高齢者虐待とは?
5種類の類型・サイン・通報の流れ・介護者支援を解説
高齢者虐待の相談・通報件数は年々増加し、過去最多を更新し続けています。多くは『介護の延長』『しつけ』として始まり、加害者自身に自覚がないまま深刻化していきます。5種類の虐待類型・サイン・原因・通報の流れ・介護者を支える養護者支援まで、『気になる』段階から行動に移せるように解説します。
高齢者虐待とは — 『しつけ』『介護』の名のもとで起こる人権侵害
高齢者虐待は、家庭や施設のなかで日常的に起こりうる人権侵害です。多くは『加害者に悪気がない』『介護の延長』という形で始まり、気づいたときには深刻化していることが少なくありません。
高齢者虐待防止法における『虐待』
高齢者虐待防止法(正式名称:高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律/2006年施行)は、65歳以上の高齢者に対する虐待を防ぎ、介護を担う家族(養護者)を支援することを目的にしています。
法律上「虐待」とは、身体・心理・性・経済・ネグレクトといった形で高齢者の尊厳を傷つける行為全般を指し、「殴る・蹴る」だけでなく、「無視する」「年金を取り上げる」といった行為も明確に含まれます。
厚生労働省の調査から
厚生労働省が毎年度公表している『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査』の最新集計では、養護者(家族等)による虐待の相談・通報件数は40,000件を超え、11年連続で過去最多を更新。施設従事者等による虐待の相談・通報件数も4年連続で過去最多を更新し、虐待判断件数も年々増えています。
背景には、介護期間の長期化、老老介護・認認介護の増加、家族関係の希薄化、介護人材の不足といった構造的な問題があります。
『虐待している自覚がない』加害者が多い
厚労省調査では、養護者による虐待で『虐待者本人にその自覚がある』ケースは約2〜3割にとどまり、多くは「しつけ」「介護の一環」「本人のため」と認識しています。
さらに被害者側も、『自分さえ我慢すれば家族が壊れない』『認知症だから仕方ない』と諦めてしまい、声を上げられないことが珍しくありません。だからこそ、近隣住民・ケアマネジャー・民生委員・医療職など、周囲の気づきと『早めの相談』が何よりも重要になります。
高齢者虐待防止法が定める5つの虐待類型
高齢者虐待防止法では、虐待を5種類に分類しています。実際には『複数の虐待が同時に起こっている』ケースが半数以上を占めます。タブをタップして具体例を確認しましょう。
それぞれの定義と具体例
高齢者の身体に外傷が生じ、または生じるおそれのある暴行を加えること。
著しい暴言または著しく拒絶的な対応その他の高齢者に著しい心理的外傷を与える言動。
高齢者を衰弱させるような著しい減食、長時間の放置、養護を著しく怠ること。
高齢者にわいせつな行為をすること、またはわいせつな行為をさせること。
高齢者の財産を不当に処分すること、その他高齢者から不当に財産上の利益を得ること。
- 殴る・蹴る・つねる・髪を引っ張る・物を投げつける
- 無理やり食事を口に押し込む・無理に薬を飲ませる
- ベッドに縛り付ける・車椅子に固定する(正当な理由のない身体拘束)
- 部屋に閉じ込める・外出を制限する
- 『死ねばいい』『役立たず』『早く死んで』と罵る
- 無視する・話しかけない・存在を否定する
- 排泄の失敗や物忘れを嘲笑する・人前で辱める
- 他の家族と会わせない・孤立させる
- 食事・水分を与えない/必要な介助をしない
- 入浴・着替え・おむつ交換をしない(長時間放置)
- 必要な医療・介護サービスを受けさせない
- 冷暖房のない部屋に閉じ込める
- 本人の同意のない性的行為・接触
- 排泄・入浴介助時に不必要に裸にする・写真を撮る
- わいせつな言葉を浴びせる・性的な画像を見せる
- 年金・預貯金を本人の同意なく使い込む
- 通帳・印鑑・キャッシュカードを取り上げる
- 必要な生活費・医療費を渡さない
- 本人の意思確認なく不動産を処分する・名義を書き換える
虐待を疑う『サイン』— 本人・家族・環境から読み取る
虐待のサインは、一つだけでは判断が難しいものがほとんどです。複数のサインが重なったり、説明に食い違いがあるときは、『念のため相談』を合言葉にしてください。
【本人】身体・言動のサイン
