アイデンティティ危機とは?
定義・原因・症状・乗り越え方を徹底解説
「自分が何者かわからない」「このまま生きていていいのか」——青年期から晩年期まで、あらゆるライフステージで起こりうるアイデンティティ危機。エリクソンの理論から現代社会・SNS・AIの影響、CBT・ACT・ナラティブ療法による再構築まで、必要な情報をすべてここにまとめました。
アイデンティティ危機とは
「自分が何者かわからない」「このまま生きていていいのか」——そんな深い問いに苦しむことはありませんか?それはアイデンティティ危機(アイデンティティ・クライシス)のサインかもしれません。マイナビの調査では40代・50代の約33%が「自身の人生に満足していない」と回答し、パーソル総合研究所の2024年セミナーでも成人期を通じたアイデンティティの危機と発達が重要課題として取り上げられました。
「アイデンティティ」とは何か
アイデンティティ(identity)とは、日本語では「自我同一性」「自己同一性」と訳される心理学的概念です。「自分は何者であるか」「自分はどこから来て、どこへ向かっているか」という感覚、つまり自己の継続性・一貫性・独自性の感覚を指します。
日常的な言葉では「自分らしさ」「自分の軸」「生きがい」「存在意義」に近い概念ですが、心理学的には次の3つの次元で理解されます。
アイデンティティが「安定している」とはどういう状態か
アイデンティティが安定している状態とは、次のような感覚が持続的にある状態です。
逆に言えば、アイデンティティが不安定なときは「自分が誰なのかわからない」「何をしたいのかわからない」「どこにも居場所がない」という感覚が支配的になります。これがアイデンティティ危機の核心です。
アイデンティティは生涯を通じて変化する
重要なのは、アイデンティティは生涯を通じて変化・発達するものだということです。かつては「青年期に一度形成すれば完成する」と考えられていましたが、現代の発達心理学ではアイデンティティは生涯発達(life-span development)することが明らかになっています。
転職、結婚、子育て、介護、退職、病気、喪失体験など、人生の節目ごとにアイデンティティは問い直され、再構築されていきます。アイデンティティ危機は、そうした再構築の過程で生じる痛みと混乱です。
エリクソンとマーシャ——理論の系譜
アイデンティティ危機の概念はエリク・H・エリクソンが提唱し、ジェームズ・マーシャがそれを実証的に発展させました。彼らの理論は、危機を「異常」ではなく「発達の必然」として理解する基盤を作りました。
エリクソンによる「アイデンティティ危機」の提唱
アイデンティティ危機(Identity Crisis)の概念を提唱したのは、ドイツ系アメリカ人の発達心理学者エリク・H・エリクソン(Erik H. Erikson, 1902–1994)です。エリクソンは1950年に著書『幼児期と社会(Childhood and Society)』においてアイデンティティ概念を体系化し、その後『アイデンティティ:青年と危機(Identity: Youth and Crisis)』(1968年)でさらに詳細に論じました。
エリクソンはアイデンティティを「内的な不変性と連続性の感覚」と定義し、その危機を「自己同一性の崩壊または混乱した状態」として記述しました。彼は青年期(おおよそ12歳〜20歳代前半)をアイデンティティ形成の特に重要な時期と位置づけ、この時期の発達課題を「アイデンティティ対アイデンティティ拡散(Identity vs. Role Confusion)」と定式化しました。
エリクソンの8段階発達理論
エリクソンは人間の発達を生涯にわたる8つの段階に分け、それぞれの段階に固有の「心理社会的危機(psychosocial crisis)」があるとしました。
マーシャのアイデンティティ地位理論
エリクソンの理論を実証的に発展させたのが、カナダの心理学者ジェームズ・マーシャ(James Marcia)です。マーシャは1966年に「アイデンティティ地位(Identity Status)」の概念を提唱し、アイデンティティの状態を「模索(探求)の有無」と「コミットメント(関与・決断)の有無」という2軸で4つに分類しました。
アイデンティティ危機が起きる心理・神経・社会のメカニズム
