電気けいれん療法(ECT)とは?
効果・安全性・副作用・TMSとの違いまで徹底解説
「電気ショック療法」という古いイメージとは異なり、現代の修正型ECT(m-ECT)は全身麻酔下で行われる安全な医療行為です。治療抵抗性うつ病や重症の精神疾患に対して60〜90%の有効率を誇るECTについて、仕組み・効果・副作用・適応疾患・手順・日本での実情、TMSとの比較まで網羅して解説します。
電気けいれん療法(ECT)とは——定義と歴史
電気けいれん療法は、頭部に電気刺激を与えて人工的なけいれんを誘発し、精神症状を改善させる治療法です。1938年の誕生から80年以上を経て、現代の修正型ECTは全身麻酔下で行われる安全な医療行為に進化しました。
ECTの定義
電気けいれん療法(Electroconvulsive Therapy:ECT)とは、頭部に電気刺激を与えて脳内に人工的なてんかん発作(けいれん)を誘発し、精神症状を改善させる治療法です。精神科・神経科領域で用いられる身体的治療法(身体療法)の一つで、薬物療法・心理療法と並ぶ重要な選択肢として位置づけられています。
現代のECTは、全身麻酔と筋弛緩薬を使用する「修正型ECT(modified ECT:m-ECT)」が標準であり、治療中は完全に眠った状態のため苦痛はなく、けいれんも外から見てはほとんどわかりません。治療時間は準備を含めて30〜60分程度で、外来でも実施可能な場合があります。
- 英語名Electroconvulsive Therapy(ECT)、旧称 Electroshock Therapy(EST)
- 日本語名電気けいれん療法、電気けいれん治療、通電療法、電気痙攣療法
- 略称ECT、m-ECT(修正型)
- 対象重症うつ病、治療抵抗性うつ病、統合失調症、双極性障害(躁・うつ両相)、緊張病(カタトニア)、悪性症候群など
- 有効率うつ病で60〜90%、急性躁病で約80%の著明改善または完全寛解
ECTの誕生——1938年イタリアでの発見
電気けいれん療法の歴史は1938年、イタリアの精神科医ウーゴ・チェルレッティ(Ugo Cerletti)とルチオ・ビーニ(Lucio Bini)が開発したことに始まります。
それ以前の1930年代には、インスリン昏睡療法やカンフル・メトラゾール(ペンタゾール)などの薬物によるけいれん誘発療法がすでに行われていました。チェルレッティらは、屠殺場でブタに電気ショックを与えてけいれんを起こす場面を見て、電気刺激で脳にけいれんを誘発できることを発見しました。1938年4月15日、ローマで初めて統合失調症患者への通電治療が行われ、10〜20回の治療後に精神症状の著明な改善が確認されました。これが近代ECTの始まりです。
日本では、1939年に九州大学精神科で初めて実施されました。その後1950〜60年代には世界中に普及し、向精神薬が登場する以前の精神科治療の主力として広く用いられていました。
なぜ「電気ショック」というイメージが根づいたのか
1950〜70年代の向精神薬の登場により、ECTの使用頻度は一時的に激減しました。この時代のECTは麻酔なしで施行されることが多く、患者が意識のある状態でけいれんを起こすため、骨折などの身体的外傷リスクや激しい恐怖体験が伴うものでした。また一部の施設では治療的目的でなく懲罰的に使用されたことも報告されており、1975年のアメリカ映画「カッコーの巣の上で」などがそのイメージを世間に広く定着させました。
日本でも同様に、かつての電気けいれん療法が患者に恐怖と苦痛を与えるものとして社会問題化し、ECTへの強い負のイメージが形成されました。しかし現代の修正型ECTは、過去のそれとはまったく異なる安全な医療行為です。
ECTがなぜ効くのか——6つのメカニズム
ECTの正確な作用機序はまだ完全には解明されていませんが、複数のメカニズムが関与していると考えられています。
