きを取った被害者はさらに少なく、多くのケースが泣き寝入りに終わっています。泣き寝入りは被害者の心理的回復を著しく妨げる要因となっています。
誹謗中傷被害の増加要因
誹謗中傷被害が年々増加している背景には、複合的な社会的・技術的要因があります。
- SNSの普及と利用者層の拡大スマートフォンの普及によりSNSが老若男女に浸透し、誹謗中傷の「場」が急速に拡大した。
- 匿名性の悪用仮名・匿名アカウントで気軽に書き込める環境が、攻撃行動のハードルを下げた。
- 拡散速度の加速リポスト・シェア機能により、誹謗中傷が瞬時に世界規模で拡散するようになった。
- 炎上メカニズムの構造化SNSのアルゴリズムが感情的・攻撃的なコンテンツを優先して表示・拡散する構造になっている。
- コロナ禍以降のストレス増大社会不安、経済的困難、孤立感が増し、ストレスのはけ口として誹謗中傷が行われるケースが増加した。
- AI・ディープフェイクの悪用生成AIにより、実在の人物の顔・声を悪用したディープフェイク誹謗中傷が新たな問題として台頭している。
誹謗中傷被害の種類と特徴
誹謗中傷被害は形態によって被害者への影響や法的対処が異なります。ネット誹謗中傷は対面とは異なる特有の深刻さを持ち、特定の集団がより被害を受けやすい傾向があります。
オンライン誹謗中傷の主な形態
誹謗中傷被害の代表的な8つの形態を整理します。
ネット誹謗中傷被害の特有の深刻さ
対面での誹謗中傷と比較して、インターネット上の誹謗中傷被害には特有の深刻さがあります。
- 永続性一度インターネット上に投稿された誹謗中傷は、たとえ削除されても魚拓やキャッシュとして残り続ける可能性がある。
- 拡散性数秒で数百万人に拡散しうる。リポスト・まとめサイト転載により被害が雪だるま式に拡大する。
- 逃げ場のなさ自宅にいても、スマートフォンがあれば攻撃が届く。24時間365日、安全な場所がない状態になりやすい。
- 匿名性による加害者特定の困難被害者は攻撃者が誰なのかわからない状態で恐怖を感じ続ける。この不確かさが精神的ダメージを増幅させる。
- 目に見えない傷外傷がないため周囲に被害の深刻さが伝わりにくく、「たいしたことない」と軽視されやすい。
- 証拠保全の難しさ加害者が書き込みを削除すれば証拠が消える。プロバイダのログ保存期間(通常3〜6ヶ月)を過ぎると加害者の特定が困難になる。
誰が誹謗中傷被害を受けやすいのか
誹謗中傷被害は誰にでも起こりうるものですが、統計的に被害リスクが高い集団があることも事実です。
- SNSで発信活動をしている人ブロガー、YouTuber、インフルエンサー、タレント、作家など。発信量が多いほど標的になりやすい。
- 女性・性的少数者性別・性的指向を理由とした誹謗中傷は特に深刻で、性的な嫌がらせを受けるリスクが高い。
- 若者・10代学校いじめとネット上の誹謗中傷が連動し、逃げ場のない状況になりやすい。自尊心の形成途上であるため心理的ダメージが深刻になる。
- 公人・政治家・経営者社会的注目度が高いため攻撃対象になりやすい。ただし、公人であっても人格攻撃は誹謗中傷にあたる。
- 紛争・炎上の当事者SNS上の議論・炎上に巻き込まれた個人。当初は「悪いことをした人」と認識されていた人が、後に誹謗中傷の被害者となることも多い。
- 過去に被害歴のある人一度被害を受けると、継続的に同じ加害者から攻撃されることがある。また過去の被害体験がトラウマとなり、新たな書き込みに対する感受性が高まる。
誹謗中傷被害が心理に与える影響
誹謗中傷被害は急性期の激しい感情反応から、慢性的な自己否定・対人不信、そして身体症状にまで広く影響を及ぼします。「気のせい」では片付けられない深刻な反応です。
急性期の心理反応
誹謗中傷被害を受けた直後に生じる急性期の心理反応は、人によって異なりますが、以下のようなものが一般的です。
慢性的な心理的ダメージ
誹謗中傷被害が継続したり、急性期の反応が適切にケアされないままになると、以下のような慢性的な心理的ダメージが蓄積されます。