自己の物語(ナラティブ)の崩壊:人は自分の人生を一つの「物語」として理解しています。心理学者ダン・マクアダムズの「ナラティブ・アイデンティティ理論」によれば、人は自己の経験に一貫したテーマと意味を与えることで安定したアイデンティティを維持します。トラウマ的な出来事や急激な変化はこのナラティブを断ち切り、「自分の人生のストーリーが崩れた」という感覚をもたらします。これがアイデンティティ危機の心理的実体です。
神経科学的視点:アイデンティティの感覚は脳のデフォルトモードネットワーク(DMN)——内側前頭前皮質、後帯状皮質、海馬など——と深く関わっており、自己参照的な思考に関与しています。慢性的なストレスや強いトラウマ体験は扁桃体の過活動と海馬の萎縮を引き起こし、記憶の連続性や感情調節能力に影響を与えます。深刻になると「現実感の喪失」や「離人感」が生じることがあります。
社会的比較とSNS:レオン・フェスティンガーの社会的比較理論(1954年)が示すように、人は他者との比較を通じて自己を認識します。SNSが日常化した現代では、他者の「理想化された姿」との比較が常態化し、アイデンティティの不安定化を加速させています。2024年の日本経済新聞の報道によれば、SNSの影響で若者——特に女子——のメンタルヘルスが悪化していることが明らかになっています。
アイデンティティ危機の症状・サイン
アイデンティティ危機は、心理面・行動面・身体面の3つの領域に現れます。これらのサインに気づくことが、自分の状態を振り返る最初のきっかけになります。
心理面・行動面に現れる症状
身体症状とストレス反応
アイデンティティ危機に伴うストレスは、身体にも影響を与えます。心理的な苦しさは身体の不調として現れることがしばしばあります。
- ✓慢性的な疲労感・倦怠感(何もしていないのに疲れている)
- ✓睡眠の問題(寝つきが悪い、夜中に何度も目が覚める、逆に過眠)
- ✓食欲の変化(食欲不振、または過食)
- ✓頭痛・肩こり・胃腸の不調などの身体化症状
- ✓動悸・息苦しさ・手足の震えなどの自律神経症状
原因と人生のステージ別の危機
アイデンティティ危機はライフイベント・内的変化・社会的要因の3方向から訪れ、青年期から晩年期まで各ライフステージごとに固有の形を取ります。
アイデンティティ危機を引き起こす3つの要因
アイデンティティ危機の原因はライフイベント・内的要因・社会的要因の3つに大別できます。実際には複数の要因が重なって生じることが多いです。
アイデンティティ危機は多くの場合、生活環境や役割の大きな変化をきっかけに生じます。
外的なイベントがなくても、内的な変化がアイデンティティ危機を引き起こすことがあります。
現代社会固有の構造的な要因もアイデンティティ危機に寄与しています。
- 失業・退職「仕事人」としてのアイデンティティが主だった人が、その役割を失うことで自己喪失感が生じる。定年退職後の「燃え尽き」もこれに含まれる。
- 転職・キャリアチェンジ長年のキャリアを大きく転換したとき、「自分はこの仕事に合っているのか」「これまでの努力は何だったのか」という混乱が生じる。
- 離婚・別居・失恋長期的なパートナーシップの解消は「自分たち」というアイデンティティの喪失を意味し、「ひとりの自分」の再構築を迫る。
- 子育ての開始・終了「親」としてのアイデンティティへの移行(親になること)、または子どもの独立後の「空の巣症候群」。
- 大切な人との死別親、配偶者、親しい友人などの死は、自己物語の重要な部分を喪失させる。
- 深刻な病気・障害身体的な変化が「これまでの自分」のイメージを根底から覆す。
- 海外移住・文化的移行異なる文化圏への移住は、それまでの社会的アイデンティティが通用しなくなる経験をもたらす。
- 宗教・信仰の変化これまでの信仰や信念体系を疑い始めたとき、世界観全体が揺らぐ。
- 価値観の変容年齢とともに、あるいは重要な体験を経て、これまでの価値観が自分に合わなくなってきたと気づく。
- 成功後の空虚感長年の目標を達成した後、「次に何をすればいいかわからない」という方向性の喪失(達成後の空虚/Post-Achievement Emptiness)。
- 過去のトラウマの再活性化幼少期のトラウマや未解決の傷が、ある年齢や出来事をきっかけに再び浮かび上がり、自己像が揺らぐ。
- セクシュアリティ・ジェンダーへの気づき自分のセクシュアリティやジェンダーアイデンティティに対する理解が変化し、これまでの自己像との整合性を取る必要が生じる。
- 「本当の自分を演じていない」感覚長年、周囲の期待に応えるために「仮面」をかぶり続けた結果、「本当の自分」がどこにあるのかわからなくなる。