現代の修正型ECT(m-ECT)——昔との違いと安全性
修正型ECTは全身麻酔と筋弛緩薬を使用することで、安全性と患者の苦痛を大幅に軽減した方法です。麻酔科医・精神科医・看護師が連携するチーム医療です。
修正型ECT(m-ECT)とは
現代のスタンダードとなっている修正型電気けいれん療法(modified electroconvulsive therapy:m-ECT)は、全身麻酔と筋弛緩薬を使用することで、安全性と患者の苦痛を大幅に軽減した方法です。「修正型」とは、筋弛緩薬によって体のけいれんを修正(抑制)することを意味します。
麻酔科医と精神科医と看護師が連携して実施する、チーム医療の形をとっています。日本では2002年に短パルス矩形波治療器が薬事承認され、「サイマトロン®」などの専用装置を使用したm-ECTが普及しました。
電極の配置——双側性と片側性
ECTの電極配置にはいくつかの種類があり、効果と認知機能への影響のバランスを考慮して選択されます。
- 双側性(両側性)ECT両側のこめかみに電極を配置する標準的な方法。治療効果が高いが、認知機能(特に記憶)への影響が片側性より出やすい。
- 右側片側性ECT(右一側性ECT)右のこめかみと頭頂部に電極を配置する方法。言語機能が集中する左半球への刺激を避けることで、言語性記憶への影響を軽減できる。ただし効果発現には双側性より多くの通電回数を要することがある。
- 超短パルス(Ultra-Brief Pulse)ECT従来の短パルスより電気刺激の幅をさらに短くする方法。認知機能への影響を大幅に軽減しながら治療効果を維持できる。近年普及が進んでいる。
電極配置と刺激パラメータの選択は、患者の症状の重さ・既存の認知機能障害・治療歴などを踏まえて精神科医が判断します。
治療の回数と頻度
ECTは通常、1クール(急性期治療)として以下のスケジュールで行われます。
症状の改善状況や副作用の出現を見ながら、回数を柔軟に調整します。十分な改善が得られない場合は、2クール目に進むこともあります。うつ病では1クール(約6〜12回)で74%が十分改善され、緊張型統合失調症では53%が1クールで十分改善されるとされています。
ECTの実施手順——当日の流れと準備
ECTを実施するには、事前の十分な評価と準備、当日の安全な手順、治療後のフォローが必要です。外来診療での適応判断から治療開始まで、各ステップを解説します。
治療前の準備(入院前〜治療直前)
ECTを実施するには、事前に十分な評価と準備が必要です。外来診療での適応判断から治療開始まで、以下のプロセスをたどります。
- 適応判断精神科主治医が患者の診断・治療歴・身体状態を評価し、ECTが適切かどうかを判断する。
- インフォームドコンセント患者本人および家族に対して、治療の目的・方法・期待される効果・副作用・代替治療法などを説明し、書面で同意を得る。WHO(2005年)の勧告により、患者本人のインフォームドコンセントが必須とされている。
- 多職種カンファレンス精神科医・麻酔科医・看護師・医療ソーシャルワーカーなどが集まり、治療計画について検討・承諾を得る。
- 術前検査採血(血液検査、凝固系)、心電図、胸部X線、頭部MRI/CTなどの各種検査を実施。全身麻酔の安全性を評価する。
- 薬剤の調整ECTの効果を下げたり発作閾値を変化させる薬剤(リチウム、ベンゾジアゼピン系薬剤、抗てんかん薬など)は可能であれば中止または減量する。
- 絶飲食麻酔を安全に行うため、治療前夜から飲食を禁止する(絶飲食時間は施設により異なるが、固形物8時間前・水分4〜6時間前が一般的)。
治療当日の流れ(7ステップ)
治療当日はm-ECT室(手術室に準じた設備)で以下の手順で行われます。
治療後の日常生活
治療当日および翌日は、以下の点に注意が必要です。