- 自己肯定感・自尊心の破壊大量の否定的メッセージで「自分は価値のない人間だ」という信念が内面化される。脳はネガティブ情報に強く反応する「ネガティビティバイアス」を持つため、100件の応援より1件の誹謗中傷の方が強く記憶に残る。
- 慢性的な不安と過覚醒常にSNSの反応を確認せずにいられない、または逆に極端にSNSを恐れる。些細な通知音にも過剰に反応する状態。
- 対人不信と社会的孤立「誰が攻撃しているのかわからない」という不信感から、人間関係全般に不信を抱くようになる。新しい人間関係を築くことへの強い恐怖。
- 自己表現の萎縮SNSだけでなく、対面での発言や表現活動全般に対して自己検閲を強める。創作活動、職業活動、社会参加が制限される。
- アイデンティティの揺らぎ他者から投げつけられた否定的な評価を自分のアイデンティティの一部として内面化してしまうリスク。
- 加害者への強迫的な注目加害者のSNSを繰り返し確認し続ける、エゴサーチをやめられないなど、自らが傷つく行動を繰り返してしまう。
身体的影響
心理的ストレスは必ず身体にも影響を及ぼします。誹謗中傷被害者が訴えることの多い身体症状には以下のものがあります。
うつ病・PTSD・適応障害と自殺リスク
誹謗中傷被害は複数の精神疾患の発症リスクを著しく高め、自殺念慮・自殺行動とも有意に関連します。早期の専門家への相談が回復を早めます。
誹謗中傷被害によって発症しやすい精神疾患
誹謗中傷被害は、以下の精神疾患の発症リスクを著しく高めることが研究によって示されています。精神保健福祉士による解説では、「誹謗中傷が終わった後でもうつ病を発症することがあり、十何年も経った後に精神疾患として現れる場合もある」と指摘されています。
うつ病の主な症状チェック
以下の症状が2週間以上ほぼ毎日続いている場合は、うつ病の可能性があります。精神科・心療内科への受診をご検討ください。
- ✓ほとんど一日中、気分が落ち込んでいる
- ✓これまで楽しめていたことに興味・喜びを感じられなくなった
- ✓食欲が著しく減退または増加した
- ✓眠れない、または眠りすぎる
- ✓動作や思考が遅くなったように感じる、または落ち着かない
- ✓疲れやすく、気力がわかない
- ✓「自分は価値がない」「誹謗中傷されるのは自分が悪いから」と感じる
- ✓物事に集中できない、判断がうまくできない
- ✓「死にたい」「消えてしまいたい」という気持ちがある
PTSDの主な症状チェック
誹謗中傷被害から1ヶ月以上経過しても、以下のような症状が続く場合はPTSDの可能性があります。
- 再体験症状(フラッシュバック)誹謗中傷の内容・受けたときの衝撃が、意図せず鮮明に蘇る。悪夢として繰り返し体験する。
- 回避症状誹謗中傷を思い出させるもの(SNS、特定のウェブサイト、加害者に関連するものなど)を必死に避けようとする。
- 過覚醒常に緊張している。些細な刺激(通知音、特定の言葉など)に強い反応を示す。イライラしやすい、集中できない。
- 否定的な認知と気分「誰も信用できない」「世界は危険だ」「自分は傷ついた存在だ」という否定的な信念が固定化している。喜びや幸福感を感じられない。
誹謗中傷被害と自殺リスク
誹謗中傷被害は、自殺念慮や自殺行動のリスクを有意に高めることが複数の研究で明らかになっています。国内外の研究で、サイバーハラスメント・誹謗中傷被害が将来的な自殺念慮・自殺行動リスクの上昇と有意に関連することが確認されています。日本では2020年に、SNS上の誹謗中傷を受けたプロレスラー・木村花さんが亡くなる事件が発生し、誹謗中傷と自殺の深刻な関係が社会に衝撃を与えました。被害者が女性である場合、被害の内容が性的なものである場合、被害が長期化・反復している場合などに、特にリスクが高まります。
特に以下の条件が重なる場合、自殺リスクが著しく高まります:
- !誹謗中傷が長期化・組織的に行われている
- !個人情報が特定・拡散されている(ドキシング)
