流産と悲嘆・メンタルヘルス
心理的影響・悲嘆のプロセス・回復のためのケアと支援を徹底解説
流産は妊娠した人の約15〜20%が経験する出来事ですが、その喪失の痛みは数字では表せないほど深く、当事者のメンタルヘルスに大きな影響を与えます。2025年のメタ分析では流産後の女性の約30〜34%がうつ・不安・ストレスを経験することが示されました。悲嘆のプロセス、うつ・PTSD・不安障害との関係、パートナーのケア、回復のためのセルフケアと支援制度まで、包括的に解説します。
流産とは——定義・種類・頻度
流産(自然流産)は、妊娠22週未満に胎児が子宮外で生存できない状態で妊娠が終わることをいいます。医学的には人工妊娠中絶とは区別され、その種類・頻度・原因を正しく知ることは、自責の念から解放される第一歩です。
流産の定義と6つの種類
流産(りゅうざん)とは、妊娠22週未満に胎児が子宮外で生存できない状態で妊娠が終わることをいいます。医学的には「自然流産(spontaneous abortion)」と呼ばれ、人工的に妊娠を中断する「人工妊娠中絶」とは区別されます。
流産は決して稀ではない——統計から見る実態
流産は決して稀ではありません。日本および世界の統計から、その実態を見てみましょう。
流産の原因——「自分のせい」ではないことの根拠
「自分のせいで流産した」と自責する方が非常に多いですが、流産の大部分は母親の行動とは無関係です。原因は次の4系統に大別されます。
最も多い原因(約50〜70%)。自然界の選択であり、誰にでも起こりうる。妊娠した時点で既に決まっているため、母親の行動とは無関係。
- 流産原因の最多要因
- 自然界の選択現象
- 本人の行動と無関係
子宮の形の問題で着床・成長が困難になるケース。
- 双角子宮
- 中隔子宮
- その他の子宮奇形
ホルモン分泌のバランス異常による流産。
- 黄体機能不全
- 甲状腺疾患
- 糖尿病
血液凝固異常(抗リン脂質抗体症候群など、不育症の原因として重要)、免疫異常(母体の免疫系が胎児を異物として攻撃)、感染症(子宮内感染など)も原因となる。検査をしても原因が特定できない「原因不明」も多い。
- 抗リン脂質抗体症候群
- 免疫異常
- 子宮内感染
- 原因不明
流産の心理的衝撃——なぜこれほど深く傷つくのか
流産は単に「今回の妊娠」を失うだけでなく、思い描いていた未来すべてが一瞬にして消える「複合的な喪失」です。妊娠に伴う愛着、流産特有の悲嘆の性質、最新研究によるメンタルヘルスへの影響を見ていきます。
妊娠に伴うアタッチメント(愛着)の形成
妊娠が分かった瞬間から、多くの人は胎内の命に対して強い愛着(アタッチメント)を形成し始めます。赤ちゃんの名前を考える、生まれた後の生活を想像する、育児グッズを調べる——こうした「期待」や「夢」は、胎児の成長とともに積み重なります。
流産は、この愛着の対象を突然、完全に奪う出来事です。それは単に「今回の妊娠」を失うだけでなく、思い描いていた未来すべてが一瞬にして消える体験です。子どもが生まれた後の家族の姿、その子が最初に歩く瞬間、入学式……すべての未来が失われる「複合的な喪失」です。
流産が持つ特殊な悲嘆の性質——5つの側面
流産による悲嘆は、ほかの死別と比較しても特殊な性質を持ちます。
メンタルヘルスへの影響——2025年メタ分析より
2025年に発表された系統的レビューとメタ分析(Journal of Global Health)では、流産後6週間以内の女性において以下の割合でメンタルヘルス上の問題が確認されています。
また、流産後12ヶ月以内の女性を対象とした研究では、最も多かった精神疾患は以下のとおりでした。
- 適応障害流産後12ヶ月以内で最も多かった精神疾患(22.4%)。流産というストレスに適応できず感情・行動の問題が生じている状態。
- 特定の恐怖症流産後12ヶ月以内で2番目に多かった(14.5%)。産婦人科・妊婦・赤ちゃん関連への強い恐怖など。