- ✓治療当日は自動車・バイク・自転車などの運転は禁止(麻酔の影響が残る可能性があるため)
- ✓治療後数時間は頭痛・吐き気・筋肉痛(特に顎・頸部)を感じることがある。鎮痛薬で対処可能
- ✓治療直後から数時間は混乱や見当識障害(日時・場所がわからなくなる)が出ることがある
- ✓治療日以外は入院環境の中で通常通りの生活を送ることができる
- ✓入院中の面会・電話は施設の規定に従う
ECTの適応疾患——どのような人に勧められるか
日本精神神経学会の「電気けいれん療法推奨事項改訂版」に基づき、ECTは速効性が必要な状況、薬物療法無効例、副作用問題の患者などで推奨されています。
ECTが特に有効な4つの状況
日本精神神経学会の「電気けいれん療法推奨事項改訂版」に基づき、ECTは以下の状況で特に推奨されています。
主な適応疾患
ECTが適応される主な疾患・状態と、それぞれの位置づけ・特記事項は以下の通りです。
妊婦へのECT
妊娠中の重症うつ病・統合失調症に対して、向精神薬より胎児への影響が少ない選択肢としてECTが考慮されることがあります。胎児への電気刺激の直接的なリスクは低く、妊娠全期間を通じての実施報告があります。ただし全身麻酔や過換気のリスクに対する十分な管理が必要であり、産科・麻酔科・精神科の連携チームで対応します。
ECTの効果とエビデンス
ECTはうつ病に対して最も強力な治療効果を示す方法の一つです。統合失調症・双極性障害・緊張病・悪性症候群への有効性も多くの研究で確認されています。
うつ病に対するエビデンス
ECTはうつ病(大うつ病性障害)に対して、最も強力な治療効果を示す方法の一つとして確立されています。
2017年総合病院精神医学会ECT研修施設データでは、うつ病では著明改善70%、中等度改善18%、軽度改善9%、不変3%と、非常に高い改善率が示されています。特に重症うつ病・精神病性うつ病(妄想を伴ううつ病)・老年期うつ病でECTの効果が特に顕著であることが複数の研究で示されています。
また、ECTは抗うつ薬と比較しても優れた効果を示します。複数のメタアナリシス(多数の研究を統合した解析)で、ECTは抗うつ薬単独より有意に高い有効率と寛解率を示すことが確認されています。
統合失調症に対するエビデンス
統合失調症に対するECTは、主に薬物療法との併用で用いられます。
- 2017年日本データでは、統合失調症での著明改善率は26%、中等度改善22%、軽度改善18%、不変32%
- ECT単独よりも抗精神病薬との併用で、薬物療法単独をわずかに上回る有効性が認められる(コクランレビューなど)
- 陽性症状(幻覚・妄想・興奮・カタトニア)や情動症状への効果が比較的高い
- 陰性症状(感情の平板化・意欲低下・社会的引きこもり)への効果は乏しい
- クロザピン治療と並んで、「統合失調症薬物治療ガイドライン」では治療抵抗性統合失調症への有効な選択肢としてECTが推奨されている
- 1クールで十分改善される割合は53%(うつ病の74%より低いが、それでも半数以上に有効)
双極性障害に対するエビデンス
双極性障害の躁相・うつ相の両方にECTが有効であることが示されています。
- 急性躁病(躁状態)過去50年間でECTを施行された約600例の急性躁病患者の約80%が著明改善または完全寛解したと報告されている。気分安定薬が無効な治療抵抗性躁病にも効果を示す。
- 双極性うつ病単極性うつ病と同様に高い有効率が期待できる。特に自殺念慮が強い場合や精神病症状を伴う場合に有効。
- 混合状態・急速交代型薬物療法での管理が困難なケースへの選択肢として使用される。
- ガイドライン上の位置づけ日本うつ病学会ガイドラインおよび日本精神神経学会ガイドラインいずれも、双極性感情障害をECTの適応疾患として記載している。
緊張病(カタトニア)と悪性症候群への効果
