せん妄とは?
原因・症状・治療法をわかりやすく解説
せん妄は身体的な原因により急性に発症する意識・注意・認知の障害です。入院中の高齢者に特に多く見られ、幻覚・妄想・興奮・見当識障害などが特徴的です。原因・症状・診断・治療・予防・家族の対応・最新研究まで、必要な情報をすべてここにまとめました。
せん妄とは何か
せん妄は身体的原因により急性に発症する意識・注意・認知の障害です。原因が解決すれば回復が期待できる可逆的な状態ですが、見逃されると重篤な転帰につながります。
せん妄の定義と特徴
せん妄(Delirium)は、身体的な原因(感染症、薬剤、代謝異常、手術など)によって急性に発症する意識・注意・認知の障害です。数時間から数日のうちに症状が出現し、1日の中で症状が変動するのが特徴です。
せん妄の語源はラテン語の「delirare(脱線する、逸脱する)」に由来し、正常な精神状態からの「逸脱」を意味しています。医学的には、脳の急性の機能不全として位置づけられており、臓器不全の一つと捉えることができます。心不全が心臓の急性機能不全であるように、せん妄は脳の急性機能不全なのです。
せん妄は非常にありふれた病態でありながら、しばしば見逃され、適切な対応が遅れることが問題です。特に低活動型せん妄は「静かなせん妄」とも呼ばれ、患者が穏やかに見えるため、認知症の進行やうつ病と誤認されやすい傾向があります。せん妄の見逃しは入院期間の延長、死亡率の上昇、認知機能の長期的な低下、施設入所率の増加につながるため、早期発見と適切な対応が極めて重要です。
せん妄の3つのタイプ
せん妄は、精神運動活動のパターンにより3つのタイプに分類されます。タイプによって症状の現れ方が大きく異なるため、それぞれの特徴を理解することが重要です。
認知症・うつ病との違い
せん妄は認知症やうつ病と混同されやすい状態です。正確な鑑別は適切な治療に直結するため、それぞれの違いを正しく理解することが重要です。
せん妄と認知症リスク:最新の研究知見
近年、せん妄と認知症の関係についての研究が急速に進んでいます。2024年に発表された大阪医科薬科大学による日本の大規模研究(26万1,123例のレトロスペクティブコホート分析)では、せん妄を経験した患者の認知症発症のハザード比が5.29(95%信頼区間:1.35〜20.75)と報告され、せん妄歴のない患者と比較して認知症発症までの期間が明らかに短縮していることが示されました(せん妄なし群:972.5日 vs せん妄あり群:592.5日)。また韓国の大規模研究(1,197万例以上の入院患者を対象)でも、60歳以上のせん妄群は非せん妄群と比較してすべての原因による認知症リスクが約2.7倍、アルツハイマー病リスクが2.74倍、血管性認知症リスクが2.55倍高いことが示されています。
なぜせん妄が認知症リスクを高めるのか、そのメカニズムはまだ完全には解明されていませんが、以下の仮説が検討されています。
- せん妄中の神経炎症過剰な炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-αなど)の産生が神経細胞を障害し、アミロイドβやタウタンパクの蓄積を促進する可能性がある。
- 神経細胞の直接的なダメージ低酸素、虚血、代謝異常などがニューロンに不可逆的な損傷を与える。
- 「脆弱な脳」仮説もともと軽度の認知症があった方がせん妄をきっかけに顕在化する(せん妄が認知症を「起こす」のではなく「あぶり出す」)。
- ストレス反応コルチゾールの過剰分泌が海馬を含む脳の記憶関連部位にダメージを与える。
認知面の症状
せん妄の中核症状は注意障害と意識障害ですが、それに加えてさまざまな認知面の症状が現れます。
身体・行動面の症状
せん妄では認知面だけでなく、身体面や行動面にもさまざまな症状が現れます。