- PTSD流産後12ヶ月以内で3番目に多かった(8.1%)。
流産後の悲嘆(グリーフ)のプロセスと段階
悲嘆は「病気」ではなく、喪失に対する正常な人間の反応です。キュブラー・ロスの5段階モデル、流産特有の感情、悲嘆の継続期間について整理します。
悲嘆(グリーフ)とは何か
悲嘆(グリーフ:grief)とは、愛する存在や大切なものを失ったときに経験する、深い悲しみと心理的苦痛のプロセスです。悲嘆は「病気」ではなく、喪失に対する正常な人間の反応です。しかし、そのプロセスは決して直線的ではなく、山あり谷ありを繰り返しながら、時間とともに少しずつ変化していきます。
キュブラー・ロスの悲嘆の5段階
精神科医エリザベス・キュブラー・ロスが提唱した「悲嘆の5段階モデル」は、流産後の心理的プロセスを理解するうえで参考になります。ただし、これらの段階は必ずしも順番通りに進むものではなく、行き来したり、複数の段階が同時に現れることもあります。
流産の悲嘆に特有の感情——8つの側面
流産後に経験しやすい感情を知っておくことで、「こんな気持ちになっても大丈夫」と自分を安心させることができます。
悲嘆の継続期間——「期限」はない
悲嘆の期間には大きな個人差があります。研究によれば、流産後の強い悲しみは一般的に数週間から数ヶ月をかけて徐々に和らいでいきますが、6ヶ月以上悲嘆が続く人も少なくありません。ある研究では、流産から平均4年後の時点でも、57%が臨床的に意味のある周産期悲嘆レベルを示していました。
「もうそろそろ立ち直らなければ」「もう○ヶ月も経つのに」という周囲からの(あるいは自分への)プレッシャーは、回復の妨げになります。悲嘆に「正しい期間」はなく、人それぞれのペースで進んでいきます。
流産後に生じる心の症状と精神疾患
流産後には感情・認知・行動・身体の4領域にわたる症状が現れ、長期化すると精神疾患へと発展することがあります。症状の全体像を把握し、必要に応じた専門家相談につなげましょう。
流産後に現れる心身の症状——4カテゴリー
流産後には、感情的・認知的・行動的・身体的な様々な症状が現れます。これらは悲嘆プロセスの一部であり、また精神疾患の症状である場合もあります。
流産後に生じやすい精神疾患
悲嘆と精神疾患は重なり合うことがあります。以下のような状態が長期化・重症化した場合は、専門家への相談を検討してください。
- うつ病・抑うつ障害強い気分の落ち込みが2週間以上続き、日常生活に支障が出る状態。
- PTSD(心的外傷後ストレス障害)流産の場面のフラッシュバック、悪夢、回避行動などが続く状態。
- 適応障害流産というストレスに適応できず、感情・行動の問題が生じている状態。
- 不安障害・パニック障害次の妊娠への過度の恐れ、医療機関への恐怖、動悸・息切れを伴うパニック発作。
- 複雑性悲嘆(遷延性悲嘆障害)悲嘆が長期間(通常6ヶ月以上)続き、機能障害が生じている状態。
流産とうつ病——「悲嘆」との見極め
流産後の女性の約30%が有意なうつ症状を示します。正常な悲嘆とうつ病を見極めるポイント、受診の目安、リスク要因について解説します。
流産後のうつ病の実態
流産後のうつ病(抑うつ障害)は、多くの人が経験する深刻な問題です。2025年の系統的レビューでは、流産後の女性の約30%が有意なうつ症状を示すことが示されました。流産後のうつ病は、産後うつ病と比較しても、社会的に認識されにくいという特徴があります。
うつ病と「悲嘆」の違い——5つの比較ポイント
流産後の気分の落ち込みが「正常な悲嘆の範囲内」なのか、「うつ病として治療が必要な状態」なのかを見極めることが重要です。
以下のような症状が2週間以上続く場合は、うつ病の可能性があるため、精神科・心療内科への受診を検討してください。
- ✓ほぼ毎日、一日中気分が落ち込んでいる
- ✓以前楽しかったことに喜びを感じられない
- ✓食欲の著明な変化(増加または減少)
- ✓不眠または過眠
- ✓疲れやすく、気力がわかない
- ✓自分には価値がないと感じる、強い罪悪感
