二次的外傷性ストレス(STS)とは?
支援者の共感疲労・症状・セルフケア・回復をわかりやすく解説
トラウマを負った人を支援する過程で、支援者自身がPTSD様の症状を示す『二次的外傷性ストレス(STS)』。共感疲労・代理受傷との違い、症状・リスク因子・予防・治療・組織対応まで、支援者とその家族のための完全ガイド。ProQOLを参考にしたサインチェック付き。
二次的外傷性ストレス(STS)とは?
トラウマを負った人を支援する過程で、支援者自身がPTSD様の症状を示す現象。『話を聞いただけなのに、なぜ自分がこんなに苦しいのか』——その答えはここにあります。
定義:話を聞くことで、私たちも傷つく
二次的外傷性ストレス(Secondary Traumatic Stress:STS)とは、犯罪・災害・事故・戦争・虐待などの過酷な体験を負った人の話を聞いたり、現場を目撃したりすることで、自らは直接体験していないにもかかわらず、被害者と同様のPTSD様症状を示す状態をいいます。1995年、心理学者Charles Figleyが『Compassion Fatigue』という著作の中で体系化しました。
支援者は、被害者への共感を通して相手の苦しみを自分のものとして感じ取ります。これは援助の本質であり、避けられないプロセスです。しかし共感のコストとして、支援者の心にもトラウマ記憶が転写されるように刻まれていきます。ある日突然「クライエントが語った被害場面が悪夢に出る」「街を歩いていてフラッシュバックが起きる」「家族の安全を極度に心配するようになった」といったサインとして現れます。
STS/共感疲労/代理受傷/バーンアウトの違い
STSと関連する概念は複数あり、研究者や現場で用語の使われ方に揺れがあります。ここでは主要4概念の違いを整理します。
STS概念の歴史と広がり
STSの概念は、ベトナム戦争帰還兵の支援にあたったセラピストたちが次々と不調を訴えたことをきっかけに研究が始まりました。1980年代にMcCann & Pearlmanが『代理受傷(vicarious traumatization)』を、1990年代にFigleyが『共感疲労/STS』を提唱。2000年代以降、米国児童福祉連盟(CWLA)や米国保健福祉省が支援者のSTS対策をガイドライン化し、現在では医療・福祉・司法・教育・災害対応の全領域で必須の知識として位置づけられています。
日本では2000年代以降、阪神・淡路大震災、東日本大震災、犯罪被害者支援の現場を中心に研究と実践が進みました。近年は児童相談所・DV相談・自殺対策・コロナ禍の医療従事者など、さまざまな現場で支援者ケアの重要性が認識されています。
STSが起こりやすい職種
トラウマと向き合う以下のような職種は、STSの「職業的リスク群」として理解しておく必要があります。
STSのセルフサインチェック10項目
ProQOL(Professional Quality of Life Scale)のSTS下位尺度を参考にした10項目の振り返りリストです。最近1か月で当てはまる項目が複数ある場合、STSのサインの可能性があります。診断ツールではありませんが、状態を見つめ直すきっかけとして活用してください。
- ✓支援している相手の体験が、自分の頭の中で何度も繰り返し再生される
- ✓相手から聞いた出来事が、自分の夢や悪夢に出てくる
- ✓仕事のことを思い出したくなくて、関連する場所や話題を避けてしまう
- ✓以前は気にならなかった人や状況に対して、警戒心や不信感が強くなった
- ✓些細な物音や気配にビクッとしやすくなった(過覚醒)
- ✓家族や自分の身の安全について、過度に心配してしまう
- ✓世界は危険で、人は信用できないと感じるようになった
- ✓以前楽しめていた活動に興味が持てなくなった、または感情が麻痺したように感じる
- ✓寝つきが悪い、または眠りが浅く、朝起きても疲れが取れない
- ✓自分の仕事に意味を見いだせず、「もう続けられない」と感じることがある
STSの症状:4つの領域で現れるサイン
STSの症状はPTSDと似ていますが、直接の被害体験がない点が特徴です。『再体験』『回避・麻痺』『過覚醒』の3つに加え、長期的には『世界観の変容』が生じます。
再体験・回避・過覚醒・世界観
タブを切り替えて、4つの症状領域それぞれを確認してください。
