メンタルヘルス用語辞典 · エンパワメント

エンパワメントとは?
定義・歴史・精神保健での実践・ピアサポート・当事者主体・権利擁護を徹底解説

エンパワメントとは、抑圧されてきた人々が自己の力を取り戻し、社会・制度・環境に主体的に働きかけていくプロセスです。フレイレの解放の教育学に始まり、精神保健におけるリカバリー・ピアサポート・当事者主体・セルフアドボカシーまで、その全体像を必要な情報と共にまとめました。

ABOUT EMPOWERMENT

エンパワメントとは

エンパワメント(empowerment)とは、個人や集団が自らの生活に対する統御感を獲得し、自分の力・権限・能力を発揮できるようになっていくプロセスです。精神保健・福祉・教育・地域支援の現場で核となる概念となっています。

定義

エンパワメントとは何か

エンパワメント(empowerment)とは、個人や集団が自らの生活に対する統御感(コントロール感)を獲得し、自分自身の力・権限・能力を発揮できるようになっていくプロセスを指す言葉です。「empower(力を与える、力をつける)」という動詞に由来し、日本語では「エンパワーメント」とも表記されます。

この概念の根本にある考え方は、「すべての人は本来すばらしい力と可能性を持って生まれてくる」というものです。しかし社会的抑圧・貧困・差別・偏見・制度的障壁などによって、その力が発揮できない状態に置かれることがあります。エンパワメントは、そのような状態から脱し、本来の力を取り戻すプロセスを意味します。

  • 自己決定自分の人生や選択について自分自身が決める権利と能力を持つこと
  • 統御感自分の生活・環境・状況をある程度コントロールできるという感覚
  • 参加と影響力個人を超え、コミュニティや社会の仕組みに影響を与えていく力を持つこと
  • 力の回復抑圧や不平等によって奪われていた力・権限・自己効力感を取り戻すこと
単なる「やる気」ではないエンパワメントは「やる気を出すこと」ではありません。抑圧されてきた人々が自己の力を取り戻し、社会・制度・環境に対して主体的に働きかけていくプロセスであり、そのための支援の哲学です。
多次元的性質

エンパワメントの4つの次元

エンパワメントは単一の状態を指す言葉ではなく、複数の次元を持つ多面的な概念です。研究者のマーク・コナーとトム・ノーマンは、エンパワメントを以下の4つの要素から捉えています。これらの次元は相互に関連しており、どれか一つが高まることで他の次元も育まれていく関係にあります。

💪
自己効力感(Self-efficacy)
特定の行動をうまくやり遂げられるという自信・信念。例:「自分は相談窓口に連絡できる」という確信。
🧭
自己決定(Self-determination)
外部からの圧力なく自分の選択を行う感覚。例:治療方針を自分で選ぶこと。
🎛
個人的コントロール(Personal control)
自分の状況や環境に影響を与えられるという認識。例:症状管理の方法を自分で工夫すること。
🔍
批判的意識(Critical consciousness)
社会的不平等や権力構造を分析・理解する能力。例:精神障害者への偏見の構造を認識すること。
💡
精神保健の文脈では特に自己効力感自己決定の次元が重視されます。
発想の転換

「与える」ではなく「引き出す」

エンパワメントの概念において重要なのは、力は「外から与えられるもの」ではなく「本人がすでに持っているものを引き出す」という視点です。支援者が当事者に力を与えるのではなく、当事者がすでに持っている力が発揮されるよう環境を整え、関係を構築していくことがエンパワメント支援の本質です。

この視点は、従来の「支援者が専門知識を持ち、当事者はその指示に従う」というパターナリスティック(父権主義的)なアプローチとは根本的に異なります。エンパワメント的アプローチでは、当事者は受動的な「患者」や「クライエント」ではなく、自分の回復と人生の主体的な「エキスパート」として位置づけられます。

HISTORY

エンパワメントの歴史的背景

現代的な意味でのエンパワメント概念は、ブラジルの教育思想家パウロ・フレイレの仕事に始まり、女性運動・障害者権利運動を経て、1990年代以降に精神保健政策の中核へと組み込まれてきました。

フレイレ

パウロ・フレイレと被抑圧者の教育学

エンパワメントが社会的・政治的に用いられるようになったきっかけは、20世紀を代表するブラジルの教育思想家・パウロ・フレイレ(Paulo Freire, 1921-1997)の仕事にさかのぼります。フレイレは1968年に著した「被抑圧者の教育学(Pedagogy of the Oppressed)」において、ラテンアメリカの農村の貧しい識字教育実践から生まれた革命的な教育哲学を提唱しました。

フレイレが批判したのは、教師が知識を一方的に「預け入れる」従来の教育(「銀行型教育」)です。銀行型教育では、学習者は受動的な受け取り役に過ぎず、批判的に思考する力が育まれないと指摘。代わりに彼は「対話型教育」を提唱しました。教師と学習者が対等な立場で対話し、共に現実を問い直すことで、抑圧された人々が自らの置かれた状況を批判的に分析する「意識化」が促されると考えたのです。

  • 意識化(conscientização)自分が抑圧されている現実と、その社会的・構造的背景を認識・理解するプロセス
  • プラクシス(praxis)批判的な省察(リフレクション)と実践行動の循環。思考するだけでなく、その思考に基づいて行動し、またその行動を振り返ること
  • 解放(liberation)抑圧する者と抑圧される者の双方が「非人間化」から解放されるプロセス

フレイレの思想は、ラテンアメリカだけでなく、世界中の先住民運動・女性解放運動・反植民地主義運動・障害者権利運動に深く影響を与え、エンパワメント概念の核心として受け継がれています。

社会運動

女性運動・障害者権利運動とエンパワメント

1970年代から80年代にかけて、エンパワメント概念は女性運動・障害者権利運動・公民権運動に広まっていきました。特に重要な流れとして以下が挙げられます。

  • フェミニスト・ソーシャルワークバーバラ・ソロモンが1976年の著書「Black Empowerment」でソーシャルワーク実践にエンパワメント概念を導入。抑圧された黒人コミュニティへの支援において、パワーレスネス(無力感)の解消を目指す実践を体系化した。
  • 障害者自立生活運動(Independent Living Movement)1960〜70年代に米国で起きた障害者自立生活運動は、「障害者が自らの生活について自らが決める」という思想のもと、専門家主導の支援モデルに異議を唱えた。日本の障害者運動・精神保健改革にも大きな影響を与えている。
  • 精神保健における反精神医学運動トーマス・サシュ、R・D・レインらによる反精神医学の思想は、精神科医の権威に対する批判と、当事者の経験と声への尊重という形で、精神保健分野のエンパワメントの土台を築いた。
政策化