緊張病(カタトニア)は、昏迷(無動・無言・外界への無反応)・蝋屈症(手足を動かしてもその姿勢が保たれる状態)・興奮などを特徴とする重篤な神経精神症状です。うつ病・統合失調症・双極性障害などに合併するほか、身体疾患でも生じます。
緊張病に対してはベンゾジアゼピン系薬剤(ロラゼパムなど)が第一選択ですが、無効な場合はECTが非常に有効です。また悪性症候群(抗精神病薬の副作用で起こる高熱・筋硬直・意識障害)の重篤例にも、ECTが有効であることが報告されています。日本精神科救急学会ガイドラインでも、感情障害や変換症を背景にした昏迷ではベンゾジアゼピン系薬剤とECTが第一選択として推奨されています。
ECTの副作用——記憶障害・頭痛・その他
ECTで最も問題になるのは記憶障害(健忘)と認知機能への一時的な影響です。頭痛・筋肉痛・循環変動・遷延性発作などもありますが、多くは一過性で対処可能です。
最も多い副作用:認知機能・記憶への影響
ECTの副作用として最もよく問題になるのが、記憶障害(健忘)および認知機能への一時的な影響です。これには以下のタイプがあります。
その他の副作用
記憶障害以外にも、頭痛・筋肉痛・吐き気・循環器系の変動などの副作用が報告されています。多くは一過性で対処可能です。
副作用を最小化するための工夫
認知機能への影響を最小化するために、以下の方法が取られます。
- ✓超短パルス(Ultra-Brief Pulse)の使用
- ✓右側片側性ECTへの切り替え
- ✓治療頻度を週3回から週2回に減らす
- ✓電気量(エネルギー量)を可能な範囲で低く設定する
- ✓治療前後に認知機能テストを定期的に行い、変化を把握する
- ✓認知機能への影響が特に心配な場合は、TMS(経頭蓋磁気刺激)など代替治療の検討
ECTの安全性と禁忌——リスク管理の実際
現代の修正型ECTは医療行為の中でも最も安全な部類に入ります。絶対的禁忌はなく、適切な術前評価により高齢者・妊婦・身体疾患合併患者にも実施可能です。
ECTの安全性データ
現代の修正型ECTは、医療行為の中でも最も安全な部類に入ります。
ECTは「絶対的な医学的禁忌はない」とされており、適切な術前評価と麻酔管理を行えば、高齢者・妊婦・身体疾患合併患者を含む幅広い患者に実施可能です。
相対的禁忌・リスクが高い状況
絶対的禁忌はありませんが、以下の状況ではリスクが高まるため、慎重な評価と対応が必要です。
- 頭蓋内圧亢進脳腫瘍・大きな脳動脈瘤・最近の頭蓋内出血など。けいれんによる一過性の頭蓋内圧上昇が問題になりうる。小さな動脈瘤・脳腫瘍は必ずしも禁忌でなく、各症例で評価する。
- 最近の心筋梗塞・不安定狭心症通電時の一過性の循環変動が負担になりうる。心臓専門医との連携が必須。
- 大動脈瘤・不安定な血行動態血圧の急激な変動が問題になりうる。
- 重症の呼吸器疾患全身麻酔・筋弛緩に伴うリスクが高まる。
- 骨粗鬆症(特に重度)筋弛緩薬使用下では骨折リスクは低いが注意が必要。
- 緑内障(角閉塞型)通電時に眼圧が上昇する可能性がある。
- リチウム内服中ECTとの併用でリチウム中毒・遷延性けいれん・認知障害が起こりやすい。ECT前にリチウムを中止するか、慎重に血中濃度を管理する。
上記のリスク因子がある場合でも、精神疾患の重篤さとのリスク・ベネフィットを評価して、麻酔科医・身体各科と連携しながら安全に実施できるケースは多くあります。
高齢者・身体疾患合併患者へのECT
高齢者の重症うつ病や、心疾患・腎疾患などの身体疾患を合併した患者でも、向精神薬が使いにくい状況でECTが選ばれることがあります。適切なモニタリングと麻酔管理のもとで、多くの場合安全に実施が可能です。日本精神神経学会・日本老年精神医学会の両学会ガイドラインでも、高齢者うつ病に対するECTが推奨されています。
維持ECT——再発を防ぐための継続治療