- 🎬 侵入的イメージ🚪 場所・状況の回避😴 睡眠障害🌐 世界観の変容クライエントが語った被害場面が、頭の中で映画のように繰り返し再生される。運転中・入浴中・食事中など、不意に浮かんでくる。ケースを担当した場所、似た状況、関連する地域を避けるようになる。通勤ルートを変える人もいる。寝つきが悪い、途中で目が覚める、悪夢にうなされる、朝起きても疲れが取れない状態が慢性化する。『世界は危険で、人は信用できない』という見方が強くなる。安全感・信頼感・楽観性が失われていく。
- 🌙 悪夢🗣 話題の回避💢 易怒性・イライラ🪞 自己感の変化支援した被害者の体験が自分の悪夢として現れる。自分が被害に遭う夢、家族が被害に遭う夢を見ることもある。事件やトラウマ関連のニュース・番組を見られない。職場での会話を避ける。友人との雑談でも『仕事の話はしたくない』と感じる。些細なことで苛立ち、家族や同僚にきつくあたってしまう。後で強い自己嫌悪に陥ることも。『自分は無力だ』『何もできなかった』という無力感・罪悪感。支援者としてのアイデンティティが揺らぐ。
- ⚡ フラッシュバック🎭 感情の麻痺👁 過覚醒・過警戒👨👩👧 家族への過剰心配特定の匂い・音・光景などの刺激をきっかけに、クライエントの体験が生々しく蘇る。一瞬その場にいるかのような感覚になることも。喜怒哀楽が薄くなり、感情が平板化する。以前は楽しめたことに興味が持てない。家族との時間も『心がそこにない』感覚。常に危険を察知しようとし、神経が張り詰めている。物音・気配に過敏に反応する(驚愕反応)。子どもや配偶者の身の安全を極度に心配し、過保護・過干渉になる。自分のケースと家族を重ねてしまう。
- 💢 身体反応🧍 対人的引きこもり🧠 集中困難❓ 意味の喪失被害場面を思い出すと動悸・発汗・震え・吐き気などの身体症状が起きる。体が勝手に反応してしまう。家族・友人・同僚から心理的・物理的に距離を置く。『誰にも理解されない』という孤立感。仕事に集中できない、話が頭に入らない、ケース記録を書くのに時間がかかる、ミスが増える。『自分の仕事に意味があるのか』『何をやっても救えない』という虚無感。スピリチュアルな危機に至ることも。
身体に現れるサイン
STSは心だけでなく身体にも現れます。以下の身体症状が慢性的に続いている場合、STSの可能性を疑ってみてください。
- ✓🤕 慢性的な頭痛・肩こり・首こり
- ✓🤢 胃の痛み・吐き気・食欲不振または過食
- ✓💓 動悸・息苦しさ・胸の圧迫感
- ✓😮💨 倦怠感・朝起きられない・慢性的な疲労
- ✓🤧 免疫力低下・風邪をひきやすい
- ✓🩸 月経不順・性欲の低下
- ✓🍷 アルコール・カフェイン・たばこの量が増えた
- ✓💊 頭痛薬・胃薬・睡眠薬の使用が増えた
STSの経過:3つの段階
STSは段階的に進行します。早期段階で気づくほど回復は早くなります。
個人要因と職場要因——12のリスク
個人と職場の両方の要因が重なるほど、STSのリスクは高まります。
- 🎭 共感性の高さ📈 高いケースロード共感能力が高い人ほど相手の苦しみを深く受け取るため、STSのリスクが高まります。『よい支援者』の特性そのものがリスク因子という逆説があります。担当ケース数が多い、重症ケースの比率が高い、新規相談が途切れないなど、物量的な負担がSTSの直接的な原因になります。
- 📜 自身のトラウマ体験⏰ 長時間労働・夜勤幼少期の虐待・ネグレクト、過去のPTSDなど、支援者自身にトラウマ歴がある場合、クライエントの体験が自分の傷を再活性化させることがあります。慢性的な長時間労働、夜勤、オンコール待機は、回復の時間を奪いSTSのリスクを高めます。
- 🆕 経験の浅さ👥 スーパービジョン不足支援経験が浅い、トラウマケアのトレーニングを受けていない場合、自分の感情と相手の感情を区別する『心理的境界』を引きにくく、STSに陥りやすくなります。ケースを振り返る場、相談できる上司・同僚の不在は、一人で抱え込む構造を生みます。
- 💪 『助けなければ』という使命感🏛 組織的サポートの欠如過度な責任感、完璧主義、『自分がやらなければ』という考えは、負担を過剰に抱え込む原因になります。『支援者を支援する』視点がない職場、研修やメンタルヘルス対策が不十分な組織では、STSが放置されやすくなります。
- 🤐 弱音を吐けない性格⚖ 役割葛藤・倫理的ジレンマ『迷惑をかけたくない』『プロだから弱音を吐けない』という思いから一人で抱え込むと、STSの悪化を招きます。『助けたいのに制度の壁で助けられない』『上司の方針と自分の価値観が合わない』などの葛藤は慢性的ストレスになります。