1990年代以降の精神保健政策への組み込み

1990年代以降、エンパワメントはメンタルヘルス政策・実践の主流に組み込まれていきます。米国では1999年の「大統領精神保健委員会報告書」でリカバリーとエンパワメントが強調され、世界保健機関(WHO)も2001年の「世界保健報告書」においてメンタルヘルス政策の核心にエンパワメントを位置づけました。

日本においても、2004年の「精神保健医療福祉の改革ビジョン」以降、「入院医療中心から地域生活中心へ」という政策転換が進められ、当事者が地域の中で自分らしい生活を送ること(パーソナル・リカバリー)を支えるエンパワメント的アプローチへの関心が高まっています。

DIMENSIONS

個人的エンパワメントと社会的エンパワメント

エンパワメントは個人レベル・社会政治レベル・コミュニティレベルの3つで生じ、互いに影響し合います。それぞれの特徴と関係を整理します。

個人レベル

個人的エンパワメント(Psychological/Personal Empowerment)

個人的エンパワメント(心理的エンパワメント)とは、個人レベルで生じるエンパワメントのプロセスです。自己についての信念、自己効力感、自己決定の感覚、そして自分の環境や状況をコントロールできるという認識に関わります。

💡
自己効力感の発達
「自分にはできる」という信念が育まれることで、行動への意欲が高まる。
🪞
自己概念の変容
「患者」「受動的な存在」から「リカバリーの主体」への自己理解の変化。
🌱
内発的動機の回復
外部からの指示ではなく、自分の内側から動機付けられて行動できるようになること。
💗
感情調整能力の向上
困難な感情をやり過ごすだけでなく、適切に表現・処理できる力が育まれること。
🌅
将来への希望
「自分の未来は変えられる」という希望と展望を持てるようになること。

個人的エンパワメントは、精神疾患を持つ人のリカバリーにおいて特に重要な要素です。長期入院や社会的孤立を経験した人々は、自己効力感や統御感が著しく傷つけられていることが多く、これらを丁寧に回復させる支援が求められます。

社会政治レベル

社会的エンパワメント(Socio-political Empowerment)

社会的エンパワメント(社会政治的エンパワメント)は、個人を超えたコミュニティ・組織・社会レベルでのエンパワメントです。権力構造や社会的不平等に対する批判的認識を持ち、変革に向けた集合的行動に参加することを含みます。

🔍
批判的意識(クリティカル・コンシャスネス)
自分が直面している問題が個人的な失敗ではなく、社会的・構造的な問題であることを認識する力。
🤝
コミュニティ参加
当事者団体・セルフヘルプグループ・権利運動などへの参加を通じた集合的な力の形成。
📋
政策・制度への参加
精神保健政策の立案・評価に当事者の声を反映させること(政策参加)。
📣
社会変革への行動
偏見・差別・スティグマに対して声を上げ、社会の変革を促す行動。
💡
個人と社会は循環する個人的エンパワメントと社会的エンパワメントは截然と分けられるものではなく、相互に影響し合います。自己効力感の高まりが社会参加を促し、社会参加の経験がさらに自己効力感を高めるという好循環が生まれます。当事者が地域活動やピアサポート活動に参加することは、双方を促進することが示されています。
コミュニティ

コミュニティ・エンパワメント

個人と社会の中間に位置するのが、コミュニティ・エンパワメントです。特定の集団やコミュニティ全体が、自分たちの資源・強み・相互扶助のネットワークを活用して、集合的な問題解決能力と社会変革の力を獲得していくプロセスです。

  • 精神障害当事者団体が地域の支援システムに対して提言する活動
  • セルフヘルプグループが互いの知恵と経験を共有し合うことで生まれるコレクティブな力
  • 特定の地域のメンタルヘルス資源を住民が共同で開発・運営する取り組み
  • 障害・疾患を持つ人たちが集まり、社会に向けてアドボカシー(権利擁護活動)を行う
MENTAL HEALTH PRACTICE

精神保健分野におけるエンパワメント

精神疾患を持つ人々は歴史的に「パワーレスネス(無力感・権力なき状態)」に置かれてきました。その背景を踏まえ、現場でエンパワメントを実践する具体的な方法と制度的課題を見ていきます。

背景

精神保健でエンパワメントが重視される背景

精神保健の分野でエンパワメントが特に重視されてきた背景には、精神疾患を持つ人々が歴史的に置かれてきた「パワーレスネス(無力感・権力なき状態)」という現実があります。

  • 長期入院・強制治療の歴史日本では特に、精神科への長期入院が世界的にも突出して多く、当事者が「患者」として施設に閉じ込められ、自己決定の機会を奪われてきた歴史がある。
  • 精神障害者へのスティグマ「怖い」「危険」「一生治らない」というスティグマによって、社会参加の機会が制限されてきた。
  • パターナリズムの問題専門家が「患者のためになる」と判断して行動することが当然とされ、当事者の意思や希望が軽視されやすい構造があった。
  • 社会的孤立・経済的困難障害による失業・貧困・社会的孤立が重なり、自己効力感・統御感が損なわれやすい環境に置かれてきた。

このような歴史的背景から、精神保健においてエンパワメントは単なるスローガンではなく、当事者の尊厳・権利・回復を支える実践的な概念として位置づけられます。

実践

精神保健エンパワメントの具体的な実践

精神保健の現場でエンパワメントを実践するには、以下のような具体的なアプローチが求められます。

PRACTICE 1
インフォームド・コンセント(十分な説明と同意)の徹底
診断・治療・薬に関する情報を当事者にわかりやすく説明し、選択と同意に基づいた治療を行う。
説明と同意
PRACTICE 2
共同意思決定(Shared Decision Making)
支援者と当事者が対等なパートナーとして、治療・支援の方向性を共同で決定するプロセス。
パートナーシップ
PRACTICE 3
クライシスプランの作成
当事者が調子の良いときに、自身の危機サインや望む対応を記録した「クライシスプラン(当事者作成の危機対応計画)」を作成する。
危機対応
PRACTICE 4
ウェルネス回復行動計画(WRAP)
米国のメアリー・コパランドが開発した、当事者主体のリカバリー計画ツール。自分を調子よく保つためのセルフケア行動、警戒サイン、危機時の対応などを本人が記録・活用する。
WRAP
PRACTICE 5
当事者の強みのアセスメント
問題・症状・欠点だけでなく、当事者の強み・資源・関心・目標をアセスメントに組み込む。
ストレングス
制度的課題