せん妄のリスク要因
せん妄は「準備因子(なりやすさ)」と「直接因子(きっかけ)」の相互作用で発症します。準備因子が多いほど、わずかな直接因子でもせん妄が発症しやすくなります。
せん妄の原因
せん妄は常に何らかの身体的原因によって引き起こされます。原因を同定し除去することが治療の根幹であり、原因の検索を怠ることは重大な身体疾患を見逃すことにつながります。
せん妄を引き起こす4つの原因カテゴリ
せん妄の原因は薬剤性・感染症・代謝異常・周術期の4つに大別されます。タブを切り替えてそれぞれの詳細をご確認ください。
せん妄の最も多い原因の一つが薬剤です。特に高齢者では多剤併用(ポリファーマシー)がせん妄のリスクを大幅に高めます。せん妄を引き起こしやすい薬剤として、ベンゾジアゼピン系薬(睡眠薬・抗不安薬)、オピオイド系鎮痛薬(モルヒネ、フェンタニルなど)、抗コリン薬(抗ヒスタミン薬、一部の抗うつ薬、過活動膀胱治療薬など)、ステロイド、H2ブロッカー(ファモチジンなど)、抗パーキンソン病薬、ジギタリス製剤、フルオロキノロン系抗菌薬などが知られています。また、ベンゾジアゼピン系薬やアルコール、バルビツール酸系薬の急な中止(離脱)もせん妄を引き起こす重要な原因です。入院時の持参薬の見直しや、新規薬剤開始後のモニタリングが予防の鍵となります。
感染症は特に高齢者においてせん妄を引き起こす最も重要な原因の一つです。尿路感染症(UTI)は高齢者のせん妄の原因として最も頻度が高く、典型的な膀胱炎症状(頻尿、排尿痛)がなくてもせん妄だけが唯一の症状として現れることがあります。肺炎もせん妄の主要な原因であり、発熱や咳が目立たない「不顕性肺炎」の場合はせん妄が唯一の兆候となることもあります。その他、敗血症(全身性の感染症)、髄膜炎、蜂窩織炎(皮膚の感染症)、胆嚢炎、腹膜炎なども原因となります。COVID-19感染症もせん妄を高率に引き起こすことが報告されており、特に高齢者ではCOVID-19の初発症状がせん妄であることがあります。
体内の代謝バランスや電解質のバランスが崩れると、脳の機能に直接影響を与えてせん妄を引き起こします。脱水は高齢者のせん妄の非常に一般的な原因であり、特に夏場や利尿薬を使用している方で注意が必要です。電解質異常としては、低ナトリウム血症(SIADH、利尿薬の副作用など)、高カルシウム血症(悪性腫瘍の骨転移など)、低血糖・高血糖(糖尿病のコントロール不良)が重要です。肝性脳症(肝硬変に伴うアンモニアの蓄積)、尿毒症(腎不全に伴う老廃物の蓄積)、甲状腺機能異常、ビタミンB1欠乏(ウェルニッケ脳症:特にアルコール依存症の方)なども原因となります。低酸素血症(血中酸素の低下)や高炭酸ガス血症も重要な原因です。
手術後のせん妄(術後せん妄)は非常に頻度が高く、特に高齢者の大手術(心臓手術、大腿骨骨折手術、腹部手術など)後に10〜70%の頻度で発生します。麻酔薬の影響、手術侵襲によるストレス反応と炎症性サイトカインの上昇、術中の低血圧や低酸素、術後の痛み、不眠、排尿困難(尿閉)などが複合的に関与しています。ICU(集中治療室)はせん妄の好発場所であり、ICUせん妄は人工呼吸器管理中の患者の50〜80%に発生します。ICUの環境要因(持続的な照明、モニター音、頻回の処置、昼夜の区別がない環境)も重要な誘発因子です。入院そのものも環境の変化によるストレスとなり、高齢者のせん妄リスクを高めます。
- ベンゾジアゼピン系薬(睡眠薬・抗不安薬)
- オピオイド系鎮痛薬
- 抗コリン作用を持つ薬剤
- ステロイド(副腎皮質ホルモン)
- H2ブロッカー
- 薬物離脱(アルコール、ベンゾジアゼピン等)
- 多剤併用(ポリファーマシー)
- 尿路感染症(最も頻度が高い)
- 肺炎
- 敗血症
- 髄膜炎・脳炎
- COVID-19感染症
- 胆嚢炎・腹膜炎