- SNSによる自己比較の常態化他者の「ハイライト」を常に見せられることで、「自分の人生は劣っているのではないか」という感覚が強化される。
- 選択肢の過多(選択のパラドックス)現代は生き方・働き方の選択肢が増えすぎたため、「本当に自分が選びたいもの」を見極めることが難しくなっている。
- 流動的な労働環境終身雇用の崩壊、ジョブ型雇用への移行、フリーランスの増加により、「仕事を通じたアイデンティティ」の確立が難しくなっている。
- 伝統的価値観の崩壊「男はこうあるべき」「○歳になったら結婚・就職・マイホーム」といった従来の社会的脚本が機能しなくなっている。
人生のステージ別にみるアイデンティティ危機
アイデンティティ危機は青年期だけのものではありません。各ライフステージにそれぞれ固有の危機があります。
アイデンティティ拡散とメンタルヘルスへの影響
アイデンティティ危機が長期化・深刻化した状態を「アイデンティティ拡散」と呼び、うつ病・適応障害・不安障害・バーンアウト・自殺リスクと密接に関連します。
アイデンティティ拡散——危機の慢性化した状態
アイデンティティ危機の中でも特に深刻な状態を「アイデンティティ拡散(Identity Diffusion)」といいます。エリクソンが「役割拡散(Role Confusion)」と呼んだ状態に相当し、マーシャの分類では模索もコミットメントもない最も不安定な状態です。
アイデンティティ拡散では、自己の感覚が「拡散」してまとまりを失い、一貫した自己像が持てなくなります。「何が自分にとって大切なのか」「自分は何をしたいのか」「自分はどういう人間なのか」という基本的な問いに対して、まったく答えが見つからない状態です。
アイデンティティ拡散と精神疾患
アイデンティティ拡散はいくつかの精神疾患と深く関連しています。ただし、拡散そのものが精神疾患というわけではなく、長期化・深刻化した場合に精神疾患へと発展しうる、あるいは精神疾患の一側面として現れうる、という関係です。
- 境界性パーソナリティ障害(BPD)不安定な自己像、感情の激しい揺れ、人間関係の不安定さが特徴。アイデンティティ拡散はBPDの中核的特徴の一つとされる。
- うつ病重度のアイデンティティ危機はうつ病と相互に影響し合う。「自分に価値がない」という感覚(自己評価の低下)はうつ病の中核症状でもある。
- 解離性障害深刻な自己の分裂・喪失感が、解離性健忘や解離性同一性障害と重なることがある。
- 統合失調症特に発症初期に、自己の境界の崩壊(「自分と他者の区別がわからなくなる」感覚)が生じることがある。
うつ病・適応障害・不安障害・バーンアウトへの発展
うつ病:「自分には価値がない」「自分は必要とされていない」という否定的な自己認識が中核にあります。これはアイデンティティ危機の「自己喪失感」と連続しており、危機が深刻化することでうつ病へと移行するケースが少なくありません。WHOによれば、うつ病は世界で約3億人以上が罹患しており、日本でも約100万人が罹患しています(厚生労働省・患者調査2020年)。
適応障害:明確な「ストレッサー」への反応として抑うつ・不安・行動上の障害が生じる疾患です。転職・離婚・転居など、アイデンティティ危機の引き金となるライフイベントは、適応障害の典型的なストレッサーでもあります。
不安障害:アイデンティティ危機に伴う「自分の未来がわからない」「間違った選択をするかもしれない」という不確実性への恐れは、不安障害と密接に関連します。特に全般性不安障害(GAD)は、アイデンティティ危機の慢性化した形と重なる部分があります。
バーンアウト(燃え尽き症候群):仕事や役割に過度に自己を同一化してきた人が、その役割を失ったり極度に消耗したりしたとき、アイデンティティ危機とバーンアウトが同時に起こります。WHOは2019年にバーンアウトを職業上の現象(Occupational phenomenon)として国際疾病分類ICD-11に組み込みました。三要素は「情緒的消耗感」「離人感・脱人格化」「個人的達成感の低下」で、後二者はアイデンティティ危機の症状と重なります。
自殺リスクへの注意
深刻なアイデンティティ危機は、自殺リスクを高める要因となりえます。「生きていても意味がない」「自分など消えてしまえばいい」という思考は、アイデンティティの危機が極限に達したサインです。