精神科病院から地域へ:制度的エンパワメントの課題

日本では現在も約25万人が精神科病院に入院しており(2024年時点の厚生労働省統計)、先進国の中でも突出して多い入院患者数が課題となっています。「入院医療中心から地域生活中心へ」という政策方針のもと、地域移行支援の取り組みが進められていますが、退院後の生活を支える地域のエンパワメント資源(ピアサポート・日常生活訓練・就労支援等)の充実が引き続き求められています。

制度的なエンパワメントとは、当事者が医療・福祉サービスを利用する際に、消費者・市民としての権利を持つという視点で制度設計を行うことを指します。そのためには、サービスの選択肢の多様化、苦情申し立ての仕組みの整備、当事者がサービスの設計・評価に参加できる機会の創出が必要です。

RECOVERY & CHIME

リカバリーとCHIMEフレームワーク

エンパワメントはリカバリー(回復)の中心的構成要素です。パーソナル・リカバリーの概念、ピルグリムの5要素、そして包括的モデルであるCHIMEフレームワークを通じて、その位置づけを理解します。

パーソナル・リカバリー

パーソナル・リカバリーとは

精神保健におけるリカバリー(回復)という言葉は、「症状が完全に消える」という臨床的回復だけを意味しません。近年の精神保健の文脈で重視されるのは、パーソナル・リカバリー(個人的回復)という概念です。

広く引用されるのはウィリアム・アンソニーの1993年の定義です。「リカバリーとは、障害への挑戦を受け入れ、克服し、人間らしく生きられるという実体験であり、希望・エンパワメント・自己責任・生活の中の有意義な役割・関係という要素を特徴とする過程である」とされています。つまり、エンパワメントはリカバリーの中心的構成要素のひとつです。症状がある状態であっても、自分の人生を自分で方向づける力(エンパワメント)を持つことが、リカバリーのプロセスにおいて本質的に重要とされています。

ピルグリム5要素

ピルグリムのリカバリーとエンパワメントの5要素

研究者のデイヴィッド・ピルグリムは、リカバリーをエンパワメントの観点から以下の5要素で整理しています。

  • 希望(Hope)より良い未来が可能だという信念。自分の状態は変えられると感じること。
  • 責任(Responsibility)自分のリカバリーに対する責任感を持ち、自分が主体となること。
  • 生活の意味(Meaning)精神疾患という経験に意味を見出し、人生全体の中で位置づけること。
  • つながり(Connectedness)他者・コミュニティ・社会とのつながりを取り戻すこと。
  • アイデンティティ(Identity)「患者」「障害者」という役割に留まらない、多面的な自己アイデンティティを持つこと。

これらの要素はすべて、エンパワメントのプロセスと深く結びついています。希望は自己効力感の前提となり、責任感は自己決定の実践を促し、意味の探求は批判的意識の発達を支え、つながりは社会的エンパワメントの土台を形成します。

比較

クリニカル・リカバリーとパーソナル・リカバリーの違い

クリニカル・リカバリー
症状の消失・軽減
定義は「症状の消失・軽減、機能の回復」。測定者は専門家・医師。目標は症状ゼロ・正常化。エンパワメントとの関係は治療への協力が中心。実現は症状が改善した後。
パーソナル・リカバリー
自分らしい生活の実現
定義は「自分らしく意味のある生活の実現」。測定者は当事者本人。目標は希望・自己決定・社会参加。エンパワメントそのものが目標であり、症状があっても実現可能。
💡
この二つのリカバリー概念は対立するものではなく補完的です。理想的な精神保健支援では、クリニカル・リカバリーを支援しながら、同時にパーソナル・リカバリーのプロセスを大切にするエンパワメント指向のアプローチが求められます。
CHIMEフレームワーク

CHIMEフレームワークとエンパワメント

CHIMEフレームワークは、メアリー・ジャイロールとウィリー・ライルが5,000本を超える研究論文を分析して導き出した、精神保健リカバリーの包括的な概念モデルです。エンパワメントはCHIMEの5つのリカバリープロセスの一つとして核心に位置づけられています。

🤝
C:Connectedness(つながり)
他者・コミュニティ・ピアサポートグループとのつながり、孤立からの脱却。
🌅
H:Hope and Optimism(希望と楽観)
将来への希望、自分が変わりうるという信念、支援者からの激励。
🪪
I:Identity(アイデンティティ)
精神疾患・障害という役割を超えた多面的な自己アイデンティティの発達、スティグマからの克服。
🎯
M:Meaning and Purpose(意味と目的)
人生の意味・目的の発見、精神疾患の経験に意味を見出すこと、社会的役割の発見。
💪
E:Empowerment(エンパワメント)
個人的リソースの構築、自己決定の促進、ストレングスへの焦点化、自己管理スキルの発達。

2024〜2025年の最新研究では、CHIMEフレームワークが精神病症状だけでなく、うつ病・不安障害・自閉症スペクトラム障害などを含む幅広い精神的健康問題に適用できることが示されており、「つながり」と「エンパワメント」が最も普遍的に関連するプロセスとして特定されています。

CHIMEにおけるエンパワメント(E)の具体的な側面は以下のとおりです。

  • 個人的リソースの構築回復を支える個人的な資源(コーピングスキル・社会的スキル・強みなど)を積み重ねていくこと。
  • 自己決定の経験自分の生活・治療・進路について自分が選択する機会を持つこと。
  • ストレングスへの焦点化問題・症状だけでなく、強み・能力・可能性に目を向けること。
  • 自己管理スキルの発達症状をモニタリングし、危機に備え、日常のリズムを整えるスキルが育まれること。
  • リカバリーの主体性「誰かに治してもらう」ではなく「自分が回復のプロセスを歩む」という主体性の感覚。
日英比較研究の知見2025年に行われた日英比較研究(Global INSPIRE研究)では、英国の精神保健サービス利用者の方が日本よりも「希望」「意味」「エンパワメント」のスコアが高く、一方で日本の方が「アイデンティティ」スコアが高いという違いが示されています。日本の精神保健支援において特にエンパワメントと希望を高める実践への投資が重要であることを示唆しています。
PEER SUPPORT