- 体に不自然なあざ・やけど・傷があり、説明が曖昧/毎回変わる
- 着替えや入浴を極端に嫌がる(性的虐待や身体的虐待を隠すため)
- やせてきた・脱水・低栄養・脱力がある
- 人前で萎縮し、家族の顔色をうかがう
- 『死にたい』『私なんていない方がいい』と口にする
- 急に物忘れや混乱が進んだように見える(心理的ストレスの影響)
【家族・介護者】態度のサイン
- 高齢者本人の話を遮り、代わりに全てを答える
- 受診や介護サービスの利用を強く拒む/面会を制限する
- 本人に対して高圧的・否定的な言葉づかいをする
- 疲労困憊・うつ状態・飲酒量の増加・孤立
- 金銭的に困窮し、本人の年金に依存している
【環境】住まい・生活のサイン
- 室内にゴミや排泄物が散乱し、悪臭がする
- 冷暖房が使われていない/衣服が汚れたまま
- 薬が大量に残っている、または必要な薬が切れている
- 郵便受けが数週間分あふれている/カーテンが閉じたまま
- 金銭管理が不透明で、通帳・印鑑の場所を本人が知らない
高齢者虐待の背景 — 『追い詰められた構造』が引き金
高齢者虐待の多くは、加害者個人の資質の問題ではありません。『介護を一人で抱え込む構造』『認知症への理解不足』『孤立』といった、誰にでも起こりうる状況が引き金になります。
虐待を生む8つの背景要因
虐待に気づいたら — 通報・相談の具体的な流れ
高齢者虐待防止法は、発見者に対して『通報の努力義務』を、生命・身体に重大な危険がある場合には『通報義務』を課しています。通報は『密告』ではなく、介護者家族への支援にもつながる大切な第一歩です。
通報・相談の4ステップ
養介護施設従事者等による虐待 — 施設で起こる虐待の特徴と対応
養介護施設従事者等による虐待(いわゆる施設内虐待)は、特別養護老人ホーム・有料老人ホーム・介護老人保健施設・訪問介護など、介護サービスの現場で働く職員によって行われる虐待を指します。
増え続ける施設内虐待
厚労省調査では、養介護施設従事者等による虐待の相談・通報件数・判断件数ともに4年連続で過去最多を更新しています。発生場所は特別養護老人ホームが最多、次いで有料老人ホーム、認知症グループホームと続きます。
発生要因としては『教育・知識・介護技術等に関する問題』『職員のストレスや感情コントロール』『虐待を助長する組織風土・職員間の関係性』が上位を占めます。
家族ができること:面会・記録・通報
身体拘束は原則禁止
介護保険指定基準において、身体拘束は『切迫性・非代替性・一時性』の3要件をすべて満たす緊急やむを得ない場合を除き、原則禁止されています。
『夜間徘徊するから縛る』『転倒予防のため車椅子に固定する』といった運用は、正当な理由とは認められず、身体的虐待に該当する可能性があります。疑問を感じたら、まず施設に方針の説明を求め、改善がなければ通報の検討を。
養護者支援 — 『介護者の限界』を防ぐためにできること
高齢者虐待防止法は、虐待から高齢者を守るだけでなく、介護を担う家族(養護者)を支えることを目的としています。介護者自身が倒れる前に、使える支援を知っておきましょう。
介護者を支える6つの支援
虐待が残す心の傷 — トラウマ・うつ・無力感から回復するために
高齢者虐待の被害者は、身体的な傷だけでなく、長期にわたる深刻な心理的ダメージを受けます。被害の特性を理解し、適切な支援につなぐことが回復の鍵です。
虐待がもたらす主な心理的影響
高齢者虐待の被害者が経験する心理的影響は多岐にわたります。特に長期間にわたって虐待が続いた場合、以下のような深刻な状態になることが知られています。
- PTSD(心的外傷後ストレス障害)虐待の記憶が突然フラッシュバックする、夢に見る、特定の場所・人・音で恐怖が再燃するなどの症状。高齢者では『急に混乱する』『理由もなく怯える』という形で現れることが多く、認知症と誤診されることもある。
- 複雑性PTSD長期反復的な虐待(特に心理的虐待・ネグレクト)を受けた場合に生じやすく、感情調節困難・慢性的な空虚感・自己否定感・人間不信が重なる状態。単純なPTSDより治療が長期化する。
- うつ病・抑うつ状態食欲不振・不眠・気力の低下・『死にたい』という希死念慮が見られる。虐待された高齢者の抑うつ率は、虐待を受けていない同世代と比べて有意に高いことが複数の研究で示されている。
- 学習性無力感『何をしても変わらない』『助けを求めても無駄』という感覚が定着し、自らSOSを出せなくなる。被害が続くほど強化される。