- !職場・学校など現実生活への影響が出ている
- !信頼できる相談相手がいない(社会的孤立)
- !すでにうつ病・PTSD等のメンタルヘルス問題を抱えている
- !過去に自傷・自殺未遂の経験がある
- !アルコールや薬物の使用が増加している
周囲が気づくべきサイン:誹謗中傷被害者が自殺を考えている可能性を示すサインには、以下のようなものがあります。周囲の人はこれらのサインに注意してください。
- 「死にたい」「消えたい」「もう終わりにしたい」「いなくなりたい」という言葉を口にする
- SNSやブログに「お世話になりました」「さようなら」などの投稿をする
- 急に大切にしていたものを人にあげようとする
- それまで関心のあったことへの興味を突然失う
- 急に静かになった、または逆に妙に落ち着いて見える(覚悟を決めた状態の可能性)
- 自傷行為の痕跡がある
- 誰とも連絡を取らなくなる、引きこもる
- 「自分がいなくなった方がみんな幸せになる」という発言
これらのサインに気づいた場合は、ためらわずに直接「死にたいと思っているの?」と尋ねてください。自殺について尋ねることが自殺を促進するという誤解がありますが、研究ではその逆であることが示されています。「気にかけてくれている人がいる」という事実を伝えることが、命を救う可能性があります。そして、すぐに専門の相談窓口や医療機関につなげてください。
あなたが誹謗中傷で受けた傷は本物です。そしてその痛みを感じることは、あなたが弱いからではありません。つらいときに助けを求めることは、勇気ある行動です。
被害を受けたときの緊急対処ステップ
誹謗中傷被害に気づいたら、自分の心と証拠を守ることを最優先に。6つのステップを順に進めることで、心理的ダメージの拡大を防ぎ、法的対処の道を開けます。
緊急対処の6ステップ
気づいた直後から実行できる、優先順位の高い順に並べた対処ステップです。
証拠保全と法的対処
証拠保全は誹謗中傷被害対処の最優先事項。プロバイダのログ保存期間を過ぎる前に保全を行い、削除請求と発信者情報開示請求、刑事告訴・民事訴訟という段階的な選択肢を理解しましょう。
証拠保全の重要性
誹謗中傷被害の対処において、証拠保全は最優先事項です。以下の理由から、被害を認識した直後に証拠を保全することが不可欠です。
- プロバイダのログ保存期間SNS事業者・通信事業者がIPアドレス等のログを保存する期間は一般的に3〜6ヶ月程度。この期間を過ぎると加害者の特定が困難または不可能になる。
- 加害者による削除加害者が自分の投稿を削除すると、プラットフォーム上からコンテンツが消える。削除前にスクリーンショット・URL等を保存しておくことが必須。
- 法的手続きでの証明誰が、いつ、どこで、何を書いたかを証明するためには客観的な証拠が必要。感情的な記憶だけでは法的手続きを進めることができない。
自分でできる証拠保全の方法
- スクリーンショット投稿内容・投稿日時・投稿者のアカウント名・URL・ページ全体が画面に収まるよう撮影。スマートフォンとパソコンの両方で撮影するとより確実。
- URLの記録誹謗中傷が掲載されているページのURL(できれば投稿の個別URL)をコピーして保存する。
- ウェブアーカイブへの保存Wayback Machine(archive.org)の「Save Page Now」機能を使い、ページを公式アーカイブに保存。後から「そんなことは書いていない」という言い逃れができない形で保全できる。
- 動画録画ページ全体をスクロールしながら動画で録画することで、スクリーンショットでは収まりきらない長い投稿も証拠として残せる。
- 時系列記録いつ・どのプラットフォームで・どのアカウントから・どのような内容の投稿があったかを日記・メモとして記録しておく。
弁護士・公証人による証拠保全
より法的に強力な証拠保全を行う場合は、専門家に依頼する方法があります。
- 弁護士による証拠保全弁護士が証拠の収集・整理を行い、法的手続きで使用できる形式で保全する。将来的に発信者情報開示請求や訴訟を行う場合に有効。