ピアサポートとエンパワメント

ピアサポートは、当事者が支援される側だけでなく支援する側にもなれる「双方向性」を持ち、エンパワメントを最も強力に促進する実践のひとつです。日本での制度化と効果のエビデンスを見ていきます。

定義

ピアサポートとは何か

ピアサポート(peer support)とは、同じ立場・同様の経験を持つ仲間(ピア:peer)同士が互いに支え合うことです。精神保健の文脈では、精神疾患や精神的困難を自ら経験してきた「当事者」が、同様の困難を経験している他の人を支援する実践を指します。

ピアサポートとエンパワメントは深く結びついています。支援を受ける側だけでなく、支援を提供する側(ピアサポーター)もエンパワメントされるという「双方向性」が大きな特徴です。自分の経験が他者の役に立つという経験は、「患者」から「支援者」へという役割の変化を通じて、自己効力感・自己肯定感・社会的アイデンティティの大きな変容をもたらします。

メカニズム

ピアサポートがエンパワメントを促すメカニズム

🌅
希望の目撃(Hope through Example)
自分と同じ経験をした人が回復し、豊かな生活を送っていることを直接見ることで「私にもできる」という希望が育まれる。専門家がどれだけ励ましの言葉をかけても届かない部分に、当事者経験を持つピアサポーターの存在が届くことがある。
🧠
経験知の共有
薬の副作用、入院の経験、就労の難しさ、偏見への対処法など、当事者しか知りえない「生の知恵」を共有することができる。
🔄
役割の逆転・相互性
援助される側だけでなく、援助する側にもなれるという体験が、受動性から主体性への転換を促す。
🛡
スティグマの解消
「精神疾患を持つ人どうし」というつながりの中で、スティグマによる自己否定が和らぎ、「自分を恥じなくてよい」という感覚が育まれる。
🤝
孤立の解消
「自分だけではない」という連帯感がつながりを生み、孤立からの脱却がエンパワメントの基盤となる。
日本の制度

日本のピアサポーター制度と現状

日本では、障害福祉サービスの分野においてピアサポートの制度化が進んできています。厚生労働省は2020年に「障害者ピアサポーター研修」を制度化し、基礎研修(2日間)・専門研修(2日間)・フォローアップ研修(2日間)の合計6日間を修了した当事者が「ピアサポート専門員」として認定を受けられる仕組みを設けました。

ピアサポーターの活動領域は以下のように広がっています。

  • 精神科デイケアでのグループ活動の企画・運営
  • 地域移行支援・地域定着支援における当事者への同行・相談
  • 精神科病院からの退院支援に向けた入院中の当事者との面会・情報提供
  • 自治体・精神保健福祉センター主催の講演・啓発活動への参加
  • 精神保健福祉士・ケースワーカーとの協働による包括的支援

2025年7月の政策提言(健康と地球政策研究所)でも、ピアサポーターの雇用促進を通じた地域相談・支援システムの拡充が求められており、制度整備が進んでいます。ただし、ピアサポーターの待遇改善・役割の明確化・燃え尽き症候群(バーンアウト)予防など、解決すべき課題も残されています。

エビデンス

ピアサポートの効果に関するエビデンス

ピアサポートの効果については、国内外で多くの研究が積み重ねられています。

  • 精神科デイケアを利用した研究(Peer Support Formation and the Promotion of Recovery Among People Using Psychiatric Day Care in Japan, 2021)では、ピアサポート活動への参加が利用者のリカバリーを促進することが示された。
  • 2025年の地域在住精神障害者の継続的な地域生活に関する研究(J-Stage)では、音楽活動や当事者活動への積極的な参加が、社会活動の継続・拡大につながることが確認された。
  • 入院患者のピアサポートプログラムへの参加が、退院後の地域定着率の向上と再入院率の低下に寄与することを示す複数の知見がある。
  • ピアサポーター自身においても、支援活動への参加がリカバリー・エンパワメント・生活の質(QOL)の向上と関連することが示されている。
SELF-ADVOCACY & RIGHTS

当事者主体・セルフアドボカシー・権利擁護

「Nothing About Us Without Us(私たちのことを私たち抜きに決めるな)」——当事者主体の精神を体現するセルフアドボカシーと、それを支えるアドボカシーの諸類型を整理します。

当事者主体

当事者主体(consumer/survivor-centered approach)とは

当事者主体とは、精神疾患・障害を持つ人が支援の「客体(受け手)」としてではなく、自分の支援・生活・社会参加の「主体(担い手)」として位置づけられることを指します。「Nothing About Us Without Us(私たちのことを私たち抜きに決めるな)」という障害者権利運動のスローガンは、当事者主体の精神を端的に表しています。

  • 個別支援における主体性治療・福祉サービス・生活支援の場面において、当事者が情報提供を受け、選択肢を理解した上で、自らの意思で決定すること。
  • サービス開発・評価への参加精神保健福祉サービスの設計・評価・モニタリングに当事者が参加すること。
  • 政策・社会への参加精神保健政策の立案・審議の場に当事者の声が届くこと。
セルフアドボカシー

セルフアドボカシーとは

セルフアドボカシー(self-advocacy)とは、自分自身のために声を上げ、自分の権利・ニーズ・利益を主張・擁護することです。日本語では「自己権利擁護」「自己主張」などと訳されることもあります。セルフアドボカシーに必要な力(能力)は、エンパワメントのプロセスを通じて育まれます。

  • 自己理解自分の権利・ニーズ・強み・困難を理解していること。
  • コミュニケーション能力自分の意見・希望・不満を適切に伝えられること。
  • 権利意識「自分には権利がある」という認識を持つこと。
  • 情報へのアクセス自分に関わるサービス・制度・権利について情報を持つこと。
  • サポートネットワーク主張を支えてくれる仲間・支援者の存在。

精神疾患を持つ人にとって、セルフアドボカシーの実践は特に意義が大きいです。精神科医・ケースワーカー・家族などの権威ある立場の人に、自分の考えや希望を伝えることは容易ではありません。長年にわたるパターナリスティックな医療・支援の経験や、スティグマによる自己否定が、声を上げることへの大きな障壁となることがあります。セルフアドボカシースキルの発達は、当事者のエンパワメントにおいて核心的な意味を持ちます。