- 認知機能の低下慢性的なストレスはコルチゾールを過剰分泌させ、海馬(記憶を司る脳部位)にダメージを与える。『急に物忘れが進んだ』背景に虐待が隠れているケースがある。
- 社会的孤立と自己評価の低下『自分が悪い』『家族に迷惑をかけた』という自責感から、外部に助けを求めることへの強い抵抗が生じる。
なぜ被害者は『虐待ではない』と言うのか
虐待を受けている高齢者が「問題ない」「家族が心配するから何も言わないで」と訴えることは非常に多く見られます。その背景には、以下のような心理があります。
- 家族をかばう愛着『息子(娘)の将来を潰したくない』『家族が捕まったら申し訳ない』という強い親心が、被害の訴えを妨げる。
- 施設入所への恐れ『通報されたら施設に入れられる』『慣れた家から追い出される』という不安が沈黙につながる。
- 介護者への依存と恐怖の共存生活を依存している相手に逆らえないという無力感と、『逆らったらもっとひどくなる』という現実的な恐怖が絡み合う。
- 羞恥心・世間体『家のことを外に言うべきではない』『家族の恥をさらしたくない』という日本的規範意識が特に高齢世代に根強い。
- 認知症による自覚の欠如認知機能の低下により、虐待されているという認識自体が持てないことがある。
被害者の回復を支える関わり方
虐待被害を受けた高齢者の回復には、安全な環境の確保と、専門的なメンタルヘルス支援の組み合わせが重要です。
高齢者の権利を守る法的な仕組み — 成年後見制度・日常生活自立支援事業
認知症や障害により判断能力が低下している高齢者が虐待を受けている場合、本人の同意なしに支援することが難しい局面があります。そのために整備されている法的な権利擁護の仕組みを知っておきましょう。
成年後見制度とは
成年後見制度は、認知症・知的障害・精神障害などで判断能力が不十分な人の法律行為を、後見人・保佐人・補助人が代理・同意・取消しすることで、本人の権利・財産を守る制度です(民法)。
- 法定後見(後見・保佐・補助)家庭裁判所が後見人等を選任する。申立てができるのは本人・配偶者・4親等内の親族・市区町村長(親族がいない・申立てができないケース)など。高齢者虐待が疑われ、判断能力が低下している場合は市区町村長が申立てを行うことができる。
- 任意後見判断能力があるうちに、将来の後見人を自分で選んで契約しておく制度。認知症になる前に手続きをすることで、信頼できる人に財産管理・身上監護を任せられる。
- 後見人の役割財産管理(通帳・不動産・保険の管理)、契約行為の代理・取消し、身上監護(介護施設入退所・医療同意の支援)など。不当な財産処分を止め、経済的虐待の防止・回復に直接役立つ。
高齢者虐待防止法では、市区町村が成年後見制度の利用促進と申立て支援を行うことが定められており、地域包括支援センターが申立て手続きのサポートをしてくれます。費用が払えない場合は、審判申立費用の助成制度(成年後見制度利用支援事業)が利用できます。
日常生活自立支援事業とは
日常生活自立支援事業(旧・地域福祉権利擁護事業)は、認知症高齢者・知的障害者・精神障害者など、判断能力が不十分な人が地域で自立した生活を送れるよう、福祉サービスの利用援助や日常的な金銭管理を行う事業です(社会福祉法に基づき都道府県・指定都市の社会福祉協議会が実施)。
- 支援の内容福祉サービスの利用手続き援助、行政手続き援助、日常的な金銭管理(公共料金・家賃の支払い、生活費の受け取り)、書類の預かりサービス(通帳・印鑑・権利書)。
- 成年後見制度との違い契約能力がある(自分で内容を理解して契約できる)人が対象で、法的な代理権はない。日常生活の金銭管理を生活支援員が直接手伝う、より身近で継続的な関わりが特徴。
- 経済的虐待の防止に有効通帳・印鑑を本人や支援員が管理することで、家族による使い込みを物理的に防げる。すでに虐待が起きている場合は、成年後見制度と併用して保護を強化できる。
- 費用生活保護受給者は無料。それ以外の人も利用料は低額(1回の訪問あたり数百〜千数百円程度が多い)。
虐待対応での活用シナリオ
権利擁護制度と高齢者虐待対応を組み合わせた、実際の支援の流れを示します。
介護施設での虐待を防ぐ — 入所前・入所後に確認すべきポイント