- 🏠 プライベートの支え不足🆘 危機介入の連続家族・友人・趣味・娯楽などのプライベートな支えが少ないと、仕事のストレスを解放する場がなくSTSが蓄積します。自殺企図・虐待・DV・災害対応など、緊急性の高いケースが続くと、支援者の神経系は休む暇がありません。
STSを防ぐ『保護因子』
リスク因子の逆で、以下の要素が揃っている支援者はSTSに対する耐性(レジリエンス)が高いことが研究でわかっています。
- ✓定期的なスーパービジョンを受けている
- ✓信頼できる同僚・ピアサポートがある
- ✓トラウマケアの専門研修を受けている
- ✓自分の限界を認識し『助けを求める』ことができる
- ✓仕事とプライベートの境界線が引けている
- ✓家族・友人・趣味などの豊かなプライベート
- ✓定期的な運動・睡眠・食事の健康習慣
- ✓マインドフルネス・瞑想・自己覚知の習慣
- ✓自分の支援に意味と誇りを感じられる(共感満足)
STSを防ぐセルフケア——4つの柱
STSの予防と回復は、身体・心・人間関係・専門的支援の4つの柱で構成されます。どれか1つでは足りません。複数を組み合わせて、支援者としての持続可能性を守りましょう。
身体のケア
身体の安定が、心の安定の土台です。
心のケア
侵入的イメージや感情の暴れを鎮めるには、心の習慣も必要です。
社会的つながりのケア
人と自然・動物との健全なつながりが、神経系を整えます。
専門的支援の活用
プロとしてプロのサポートを受けることが、長く働き続ける条件です。
心理的境界線(バウンダリー)を引く
STS予防の核心は『自分と相手を分ける』心理的境界線を引くことです。共感と同一化は違います。共感は『相手の気持ちを理解する』ことで、同一化は『自分が相手になってしまう』ことです。熟練した支援者は、深く共感しながらも『自分は今ここにいる』という感覚を失いません。
- ✓🚪 仕事と家の境界:玄関で『スイッチを切る』儀式を作る(服を着替える、手を洗う、深呼吸するなど)
- ✓⏰ 時間の境界:勤務時間外はケースの話をしない、仕事メールを見ない
- ✓🪞 感情の境界:『これは相手の感情、これは自分の感情』と意識的に分ける
- ✓🙅 引き受ける限界:『ここまではできる、ここからは難しい』を明確にする
- ✓🤲 自分を責めない:『救えなかった』のではなく『できることをした』と捉え直す
組織が整えるべき6つの仕組み
STS対策を「個人努力」で終わらせず、制度として組織に埋め込みます。
管理職が意識すべきこと
部下のSTS・バーンアウトは、管理職のマネジメントの問題でもあります。
- ✓👀 部下の小さな変化(遅刻・ミス・イライラ・表情)に気づく
- ✓💬 『最近どう?』と定期的に声をかける(1 on 1 ミーティング)
- ✓🏥 体調不良の部下に休むことを促す(『頑張れ』ではなく『休め』)
- ✓📊 ケース配分を適切にマネジメントする
- ✓🗣 管理職自身がセルフケアを実践し、ロールモデルになる
- ✓🚫 『弱音を吐くのはダメ』な空気を作らない
- ✓🆘 困難ケースへのバックアップ体制を整える
- ✓💰 カウンセリング・研修への予算を確保する
『弱さを見せられる』組織文化を作る
どれだけ制度を整えても、『弱音を吐けない』『相談したら評価が下がる』『休んだら迷惑がかかる』という空気があればSTS対策は機能しません。組織文化そのものを変える必要があります。
心理的安全性(psychological safety)という概念があります。これは『チームの中で対人リスクを取っても大丈夫だと感じられる状態』を指します。エイミー・エドモンドソン(ハーバード大)の研究では、心理的安全性の高いチームほど、ミスの報告が多く、革新的で、バーンアウトが少ないことが示されています。STS予防の基盤は、この心理的安全性にあります。
STSからの回復——専門的支援と治療
セルフケアで改善しない、または症状が重い場合は、専門的な支援・治療が必要です。STSは治療可能な状態です。一人で抱え込まず、助けを求めましょう。
専門家に相談すべきサイン
以下のいずれかに当てはまる場合は、セルフケアだけでなく専門的支援を受けることを強くおすすめします。
- ✓症状が2週間以上続いている
- ✓仕事のパフォーマンスが明らかに落ちている
- ✓家族関係・日常生活に支障が出ている
- ✓悪夢・フラッシュバック・不眠が続いている