- 蜂窩織炎(皮膚感染症)
- 脱水
- 低ナトリウム血症
- 高カルシウム血症
- 低血糖・高血糖
- 肝性脳症(アンモニアの蓄積)
- 尿毒症(腎不全)
- 甲状腺機能異常
- ビタミンB1欠乏(ウェルニッケ脳症)
- 低酸素血症
- 術後せん妄(心臓手術、骨折手術など)
- 全身麻酔の影響
- ICU環境(光、音、処置の頻度)
- 術後の疼痛コントロール不良
- 尿閉・便秘
- 入院に伴う環境変化
- 不動化(身体拘束を含む)
せん妄の診断
せん妄の診断には、標準化されたスクリーニングツール(CAMなど)と、原因を特定するための検査が必要です。「急に様子がおかしくなった」という変化を見逃さないことが診断の第一歩です。
診断方法と評価ツール
せん妄の診断には、臨床評価に基づく標準化ツールと、原因特定のための検査の両方が必要です。
原因特定のための検査の流れ
せん妄と判定された場合、直ちに原因の検索が開始されます。
せん妄の治療
せん妄の治療の柱は「原因の除去」と「非薬物的介入(環境調整)」です。薬物療法は補助的な位置づけであり、重度の興奮や安全確保が困難な場合に限定的に使用されます。
せん妄治療の4つの柱
せん妄治療は「原因除去」「非薬物的介入」「薬物療法(限定的)」「予防」の4本柱で構成されます。
ICUせん妄と集中治療後症候群(PICS)
ICU(集中治療室)におけるせん妄は、単なる入院中の一時的な問題にとどまらず、退院後の長期的な生活の質(QOL)に深刻な影響を与えることが明らかになっています。近年、ICU退院後に生じる身体的・認知的・精神的な障害の総称として「集中治療後症候群(Post-Intensive Care Syndrome:PICS)」という概念が提唱されています。ICUせん妄はPICSの最大のリスク因子の一つであり、ICUせん妄を経験した患者の多くが、退院後も以下のような問題を抱え続けます。
- 認知機能障害記憶力・集中力・実行機能の低下が退院後も数か月〜数年持続することがある。重症ICUせん妄後では、軽度認知障害(MCI)に相当する認知機能障害が残存するリスクが高い。ICUでのせん妄持続日数が長いほど、1年後の認知機能低下が大きいという研究もある。
- 精神的問題PTSD(約20〜30%)、抑うつ(約30〜40%)、不安障害(約30%)が退院後に生じることが報告されている。せん妄中の幻覚・妄想・拘束体験がトラウマとなり、フラッシュバックや悪夢として繰り返し体験される。これらは日常生活・社会復帰・就労に大きく影響する。
- 身体機能障害ICU関連筋力低下(ICU-Acquired Weakness:ICU-AW)と組み合わさり、身体機能の回復が遅れる。日常生活動作(ADL)の低下、疲労感の遷延、慢性疼痛などが問題となる。退院後2.5年にわたって救急外来受診・再入院・死亡リスクが持続的に上昇するという報告もある。
- 家族(介護者)への影響(Family-PICS)ICU入室中の患者を持つ家族にも、PTSD・抑うつ・不安が高率に生じることが知られており、「Family-PICS」と呼ばれる。特に、せん妄中の家族の錯乱した言動を目撃した家族は強いトラウマを受けやすい。
PICSの予防策として、ICUでのABCDEFバンドル(Awakening and Breathing Coordination、Delirium monitoring and management、Early mobility and Exercise、Family engagement and empowerment)の包括的実施が推奨されています。日本でも、ICUダイアリーの活用、ICU後フォローアップ外来(PICS外来)の設置など、PICS対策を積極的に取り組む医療機関が増えています。退院後に認知機能、精神状態、身体機能の問題が続く場合は、遠慮なく主治医や精神科・リハビリ科に相談してください。