令和6年度から、すべての介護施設・事業所に高齢者虐待防止の推進体制整備が義務付けられました。それでも施設内虐待は過去最多を更新しています。家族として何をチェックすればよいか、具体的に解説します。
入所前に確認すべき7つのポイント
- 第三者評価の受審・公表都道府県が認定した評価機関による第三者評価を受け、結果を公表している施設は透明性が高い。WAM NET(独立行政法人福祉医療機構)で検索できる。
- 身体拘束ゼロへの取り組み身体拘束廃止委員会の設置・具体的な方針・過去の身体拘束実績を積極的に開示しているか確認する。『緊急時には行うことがあります』という説明にとどまる場合は詳しく聞いてみる。
- 職員の離職率・採用状況介護職員の離職率が高い施設は、職員の疲弊・引き継ぎ不足・経験不足が虐待リスクを高める。介護報酬算定状況から常勤換算数を確認できる。
- 苦情解決窓口の明示施設内外に苦情解決窓口があり、利用者・家族が安心して申し出られる体制かを確認。外部の苦情受付機関(運営適正化委員会・国保連)の連絡先も明示されているか。
- 認知症ケア専門研修の受講状況認知症介護実践者研修・認知症ケア専門士などの資格を持つ職員の割合。BPSDへの非薬物的アプローチを実践できる職員が多い施設は安心。
- 面会・外出のオープンな方針『家族はいつでも来てください』『抜き打ち面会を歓迎します』という施設は、隠すものがない証拠。面会を制限しようとする施設には警戒が必要。
- 入居者の表情と施設の雰囲気見学時に、入居者が穏やかか・職員の声かけが丁寧か・施設全体に笑顔があるかを観察する。数値には現れない、現場の文化が最も重要。
入所後の継続的な見守り
入所後も定期的な面会と積極的な情報収集を続けることが、虐待の早期発見に直結します。
- 定期面会の記録毎回の面会で体の状態(あざ・体重・皮膚状態)、表情、室内環境、職員の対応を記録。スマートフォンで写真を撮る際は日時情報が自動記録されるため証拠として有効。
- 本人から直接話を聞く機会を作る職員が同席しない状況で話せる場を意識的に確保する。『誰かに怖いことをされていない?』『困っていることはない?』と穏やかに聞く。
- 複数のスタッフと関係を作る特定の職員との関係だけでなく、施設長・相談員・リーダー職員と複数のつながりを持つことで、問題が起きたときに複数の経路で情報が得られる。
- ケア会議への参加定期的に開催されるケアカンファレンス(担当者会議)に参加し、ケアプランの中身と実際の状態を照らし合わせる。
- 気になることはすぐに記録・相談『気のせいかも』と思っても、気になったことをメモしておく。積み重なれば客観的な証拠になる。
施設に求められる新ルール
2024年(令和6年度)から、介護報酬改定によりすべての介護施設・事業所に対して、高齢者虐待防止のための以下の措置が義務化されました(これまでは努力義務)。
- ✓虐待防止のための委員会の定期的な開催と結果の周知徹底
- ✓虐待防止に特化した指針の整備
- ✓従業員への定期的な研修の実施
- ✓虐待防止担当者の設置
義務化に違反した場合は介護報酬の減算対象となります。施設を選ぶ際は、これらの体制が実際に整備・運用されているかを確認する視点を持つと良いでしょう。
『高齢者虐待防止法』が生まれた背景 — 社会が高齢者虐待を『発見』するまで
日本で『高齢者虐待』という言葉が一般化したのは、意外にも最近のことです。2006年の法律施行までの道のりと、国際的な動きを押さえておきましょう。
日本における『発見』の歴史
日本では長らく、高齢者への虐待は『家庭内のしつけ・介護問題』として公的な議論の対象になりませんでした。1980年代後半から介護研究者・ソーシャルワーカーが『老人虐待』として実態調査を始め、1990年代に入って厚生省(当時)も調査に着手。
2003年には『医療経済研究機構』が全国初の大規模な高齢者虐待実態調査を実施し、家庭内で深刻な虐待が広く起きていることが明らかになりました。これらの積み重ねを受けて、2005年11月に『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』が成立し、2006年4月に施行されました。
児童虐待防止法・DV防止法との違い
日本の虐待関連法は、2000年『児童虐待防止法』→2001年『配偶者暴力防止法(DV防止法)』→2006年『高齢者虐待防止法』→2012年『障害者虐待防止法』の順で整備されてきました。