- 公証人による公証公証役場で公証人にウェブページの存在を確認・記録してもらう。日付と内容が公的に証明される。
削除請求の5段階アプローチ
誹謗中傷コンテンツの削除を求める方法には、段階的なアプローチがあります。
発信者情報開示請求:匿名の加害者を特定する
匿名で誹謗中傷を行った加害者を特定するための最も重要な法的手続きが発信者情報開示請求です。
- 法的根拠2022年10月施行の改正プロバイダ責任制限法(現:情報流通プラットフォーム対処法)により、「発信者情報開示命令」という新たな非訟手続きが創設された。
- 手続きの簡素化従来は①SNS事業者への仮処分申立て→②通信事業者への本訴という2段階の手続きが必要だったが、改正後は1回の手続きで完結可能になった。手続き期間も大幅に短縮され、弁護士費用・期間の負担が軽減された。
- 利用件数の増加手続き簡素化の効果により、2024年上半期の申立件数は前年同期比の約2倍に増加。
- 開示される情報IPアドレス・ログイン情報・氏名・住所・メールアドレス・電話番号など。
- 注意点IPアドレスのログ保存期間は通常3〜6ヶ月程度のため、被害を認識したらできる限り早く弁護士に相談することが重要。
- 弁護士費用の目安30万〜100万円程度(事案の複雑さにより変動)。
刑事告訴:該当しうる罪名と法定刑
誹謗中傷の内容が刑事犯罪に該当する場合は、警察への被害届提出・刑事告訴が可能です。
- 名誉毀損罪・侮辱罪は親告罪(被害者の告訴が必要)。告訴できる期間は犯人を知ってから6ヶ月以内
- 告訴状・被害届と証拠資料(スクリーンショット、URL等)を持って最寄りの警察署に相談する
- 警察への相談が難しい場合は、各都道府県警察のサイバー犯罪相談窓口(電話またはWeb)に相談する
民事訴訟(損害賠償請求)
加害者が特定された後、精神的損害に対する慰謝料を民事上で請求することができます。
- 根拠民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求。
- 慰謝料の相場個人への名誉毀損の場合、数十万円〜数百万円。事案の悪質性・被害の程度・被害者の社会的地位などにより変動する。
- 損害の範囲精神的損害(慰謝料)のほか、発信者特定にかかった弁護士費用・証拠保全費用・収入減少なども損害として請求できる場合がある。
- 示談解決訴訟に至る前に、弁護士を通じた示談交渉で解決するケースも多い。
- 差止請求誹謗中傷コンテンツの削除や将来的な投稿の差止めを裁判所に求めることも可能。
無料で使える法的相談・支援窓口
- ⚖法テラス(日本司法支援センター):0570-078374。資力が乏しい場合の弁護士費用立替制度あり。電話相談は資力に関わらず利用可能
- ⚖違法・有害情報相談センター(総務省支援事業):ネット上の誹謗中傷・プライバシー侵害に関する無料相談。削除依頼の方法や法的手続きのアドバイス
- ⚖みんなの人権110番(法務局):0570-003-110。人権に関する相談を受け付け
- ⚖子どもの人権110番:0120-007-110。18歳以下の子どもに関する人権相談
- ⚖各都道府県警察サイバー犯罪相談窓口:ネット上の犯罪・トラブルに関する相談
メンタルヘルスの治療と回復
誹謗中傷被害からの回復は急性期・亜急性期・慢性期・統合期と段階を経て進みます。専門的心理療法・薬物療法・日常のセルフケアを組み合わせることで、深い回復が可能です。
回復の段階を知る
誹謗中傷被害からの心理的回復は、直線的ではなく、良い日と悪い日を繰り返しながら少しずつ進んでいきます。回復の段階を知っておくことで、「まだこんな状態なのか」という自己批判を減らすことができます。
専門的な心理療法
誹謗中傷被害からの回復に効果が示されている主な心理療法を紹介します。いずれも、精神科・心療内科・カウンセリングルームで受けることができます。