せん妄の予防と日常生活
せん妄の最善の治療は予防です。入院前の準備、入院中の環境調整、退院後のフォローアップまで、一貫した取り組みがせん妄のリスクを大幅に低下させます。
入院前の準備(予定入院の場合)
- ✓普段使用している眼鏡・補聴器・入れ歯を必ず持参する
- ✓家族の写真やカレンダー、時計など見当識を保つ物品を用意する
- ✓普段の睡眠パターンや生活リズムを看護師に伝える
- ✓現在服用中のすべての薬(市販薬・サプリメントを含む)のリストを持参する
- ✓アルコールの飲酒習慣(量・頻度)を正確に医療チームに伝える(離脱予防のため)
- ✓不安が強い場合は事前に医療チームに相談する
- ✓入院中に自分の状態を確認できるもの(日記帳など)を用意する
入院中のせん妄予防
- ✓昼間はカーテンを開けて自然光を取り入れ、昼夜のメリハリをつける
- ✓日中はできるだけベッドから離れ、歩行やリハビリを積極的に行う
- ✓カレンダーと時計を見やすい場所に置く
- ✓水分をこまめに摂取する(制限がない場合)
- ✓家族の面会を定期的に受ける(オンライン面会も活用)
- ✓眼鏡・補聴器は日中装着する
- ✓夜間はできるだけ静かで暗い環境を確保する
- ✓不眠や不安がある場合は看護師に早めに伝える
退院後の注意点
- ✓せん妄が完全に回復していない場合は、自宅でも見守りが必要
- ✓退院後も混乱が続く場合は主治医に相談する
- ✓処方薬は指示通りに服用し、自己判断で変更しない
- ✓十分な水分摂取と栄養管理を心がける
- ✓規則正しい生活リズム(起床・就寝時間)を維持する
- ✓せん妄中の体験(幻覚、恐怖など)による精神的な影響に注意する
- ✓認知機能の回復が不十分な場合は、認知症の精査を検討する
- ✓退院直後は転倒リスクが高いため、自宅の安全対策を見直す
日常的な予防策(高齢者)
- ✓脱水を防ぐため、1日1.5L以上の水分摂取を心がける
- ✓バランスの良い食事で栄養状態を維持する
- ✓定期的な運動(散歩、体操など)で身体機能を維持する
- ✓社会的交流を維持し、孤立を避ける
- ✓十分な睡眠を確保する(不眠が続く場合は医師に相談)
- ✓視力・聴力の定期的なチェックと矯正(眼鏡・補聴器の調整)
- ✓不要な薬は主治医と相談して減らす(ポリファーマシーの解消)
- ✓アルコールの適量を守り、急な断酒は避ける(断酒する場合は医師の指導のもとで)
せん妄後の生活再建:利用できる支援制度
せん妄は個人の問題にとどまらず、医療システム全体への大きな負担をもたらします。せん妄を発症すると、入院期間が平均2〜5日延長し、ICU入室期間が長期化するとされています。転倒・骨折・院内感染などの合併症発生率も高くなります。また、退院後も介護施設入所率が上昇し、在宅生活への復帰が困難になることも少なくありません。せん妄後の生活再建にあたって、利用できる支援制度を知っておくことは重要です。
- 自立支援医療制度(精神通院医療)せん妄後の精神的な後遺症(うつ病、PTSDなど)で継続的な精神科通院が必要な場合、医療費の自己負担を1割に軽減できます。所得に応じた月額自己負担上限額も設定されており、低所得の方は無料になる場合もあります。市区町村の担当窓口で申請できます。主治医の診断書が必要です。
- 精神保健福祉センターへの相談各都道府県・政令指定都市に設置されており、せん妄後の精神的問題(不安、うつ、PTSDなど)や、介護する家族の精神的負担など、幅広い精神保健の問題に無料で対応しています。電話相談や面接相談が可能です。
- 介護保険サービス65歳以上(または40〜64歳で特定疾病がある方)は、せん妄後の認知機能低下や身体機能低下に対して、訪問介護・デイサービス・訪問リハビリなどの介護保険サービスを利用できます。まず主治医と相談し、市区町村に要介護認定の申請を行ってください。
