pokoの日記『三世の因果(1)』
visibility31 edit2024.03.20
およそ、世の中の物事で、原因なくして結果が生じたり、原因はあるのに結果が生じない、などということは何ひとつありません。
私達の人生における苦・楽や幸・不幸も、また偶然によるものではなく、何がしかの原因が招いた結果であるはずです。
仏法では、私達の人生の幸・不幸が、三世(過去・現在・未来)にわたる因果の理法によって定まることを説き明かしております。
たとえば、『心地観経』という経典には、「過去の因を知らんと欲せば、其の現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲せば、其の現在の因を見よ」とあり、また中国の賢人、天台大師は「今、我が疾苦は皆、過去に由る。今生の修福は、報・将来に在り」と説いています。
すなわち、自分自身の過去からの善悪さまざまな行いの集積が、宿業(善業と悪業とがある)となって生命に刻みつけられ、それが現在の人生に苦・楽や幸・不幸という果報をもたらしている。そして、また現在に作っている原因は、新たな宿業として生命に刻まれ、必ず将来にその果報が現われる、というのであります。
この因果の理からすれば、生まれついての病や貧富の差などは、今生に生を受ける以前、すなわち過去世において原因が作られており、また、今生で果報を受け終わらなかった宿業は、死後、未末世へと持ち越すことになります。仏法では、そうした三世にわたる生命の因果と流転の相を、「十二因縁」という法門として次のように説いています。
一、無明…我々の生命が元々もっている煩悩のこと
二、行… その煩悩によって過去世で作った、善悪それぞれの宿業のこと
三、識… 過去世の業により、現在の母親を定めて、その胎内に宿る(受胎する)こと
四、名色…名は心、色は身で、胎内で身心が発育しはじめた状態
五、六入…身心に眼・耳・鼻・舌が具わって六根すべてが揃った状態
六、触… 生まれたばかりで、分別がないまま物に触れて感ずるだけの状態のこと
七、受… やや成長し、苦・楽などを識別して感受する状態のこと
八、愛… さらに成長して、事物や異性に愛欲を感ずる段階のこと
九、取… 成人して、事物に貪欲すること
十、有… 愛や取などの現在の因により、未来世の果を定めること
十一、生… 未来世に生を受けること
十二、老死…未来世において、年老い、死ぬこと
以上のうち、一と二は過去世の因、三から七までは現世の果で、八から十は現世の因、十一と十二は未来世における果を指しています。
私達の生命は、このように十二の因縁が三世にわたって連鎖しながら、生と死を繰り返していくのであります。
さて、こうした三世の因果を踏まえた上で、釈尊は、不幸の宿業を形成する原因について、爾前経(法華経が説かれる以前のお釈迦様の四十余年間の教え)で種々に説いていますが、
法華経に至ってすべての不幸な宿業は、正法に背く行為(謗法)が根本の原因となって作られたものである、と明かしています。
これについて日蓮大聖人様は、
「高山に登る者は必ず下り、我人を軽しめば還って我が身人に軽易せられん。
形状端厳をそしれば醜陋の報いを得。
人の衣服飲食をうばへば必ず餓鬼となる。
持戒尊貴を笑へば貧賎の家に生ず。
正法の家をそしれば邪見の家に生ず。
善戒を笑へば国土の民となり王難に値ふ。
是は、常の因果の定まれる法なり。
日蓮は此の因果にはあらず。
法華経の行者を過去に軽易せし故に(中略)此の八種の大難に値へるなり」(御書五八二㌻)と説かれています。
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