「自分には価値がない」「もう社会に出られない」などの否定的な自動思考のパターンを特定し、より現実的・適応的な思考に修正する。行動活性化(うつ状態での行動量の回復)も重要な要素。
誹謗中傷をトラウマ体験として扱い、トラウマ記憶の処理と認知の再構成を組み合わせた専門的な介入法。
眼球運動などの両側性刺激を使い、トラウマ記憶の処理を促進する。PTSDに対する国際的なガイドラインで推奨される治療法。
誹謗中傷に関する反芻思考(ぐるぐると同じことを考え続ける)への対処に特に有効。「今この瞬間」への注意の訓練。
自己への思いやり(セルフ・コンパッション)を高め、誹謗中傷によって生じた恥・自己批判に対処する。「自分を責めすぎる」傾向の強い被害者に特に有効。
SNSを見ることへの強い恐怖(回避行動)に段階的に向き合い、恐怖反応を低減させる技法。必ず専門家の指導のもとで行うこと。
薬物療法
うつ病・PTSD・不安障害が診断された場合、精神科・心療内科での薬物療法が回復を支えます。
- SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)うつ病・PTSD・社会不安障害・パニック障害の第一選択薬。フルボキサミン、パロキセチン、エスシタロプラム、セルトラリンなど。
- SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)うつ病・不安障害の治療薬。デュロキセチン、ベンラファキシンなど。
- 睡眠薬・抗不安薬重篤な睡眠障害や急性の強い不安に対して短期的に使用。依存性に注意が必要。
- 重要薬の効果が現れるまでには通常2〜4週間かかる。自己判断で中止しないことが大切。
日常生活でできるセルフケア
専門的な治療と並行して、日常生活でのセルフケアが回復を支える重要な柱となります。
- 基本的な生活リズムの維持決まった時間に起き、食事をとり、夜は寝る。シンプルに見えて回復の最も重要な基盤。
- 身体を動かすウォーキング、ヨガ、ストレッチなど。運動はセロトニンやBDNF(脳由来神経栄養因子)の分泌を促し、うつ・不安の症状を軽減する効果が研究で示されている。
- エクスプレッシブ・ライティング(表現的記述)誹謗中傷を受けたときの体験と感情を、誰かに読ませることを意識せず、紙に書き出す。研究では、トラウマ体験を書くことが心理的回復を促進することが示されている。
- SNSとの関係を見直す回復期は特に、SNSの使用時間・使用方法を意識的にコントロールする。「見なければならない」という強迫的な使用を避ける。
- 自然の中で過ごす自然環境には注意回復効果(ART:Attention Restoration Theory)があり、慢性ストレスからの回復を促す。
- 創造的な活動音楽、絵画、料理、手芸など。創造的活動は感情の表現と処理、そして自己効力感の回復に役立つ。
- 呼吸法・リラクゼーション4-7-8呼吸法(4秒吸う・7秒止める・8秒吐く)、漸進的筋弛緩法などが自律神経の安定に効果的。
- 支持的なコミュニティへの参加誹謗中傷被害の経験者同士のオンラインコミュニティ、メンタルヘルスのサポートグループへの参加。
専門家に相談すべきタイミング
以下のいずれかに該当する場合は、できるだけ早く精神科・心療内科または精神保健福祉センターに相談することをお勧めします。
- ✓2週間以上、強い落ち込みや不安が続いている
- ✓睡眠障害(入眠困難、中途覚醒、悪夢)が1ヶ月以上続いている
- ✓誹謗中傷の内容がフラッシュバックして、日常生活に支障が出ている
- ✓仕事・学校に行けなくなっている
- ✓「死にたい」「消えたい」という気持ちが生じている
- ✓自傷行為をしてしまった
- ✓アルコールや薬物への依存が疑われる
- ✓人と会うことが極度に怖くなっている
公的支援制度・若者・職場での被害
自立支援医療制度や精神保健福祉センターなどの公的制度を活用すれば、医療費負担を軽減しつつ専門的支援を受けられます。子ども・若者の被害、職場での被害には独自の対処が必要です。