- ✓集中力・思考力の低下
- ✓死にたい、消えてしまいたいという気持ち
流産後うつのリスクを高める9つの要因
以下のような要因がある場合、流産後のうつ病リスクが高まるとされています。
- !以前にうつ病や不安障害の既往歴がある
- !生きている子どもがいない(初めての妊娠での流産)
- !流産を繰り返している(不育症)
- !不妊治療を経て妊娠した後の流産
- !社会的サポートが乏しい(孤立)
- !経済的困難を抱えている
- !流産のことを周囲に話せていない
- !パートナーとの関係に問題がある
- !妊娠・流産の体験を自分のせいだと強く思っている
流産とPTSD(心的外傷後ストレス障害)
出血・激痛・緊急処置・手術など、医療的な体験そのものがトラウマ体験となり得ます。2016年の研究では流産経験者の約4割が3ヶ月以内にPTSD症状を経験したと報告されています。
流産体験がトラウマになりうる理由
流産は、精神的なトラウマ(心的外傷)を引き起こすことがあります。特に、出血や激しい腹痛を経験した場合、緊急の処置が必要だった場合、手術(子宮内容除去術)を受けた場合などは、医療的な体験そのものがトラウマ体験となりうるのです。
流産後のPTSDの主な症状——4つのカテゴリー
流産後のPTSDは、以下のような症状として現れることがあります。
PTSDのエビデンスのある治療
流産後のPTSDには、エビデンスに基づいた効果的な治療があります。
- トラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)トラウマ体験を安全に処理し、思考パターンを変えることを目指す心理療法。
- EMDR(眼球運動による脱感作と再処理)眼球運動を用いてトラウマ記憶の処理を促進する治療法。流産後のPTSDへの効果が示されている。
- 暴露療法(エクスポージャー)段階的にトラウマと向き合うことで恐怖反応を和らげる治療。必ず専門家の指導のもとで行う。
- 薬物療法必要に応じてSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの抗うつ薬が使用される。
流産と不安障害
流産後6週間以内の女性の約32.5%が不安症状を経験するとされています。とくに次の妊娠への予期不安が中心となり、医療機関への恐怖や妊婦・赤ちゃん関連への不安として現れます。
流産後の不安の特徴
流産後、多くの人が強い不安を経験します。特に次の妊娠への強い恐れ、「また流産するのではないか」という予期不安が中心となります。2025年の研究では、流産後6週間以内の女性の約32.5%が不安症状を経験することが明らかになっています。
流産後の不安の主な現れ方——5つのパターン
不安に対するアプローチ
流産後の不安を和らげるためのアプローチには以下のようなものがあります。
- 認知行動療法(CBT)不安を引き起こす思考パターンを特定し、よりバランスのとれた見方へと変えていく心理療法。不安障害に対するエビデンスが最も豊富。
- マインドフルネス「今ここ」に意識を向けることで、「また流産するかもしれない」という未来への過度の心配から距離を置く練習。
- グラウンディング技法強い不安が生じたとき、感覚に集中することで「今・ここ」に戻る(5つの見えるもの、4つの触れられるもの、3つの聞こえるもの、2つの匂い、1つの味を意識する)。
- 段階的曝露不安の強い場所や場面に少しずつ慣れていくプロセス(必ず専門家の指導のもとで)。
- 薬物療法必要に応じてSSRI、SNRIなどの抗不安・抗うつ薬が使用される。
繰り返し流産(不育症)と複雑性悲嘆
2回以上の流産を繰り返す場合に「不育症」と診断されます。繰り返す喪失は心理的ダメージを累積させ、複雑性悲嘆(遷延性悲嘆障害)へと発展することもあります。
不育症とは——定義と頻度・治療