- 地域包括支援センター高齢者の総合相談窓口として各地域に設置されており、介護保険の申請支援、地域のサービス情報の提供、権利擁護(成年後見制度の活用など)についても相談できます。
- 医療ソーシャルワーカー(MSW)への相談入院中から退院後の生活設計について相談できます。退院前に医療・介護・福祉サービスをつないでもらうことで、在宅への円滑な移行が可能になります。
周囲の人へ — せん妄の方をサポートするために
せん妄を発症した方の家族は、突然の変化に驚き、戸惑い、不安を感じることでしょう。正しい知識と適切な対応を知ることが、本人の回復と家族自身の安心につながります。
家族ができる5つのサポート
せん妄中の方を支えるために、家族が知っておきたい5つの視点をまとめます。
終末期せん妄について知っておくこと
終末期(生命の終わりが近い時期)のせん妄は、通常のせん妄とは異なる特別な配慮が必要です。がんの末期患者では予後1か月程度の時点で30〜50%、死亡前数日〜数時間の段階では80%以上がせん妄を経験すると報告されています。この時期のせん妄は、身体の臓器機能が急速に低下することによって引き起こされるため、原因を「除去して回復させる」ことが困難な場合が多く、治療の目標が「原因の除去と回復」から「苦痛の軽減(症状緩和)と本人・家族の安心」へと変化します。
終末期せん妄では、以下の点が特に重要です。まず、本人は幻覚や妄想による強い恐怖・苦痛を体験していることがあり、「本人の苦痛をいかに和らげるか」が最優先の課題となります。次に、家族にとっても、大切な人が突然「別人のように」なってしまう体験は非常に衝撃的であり、家族自身の精神的サポートが不可欠です。「これは病気の症状です」「この方は今、苦しんでいます」と丁寧に説明し、家族が何もできないと感じないよう「そばにいてあげることが最大のケアです」と伝えることが重要です。
聖隷三方原病院などの緩和ケアの実践では、終末期せん妄に対して、①環境を穏やかに整える(静かな部屋、親しい人の声や音楽)、②家族の付き添いを最大限確保する、③本人の恐怖や苦痛を最小化する鎮静(palliative sedation)を医療チームと相談して検討する、④家族が罪悪感を持たないよう「あなたのせいではない」と繰り返し伝える、という4点が強調されています。
せん妄後の精神的影響:PTSD・フラッシュバック
せん妄から身体的に回復した後も、精神的な影響が長引くことがあります。ICUでのせん妄を経験した患者の約20〜30%に、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に類似した症状(フラッシュバック、悪夢、回避行動、過覚醒)が生じるという研究があります。せん妄中の恐怖体験(幻覚で虫に刺されている、人に追われている、拷問されているなど)は、記憶として断片的に残り、現実の出来事と区別がつかなくなることがあります。
また、せん妄中に身体拘束を経験した方は、拘束の記憶がトラウマとなって残ることがあります。退院後に「あのとき何が起きていたのか」「なぜ手足を縛られたのか」が理解できずに混乱や怒り・恐怖を感じる方も少なくありません。このような場合、医療者や家族が「あれはせん妄という病気の症状で、治療のために必要なことでした」と丁寧に説明し、本人が体験を「統合」できるよう支援することが重要です。
- 退院後に繰り返し思い出す(フラッシュバック)、悪夢、特定の場面を思い出させるものへの回避がみられる場合は、主治医や精神科・心療内科に相談してください。
- 「ICUダイアリー」(入院中の経過を医療スタッフや家族が日記形式で記録したもの)の活用が、せん妄後のPTSD予防に有効であることが複数の研究で報告されています。ICUダイアリーを読み返すことで、当時の断片的な記憶が整理され、現実の出来事として統合しやすくなります。