実践

セルフアドボカシーの実践的なステップ

精神保健の場面でセルフアドボカシーを実践するための具体的なステップを示します。

STEP 1
自分のニーズと権利を知る
自分は何を必要としているか、何を求めているか。自分にはどのような権利があるかを学ぶ。
気づき
STEP 2
情報を集める
診断・治療・サービスについての情報を医療者・支援者・ピアから集める。わからないことは「もう少し詳しく教えてください」と質問する。
情報収集
STEP 3
自分の意見を整理する
診察前に伝えたいことをメモしておく。「〇〇が気になっています」「〇〇を変えてみたいです」という形で整理する。
整理
STEP 4
声に出して伝える
難しければ、まず信頼できるピアや支援者に練習してみる。一人では難しい場合は、付き添いを頼む。
発信
STEP 5
記録する
話し合った内容・決定したこと・次のステップをメモしておく。
記録
STEP 6
拒否する権利を使う
納得のいかない治療・支援については、「少し考えさせてください」と時間を取る権利がある。
判断
意思決定支援

意思決定支援とセルフアドボカシー

セルフアドボカシーを支える重要な制度的枠組みとして、意思決定支援(Supported Decision-Making)があります。2016年の障害者権利条約の国内実施に伴い、日本でも「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」(2020年)が策定されるなど、支援者が当事者の意思を最大限に尊重しながら意思決定を支える姿勢が求められるようになっています。

意思決定支援の考え方では、「本人には意思決定能力がない」と決めつけて支援者が代わりに決める(代理意思決定)のではなく、本人の意思決定を最大限に支援し、本人が選択・決定できる環境を整えることが基本とされています。これはセルフアドボカシーとエンパワメントの精神に直結する考え方です。

権利擁護の種類

権利擁護(アドボカシー)の6つの種類

権利擁護(アドボカシー)とは、自分自身の権利を主張することが困難な立場にある人々の権利・利益・ニーズを代わりに代弁・主張し、守ることです。エンパワメントと権利擁護は密接に関連しており、権利擁護は個人のエンパワメントを促進すると同時に、社会的エンパワメントの手段でもあります。

  • セルフアドボカシー自分自身のために声を上げ、権利・ニーズを主張する。担い手は当事者本人。
  • ピアアドボカシー同じ立場の仲間として、他の当事者の権利擁護を支援する。担い手は当事者・ピアサポーター。
  • シチズンアドボカシー地域住民・ボランティアが当事者と継続的な関係を結び支援する。担い手は一般市民・ボランティア。
  • 専門職アドボカシー精神保健福祉士・弁護士等が当事者の権利を代弁・擁護する。担い手は支援専門職・弁護士。
  • コレクティブアドボカシー当事者団体が集合的に権利主張・政策提言を行う。担い手は当事者団体・NPO。
  • 法的アドボカシー法的手段を用いて差別・権利侵害に対抗する。担い手は弁護士・法律機関。
権利擁護の課題

精神障害者の権利擁護をめぐる課題

精神障害者の権利擁護には、特有の難しさがあります。

  • 強制入院・強制治療の問題精神保健福祉法に基づく措置入院・医療保護入院では、本人の同意なしに入院・治療が行われることがある。最後の手段として残さざるを得ない側面もあるが、その適用において当事者の権利が十分に保護されているかが常に問われる。
  • インフォームド・コンセントの形骸化薬の説明が不十分だったり、副作用の情報が十分に伝えられなかったりする場合がある。
  • 苦情申し立ての困難精神科病院内でのケアに不満があっても、医療者との力関係から申し立てをためらうことが多い。
  • 第三者機関の不在入院中の当事者を独立した立場から支援する第三者アドボケイト(代弁者)の制度が日本では十分に整備されていない。諸外国では独立した「患者アドボケイト」制度を持つ国もある。

障害者権利条約の国内実施を進める観点から、精神障害者の権利擁護システムの強化は喫緊の課題とされています。

SUPPORTER ROLE

エンパワメントを促す支援者の役割

エンパワメントを促すには、支援者は「パターナリズム」から「パートナーシップ」へと姿勢を転換する必要があります。具体的な実践とセルフリフレクションの重要性を整理します。

関係性の転換

パターナリズムからパートナーシップへ

精神保健の支援者(精神科医・看護師・精神保健福祉士・ケースワーカー・作業療法士など)がエンパワメントを促すためには、従来のパターナリズム(父権主義的支援)から脱却し、パートナーシップに基づいた支援関係を構築することが不可欠です。

パターナリスティックな支援
専門家中心
意思決定は専門家が「患者のため」に決定。情報提供は必要と判断した情報だけを伝える。目標は専門家が設定。専門知識だけが正しい知識とされ、症状・欠点・リスクへ焦点を当てる。
エンパワメント指向の支援
パートナーシップ
意思決定は当事者と専門家が共同で決定。情報は当事者が望むものを包括的に提供。目標は当事者が定め、専門家が支援。当事者の経験知・専門知識の双方を尊重し、強み・資源・希望へ焦点を当てる。
実践

エンパワメントを促す支援者の具体的な実践

支援者がエンパワメントを促す姿勢・技術として、以下が挙げられます。

👂
アクティブ・リスニング(積極的傾聴)
当事者の言葉・感情・経験を深く傾聴し、受容と共感を伝える。評価や解決策を急がず、まず理解しようとする姿勢。
💡
ストレングスを引き出す質問
「何ができているか」「どんなときに楽になるか」「どんなことが好きか」「どんな夢や希望があるか」という、強みと可能性に焦点を当てた質問。
🔀
選択肢を提示する
「こうしなければならない」ではなく、複数の選択肢を提示し、当事者が選べるようにする。
🤝
役割の壁を下げる
「私は専門家、あなたは患者」という壁を下げ、当事者の経験知・生活の知恵を「専門知識」として尊重する姿勢を持つ。
🌱
失敗を認め、学びにする
「失敗した」「うまくいかなかった」という経験を責めず、そこからの学びを共に探る。
🎯
小さな成功を積み上げる
自己効力感を育てるために、達成可能な目標を共に設定し、達成を共に祝う。
🌐
社会参加の機会を広げる
地域活動・ピアサポートグループ・就労支援など、社会とのつながりを築く機会を積極的に紹介する。
自己省察