不育症(ふいくしょう)とは、妊娠はするものの、流産・死産・早期新生児死亡を繰り返して生きた子どもを得ることができない状態です。一般的には、2回以上の流産・死産を繰り返す場合に不育症と診断されます(以前は3回以上でしたが、近年は2回以上に見直される傾向にあります)。
- 日本での頻度日本では約3〜5%の妊娠経験者が不育症に当てはまるとされる。
- 抗リン脂質抗体症候群不育症の原因として約10〜15%。
- 子宮形態異常不育症の原因として約10〜15%。
- 染色体構造異常夫婦のどちらかに染色体構造異常がある場合、約3〜5%。
- 治療後出産率適切な治療(ヘパリン療法、低用量アスピリンなど)を行えば、約70〜80%の方が出産にたどり着けるとされている。
繰り返す喪失が心に与える影響——5つの側面
流産を繰り返すことは、単に「悲しい体験」が繰り返されるだけでなく、心理的なダメージが累積・複雑化する「複合的な喪失」をもたらします。
複雑性悲嘆(遷延性悲嘆障害)
繰り返す流産や、流産から長期間が経過しても悲嘆が続く場合、複雑性悲嘆(遷延性悲嘆障害:Prolonged Grief Disorder)に発展していることがあります。
- ✓喪失から6ヶ月以上が経過しても、強い悲嘆と機能障害が続いている状態
- ✓亡くなった胎児への強い思慕・渇望が中心症状となる
- ✓日常生活(仕事、家事、対人関係)への参加が著しく障害される
- ✓DSM-5(米国精神医学会の診断基準)において、2022年に独立した診断名として認められた比較的新しい概念
- ✓治療には、複雑性悲嘆への特化した心理療法(CGT:複雑性悲嘆治療)や認知行動療法が有効
パートナーと悲嘆——男性・父親の心理的影響
流産はパートナー(配偶者・夫・同性パートナーなど)も深く傷つけますが、その悲嘆はしばしば見過ごされます。男性パートナーの悲嘆の特徴と、カップルで乗り越えるための工夫を整理します。
パートナーも悲嘆を経験する
流産は、妊娠した本人だけでなく、そのパートナー(配偶者、夫、同性パートナーなど)も深く傷つける出来事です。しかし、パートナーの悲嘆はしばしば見過ごされます。「男性だから強くいなければ」「妻を支える立場だから」という社会的プレッシャーが、パートナー自身の悲しみの表出を抑制します。
男性パートナーの悲嘆の特徴——5つの側面
厚生労働省の資料(聖路加国際大学・石井慶子氏の調査研究)でも指摘されているように、父親(男性パートナー)の悲嘆は、母親とは異なる様相を持ちます。
カップルとして悲嘆を乗り越えるために——5つの工夫
流産はカップルの関係に大きな影響を与えます。悲嘆のスタイルや表現の違いが、互いに「理解されていない」という感覚を生み、関係に亀裂が生じることも少なくありません。
- 悲嘆のスタイルが違って当然と認識する同じ体験をしても、悲嘆の表れ方は人によって異なる。どちらが正しいということはない。
- 「話し合う」ことを日課にする「今日はどう感じた?」と短くても話す時間を持つことが関係の維持に役立つ。
- 相手の悲しみのタイミングを尊重する一方が楽になってきた時期に、もう一方がより深い悲しみに入ることがある。タイミングのずれを責めない。
- カップルカウンセリングの活用コミュニケーションが難しいと感じるときは、カップルカウンセリング(夫婦療法)を活用することも有効。
- パートナーも自身のサポートを求めるサポートする側もサポートを必要としている。男性向けのサポートグループや相談窓口を利用することを恥ずかしいと思わない。
周囲の人がしてはいけないこと・できること
善意の言葉でも、流産経験者を深く傷つけることがあります。「悲嘆の無効化(Grief Invalidation)」と呼ばれるNGな言葉と、寄り添うための具体的な行動を整理します。
言ってはいけない言葉——「悲嘆を無効化する言葉」
善意から出た言葉でも、流産を経験した人を深く傷つけることがあります。以下のような言葉は「悲嘆の無効化(Grief Invalidation)」と呼ばれ、当事者の心の回復を妨げます。
また妊娠できるよ