公的支援制度と相談窓口
誹謗中傷被害でうつ病・PTSD・適応障害・不安障害などを発症した場合、活用できる公的制度・無料相談窓口は多数あります。
- 自立支援医療制度(精神通院医療)通常3割の医療費自己負担が原則1割に軽減(世帯所得によりさらに軽減または上限設定)。対象はうつ病・PTSD・適応障害・不安障害・統合失調症などで精神科・心療内科に継続通院する方。申請先は市区町村の福祉担当窓口または精神保健福祉センター。必要書類は医師の診断書・申請書・健康保険証など。申請には医師の診断書が必要なため、まず精神科・心療内科を受診することが前提。
- 精神保健福祉センター各都道府県・政令指定都市に設置。精神科医・精神保健福祉士・臨床心理士による無料相談。誹謗中傷被害による精神的苦痛、うつ・不安・PTSD症状について相談可能。匿名相談OK。治療機関への紹介も。自立支援医療制度の申請窓口としても機能。電話・来所・メールなど複数の方法で受け付け。
- よりそいホットライン0120-279-338。24時間365日対応の無料相談窓口。どんな悩みでも受け付ける。誹謗中傷被害の精神的つらさも相談可能。
- いのちの電話0120-783-556。24時間365日対応。特に「死にたい」「消えたい」という気持ちがある場合に連絡。
- こころの健康相談統一ダイヤル0570-064-556。都道府県・政令市が設置する精神保健福祉センター等への共通ダイヤル。
- 法テラス0570-078374。法的トラブルに関する無料電話相談。資力によっては弁護士費用の立替制度あり。
- 違法・有害情報相談センター総務省支援事業。ネット上の誹謗中傷・プライバシー侵害の削除方法に関するアドバイス。
- みんなの人権110番(法務局)0570-003-110。法務省の人権擁護機関による相談。平日8:30〜17:15。
- セーファーインターネット協会「誹謗中傷ホットライン」ネット上の誹謗中傷コンテンツの削除を無料で支援(削除率約80%)。
子ども・若者の誹謗中傷被害
子ども・若者は、誹謗中傷被害を特に受けやすく、かつその影響が長期化しやすい集団です。学校でのいじめとネット上の誹謗中傷が連動するケースが多く、24時間365日逃げ場のない状況になりやすい。ネット上の投稿は半永久的に残るため、被害の影響が成人後まで続く場合があります。自己概念・自尊心の形成途上にあるため、誹謗中傷による自尊心の損傷がより深刻で長期的になります。
子どもへの影響:誹謗中傷被害が子ども・青少年に与える影響は、心理・学業・身体の複数の領域に及びます。
- 精神的影響うつ症状・不安症状の有意な増加。自殺念慮・自殺行動のリスク上昇。学業成績の低下・登校拒否・不登校。
- 認知への影響注意集中力の低下。反芻思考(同じことを繰り返し考え続ける)。自己評価の慢性的な低下。
- 対人関係への影響友人関係の回避。教師・大人への不信感。将来的な信頼関係構築の困難。
- 身体症状頭痛・腹痛・睡眠障害・食欲不振などの心身症状。
- 長期的影響成人後にまで及ぶ自尊心の低下。PTSDの発症。社会不安障害・対人恐怖症の発症リスク。
保護者が気づくべきサイン:
- !スマートフォンを使った後に落ち込んでいる、泣いている
- !「学校に行きたくない」と言いだした
- !食欲がなくなった、急に体重が減った
- !不眠・悪夢・夜中に目が覚める
- !SNSのアカウントを突然削除した、または使わなくなった
- !特定の友人・グループの話題を極端に避ける
- !「いなくなりたい」「消えたい」という言葉を口にする
保護者・学校にできること:
- まず聞く「どうしたの?」と声をかけ、子どもの話をじっくり聞く。「大げさだ」「SNSをやめれば解決する」という反応は避ける。
- 一緒に証拠を保存するスクリーンショット・URLを一緒に保存する。一人に任せない。
- 「あなたは悪くない」と伝え続ける子どもが自分を責めている場合、繰り返し加害者側の責任であることを伝える。