急性期治療で改善した後も、再発予防を目的として継続的にECTを実施する方法を維持ECTといいます。薬物療法との組み合わせで長期寛解を目指します。
維持ECTとは——継続ECTと維持ECT
急性期の治療(1クール)でうつ症状が改善した後も、再発予防を目的として継続的にECTを実施する方法を維持ECT(continuation/maintenance ECT)といいます。
- 継続ECT(continuation ECT)急性期治療終了後の6ヶ月間、再発予防を目的として実施する。当初は週1回から始め、2〜4週間に1回へと頻度を落としていく。
- 維持ECT(maintenance ECT)継続ECT終了後も月1回程度の頻度で長期にわたって実施する。特に、薬物療法での再発予防が困難な反復性うつ病や、過去にECTのみが有効だった患者に適応される。
維持ECTのエビデンスはまだ積み上げ途中ですが、薬物療法単独では再発が繰り返された難治性症例で、維持ECTにより長期にわたる寛解が得られたという報告が多くあります。日本でも大学病院・総合病院精神科を中心に維持ECTの実施例が増えています。
ECT後の再発リスクと薬物療法との組み合わせ
急性期ECTで改善後も、そのまま何もしなければ再発率は高いとされています。ECT終了後の再発予防には、以下の選択肢があります。
- 薬物療法の継続ECTと並行して、または終了後に抗うつ薬・気分安定薬・抗精神病薬などの薬物療法を維持することが最も一般的。ECTで改善した状態を薬で維持する。
- 維持ECTと薬物療法の組み合わせ薬物療法単独では再発が繰り返される場合、維持ECTを薬物療法と組み合わせて実施する。
- 心理療法・精神療法の導入ECTで改善した後、認知行動療法(CBT)などの心理療法を加えることで再発予防効果が高まるとされる。
ECT終了後の再発率は、抗うつ薬で再発予防した場合と比較すると差は少ないとする研究もあります。ECTの効果を長期間維持するには、適切な後治療の計画が重要です。
ECTとTMS(経頭蓋磁気刺激)の比較
TMSは2019年にうつ病治療として保険適用された脳刺激療法です。ECTとTMSは競合ではなく補完的な関係で、症状の重さ・緊急性・通院形態に応じて使い分けられます。
TMS(経頭蓋磁気刺激)とは
経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation:TMS)、とくに反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)は、頭皮上にコイルを当てて磁気パルスを発生させ、脳の特定領域(うつ病では主に左前頭前野)を非侵襲的に刺激する治療法です。日本では2019年にうつ病治療としての保険適用が認められ(保険診療では「TMS療法」)、ECTと並ぶ脳刺激療法として注目されています。
ECTとTMSの比較
メタアナリシスでは、ECTはrTMSより有効率・寛解率ともに高く(ECT:有効率64.4%/寛解率52.9% vs rTMS:有効率48.7%/寛解率33.6%)、特に精神病性うつ病ではECTの優位性が顕著です。一方、非精神病性うつ病(妄想を伴わないうつ病)では両者の差は縮小し、rTMSがほぼ同等の効果を示すとする研究もあります。
ECTとTMSの使い分け
両治療法を適切に使い分けることが重要です。
- ECTが優先される場合緊急性が高い(自殺リスクが切迫している、食事ができない)、精神病性うつ病、重症の治療抵抗性うつ病、緊張病・悪性症候群、TMS無効例。
- TMSが優先される場合全身麻酔リスクが高い、認知機能への影響を避けたい、外来治療を希望する、軽〜中等度の治療抵抗性うつ病でECTに踏み切るほどではない段階。
- 補完的な関係TMS無効例にECTが有効なケースも多く報告されており、両者は競合ではなく補完的な関係にある。
日本におけるECTの普及と歴史的背景