日本の自殺者数(2024年)は約21,000人で、特に若年層(20〜30代)での自殺は死因の第1位を占めています(厚生労働省自殺対策白書)。若年層の自殺の背景には、アイデンティティ形成の困難さが深く関わっていることが指摘されています。
現代社会が生み出すアイデンティティ危機
スマートフォン・SNS・AIの発展、流動的な社会構造は、アイデンティティ危機のあり方を根本的に変えました。現代固有の3つの要因を見ていきます。
現代がもたらす3つの新しい危機
スマートフォンとSNSの普及はアイデンティティ危機のあり方を根本的に変えました。サイバーエージェント次世代生活研究所2025年調査によれば、Z世代のSNS利用は多様化・複雑化しており、2025年はSNS登場以来初めて利用率や接触時間が伸びなくなった年とされ、その背景に「SNS疲れ」がある。
- 上方比較の常態化他者の「最良の瞬間」が日常的に流れ込み、「自分の人生は劣っている」という感覚が強化される。
- 承認依存の形成「いいね」や反応を通じてアイデンティティを外部から補強しようとするが、安定した自己感覚は得られない。
- 「キュレーテッド自己」の疲弊SNS上で「理想の自分」を演じ続けることで、「本当の自分」との乖離が深まる。
- FOMOの増幅取り残されることへの恐怖(Fear of Missing Out)が、「自分の人生の選択は間違いだったのではないか」という反芻を強化する。
社会学者ジークムント・バウマンは現代社会を「リキッド・モダニティ(液状近代)」と呼びました。かつては固定的だったアイデンティティの参照点——職業、家族、国籍、宗教、コミュニティ——が、現代では流動的で不安定なものになっています。日本でも、終身雇用の崩壊・非正規雇用の増加・結婚率の低下・宗教的権威の弱体化など、かつてアイデンティティの基盤となっていた社会的枠組みが揺らぎ、「自分で選んでアイデンティティを構築しなければならない」プレッシャーが増大しています。
ChatGPTをはじめとするAIの急速な発展は、「人間の独自性とは何か」「AIにできないことは何か」という問いを通じて、アイデンティティに新たな次元を加えています。「AIに仕事を奪われるかもしれない」という危機感は、仕事を自己のアイデンティティの核としていた人々に深刻な危機をもたらしています。東洋経済の2026年トレンド分析では、Z世代がSNSの「人に見られる場所」から離れ、「評価しないAI」に居場所を求め始めているという現象が報告されており、アイデンティティの承認を求める先が人間から機械へ移行しつつある変化を示しています。
アイデンティティ危機の乗り越え方
アイデンティティ危機は「成長のプロセス」として受け入れることが第一歩。自己探求・セルフケア・人とのつながり・心理療法を組み合わせて、徐々に再構築していきます。
危機を「成長のプロセス」として受け入れる
アイデンティティ危機の乗り越えに向けた第一歩は、「この苦しさは異常ではなく、成長に向かうプロセスだ」という視点を持つことです。
自己探求のための5つの実践
アイデンティティ危機の時期に有効な、自己探求の方法を紹介します。どれか一つに絞らず、できそうなものから取り入れてください。
心身のセルフケア
アイデンティティ危機の時期は、心身のセルフケアが特に重要です。心理的な消耗が続くと、危機をさらに深刻に感じさせる「認知の歪み」が生じやすくなります。
人とつながることの重要性
アイデンティティ危機の時期は孤立しやすいですが、信頼できる人とのつながりが回復を大きく支えます。
- 信頼できる人に話す家族・友人・パートナーなど、判断せずに話を聞いてくれる人に、今の気持ちを正直に話す。「うまく説明できない」と前置きしてもよい。
- 同じ経験をしている人とのつながりサポートグループ・コミュニティへの参加。「自分だけではない」という感覚が孤立感を和らげる。
- メンターを持つ人生の先輩から話を聞くことで、「自分も必ず出口にたどり着く」という展望が開ける。
- ボランティア・社会貢献活動誰かの役に立つ体験が、「自分は必要とされている」「自分には価値がある」という感覚を直接的に提供する。
CBT・ACT・ナラティブ・セラピーによる再構築
認知行動療法(CBT)は、思考(認知)と行動の相互作用に働きかける心理療法で、うつ病・不安障害・バーンアウトなど、アイデンティティ危機に伴う問題に対して高い有効性が示されています。2024年のメタ分析(ScienceDirect)でも、CBT・認知療法・行動活性化はうつ症状の軽減において統制群と比較して有意な効果があることが確認されています。