つらかったね。今あなたが感じている悲しみは、いま失った命の悲しみ。それを丸ごと受け止めてくれる人がここにいるよ。
今回の喪失を軽視する。「また妊娠できる」ことと「今失った命」は別の話。
早い週数だったから良かった/まだ人間じゃなかったから
週数の長短は関係ない。あなたが大切に思っていた命だったんだよね。
当事者が感じていた命への愛着を否定する言葉。週数の長短と悲しみの深さは無関係。
神様のご意志だよ/天国に行ったんだよ
つらいよね。あなたの感じ方を尊重したい。
宗教観の押しつけ。信じていない人には苦痛になる可能性がある。
体に問題があったんでしょ/自然の選択だから
理由はわからないけれど、それはあなたのせいじゃない。
「流産して正解」という意味に聞こえ、当事者の悲しみを否定する。
いつまでも落ち込んでいないで前を向かないと
あなたのペースで大丈夫。悲しんでいい時間が必要なんだよ。
悲嘆に「期限」を設けることで、当事者を急かし孤立させる。
もっとひどい人もいるよ
つらさを比べる必要はない。あなたが今つらいことは本物だよ。
当事者の苦しみを相対化し、「悲しむ権利がない」と感じさせる。
流産について何も触れない
あの時のこと、今も気にかけているよ。話したくなったらいつでも聞くからね。
「なかったこと」として扱われる孤独感を生む。
周囲ができること——6つの寄り添い方
流産を経験した人に対して、周囲の人ができる最も大切なことは「悲しみを本物として認めること」です。
- ✓「つらかったね」と共感の言葉を伝える——解決策を提示したり、明るい面を伝えようとするより、まず「どれほどつらいか」を認める言葉が力になる
- ✓聴く姿勢を持つ——当事者が話したいときに、アドバイスや自分の意見を挟まず静かに聴く。「何か言わなければ」と焦らなくていい
- ✓具体的なサポートを申し出る——「何かできることがあれば」という曖昧な申し出より、「今週の食事を届けてもいい?」「一緒に買い物に行こうか?」という具体的な提案の方が当事者には助かる
- ✓長期的に寄り添う——流産から数週間が経っても、当事者のことを気にかけている姿勢を示す。記念日や命日を覚えておくだけでも大きな意味を持つ
- ✓当事者のペースを尊重する——「もう大丈夫そうだね」と決めつけず、当事者が「悲しい」と言えば「そうだよね、悲しいよね」と受け止める
- ✓妊娠報告・育児の話題には配慮する——友人・知人への妊娠報告を直接ではなくメッセージで伝える、育児の話題を避けるなど、相手の状態に配慮した行動をとる
流産後の回復を支えるセルフケア
セルフケアは「自分を甘やかすこと」ではなく、心身の回復に必要なエネルギーを補充するための積極的な行動です。基本的な6つのセルフケア、コミュニティの活用、職場対応について整理します。
心の回復のための基本的な6つのセルフケア
セルフケアとは「自分を甘やかすこと」ではなく、心身の回復に必要なエネルギーを補充するための積極的な行動です。流産後は特に、自分を大切にすることへの許可を自分自身に与えることが重要です。
グリーフケアのコミュニティ・つながりの力
同じ体験をした人とつながることで、「自分だけではない」という感覚と、深く理解されるという体験が得られます。
- 流産経験者のサポートグループ同じ体験を持つ人同士が集まる自助グループ。厚生労働省がリストアップしているグループや、オンラインで参加できるグループもある。
- ポコズママの会(pocosmama.jp)流産・死産を経験した女性で作るオンラインコミュニティ。同じ体験を持つ人のサポートを得られる。
- オンラインコミュニティの活用外出が難しい時期でも、オンラインで同じ体験を持つ人とつながることができる。
- 無理につながらなくていい他者の体験に触れることが苦しい場合は、自分のタイミングでグループ参加を検討すれば十分。
職場への対応とその課題——4つのポイント
流産後の職場復帰は、多くの人が難しさを感じます。特に初期流産の場合は、妊娠を職場に知らせる前であったケースも多く、有給休暇を使って休んでも、実態を説明しにくいという状況があります。