日本では1939年に九州大学で初めてECTが実施されて以来、戦後の精神科医療で重要な位置を占めてきました。複雑な歴史的経緯と、現在の課題を整理します。
日本でのECTの歩み
日本では1939年に九州大学で初めてECTが実施されて以来、戦後の精神科医療の中で重要な位置を占めてきました。しかしその後の歴史は複雑な経緯をたどりました。
日本でのECTの現状と普及の課題
欧米と比較すると、日本でのECTの普及はまだ限定的です。
- 実施施設の偏在m-ECTを実施できる施設は大学病院・総合病院の精神科が中心であり、精神科単科病院での実施は少ない。地域によってアクセスに差がある。
- 麻酔科との連携m-ECTには麻酔科医の協力が不可欠であるが、精神科と麻酔科の連携体制を整えられる施設が限られる。
- 社会的スティグマ「電気ショック療法」という誤ったイメージが今も根強く残っており、患者・家族・医療者自身がECTを選択することへの抵抗感が壁になっている。
- 診療報酬の問題m-ECTの診療報酬は施設の労力・コストに見合っておらず、実施施設が収支面で不利になる構造的問題がある。
- 適切な情報の不足ECTに関する正確で分かりやすい情報が一般の患者・家族に届きにくく、偏ったイメージが修正されていない。
インフォームドコンセントと倫理的問題
ECTの実施には患者本人からのインフォームドコンセントが不可欠です。WHO(2005年)は、本人または同意能力欠如時の代理人同意のないECT施行は行ってはならないと勧告しています。
インフォームドコンセントの重要性
ECTの実施には、患者本人からのインフォームドコンセント(説明に基づく同意)が不可欠です。2005年にWHO(世界保健機関)は「ECTは患者本人からのインフォームドコンセント、あるいは同意能力の欠如が明らかな場合は代理人(保護者)からの同意を得た場合のみ使用されるべきであり、これらが欠如した状態でのECT施行は行ってはならない」と勧告しています。
インフォームドコンセントでは以下の内容について十分な説明が必要です。
- ✓ECTの治療目的・仕組み・期待される効果
- ✓考えられる副作用(記憶障害・頭痛・その他)とその対処法
- ✓代替治療の選択肢(薬物療法・TMS・心理療法など)とその効果・副作用との比較
- ✓治療を受けない場合のリスク
- ✓治療の途中でいつでも同意を撤回できること
- ✓治療回数の目安・実施頻度・入院期間の見通し
同意能力が低下している場合の対応
重症のうつ病や統合失調症では、患者自身の判断能力(同意能力)が低下していることがあります。このような場合の対応については、法的・倫理的に複雑な問題が生じます。
- 代理同意日本では精神保健福祉法の枠組みの中で、家族等の代理人が同意することが認められているケースがある。ただし代理同意にも倫理的な限界があり、患者の推定的意思を尊重することが求められる。
- 精神保健指定医の判断医療保護入院中の患者への侵襲的治療については、精神保健指定医が患者の最善の利益を考慮して判断する。
- 緊急性の評価生命の危機(自殺リスクが極めて高い・食事ができずに衰弱している)がある場合は、緊急性の観点から通常より迅速な判断が求められることがある。
- アドバンス・ケア・プランニング重症化する前に、将来重篤な状態になったときの治療に関する意向(事前指示)を患者と話し合っておくことが望ましい。
ECTに関するスティグマと患者の権利
ECTは歴史的な経緯から、精神科治療の中でも特に「強制的・懲罰的」というスティグマが根強く残っています。現代医療倫理の観点からは、ECTは患者の自律性・尊厳を尊重しながら提供されるべき治療法として位置づけられており、以下の点が重要です。
- ✓患者が十分な情報を得た上で自分で選択できる環境を整えること
- ✓患者の不安や疑問を丁寧に聞き、解消する姿勢を持つこと