- 家族もせん妄を目の当たりにした体験から、抑うつや不安、睡眠障害が生じることがあります。介護者自身のメンタルヘルスケアも重要であり、必要に応じて精神科・心療内科への相談や、精神保健福祉センターへの相談を検討してください。
- せん妄後のPTSD症状が強い場合は、専門的な心理療法(認知処理療法、EMDR:眼球運動による脱感作と再処理法など)が有効なことがあります。
よくある質問
せん妄について、多くの方が抱える疑問にお答えします。
せん妄に関するよくある質問
A. せん妄は原因を除去すれば回復が期待できる可逆的な状態です。感染症の治療、原因薬剤の中止、脱水の補正など、原因が適切に対処されれば、通常数日〜1〜2週間程度で改善します。ただし、高齢者や既存の認知症がある方では回復に時間がかかることがあり、一部の方では認知機能が完全には回復しないことがあります。せん妄を経験した方は認知症の発症リスクが高まるという研究結果もあり、退院後の経過観察が重要です。早期の発見と適切な治療開始が回復のカギとなります。
A. 最も大きな違いは①発症の仕方と②注意力です。せん妄は急性に(数時間〜数日で)発症するのに対し、認知症は緩徐に(数ヶ月〜数年かけて)進行します。せん妄では注意力の著しい低下が中核症状ですが、認知症の初期では注意力は比較的保たれています。また、せん妄は症状が1日の中で大きく変動し(夕方〜夜間に悪化)、意識レベルの変容を伴いますが、認知症の症状は比較的安定しています。ただし、認知症の方はせん妄を合併しやすいため(認知症はせん妄の最大のリスク要因の一つ)、「認知症+せん妄」という状況も非常に多く見られます。
A. せん妄の症状が夕方〜夜間にかけて悪化する現象は「日没症候群(Sundowning)」と呼ばれています。その原因としては、①暗くなると視覚的な手がかりが減少し、見当識が保ちにくくなる、②サーカディアンリズム(体内時計)の乱れ(メラトニン分泌の異常)、③日中の疲労の蓄積、④夜間は医療スタッフの数が減り、環境が変化する、⑤睡眠覚醒サイクルの障害、などが考えられています。対策としては、夕方以降も適度な照明を維持する、夜間の環境を可能な限り穏やかに保つ、日中の活動量を増やして夜間の自然な眠気を促す、などが有効です。
A. まず、慌てないでください。せん妄は脳の一時的な機能障害であり、原因が取り除かれれば回復が期待できます。対応のポイントは、①穏やかに落ち着いた声で話しかける、②「ここは病院ですよ」「今は夜ですよ」と見当識を繰り返し伝える、③幻覚や妄想を否定しない(「そんなものはいない」ではなく「怖い思いをしているんですね」と受け止める)、④転倒や自傷のリスクがないか注意する、⑤異変に気づいたら看護師にすぐ報告する、⑥可能なら慣れ親しんだ物(写真、お気に入りの毛布など)を持ってくる、⑦できるだけ面会の機会を増やす、です。家族の顔を見るだけで安心する方も多いです。
A. 術後せん妄の予防には、入院前からの準備が重要です。①眼鏡・補聴器・入れ歯を必ず持参する、②家族の写真やカレンダーなど見当識の手がかりとなる物品を用意する、③現在服用中の薬をすべて医療チームに正確に伝える、④飲酒習慣を正直に申告する(離脱せん妄の予防のため)、⑤術前の不安を麻酔科医や看護師に相談する、⑥術後は可能な限り早く離床し、活動を再開する、⑦術後の痛みは我慢せずに伝える(適切な疼痛管理がせん妄予防に重要)。医療チーム側では、不要な薬の整理、脱水の予防、睡眠環境の改善、早期リハビリテーションの導入などの対策が推奨されています。