- ✓アルコール・薬物・過食などの不健康な対処が増えた
- ✓涙が止まらない・感情のコントロールが難しい
- ✓希死念慮・自傷のイメージがある
- ✓『辞めたい』『消えたい』という気持ちが強い
どこに相談すればよいか
4つの選択肢があります。状態や好みに合わせて選んでください。
STSに有効な治療法
5つの治療アプローチが、症状や経過に応じて組み合わされます。
回復のプロセス——4つのフェーズ
STSからの回復は段階的に進みます。焦らず、自分のペースで歩んでいきましょう。
支援者を支える家族・パートナーへ
対人援助職のパートナー・家族には、独特の難しさがあります。『仕事の話は守秘義務で聞けない』『帰ってきても心ここにあらず』——そんな日々を支えるあなたへのガイド。
支援者家族が知っておきたいこと
支援者の家族として知っておきたい6つのポイントを整理します。
- ✓💼 支援者は仕事の詳細を家で話せません(守秘義務)。具体的な話を聞き出そうとしなくて大丈夫です。
- ✓🎭 帰宅直後は『心ここにあらず』な状態になりがち。すぐに家事や子育てに切り替えられなくても責めないで。
- ✓🌙 悪夢・フラッシュバックは本人のせいではありません。STSの症状です。
- ✓😤 以前より短気・過敏になった場合、疲労とSTSのサインかもしれません。
- ✓🏠 家が『唯一の安全地帯』になります。穏やかな雰囲気を保つことが最大の支えです。
- ✓🤗 具体的な解決より、『お疲れさま』『大変だったね』と共感する言葉が効きます。
かけてあげたい言葉・避けたい言葉
かける言葉ひとつで、家を「安全地帯」にもプレッシャー源にもできます。
支える側のあなたのケアも大切
支援者を支えるパートナー・家族は、『二次の二次』と呼ばれるほどの負担を背負うことがあります。相手を支えながら、自分自身のケアも忘れないでください。
- ✓🕊 自分の趣味・友人関係・楽しみを手放さない
- ✓💬 支援者家族の自助グループに参加する選択肢もあります
- ✓🏥 自分もカウンセリングを受けてよい
- ✓🧭 『すべてを受け止めなければ』と思わなくていい
- ✓🆘 限界を感じたら、相手のEAPや信頼できる第三者に相談する
よくある質問
家族からよく寄せられる6つの疑問にお答えします。
- Q. 支援者の仕事を辞めさせたほうがいいですか?A. 本人の意思を尊重してください。多くの支援者にとって、仕事は使命でありアイデンティティでもあります。辞めさせるのではなく、『休む』『業務調整』『専門的ケアを受ける』という選択肢を一緒に考えましょう。
- Q. 本人は『大丈夫』と言うのですが、明らかに不調ですA. 支援者は『助ける側』であることに慣れているため、『助けられる側』になることに抵抗があります。正論で説得するより、『一緒に産業医に行ってみない?』『話を聞いてくれる友達を紹介しようか』といった具体的な提案が効くことがあります。
- Q. 子どもにはどう説明すればいいですか?A. 『お父さん/お母さんは大切なお仕事をしていて、今ちょっと疲れている』『あなたが悪いんじゃないよ』と、年齢に応じて伝えてください。子どもは家族の不調の原因を自分に帰属させがちなので、明示的に安心させることが大切です。
- Q. パートナーが帰ってきても話を聞いてくれず、寂しいですA. それは本人の問題ではなくSTSの症状です。ただ、あなたの寂しさも本物で、大切な気持ちです。一方的に我慢し続ける必要はありません。落ち着いた時に『最近あまり話せなくて寂しい』と素直に伝えてみてください。
- Q. 家族である私もうつっぽくなってきましたA. それは珍しいことではありません。支援者家族自身が不調になることは研究でも報告されています。ご自身もカウンセリングや医療機関に相談してください。『共倒れ』を防ぐために、あなたのケアは最優先事項です。
- Q. STSは治りますか?A. はい、治療可能な状態です。適切な休養・専門的ケア・組織的支援により、多くの支援者が回復し、より成熟した形で現場に戻っています。時間はかかりますが、希望はあります。
一人で抱え込まないでください
支援者のあなたが倒れれば、あなたが助けたい人たちも失われます。『助けを求めること』はプロフェッショナルの条件です。匿名・無料でチャット相談できます。
このページの情報は、医師による診断や治療に代わるものではありません。症状が気になる場合は、心療内科・精神科・産業医・EAPへのご相談をご検討ください。