アイデンティティ危機においてCBTが有効な理由は、①認知の歪み(「自分には価値がない」など)への直接的アプローチ、②行動活性化による小さな成功体験の積み重ねで「できる自分」を再構築、③問題解決技法でキャリア・人間関係などの現実的な問題に対処、の3点です。
①状況 ②感情と強さ(0〜100%) ③自動思考 ④根拠と反証 ⑤バランスのとれた考え ⑥感情の変化、という6つの列を書き出す。「自分は失敗した」という思考に対し、「どんな証拠があるか」「別の見方はないか」を検討する。
「どうせ自分には無理だ」という思考を、実際に試してみることで検証する。小さな挑戦から始め、「自分にもできた」という体験を積み重ねる。
「自分は価値がない」「自分は愛されない」など、幼少期から持ち続けている根深い自己信念を特定し、その起源と現在の妥当性を検証する。
CBTにマインドフルネス瞑想を組み合わせた手法。反芻的思考からの離脱と「今ここ」への集中を促す。
CBTの発展形。「苦しい感情や思考を消そうとするのではなく、それを受け入れた上で、自分の価値観(Values)に沿った行動を選ぶ」。アイデンティティは実践の中から徐々に再構築される。
「問題を外在化する」「例外の探索」「オルタナティブ・ストーリー(別の物語の再構築)」などの技法で、自己の物語を再著述する。「私の人生は失敗だ」を「私の人生は変化の途中で成長に向かっている」へ書き換える。
周囲のサポートと専門家への相談
家族・パートナー・職場の対応は回復を大きく左右します。同時に、サポーター自身のケアと、適切なタイミングでの専門家相談も重要です。
アイデンティティ危機にある人への接し方
大切な人がアイデンティティ危機にあるとき、最も重要なのは、「解決しようとしない」ことです。アドバイスや解決策ではなく、ただ聞き、ただそばにいることが回復を支えます。
サポーター自身の「支援疲れ」への対処
アイデンティティ危機にある人を支え続けることは、サポーター自身にも大きな心理的負担をかけます。共感疲労(Compassion Fatigue)と呼ばれる状態——他者の苦しみに長期間向き合うことで、サポーター自身が心理的に疲弊する状態——に陥ることがあります。
職場での対応——上司・同僚ができること
部下や同僚がアイデンティティ危機のサインを示している場合の、職場でできる対応です。
- 1on1ミーティングの活用定期的な個別面談で、業務の話だけでなく「最近どうですか」という声かけをする。
- EAP(従業員支援プログラム)の案内会社にEAPがある場合は、「こういう相談窓口があります」と情報提供する。
- 過度のプレッシャーをかけない危機の時期にさらなる高い目標・期待をかけることは逆効果。
- 産業医・保健師への相談職場の産業医・保健師に相談し、適切なサポート体制を整える。
専門家に相談すべきタイミング
アイデンティティ危機は「自分で考えて乗り越えるべき問題」と思い込みがちですが、適切な専門家のサポートは回復を大きく促進します。以下のサインが一つでも当てはまる場合は、専門家への相談を真剣に検討してください。
- ✓「死にたい」「消えてしまいたい」という気持ちが出てきた
- ✓自己傷害行為(リストカットなど)をしている、またはしそうだ
- ✓日常生活(仕事・家事・学業・人間関係)に著しい支障が出ている
- ✓症状が2週間以上続いており、改善する気配がない
- ✓孤立感が強く、誰にも話せない状態が続いている
- ✓アルコール・薬物・過食・ギャンブルなど依存的な行動で気を紛らわしている
- ✓過去のトラウマ(虐待・DVなど)が関係していると感じる
相談できる専門家・機関の種類
アイデンティティ危機の相談先は複数あります。それぞれの特徴を知り、自分に合った窓口を選びましょう。
自立支援医療制度(精神通院医療)
アイデンティティ危機からうつ病・適応障害・不安障害などを発症し、継続的な通院が必要になった場合、自立支援医療制度(精神通院医療)を活用することで、医療費の自己負担が原則1割に軽減されます。
- 対象統合失調症、気分障害(うつ病・双極性障害)、不安障害、適応障害など、継続的な通院による精神医療が必要な方。
- 内容精神科・心療内科への通院(診察・薬代・訪問看護・デイケアなど)に係る医療費が通常3割負担から原則1割に。
- 申請窓口お住まいの市区町村の福祉担当窓口(福祉事務所・市役所・区役所の障害者福祉課など)。