A. 残念ながら、研究結果はその傾向を示しています。せん妄を経験した方は、せん妄を経験していない方と比較して、認知症の発症リスクが約2〜8倍高いとされています。また、既に軽度の認知機能障害がある方がせん妄を経験すると、認知機能の低下が加速するという報告もあります。このメカニズムはまだ完全には解明されていませんが、せん妄中の神経炎症や神経細胞の損傷が、認知機能の長期的な低下に関与している可能性が指摘されています。せん妄からの回復後も、定期的な認知機能のチェックを受けることが推奨されます。
A. 2024年に発表された日本の大規模臨床試験(全国50施設参加、JAMA Network Open誌掲載)では、オレキシン受容体拮抗薬スボレキサント(ベルソムラ)が高齢入院患者のせん妄発症を抑制する可能性が世界で初めて示されました。スボレキサント群の発症率は16.8%で、プラセボ群の26.5%より低く、特に過活動型・混合型せん妄の抑制効果が示唆されています。オレキシンは覚醒を維持する神経伝達物質であり、その受容体を遮断することで睡眠・覚醒リズムを整え、せん妄予防につながると考えられています。ただし、現時点でスボレキサントはせん妄の予防薬として保険適用されているわけではなく、標準的な非薬物的予防介入(環境調整、早期離床など)が依然として最重要です。処方については主治医にご相談ください。
A. はい、ICUせん妄を経験した方の多くが、退院後も様々な問題を抱えることが知られています。これは「集中治療後症候群(PICS)」と呼ばれ、認知機能障害(記憶力・集中力の低下)、精神的問題(PTSD、抑うつ、不安)、身体機能障害が退院後数か月〜数年にわたって持続することがあります。ICUせん妄を経験した患者の約20〜30%にPTSD様症状が現れるという研究もあります。退院後に記憶の問題、気分の落ち込み、フラッシュバックや悪夢が続く場合は、主治医や精神科・心療内科に相談することが重要です。一部の医療機関では、ICU後のフォローアップ外来(PICS外来)が設けられています。ICUダイアリーの活用もPTSD予防に有効とされています。
A. 精神保健福祉センターは、精神的な健康に関するさまざまな相談を無料で受け付けている公的機関です。せん妄を経験した後の精神的な不調(不安、うつ症状、PTSDなど)、せん妄を抱える家族の介護負担・精神的ストレス、退院後の生活再建の相談など、幅広い精神保健の問題に対応しています。各都道府県・政令指定都市に設置されており、電話相談や面接相談が可能です。また、よりそいホットライン(0120-279-338)は24時間・無料で利用でき、こころの悩みや生活上の困難についてすぐに話を聴いてもらえます。いのちの電話(0120-783-556)も24時間対応しています。せん妄の医学的治療は入院先の医療機関が担当しますが、退院後の精神的なフォローについてはこれらの窓口への相談が大きな助けになります。
A. 自立支援医療制度(精神通院医療)は、精神疾患の治療のために継続的な通院が必要な方を対象に、医療費の自己負担を原則1割に軽減する制度です。せん妄後に抑うつやPTSD、不安障害などの精神症状が残り、精神科・心療内科への通院が必要になった場合に利用できます。入院中の治療費は対象外ですが、外来での精神科診察、薬物療法(薬代を含む)、訪問看護などが対象となります。所得に応じた月額の自己負担上限額があり、低所得の方は実質無料になる場合もあります。申請は市区町村の担当窓口(障害福祉担当課など)で行い、主治医の診断書(自立支援医療意見書)が必要です。詳しくはお近くの精神保健福祉センターや主治医にご相談ください。
大切な人のせん妄に
戸惑っているあなたへ
突然の変化に驚き、不安や疲れを抱えていませんか。一人で抱え込まず、ココトモにあなたの気持ちを聞かせてください。
このページの情報は、医師による診断や治療に代わるものではありません。症状が気になる場合は、心療内科・精神科への受診をご検討ください。