- 学校に報告・連携担任・スクールカウンセラー・養護教諭に状況を報告し、学校としての対応を求める。
- 専門家に相談する子どもの人権110番(0120-007-110)、各都道府県の教育相談窓口、スクールカウンセラー、小児・思春期専門の心療内科へ。
- 必要に応じて法的対処悪質なケースでは弁護士・警察への相談も視野に入れる。
職場での誹謗中傷被害
誹謗中傷被害は、SNSや匿名掲示板だけでなく、職場環境においても深刻な問題となっています。
職場の誹謗中傷・ハラスメントの主な形態:
- 社内チャット・メールでの攻撃Slack、Teams、社内メールなどでの侮辱的な書き込み・メッセージ。
- 社外の口コミサイトへの投稿OpenWork、Glassdoorなどでの事実無根の投稿。退職者による元職場・元同僚への誹謗中傷。
- カスタマーハラスメント(カスハラ)顧客・取引先からの過度な攻撃的クレーム、SNSでの晒し行為。
- 社内での風評流布職場内で事実無根の噂を流し、特定の従業員の評判を傷つける。
職場の誹謗中傷がメンタルヘルスに与える影響:
- !うつ病・適応障害の発症リスクの著しい上昇
- !モチベーション・生産性・創造性の低下
- !休職・退職を余儀なくされるケース
- !職場全体の心理的安全性・雰囲気の悪化
- !組織への帰属意識・信頼感の喪失
職場での誹謗中傷への対処法:
- 証拠の保全問題のある書き込み・メッセージのスクリーンショットを保存する。日時・差出人・内容が明確に記録されるようにする。
- 上司・人事部門への報告会社のハラスメント対応窓口・人事部門に証拠を持って報告する。
- 労働基準監督署・都道府県労働局への相談職場でのハラスメントは労働法上の問題でもある。「総合労働相談コーナー」(厚生労働省)に無料で相談できる。
- EAP(従業員支援プログラム)の活用多くの企業がEAP(外部カウンセリングサービス)を導入している。会社のEAPを活用してカウンセリングを受ける。
- 弁護士への相談職場内の誹謗中傷が労働法上のハラスメント(パワハラ)に該当する場合、損害賠償請求・解雇無効等の法的手続きを検討する。
家族・支援者にできること、よくある質問
支援者の存在は被害者の回復に大きな影響を与えます。一方で、誤った関わり方は被害を深めるリスクも。支援者自身のセルフケアも欠かせません。
支持者としてできること・してはいけないこと
誹謗中傷被害からの回復において、家族・友人・パートナーなどの「支持者」の存在は極めて重要です。研究では、社会的サポートの有無が誹謗中傷被害のメンタルヘルスへの影響を大きく左右することが示されています。たった一人でも「自分の味方がいる」と感じられることが、回復の速度と深さに大きな違いをもたらします。
支援者が陥りがちな「支援疲れ」への対処
誹謗中傷被害者を支え続けることは、支持者自身にも精神的な負担をかけます。支援者自身のケアも大切です。
- 共感疲労(Compassion Fatigue)に注意他者の苦しみに長期間向き合うことで、支援者自身が心理的に疲弊する状態。「もう聞いていられない」「どうせ変わらない」という気持ちが生じてきたら休憩のサイン。
- 自分も誰かに話す被害者の話を一人で抱え込まず、信頼できる第三者(友人、カウンセラー)に話す。
- 適切な距離感を保つ24時間対応する必要はない。「今日は話を聞けない」と伝えることも大切。燃え尽きれば結果的に被害者のためにならない。
- 支援者自身のセルフケア自分の睡眠・食事・運動・趣味の時間を確保する。必要であれば自身もカウンセリングを活用する。
よくある質問
A. もちろんです。誹謗中傷被害による精神的苦痛は、心療内科・精神科が専門とする正当な診療対象です。「ネットのことで精神科に行くのは大げさだ」と感じる必要はありません。誹謗中傷は研究によってうつ病・PTSD・適応障害・不安障害などを引き起こすことが医学的に示されています。「辛い」と感じている時点で、専門家に相談する十分な理由があります。受診の際は「いつから」「どのような誹謗中傷を受けているか」「現在どのような症状があるか」を伝えると、適切な診断と治療を受けやすくなります。