高齢者虐待防止法の特徴は、単に加害者を罰するのではなく、『養護者(家族介護者)に対する支援』を法律の目的に明記している点にあります。『介護者もまた、社会が支えるべき対象』という視点は、虐待の加害者を責めるだけでは問題が解決しないという、長年の実務の知恵を反映しています。
WHO『世界高齢者虐待啓発デー』
国際的にも、高齢者虐待は重要な公衆衛生課題と位置付けられています。国連は2011年に毎年6月15日を『世界高齢者虐待啓発デー(World Elder Abuse Awareness Day)』と定め、世界各国で啓発活動が行われています。
WHO(世界保健機関)の推計では、60歳以上の高齢者の約6人に1人が過去1年間に何らかの虐待を経験しているとされ、日本の調査結果と同様、多くは家庭内で発生しています。高齢化が進む世界各国で、高齢者虐待は『誰もが当事者になりうる』普遍的な課題として認識されつつあります。
高齢者虐待を地域で防ぐ — ご近所・民生委員・職場にできること
高齢者虐待の多くは、密室化した家庭のなかで進行します。家の外の『弱いつながり』が一つあるだけで、深刻化を防げるケースは少なくありません。『近所の目』『職場の理解』『顔なじみ』といった日常の関わりこそが、最大の予防策です。
ご近所・民生委員にできること
- 『あいさつ+ひと言』を習慣にゴミ出しや買い物の際にすれ違ったら、ひと言だけでも声をかける。これだけで、孤立する家庭の『外界との接点』が残ります。
- 郵便受け・カーテン・電気・洗濯物を見る数日〜数週間にわたって変化がないときは要注意。遠慮なく民生委員や地域包括支援センターへ連絡を。
- 民生委員を頼る民生委員・児童委員は、地域の見守り役として市区町村から委嘱された非常勤特別職の公務員です。個別の家庭状況を行政に橋渡しする役割を担っており、直接訪問が難しい場合でも民生委員経由で動いてもらえます。
- 『孤独死ゼロ運動』などの取組に参加自治会・町内会・老人クラブが行う見守り活動に参加するだけで、地域のアンテナが増えます。
ケアマネ・医療従事者にできること
ケアマネジャー・訪問看護師・訪問介護員・主治医・歯科医師・薬剤師といった医療介護従事者は、家庭内に入れる数少ない職種です。
『いつもと違う』『介護者の表情が険しい』『本人が黙り込む』といった違和感を感じたら、記録に残し、必要に応じてサービス担当者会議で共有、そして地域包括支援センターや市区町村へ通報してください。医療介護従事者には高齢者虐待防止法上『通報努力義務』が課されており、通報したことによって守秘義務違反に問われることはありません。
職場にできること — 介護離職を防ぐ
総務省の『就業構造基本調査』では、年間約10万人が介護のために離職しており、介護離職者の多くが経済的困窮・うつ・孤立といった『虐待の高リスク状態』に陥るとされます。
企業にとって介護離職の予防は、高齢者虐待の予防でもあります。介護休業・介護休暇・短時間勤務・フレックスタイム・テレワークといった両立支援制度を周知し、相談しやすい風土を作ることが有効です。育児・介護休業法は、通算93日までの介護休業、年5〜10日の介護休暇取得を労働者の権利として保障しています。
よくある質問
A. 高齢者虐待防止法では『虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者』に通報の努力義務を課しており、『思われる』段階での通報が想定されています。結果的に虐待ではなかったとしても、通報者が不利益を受けることはありません。市区町村は確認調査を行ったうえで必要な支援を判断します。
A. 通報者の情報は法律上の守秘義務で守られており、加害者側に誰が通報したかが伝わることはありません。また、市区町村の対応は『懲罰』ではなく『支援』が原則で、介護者に対するレスパイトやカウンセリングの提案など、むしろ家族全体を支える方向で動くことが多いです。
A. はい。高齢者本人が虐待を否認するのは珍しくありません。『家族をかばいたい』『施設にいられなくなるのが怖い』『認知症で自覚がない』など様々な理由があります。周囲が『客観的におかしい』と感じたら、本人の言葉だけで判断せず、相談してください。
A. 今すぐ、地域包括支援センターかケアマネジャーに電話をしてください。『限界です』『虐待しそうで怖い』とそのまま伝えて大丈夫です。あなたの率直なSOSは、責められるものではなく、むしろ最も責任ある行動です。深夜であれば『よりそいホットライン 0120-279-338』や『いのちの電話 0120-783-556』も利用できます。