- ✓職場への開示は義務ではない——流産のことを職場に話すかどうかは当事者が決めること。「流産のため」と伝えなくても、体調不良として休む権利がある
- ✓必要な休養を取ることを優先する——「すぐに戻らなければ」という焦りが回復を遅らせることがある。主治医と相談しながら復帰のタイミングを決める
- ✓復帰後に配慮を求めることができる——しばらくは妊婦・赤ちゃんに関する業務や話題から外してほしいという要望を、上司・人事に伝えることは正当な配慮の申し出
- ✓産業カウンセラーや保健師の活用——職場に産業カウンセラーや産業保健師がいる場合は相談できる
専門家によるケアと治療
セルフケアや周囲のサポートだけでは限界があるとき、精神科・心療内科や心理カウンセラーへの相談が大切な選択肢になります。受診の目安・治療法・自立支援医療制度について整理します。
専門家に相談すべきタイミング——7つのサイン
以下のような状態が続く場合は、精神科・心療内科への受診や、心理カウンセラーへの相談を検討してください。「まだ専門家に相談するほどではない」という思いが回復を遅らせることがあります。
- ✓強い気分の落ち込みや不安が2〜4週間以上続いている
- ✓日常生活(仕事、家事、食事、睡眠)に著しい支障が出ている
- ✓死にたい、消えたいという気持ちが生じている
- ✓流産の場面がフラッシュバックとして繰り返し蘇る
- ✓産婦人科・妊婦・赤ちゃん関連への強い回避が続く
- ✓流産から6ヶ月以上が経過しても、日常生活に戻れていない
- ✓繰り返す流産(不育症)で、精神的な限界を感じている
精神科・心療内科での5つの治療
流産後のメンタルヘルスの問題は、適切な治療によって回復が見込めます。
- 薬物療法うつ病・不安障害・PTSDに対して、SSRI(パロキセチン、セルトラリンなど)、SNRI(デュロキセチンなど)などの薬が使用される。次の妊娠を希望する場合は、薬の安全性について医師と相談する。
- 認知行動療法(CBT)うつ、不安、PTSDに対するエビデンスが最も豊富な心理療法。流産に伴う自責思考、破局的思考のパターンを変えることができる。
- EMDR流産のトラウマ記憶の処理に効果的。日本でも認定されたEMDRセラピストが増えている。
- 複雑性悲嘆への特化した心理療法(CGT)複雑性悲嘆に特化した治療法。通常のうつ病治療では不十分な場合に検討される。
- グリーフカウンセリング悲嘆のプロセスを専門的にサポートするカウンセリング。
自立支援医療制度(精神通院医療)の活用
流産後のうつ病、PTSD、適応障害、不安障害などで精神科・心療内科に継続的に通院する必要がある場合、自立支援医療制度(精神通院医療)を活用することで医療費の自己負担を軽減できます。
活用できる9つの支援・相談リソース
公的機関・自治体・NPO・電話相談窓口など、流産後に利用できる支援制度は多岐にわたります。状況や必要に応じて使い分けてください。
- こども家庭庁「流産・死産等を経験された方へ」流産・死産を経験した方向けの情報・相談窓口のポータルページを提供(cfa.go.jp)。
- プレコンセプションケアサイト流産・死産についての心のケアと支援制度についての情報提供(precon.cfa.go.jp)。
- 自治体のグリーフケア相談自治体によっては、流産・死産経験者向けの専門グリーフケア相談を実施している(例:総社市、さいたま市、東京都北区など)。
- 精神保健福祉センター各都道府県・政令指定都市に設置。精神科医・心理士・精神保健福祉士に無料相談可能。精神科受診に抵抗がある場合の「最初の相談窓口」として活用でき、流産後のうつ・悲嘆・PTSD・不育症による心の問題なども相談対象。地域の医療機関や社会資源への橋渡しも行う。電話相談・面接相談を実施(自治体により異なる)。