A. はい、法的手続きにより特定できる可能性があります。2022年に改正されたプロバイダ責任制限法(現:情報流通プラットフォーム対処法)により、「発信者情報開示命令」という手続きが創設され、従来よりも短期間・低コストで加害者を特定できるようになりました。ただし、IPアドレスのログ保存期間は通常3〜6ヶ月程度のため、被害を認識したらできる限り早く証拠を保全し、弁護士に相談することが重要です。法テラス(0570-078374)で無料の電話法律相談を受けることができます。
A. 一時的・散発的な書き込みであれば、反応しないことが最善のケースも多いです(反応することで攻撃がエスカレートするリスクがあるため)。しかし「無視し続ければ必ず解決する」とは限りません。誹謗中傷が継続的・組織的である場合、個人情報が暴露されている場合、名誉毀損・脅迫に該当する悪質な内容の場合は、積極的な対処(プラットフォームへの報告、法的手段の検討)が必要です。また、「無視している」つもりでも、心の中では確実にダメージを受けているケースがほとんどです。法的・メンタルヘルスの両面からのケアを並行して行うことをお勧めします。
A. はい、可能性があります。2020年の最高裁判決では、名誉毀損的な内容のツイートをリツイートしたこと自体が名誉毀損にあたりうると判断されました。「元の投稿者が悪い」「自分は拡散しただけ」という主張は通用しない場合があります。リポスト・シェアは「その情報を広めることに同意した」とみなされる可能性があるため、内容の真実性や他者の名誉への影響を確認してから行うことが重要です。
A. 回復は可能です。ただし、誹謗中傷被害、特に深刻なケースや長期間継続したケースでは、複雑性PTSDやうつ病が慢性化することがあり、自然に回復することは難しい場合があります。専門家(精神科・心療内科・心理士)による適切な治療(認知行動療法、EMDR、薬物療法など)を受けることで、症状を大幅に改善できる可能性があります。「被害から時間が経っているから手遅れだ」ということはありません。むしろ、今からでも専門的なサポートを受けることで回復への道が開けます。精神保健福祉センターへの相談から始めてみてください。
A. まず、お子さんの話をしっかり聞いてください。「大したことない」「スマホをやめればいい」という反応は避けてください。次に行うべきことは、①スクリーンショットで証拠を保存する、②学校の担任・スクールカウンセラーに報告する、③子どもの人権110番(0120-007-110)や各都道府県の教育相談窓口に相談する、④心理的なケアが必要と感じたら、小児・思春期専門の心療内科やスクールカウンセラーにつなぐ、⑤悪質なケースは弁護士・警察サイバー犯罪相談窓口への相談を検討する。最も大切なのは、お子さんに「あなたは悪くない、必ず守る」と伝え続けることです。
A. 発信者情報開示命令の申立てから加害者を特定するまでには、概ね数ヶ月程度かかります(以前は半年〜1年以上かかっていましたが、2022年の法改正により大幅に短縮されました)。弁護士費用の目安は30万〜100万円程度で、事案の複雑さによって変動します。加害者が特定された後の民事訴訟(損害賠償請求)では、さらに追加の費用と時間がかかります。法テラスの電話相談(0570-078374)で費用の概算を確認することができます。また、弁護士費用が払えない方のために、法テラスの「弁護士費用立替制度」も利用できます(資力要件あり)。
誹謗中傷被害でつらい
あなたへ
「ネットのことくらいで」と自分を責めないでください。あなたが受けた傷は本物です。一人で抱え込まず、ココトモに話してみませんか。専門のカウンセラーがあなたの話を聞きます。
このページの情報は、医師による診断や治療に代わるものではありません。症状が気になる場合は、心療内科・精神科への受診をご検討ください。