- ✓ECTを拒否した患者を罰したり、強制したりしないこと
- ✓治療効果・副作用に関して正確な情報を提供し、患者が自ら判断できるよう支援すること
- ✓精神科病棟という閉鎖的な環境での同意がいかなる強制も含まないようにすること
ECTを受ける前に知っておきたいこと
ECTを勧められたとき、患者・家族が確認すべきポイント、家族ができるサポート、心理的準備について解説します。自立支援医療制度などの公的サポートも紹介します。
医師に確認すべきこと
ECTを勧められたとき、患者・家族は以下の点を担当医に確認することで、より安心して治療を選択できます。
- なぜECTが勧められるのかこれまで試みた薬物療法の内容と効果、ECTを選択する理由を具体的に説明してもらう。
- 代替治療は何かECT以外の選択肢(薬の変更・TMS・入院治療の継続など)を確認し、それぞれの効果・リスクと比較する。
- 実施施設の経験その施設でのm-ECT実施経験・実施件数・麻酔体制を確認する。
- 入院期間の目安どのくらいの入院が必要かを確認する。
- 記憶障害の程度どの電極配置・パルス幅でどの程度の記憶障害が予想されるかを確認する。
- 同意の撤回治療開始後でも同意を撤回できることを確認する。
- 治療後の計画ECT終了後の薬物療法・維持ECTなどの再発予防プランを確認する。
家族ができるサポート
ECTを受ける患者を支える家族も、大きな不安を抱えることがあります。
- 正確な情報を得る日本精神神経学会が公開している「電気けいれん療法に関するQ&A」などの信頼できる情報源を活用する。
- 患者の気持ちを尊重する治療を強制するのではなく、患者の不安や疑問を丁寧に聞き、一緒に考える姿勢をもつ。
- 治療スタッフとのコミュニケーション治療チームから定期的に状況を聞き、変化や気になることは積極的に伝える。
- 退院後の生活準備退院後の生活環境(復職・通院・服薬管理)について、医療ソーシャルワーカーや精神保健福祉士と相談しておく。
- 家族自身のケア患者を支える家族自身も精神的に疲弊することがある。精神保健福祉センターの家族相談を活用する。
ECTに対する心理的準備
ECTを選択するにあたって、以下のような心理的準備が助けになります。
- ✓「電気ショック」というイメージと現代のm-ECTは全く異なることを、医療スタッフから繰り返し確認する
- ✓可能であれば、ECTを実際に経験した患者の話(体験談・ピアサポート)を参考にする
- ✓治療前夜の不安は正常な反応であり、担当スタッフに遠慮なく伝える
- ✓「完全に眠っている間に終わる」という事実を繰り返し確認することで不安が和らぐことが多い
- ✓治療後に記憶が混乱することがあっても一時的なものであることを事前に把握しておく
よくある質問
電気けいれん療法(ECT)についてよく寄せられる7つの質問にお答えします。痛み・記憶障害・適応・回数・薬物療法との比較・強制性・入院の必要性について解説します。
ECTについてのよくある質問
A. 現代の修正型ECT(m-ECT)は全身麻酔下で行われるため、治療中に意識はなく、痛みや苦痛を感じることはありません。「いつの間にか終わっていた」と感じる患者がほとんどです。筋弛緩薬も使用するため体の大きなけいれんも起きず、外見上はほぼわかりません。目が覚めた直後に数分〜1時間程度、頭痛や軽い混乱が出ることはありますが、多くの場合は昼食前には普段通りに戻れます。「電気ショック療法」という古いイメージとはまったく異なる、安全で苦痛のない医療行為です。
A. ECTによる記憶障害は多くの患者が心配することですが、通常は一時的なものです。最もよく見られるのは「治療を受けていた期間前後の記憶が曖昧になる」という逆向性健忘で、多くは治療終了後から数週間〜数ヶ月かけて回復します。新しいことを覚えにくくなる前向性健忘も通常は数日〜2週間で改善します。ごくまれに長期的な記憶障害が残ることもゼロではありませんが、適切な電極配置(超短パルス・右側片側性)の選択により認知機能への影響を最小化できます。また、うつ病そのものも記憶力・集中力を低下させるため、「ECTで記憶が悪くなった」と感じる症状がECT前から存在していたうつ病の症状だったケースもあります。