- 必要書類医師の「診断書(自立支援医療用)」、本人確認書類、保険証など。主治医に「自立支援医療の診断書をお願いしたい」と相談する。
- 詳細最寄りの精神保健福祉センターやお住まいの市区町村にお問い合わせください。
よくある質問
A. はい、あらゆる年代で起こりえます。エリクソンは青年期(10代〜20代前半)を特に重要な時期と位置づけましたが、現代の発達心理学ではアイデンティティは生涯を通じて変化・発達することが明らかになっています。20代後半〜30代の「クォーターライフクライシス」、40〜50代の「ミッドライフクライシス」、60代以降の定年退職・死別後の危機など、それぞれのライフステージに固有の危機があります。「もう○歳だからアイデンティティに悩むのはおかしい」ということはありません。
A. 個人差が大きく、数週間から数年にわたることがあります。軽度の場合は、自己探求と新たなコミットメントを通じて比較的短期間で乗り越えられます。しかし深刻な場合や、過去のトラウマや精神疾患が絡んでいる場合は、長期化することがあります。重要なのは、長引いている場合に「一人で抱え込もうとしない」ことです。専門家のサポートを受けることで、回復が大きく早まることがあります。
A. それ自体は必ずしも病気ではありません。アイデンティティを探求し問い直している状態は、心理的に正常な発達プロセスの一部です。しかし、その感覚が非常に強く、長期間続き、日常生活・仕事・人間関係に著しい支障が出ている場合、あるいはうつ病・不安障害・解離症状などを伴っている場合は、精神科・心療内科への相談が必要です。「病気かどうか」という判断は専門家にしかできません。「少し気になる」程度でも、精神保健福祉センターへの相談は無料でできますので、一人で判断しようとせずに相談してみてください。
A. 非常によくあることです。仕事は現代社会において主要なアイデンティティの源泉の一つです。特に仕事に強く自己を同一化していた方が転職・退職すると、「自分が誰であるか」の感覚が揺らぐことがあります。これは自然な反応ですが、長引く場合は新しいアイデンティティを構築するプロセスに意識的に取り組む必要があります。価値観の棚卸し・新たな活動への挑戦・カウンセリングの活用などが助けになります。なお、うつ病の症状(持続する抑うつ気分、睡眠障害、意欲の著しい低下など)が伴っている場合は、精神科・心療内科への相談が必要です。
A. SNSが症状を悪化させているならば、意識的に距離を置くことが有効です。ただし「完全にやめる」ことへのハードルが高い場合は、「1日30分まで」「夜9時以降は見ない」「特定のアカウントをミュートする」など、段階的な使用ルールから始めると続けやすいです。研究では、SNS使用時間の削減が、特に自己比較による抑うつ・不安の軽減に効果があることが示されています。アイデンティティ危機の時期は特に、自分の内面と向き合う時間を意識的に作ることが重要です。
A. そのような心配をする方は多いですが、精神科・心療内科の医師や心理士は、深刻な症状でなくても専門的な相談に対応するトレーニングを受けています。「これくらいで来ていいのか」という心配は無用です。むしろ早い段階で相談する方が、重症化を防ぎ、回復も早くなる傾向があります。「少し悩んでいる」「話を聞いてもらいたい」という理由でも受診・相談していただけます。まず精神保健福祉センターへの無料相談からスタートするのもよい選択肢です。
A. アイデンティティ危機を乗り越えた後には、しばしば大きな内的成長が起こります。テデスキとカルホーンが研究した「ポストトラウマティック・グロース(PTG)」では、深刻な危機を経験した人がそれ以前よりも深い自己理解、他者への共感、人生の意味・目的の明確化、強靭さの向上を獲得することが示されています。アイデンティティ危機は苦しいものですが、それは「より本物の自分に近づく」プロセスでもあります。「この苦しさに意味がある」という視点は、危機を乗り越える力となります。
「自分が誰かわからない」——
その気持ち、一人で抱えないで。
アイデンティティ危機の苦しさは、言葉にするのが難しいことがあります。うまく説明できなくても大丈夫。ぜひあなたの今の気持ちをそのまま、ココトモに聞かせてください。
このページの情報は、医師による診断や治療に代わるものではありません。症状が気になる場合は、心療内科・精神科への受診をご検討ください。
