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「愛」と「恋」と「好き」の三つと「依存」の違いは何ですか?
コメント9 閲覧603 最終更新 約7年前
ぬい 20代後半・男性
相手の依存にどれだけ耐える力があるかで決まるような気もします
退会したユーザー
好きは 一方的にでもできる 恋は お互いを高めようとする 愛は 支え合おうとする 依存は 与え続けて独占しようとする
私はそう思う 依存は他の3つより相手に負荷を掛けすぎる
Satsukiさん
コメントありがとうございます。 確かに!
愛、恋、好きは互いに向上できる。 依存はそうでない。
TARAさん
回答ありがとうございます! 優しいと厳しいって極端だけど同じ気がしますね、、、、 意味を考えないっていう方法もありますね!
JUNさん
回答ありがとうございます! そうですね! 何かに依存している自分に気がついて受け入れて、どう行動するかですよね!
ご質問の趣旨からズレた回答かもしれませんが意見を述べますね。 言葉の面白いところは、辞書になんて書いてあろうと、100人中99人が同じ意味として解釈していたとしても、最終的に自分がその言葉に与える意味づけで「それ」の意味が決まることです。優しくされることを愛とする人もいれば、厳しくされることを愛とする人もいますね。 じゃあ優しいとか厳しいってあなたにとってどんな意味でしょう。(*^_^*) そして実はその言葉に意味づけをしないこともできるんです。全ての言葉の意味づけをやめてみると面白いことに気付きますよ。きっと世界が違って見えます。(^人^)
それぞれの言葉の定義についてまず触れますね。「愛」は言葉では定義できないものだとか辞書的な意味だったりキリスト教的な意味など、意見がかなり多岐に渡るので一概に言うことはできないとは思います。個人的にしっくり来る定義で言うと「愛」は「相手に幸せを与えたい気持ち」な気がします。たとえば、肩をもんであげるとか、おいしい料理を作ってあげるなどです。別の例で言えば、ボランティア活動と似ているかもしれませんね。主体的で相手本位です。 一方、「恋」は「自分に幸せを与えてほしい気持ち」な気がします。たとえば、肩をもんでもらうとか、おいしい料理を作ってもらうということです。別の例で言えば、お店で何かのサービスを受けることと似ているかもしれません。受動的で自分本位です。 また、「好き」は「ある対象に肯定的な魅力を感じること」ですよね。 一方、「依存」は「ある対象との関わりが強く、それがなくなると辛い状況になること」だと思います。 それで、「愛・恋・好き」と「依存」の違いということなんですが、違いというか「愛・恋・好き」の状態の一つを表すのではないでしょうか。依存的な愛、依存的な恋、好きな対象に依存的であるなど。 また、依存しているのは悪いことじゃないか、依存するのはやめようと思う人がいると思います。でも依存しているから生活や趣味や仕事など上手くやれている面もあると思います。たとえば、依存的な趣味がないってことはどの遊びにも熱中できなくて冷めてて、つまらないとも言えます。また、他者や物に依存していないように見える人であっても「自分」だったり「宗教」や「哲学」に拠り所が移っているだけなので、本質的には人は何かに依存している気がします。そういうように依存にもメリットがあったり、究極的には依存していない人はいなかったりするので、ある程度依存的である自分を認めて受け入れるということもありかなと思います。
主のレイタです 質問じゃなくて意見をください
訂正します
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