支援者のセルフリフレクション(自己省察)の重要性

エンパワメントを促す支援者として成長するためには、支援者自身の継続的なセルフリフレクション(自己省察)が欠かせません。

  • 自分の偏見・スティグマを点検する精神疾患・障害に対して、自分自身が無意識のうちに持っている偏見や否定的な先入観がないかを定期的に省察する。
  • パワー差を意識する支援者と当事者の間には、情報・知識・社会的地位における構造的なパワー差がある。その差を認識した上で、パートナーシップを大切にする意識的な努力が必要。
  • 「支援疲れ」への自覚共感疲労・バーンアウトを防ぐためのセルフケアも、エンパワメント支援の継続には不可欠。
  • スーパービジョンの活用定期的なスーパービジョン(上位者・同僚からの助言・指導)を通じて、自分の実践を振り返り、改善する習慣を持つ。
ストレングス視点

ストレングス視点とエンパワメント

ストレングス視点(ストレングス・ベースド・アプローチ)は、デニス・サリービーらによって発展したソーシャルワーク実践のアプローチです。問題・欠点・障害に焦点を当てるのではなく、当事者の持つ強み・能力・資源・可能性(ストレングス)に焦点を当てることを基本姿勢とします。

ストレングス視点の核心的な前提は以下のとおりです。

  • すべての人は強みを持っている
  • トラウマ・苦難・困難の中にも、成長・抵抗・強みが存在する
  • 人は目標を持つとき、変化の可能性が生まれる
  • 支援者は専門家であると同時に、当事者の知恵・強みを信頼するコラボレーターである
  • コミュニティも豊かな資源を持っている

精神保健の現場では、しばしば「何が問題か」「どんな症状があるか」「何ができないか」という「問題中心の見方」が優勢になりがちです。一方、ストレングス視点は意図的にこれに対抗し、「何が得意か」「何に喜びを感じるか」「どんな夢があるか」「どんな困難を乗り越えてきたか」に目を向けます。この視点の転換がエンパワメントを促す理由は次のとおりです。

💪
自己効力感の回復
「できること」「強み」が明確になることで、「自分にもできる」という感覚が育まれる。
🪪
自己アイデンティティの豊かさ
「患者」「障害者」という一面的なアイデンティティだけでなく、趣味人・親・友人・地域の一員という多面的なアイデンティティが浮かび上がる。
🎯
目標への動機づけ
自分の強みを活かした目標設定が、内発的動機(外からの指示ではなく、内側から湧き出る動機)を刺激する。
🌱
回復体験の蓄積
過去の困難を乗り越えた経験が「レジリエンス(回復力)」として再評価され、現在の困難への対処に活きる。

ストレングスを可視化するための実践的なツールとして、ストレングスマッピング(強みの地図づくり)があります。支援者と当事者が共同で、以下の領域における当事者の強み・資源を書き出していきます。

  • 個人のストレングス知識・スキル・趣味・才能・価値観・信念・夢・過去の困難を乗り越えた力。
  • 社会的ストレングス家族・友人・仲間・メンター・コミュニティとのつながり。
  • 環境的ストレングス住環境・経済的資源・地域の支援資源・所属できる場所。

ストレングスマッピングは、アセスメントの場面だけでなく、リカバリープランの作成・見直しの場面でも活用できます。定期的に地図を更新することで、エンパワメントのプロセスを「見える化」することができます。

SYSTEMS & RESOURCES

日本における制度・支援資源とエンパワメント

精神保健福祉センター・自立支援医療制度・障害福祉サービス・当事者団体——日本のエンパワメントを支える制度と支援資源を整理します。

センター

精神保健福祉センター

精神保健福祉センターは、各都道府県・政令指定都市に設置されている精神保健の専門機関です。精神科医・精神保健福祉士・臨床心理士・保健師などの専門職が在籍し、当事者・家族・支援者に対して幅広い相談支援を提供しています。エンパワメントの観点から見た役割は多岐にわたります。

  • 精神保健相談:精神的な悩み・精神疾患に関する相談を電話・来所で受け付ける(多くは無料・匿名可)
  • 当事者・家族の教育プログラム:疾患理解・服薬管理・ストレスコーピングなどに関する心理教育プログラムを提供
  • リカバリー支援:地域のリカバリー志向の支援ネットワーク構築の中核となる
  • アルコール・薬物・ギャンブル依存症の支援:専門的な相談・グループ支援の提供
  • 研修・啓発活動:支援者向け研修、地域住民への精神保健の普及啓発
自立支援医療

自立支援医療制度(精神通院医療)

自立支援医療制度(精神通院医療)は、精神疾患(統合失調症・うつ病・双極性障害・不安障害・PTSD・発達障害など)で継続的な通院治療が必要な方の医療費負担を軽減する制度です。

  • 対象精神疾患(統合失調症・うつ病・双極性障害・不安障害・PTSD・発達障害など)で継続的に通院治療が必要な方(入院は対象外)。
  • 内容通院医療費の自己負担が原則1割に軽減される(通常は3割)。
  • 所得に応じた月額上限世帯の所得に応じて月額の負担上限が設定されており、低所得者への配慮がある。
  • 対象となる医療通院医療費(診察・薬・検査等)、訪問看護、一部の精神科デイケア。
  • 申請窓口居住地の市区町村の福祉担当窓口。
  • 有効期間1年(毎年更新手続きが必要)。

経済的な障壁を下げることで継続的な治療へのアクセスを保障するこの制度は、当事者が安心して回復に取り組むための基盤を提供しており、エンパワメント支援の重要な制度的土台です。主治医や精神保健福祉センターに申請方法を確認することをお勧めします。

福祉サービス

障害福祉サービスとエンパワメント

障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスは、精神障害者の地域生活を支える重要な資源です。エンパワメントの視点で特に重要なサービスを紹介します。

💼
就労継続支援(A型・B型)
一般就労が困難な状況にある方が、障害特性に配慮した環境で就労・生産活動を行う。働くことを通じた自己効力感・役割感・社会参加の促進につながる。
🚀
就労移行支援
一般就労を目指す方が、職業訓練・就職活動・職場定着を支援してもらうサービス。将来への希望と主体的な職業選択をサポートする。
🏠
地域活動支援センター
日中の居場所・交流・相談支援の場。孤立の解消とコミュニティへの参加を促す。
🏡
自立生活援助
地域で一人暮らしをしている精神障害者等を対象に、定期的な居宅訪問・電話による相談・緊急時の対応支援を行う。自立した地域生活の継続を支える。
📋
計画相談支援(サービス等利用計画)
相談支援専門員が当事者と共に、本人の希望・目標に基づいたサービス利用計画を作成する。当事者主体の支援計画を法制度として位置づけるもの。
当事者団体