A. まずは施設の責任者(施設長・相談員)に状況を伝え、改善を求めてください。対応が不十分な場合は、市区町村の介護保険課や高齢者虐待対応窓口へ通報します。気になるあざ・行動の変化・職員の態度などは写真やメモで日付入りの記録を残すと、調査がスムーズです。
A. 原則として身体拘束は虐待(身体的虐待)に該当します。介護保険指定基準では『切迫性・非代替性・一時性』の3要件をすべて満たす緊急やむを得ない場合を除き禁止されています。家庭内であっても『徘徊防止のため鍵を閉める』『ベッドに縛る』といった対応は、まずケアマネジャーに相談し、代替策(センサー・見守り・環境整備・服薬調整・デイサービス活用など)を検討してください。
A. 経済的虐待に該当する可能性があります。地域包括支援センターへ相談のうえ、必要に応じて成年後見制度(法定後見・任意後見)や日常生活自立支援事業の利用を検討してください。通帳・印鑑・キャッシュカードを第三者が管理できる仕組みに切り替えることで、被害拡大を防げます。
A. はい、特に長期間にわたる虐待を受けた場合は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)・うつ病・複雑性PTSDなどの精神疾患を発症することがあります。精神科・心療内科への受診や、カウンセリングによる専門的な支援が有効です。各都道府県の精神保健福祉センターでは、無料で相談を受け付けており、必要な医療機関・支援機関への橋渡しを行っています。被害者本人だけでなく、支援する家族や専門職からの相談も受け付けています。
A. 認知症などで判断能力が低下した高齢者が経済的虐待を受けている場合、後見人が財産を管理することで使い込みを止め、回復を図ることができます。申立てができるのは本人・親族のほか、身寄りがない・親族が申立てできない場合は市区町村長も申立て可能です。費用は申立費用(数万円程度)のほか、後見人への報酬(月2〜5万円程度が目安)がかかりますが、低所得者には助成制度(成年後見制度利用支援事業)があります。地域包括支援センターで相談・手続きサポートが受けられます。
A. 両方を並行して行ってください。まず施設長・相談員に事実確認と説明を求め、その内容をメモしておきます(記録が後の調査で重要になります)。同時に、または施設の対応が不十分な場合はすぐに、市区町村の介護保険課・高齢者虐待対応窓口に通報してください。行政通報は施設への不信感の表明ではなく、行政が第三者として調査する仕組みを動かすものです。緊急性が高い場合(生命の危険を感じるとき)は、警察への相談も躊躇しないでください。
A. まず、自分を責めることをやめてください。そして今日中にケアマネジャーか地域包括支援センターに連絡し、正直に話してください。『虐待してしまった』と話すことは、最も責任ある行動です。支援者は罰するためではなく、あなたと高齢者の双方を助けるために動きます。ショートステイなどのレスパイトを使って物理的に距離を置くこと、介護量を減らすためのサービスの組み替え、場合によってはカウンセリングや医療につなぐことが検討されます。一度でも暴力が出た場合は、再発防止のために早期の介入が不可欠です。
A. 日常的に、近所の高齢者に声をかける・郵便受けや電気の様子を気にする・民生委員を通じて気になる家庭を伝えるといった行動が、虐待の早期発見につながります。また、介護者家族が孤立していると感じたら『大変そうですね、何か手伝えますか』と声をかけるだけでも孤立を和らげます。自治会・老人クラブの見守り活動や、地域の認知症サポーター養成講座(無料・約90分)への参加も有効です。『余計なお世話』と思わず、感じた違和感を地域包括支援センターに伝えることが最も大切なアクションです。
『気のせいかも』と感じたとき、
一人で抱え込まないで
高齢者虐待は、早く気づいて相談するほど、被害者にとっても介護者にとっても良い結果につながります。介護のつらさも、被害者の気持ちも、ココトモが丁寧に受け止めます。
このページの情報は、医師による診断や治療に代わるものではありません。症状が気になる場合は、心療内科・精神科への受診をご検討ください。地域包括支援センター・精神保健福祉センターも無料で相談を受け付けています。