- 自立支援医療制度(精神通院医療)精神科・心療内科への通院医療費が、通常の3割負担から原則1割負担に軽減(所得に応じた自己負担上限あり)。申請は市区町村の福祉担当窓口で行い、主治医の診断書が必要。詳細は最寄りの精神保健福祉センターまたは市区町村窓口へ。
- ポコズママの会(pocosmama.jp)流産・死産経験者によるNPO。当事者同士のつながりと情報提供。
- 不育症サポートネットワーク不育症の当事者支援・情報提供・医療機関紹介。
- よりそいホットライン(0120-279-338)24時間対応の無料電話相談。孤独・不安・悲しみなど何でも相談可能。
- いのちの電話(0120-783-556)24時間対応の無料電話相談。死にたい気持ちがある場合も。
次の妊娠への恐れと心の準備
「また妊娠したい」という望みと、「また流産したら耐えられない」という恐れが同時に存在する状態は、流産経験者の多くが抱える複雑な感情です。心の準備、不安への対処を整理します。
次の妊娠への複雑な感情
流産を経験した後、次の妊娠を考えるにあたって、多くの人が複雑な感情を抱えます。「また妊娠したい」という望みと、「また流産したら耐えられない」という恐れが同時に存在する状態は、非常につらいものです。
- 予期悲嘆(Anticipatory Grief)次の妊娠を望みながら、すでに「また流産するかもしれない」という悲しみを先取りして経験している状態。
- 妊娠への喜びを感じることへの罪悪感「喜んだらまた傷つく」という自己防衛から、妊娠の喜びを感じることをあえて抑制する。
- 「虹の赤ちゃん(Rainbow Baby)」の概念流産・死産などを経験した後に生まれた赤ちゃんを、嵐の後の虹に例えた言葉。この言葉を知ることで、次の妊娠を「前の喪失を乗り越えた証」として意味づけることができる人もいる。
次の妊娠を迎えるための5つの心の準備
次の妊娠を目指す前に、心の準備として以下のことを考えてみてください。
- 十分に悲しむ時間を取る「早く次の妊娠を」と急がず、今回の喪失を十分に悼む時間を持つことが、次の妊娠への心理的な準備につながる。
- 心理的なサポートを整えてから可能であれば、次の妊娠前にカウンセリングや心理療法を受け、悲嘆とトラウマをある程度処理しておくことが望ましい。
- 「また流産しても大丈夫」という準備「今度こそ絶対大丈夫」と思い込もうとするより、「もし流産になっても、自分には乗り越える力と支えがある」という心理的準備の方が現実的で安定につながる。
- 医療チームとの信頼関係を築く次の妊娠では不安が高まる。気になることをすぐに相談できる産婦人科を見つけ、「何かあればすぐ連絡できる」という安心感を持てる環境を整える。
- サポートネットワークを確認する次の妊娠中に不安になったとき、誰に相談できるかを事前に確認しておく。
次の妊娠中の不安への対処——5つのアプローチ
流産経験者は、次の妊娠中に強い不安を抱えることが多いです。「妊娠を喜べない」「毎日が不安で仕方ない」という経験は、流産後の妊娠では非常によくあることです。
- ✓不安を感じることは正常——以前の流産体験があれば、次の妊娠中に不安を感じるのはごく自然なこと。「不安を感じる自分はおかしい」と自己批判しなくていい
- ✓マインドフルネスの実践——「今日一日、赤ちゃんは元気だ」という「今ここ」への集中が、未来への過剰な心配を和らげるのに役立つ
- ✓産科医や助産師との密なコミュニケーション——不安な症状があればすぐに相談できる関係を作る。「心配しすぎ」と言われても、不安が続くなら改めて相談することを躊躇わない
- ✓「妊娠初期を一段ずつ登る」というアプローチ——「無事に出産できるか」という大きなゴールより、「今日の検診まで」「心拍確認まで」「12週まで」と段階的に目標を設定する
- ✓専門家のサポートを継続する——妊娠中も心理士・カウンセラーとの面談を継続することで、不安の管理がより容易になる
流産と悲嘆についてのよくある質問