当事者団体・セルフヘルプグループ

日本には、精神障害・精神疾患の当事者や家族が主体となって運営する団体・グループが全国各地に存在します。これらは、エンパワメントの重要な資源です。

  • 当事者団体の例全国精神障害者地域生活支援協議会(あみ)、全国「精神病」者集団、NPO法人地域精神保健福祉機構(コンボ)など。
  • 家族会全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)など、家族の立場からの相互支援・社会への働きかけを行う。
  • 疾患別のセルフヘルプグループうつ病・双極性障害・統合失調症・摂食障害・アルコール依存症(AA:アルコホーリクス・アノニマス)など、疾患・困難を共有する仲間が集まるグループ。
  • 地域のデイケア自治会・患者自治会精神科医療機関のデイケアや入院病棟に設けられた当事者の自治的組織。意見表明・プログラム企画への参加機会を提供する。
BARRIERS

エンパワメントを阻む要因と課題

エンパワメントの実現を阻む要因は、心理的なものから制度的なものまで多層にわたります。スティグマ・学習性無力感・構造的障壁、そして「エンパワメントの押し付け」という落とし穴を整理します。

スティグマ

スティグマ(偏見・差別)の問題

精神疾患・精神障害に対するスティグマ(偏見・差別・汚名)は、エンパワメントの最大の障壁のひとつです。スティグマには3つの種類があります。

🌍
公的スティグマ(社会的スティグマ)
社会や周囲の人々が精神疾患を持つ人に対して抱く否定的な態度・偏見・差別的な扱い。「危険」「能力がない」「責任が持てない」などのステレオタイプ。
🪞
セルフスティグマ(内なるスティグマ)
公的スティグマを自分自身に内面化することで生じる、自己に対する否定的な評価。「自分は価値のない人間だ」「自分には何もできない」という自己否定につながる。エンパワメントの直接的な阻害要因。
🏛
構造的スティグマ(制度的差別)
法律・制度・組織的慣行の中に埋め込まれた精神障害者への不利益。就労における差別・選挙権の制限・成年後見制度の問題など。
⚠️
セルフスティグマは特に強い障壁セルフスティグマはエンパワメントを特に強く阻みます。「自分には価値がない」「どうせ自分には無理だ」という内なる声は、助けを求めること・自己主張すること・目標を持つことそのものを阻害します。精神保健支援においてスティグマの解消は、エンパワメントの前提条件と言えます。
学習性無力感

慢性的な無力感(学習性無力感)

長期にわたって自分の行動が結果に影響を与えないという経験を繰り返すと、「どうやっても変わらない」「何をしても無駄だ」という学習性無力感(learned helplessness)が形成されることがあります。

精神疾患を長期間抱えてきた方、長期入院を経験した方、繰り返し支援が「失敗」した経験を持つ方は、この学習性無力感を持っていることがあります。学習性無力感はエンパワメントの対極にある心理状態であり、これを解消していくには、小さな成功体験の積み重ねと、「自分には力がある」という証拠を丁寧に積み上げていく支援が必要です。

構造的障壁

制度的・構造的な障壁

個人的な心理の問題だけでなく、制度・構造的な障壁もエンパワメントを阻みます。

  • 支援の分断化医療・福祉・就労・住居・地域生活にまたがる支援が連携不十分で、当事者が複数の機関を個別に調整しなければならない状況。
  • 情報の非対称性利用できる制度・サービス・権利についての情報が当事者に届いていない状況。
  • 経済的困難精神障害による就労制限・収入減少が、自立した生活選択の幅を狭める。
  • 住まいの問題精神障害があることによる民間賃貸住宅の入居拒否、あるいは適切な住居支援の不足。
  • 医療職・支援職のエンパワメント教育の不足支援者自身がエンパワメントの概念と実践を十分に学ぶ機会が限られている。
落とし穴

「エンパワメントの押し付け」という落とし穴

エンパワメントを重視するあまり、「当事者が主体的に動くべきだ」「自己責任で自立すべきだ」という方向に傾くと、それ自体がエンパワメントの否定になります。

エンパワメントは、当事者が「望む」タイミングで「望む」形で進んでいくものです。支援者が「あなたのためだから自立してください」と迫ることは、パターナリズムの新しい形に過ぎません。エンパワメント支援の原則は、あくまで当事者が自分のペースで、自分の望む方向に力をつけていくことを支えることです。時には「今は休みたい」「今は誰かに頼りたい」という当事者の意思を尊重することも、エンパワメント支援の大切な一部です。

FAQ

よくある質問

エンパワメントについてよく寄せられる質問にお答えします。

FAQ

エンパワメントについてのQ&A

Q. エンパワメントと「自己責任」は同じ意味ですか?

A. いいえ、エンパワメントと自己責任は根本的に異なります。「自己責任」という言葉は、しばしば「うまくいかないのは自分のせいだ」「社会的な支援を求めるのは弱さだ」という文脈で使われ、社会的・構造的な問題を個人の責任に帰する方向に働くことがあります。一方、エンパワメントの概念は、個人の力の回復を支えるとともに、その力を奪ってきた社会的・構造的な問題を批判的に分析し変革することをも含んでいます。エンパワメントは「一人で頑張れ」ではなく、「あなたはすでに力を持っており、その力を社会・制度・環境の変革にも向けることができる」という考え方です。支援が必要な状況にある方が、支援を求めることはエンパワメントの実践であり、弱さでも自己責任の失敗でもありません。必要なときに声を上げ、助けを求めることそのものが、エンパワメントの表れです。

Q. 精神疾患が重い状態でも、エンパワメントは可能ですか?

A. はい、エンパワメントは症状の重さに関わらず可能です。パーソナル・リカバリーの考え方では、症状や障害がある状態でも、自分らしい意味のある生活を送ることは可能とされており、エンパワメントはその核心にあります。症状が重いときは、エンパワメントの形が変わるだけです。たとえば、「今日のご飯を何にするか自分で選ぶ」「医師に薬の副作用について一つ質問する」「信頼できる人に電話する」といった小さな自己決定や主体的行動も、エンパワメントのプロセスです。支援者は、当事者の状態に応じて、そのときどきのエンパワメントを支える柔軟な関わりが求められます。回復の過程では波があり、力が戻ったかと思えばまた落ち込むこともあります。それは失敗ではなく、リカバリーの自然なプロセスです。大切なのは、症状が改善するまで待つのではなく、今この瞬間の当事者の力と可能性を大切にすることです。