A. 主に以下の状況でECTが選択肢として検討されます。①2種類以上の抗うつ薬を十分な期間・用量で使用しても効果がない「治療抵抗性うつ病」、②自殺リスクが切迫していて一刻も早い改善が必要な場合、③食事ができず身体的に急速に衰弱している場合、④薬物の副作用が許容できない場合(高齢者・妊婦など)、⑤緊張病・悪性症候群などの緊急性の高い精神科救急状態、⑥過去にECTが有効だった再発時。「薬が効かない」「早く良くなりたい」と感じている場合は、担当医にECTについて相談することを遠慮なく申し出てください。
A. 急性期治療(1クール)では通常、週2〜3回の頻度で合計6〜12回実施します。期間にして2〜4週間程度です。全体の68%が1クールで十分改善されます。症状の改善が不十分な場合は2クール目に進むことがあります。また、再発予防のために急性期終了後も継続的に月1〜2回実施する「維持ECT」を選択する場合もあります。回数は患者さんの状態・改善の程度・副作用の出方によって柔軟に調整されます。「何回受けないといけない」という固定した答えはなく、治療チームと一緒に経過を見ながら決めていきます。
A. 重症うつ病・治療抵抗性うつ病・精神病性うつ病については、複数のメタアナリシス(多数の研究を統合した解析)でECTが抗うつ薬より有意に高い有効率と寛解率を示すことが確認されています。特に薬物療法が無効だった治療抵抗性うつ病でも、ECTでは60〜90%という高い有効率が報告されています。一方、速効性の点でもECTは数日〜2週間で効果が現れることが多く、抗うつ薬の2〜4週間より早く改善が得られます。ただし治療後の再発予防には薬物療法との組み合わせが必要なことが多く、ECTと薬物療法は「どちらか一方」ではなく「組み合わせる」ものです。
A. 現代医療倫理の原則およびWHO(2005年)の勧告に基づき、ECTは患者本人のインフォームドコンセント(説明に基づく同意)を得た上でのみ実施されるべきとされています。日本でも日本精神神経学会は患者本人の希望を適応基準の重要な要素として位置づけ、2023年に関連する見解を発表しています。同意能力が著しく低下しているケースでは代理人(家族等)の同意が求められますが、それでも患者の推定的意思を尊重することが倫理的に求められます。かつての精神科医療で懲罰的にECTが使用されたことは否定できない過去ですが、現代の適切なECT実施施設では強制的な実施は行われていません。不安な場合は担当医に率直に確認してください。
A. 日本では、m-ECTは通常入院して実施します。これは全身麻酔を使用するため、治療前後の十分なモニタリング・管理が必要なためです。ただし病状が安定していて精神科的管理を入院で行う必要性が低い場合は、入院せずに外来で実施できる施設も一部あります。海外(米国・英国など)では外来ECTが普及していますが、日本ではまだ一般的ではありません。入院の必要性・期間については担当医や医療ソーシャルワーカーに相談してください。入院中の医療費は健康保険が適用され、高額療養費制度や自立支援医療制度を組み合わせることで自己負担を軽減できます。
ECTや治療への不安を
一人で抱え込まないで
電気けいれん療法(ECT)やメンタルヘルスの治療についての不安や疑問、日々の生きづらさを、どうかココトモに聞かせてください。話すことから、新しい選択肢が見えてくることがあります。
このページの情報は、医師による診断や治療に代わるものではありません。ECTを含む精神科治療については、必ず担当医にご相談ください。