A. おかしくありません。研究によれば、流産から数年が経過した後でも、臨床的に意味のある悲嘆レベルを示す人が半数以上いるというデータもあります(ある研究では平均4年後でも57%)。悲嘆に「正しい期間」はなく、回復のペースは人によって大きく異なります。ただし、悲しみが日常生活(仕事、睡眠、食事、対人関係)に著しい支障を与えている場合や、死にたいという気持ちが生じている場合は、精神科・心療内科への受診をご検討ください。
A. もちろんです。悲しみの深さは妊娠の週数とは無関係です。妊娠が分かった瞬間から、胎内の命への愛着が始まります。「まだ8週だから」「心拍も確認していないから」という言葉で自分の悲しみを小さくする必要はまったくありません。あなたが感じている喪失感は本物であり、それだけその命を大切に思っていた証拠です。
A. 大多数の流産は、母親の行動とは無関係です。流産の約50〜70%は胎児の染色体異常が原因であり、これは妊娠した時点で既に決まっているものです。日常的な運動、性行為、仕事、ストレス、食事内容のほとんどは流産の直接的原因にはなりません。「あのときのあれが原因だったのでは」という思いは、流産後に非常によく見られる認知パターンですが、それが事実を反映しているとは限りません。自責感が強い場合は、カウンセラーや産婦人科医に相談することで、客観的な視点を得ることができます。
A. パートナーが外見上「悲しんでいないように見える」のは、多くの場合「悲しみを内側に抱えている」か「感情表出を抑制している」ことを意味します。特に男性は「強くいなければ」という社会的プレッシャーから、悲しみを外に出しにくいことが多いです。また、悲嘆のプロセスやタイミングも個人差が大きく、一方が深く落ち込んでいる時期に、もう一方が「頑張らなければ」モードになることもあります。冷たいのではなく、それぞれのやり方で悲しみと向き合っているのかもしれません。感情について率直に話し合う機会を持つことが助けになります。
A. その言葉が傷つくのは当然です。多くの人は悪意なく、よかれと思ってそのような言葉をかけますが、結果として悲嘆を無効化する言葉になってしまっています。対応としては、エネルギーがある場合は「その言葉は今の私にはつらい。ただ『つらかったね』と言ってくれるだけで十分」と伝えることができます。エネルギーがない場合は、しばらくその人との接触を減らすことも自分を守るための選択です。理解してくれる人、流産経験者のコミュニティ、カウンセラーなど、より安全な場所でつながりを求めることも大切です。
A. 2回以上の流産を繰り返している場合、不育症の可能性を含めた精密な検査を受けることをお勧めします。不育症の検査・治療を行っている産婦人科・婦人科(不育症専門外来を持つ施設がある)に相談してください。日本産科婦人科学会のウェブサイトで、不育症対応医療機関を探すことができます。検査の結果、原因が特定され適切な治療を受けることで、多くの方が出産にたどり着けることが分かっています。また、検査・治療と並行して、繰り返す喪失による心理的なダメージのケアも重要です。精神保健福祉センターやカウンセラーへの相談も検討してください。
A. 非常によくあることです。妊婦・赤ちゃん・育児に関連するものが「トリガー(引き金)」となって、喪失の悲しみや不安が強く喚起される状態は、流産後の悲嘆の正常な一部です。SNSのミュート・ブロック機能を使う、妊婦の多い場所を一時的に避ける、友人の妊娠報告に対して「今はおめでとうと言える状態ではない」と正直に伝えるなど、自分を守るための行動を躊躇わず取ってください。ただし、この回避が長期間続き、日常生活への支障が大きい場合は、PTSDや不安障害としてのケアが必要な可能性があるため、専門家への相談をご検討ください。
一人で抱え込まないで。
相談してみませんか。
流産の悲しみは、誰かに話すことで少し楽になることがあります。どうかあなたのつらい気持ちをココトモに聞かせていただきたいです。
このページの情報は、医師による診断や治療に代わるものではありません。症状が気になる場合は、心療内科・精神科への受診をご検討ください。