Q. ピアサポーターになるにはどうすれば良いですか?

A. ピアサポーターになるためのルートは、地域や支援機関によって異なりますが、代表的な方法を紹介します。まず、精神保健福祉センターや地域活動支援センターが実施する「ピアサポーター研修」「当事者スタッフ養成プログラム」への参加が入口になることが多いです。厚生労働省が制度化した「障害者ピアサポーター研修」(基礎研修・専門研修・フォローアップ研修の全6日間)を修了すると「ピアサポート専門員」として認定を受けることができます。また、地域の精神科デイケア・就労支援施設・障害者就業・生活支援センターなどが当事者スタッフを雇用している場合もあります。セルフヘルプグループや当事者団体での活動をきっかけにピアサポーターとして活動を始める方もいます。まずは最寄りの精神保健福祉センターや地域のNPO・当事者団体に問い合わせることをお勧めします。ピアサポーターとして活動することは、他者を助けるとともに、自分自身のリカバリーとエンパワメントにもつながります。

Q. 家族として、当事者のエンパワメントをどう支えれば良いですか?

A. 家族が当事者のエンパワメントを支えるために最も重要なことは、「本人の声を聞き、本人の意思を尊重する」ことです。「本人のためを思って」先回りしてすべてを決めてしまうことは、善意であっても自律性を奪うことになりかねません。具体的な支え方として、①治療・支援の場に一緒に出かけるときも「今日あなたが聞きたいこと・言いたいことは何?」と確認してから行く、②「こうしなさい」ではなく「こういう選択肢もあるけど、あなたはどう思う?」と問いかける、③症状や問題点だけでなく、良くなっている点・頑張っている点を日々言葉にして伝える、④家族自身も家族会やカウンセリングでサポートを受けることで、余裕のある関わりができるようになる、といったことが挙げられます。また、精神保健福祉センターでは家族向けの相談・心理教育プログラムを提供しているところも多く、ぜひ活用してください。家族が「一人で抱え込まない」こともまた、当事者のエンパワメントを長期的に支える上で非常に重要です。

Q. エンパワメントと「回復志向ケア(リカバリー・オリエンテッド・ケア)」はどう違いますか?

A. エンパワメントはリカバリー志向ケアの中核的な概念のひとつであり、両者は非常に密接に関連しています。リカバリー志向ケア(回復志向ケア)とは、精神保健サービスの全体的な方向性を示す概念で、当事者が自分らしい生活を取り戻すことを中心に置いたサービス提供の姿勢・哲学・実践の枠組みです。その中でエンパワメントは、サービスの目標であり、達成手段でもある核心的な要素に位置づけられます。リカバリー志向ケアの実践原則(インフォームド・コンセントの徹底・共同意思決定・強みへの焦点・当事者の希望の尊重・ピアサポートの活用など)はすべて、当事者のエンパワメントを促進するためのものです。わかりやすく言うと、「エンパワメント」が目指すべき状態・プロセスを指すのに対し、「リカバリー志向ケア」はそれを実現するためのサービス提供の全体的な在り方を指す、という関係になります。

Q. 医療機関やサービスの対応に不満があります。どこに相談できますか?

A. 医療機関やサービスの対応に不満・疑問がある場合は、いくつかの相談先があります。まず、医療機関内の「患者相談室」「医療相談窓口」に相談することができます。対応に納得がいかない場合は、都道府県や政令指定都市が設置している「医療安全支援センター」に相談・苦情を申し出ることができます。また、精神保健福祉センターでも、医療・福祉サービスに関する相談に応じています。サービス提供機関に関しては、都道府県の障害福祉担当部署や国民健康保険団体連合会に苦情を申し出ることができます。法的な問題が絡む場合は、法テラス(0570-078374)や弁護士に相談することも可能です。自分一人では声を上げにくい場合は、ピアサポーターや相談支援専門員、家族会など信頼できる第三者と一緒に相談に臨むことも有効な方法です。セルフアドボカシーの実践として、不満を解消するための第一歩を踏み出すことが大切です。

Q. エンパワメントを実感するためには、具体的に何から始めれば良いですか?

A. エンパワメントの実感は、大きな変化や決断から始まる必要はありません。日常生活の中の小さな自己決定・自己表現・主体的行動の積み重ねから少しずつ育まれていくものです。具体的に始めやすいことを紹介します。まず、毎朝「今日は何をしたいか」を一つ決めてみること。次に、診察や相談の前に「今日伝えたいこと」をメモする習慣をつけること。また、セルフヘルプグループや当事者活動に参加し、「自分と同じ経験をした人がいる」という感覚を持つこと。自分の強みや「これまで乗り越えてきたこと」を小さなノートに書き出すこと。さらに、自分の権利や利用できる制度について一つずつ情報を集めること。ピアサポーターや支援者に「エンパワメントを支援してほしい」と伝えること自体もセルフアドボカシーの実践です。一人でうまく始められない場合は、精神保健福祉センターやcocotomo(ここトモ)などの相談窓口に相談してみてください。あなたはすでに力を持っています。その力が発揮されるよう、一緒に歩んでいきましょう。

あなたの力を取り戻す一歩を。
一人で抱え込まないで。

エンパワメントのプロセスは、一人で歩む必要はありません。つらい気持ち・困っていること・話したいことを、ぜひココトモに聞かせてください。チャット相談は無料でご利用いただけます。

今すぐ話したい方へ——相談窓口
ココトモ相談するチャット相談・無料
いのちの電話0120-783-55624時間・無料
よりそいホットライン0120-279-33824時間・無料
精神保健福祉センター各都道府県・政令市に設置。精神保健に関する無料専門相談。お住まいの地域の精神保健福祉センターをご確認ください

医療費の負担が心配な方へ:自立支援医療制度(精神通院医療)を利用することで、精神疾患で継続的に通院している方の医療費自己負担が原則1割に軽減されます。申請は市区町村の福祉担当窓口または精神保健福祉センターにご相談ください。このページの情報は、医師による診断や治療に代わるものではありません。症状が気になる場合は、心療内科・精神科への受診をご検討ください。

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