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ココトモって?
いろいろな考え方があると思うのですが、 ふと、疑問に思ったので、 質問してみました。 みなさんの友達の定義ってなんですか?
コメント14 閲覧501 最終更新 約8年前
退会したユーザー
友達とは互いに心を許し合って、対等に交わっている人で、一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人です。友達以外の人は他人か家族になります。
→wataruさん。 理解力が足りなくて申し訳ない。 でも、簡潔に伝えてくれたので、 言葉では表現できないけど、了解。 →hkさん。 ネット世代! たしかに、懐かしいとか そのうち歴史で習うようになるんですかね~~ そしたら、簡潔に、 どういう世代だったって伝わるんでしょうかね~~ おぉ~妄想してしまいます。 コメントありがとうございます(*^▽^*)
おはようございます! 僕の住んでるとこは大変爽やかな朝です。 一年中こんなだったらいいのにですね。 … 僕もネット社会についてたまにいろいろ思います。 友達を作りやすいけど作りにくいっていうか、僕は物理的な偶然の出会いが1番貴重だなぁと思います。 「目」と、「手」の触れ合い。僕の個人的感覚だけど、握手って色々なものを伝達し合う気がしてます。 … 話逸れ気味かな。 ネット社会って不思議ですね。作ってきたのは僕らやその親世代ですしね。その意味では、世の中って、いいも悪いも、人々が求めてる形になってって、だからもちろん、時が経ったら、団塊世代みたいに、ネット世代って懐かしがられるんでしょうね^_^
んー!次元が高いって言うのは、軸がたくさんあるってこと!x軸、y軸、z軸で三次元、高次元てのは、3個以外にもたくさん軸があるってこと!別に書く軸のとる値はモノのある位置だけじゃないの!身長とか体重とか字の綺麗さとかでも良いの!….理工系に行けばわかるさ…。 若者ガーは仕方ないっすよ。わいらだって、昭和のおっさんと比べたら、だいぶ複雑なことをしてると思いますよ。
コメ遅くなりました! すみません。 なるほど。 高次元の繋がりって 魂の繋がりともいえますよね? と、思ったのと 最終的に思ったのは いまの子達は、器用すぎて わたしは、ついて行けん! て、ことですね。 いろんなことに気を配れるから いろんな?関わり方でも、うまくいったり 逆に、敏感だから、うまくいかなかったり。 私は、友達を選ぶとき、 自分とは違う価値観の人を選ぶ傾向にあるので なんで、似たような価値観の人を 求める傾向があるのか不思議でしょうがなくて。 ネット社会だから、 よりコミュニティーの幅?が狭いっていうか ネットで簡単に気の合う人が集まれるじゃないですか? でも逆に、合わない人は浮き彫りになる。 そんな風に、思うんです。 なんていうか、もっと雑多でいいんじゃない? と、私なんかは思うわけで。 う~~ん? ま、いっか。 コメントありがとうございます!(*^▽^*)♪
連投すいません。 最近の〜というは確かに色々と気にしすぎというのはそうでしょうね。情報通信技術の発展と普及により、色んな価値観に触れる事ができるようになった。そうなると、こんなことはあり得ないとか書いてあるところに多々アクセスしてしまう。彼氏に嫌われる10のなんたらとかね。 ただ、一元的にみんな気にしてるかと言えば、それをみて対策することで安定する人も少なからずいると思うんです。だから、逆に広い視野を持てなくてしっぱしてしまう人もそれなりに減ってると思います。世の中のダイバーシティの推進とかは、たくさんの情報にアクセスできることの大きなメリットの1つかなと。 でも、確かに氾濫した情報にどのように対処したら良いか、きちんと教育しないと、若い人たちに情報処理の負担は重くのしかかってしまうんでしょうね。
あー、僕の書いた空間っていうのはいわゆる 3 次元ユークリッド空間ではなくて、もっと高次のものです。3 次元的な位置 (近いほど友達っぽい)、一緒に生きた時間 (昔の偉人を友達と呼ばないよね)、サッカーのうまさ、サッカーのうまさの重要性 (サッカー部だったらどちらも高い人の方が友達っぽい?)、そういう多次元的な要素とそれらに対する重み付け (どんな要素を持つ人が思えるか) で定義されるノルム (3次元ユークリッド空間までで言うところの距離) によって定義されるのかなと。 んで、上で言ったのは、どれくらいの距離で近いと感じるかは人それぞれだし、どうゆう要素を満たすと近いと感じるかはパラメータが自分自身についても列挙出来ないし、重みも定量的には示せないと言う話です。お互いの価値観とこれまでの体験で構成された集合について、積集合をとって要素がたくさん残ると言う見方も直感的かもしれません。 社会心理学的に友情とは何かを定義付けしようとしていた人達が何人かいたはずなので、そう言う方々の文献に当たるのも良いかもしれないですね。 仕事仲間、同級生、同じサークルの人、同じ部活の人、同じアイドルのファンの人、それらを友達と認識するか、それぞれ固有の識別子を付けるかは個々の感性次第ですね。
自分を知るバロメーターです。 その人を知りたければ、その人の周囲の人を見れば解るというものですね。 逆を言えば、友人を見ることで自分が見えるのです。 また、自分を人であることを保つためのものでもあります。 喜怒哀楽の大切さ、心の温度(熱さ)と鮮度の維持… 人との関わり合いでしか得られないものってありますからね。 僕は、基本的に人付き合いはあまりしません。 ですが、いや、だからこそ、人との繋がりは大事にしたいと考えています。 人には期待はしません。 しかし、人を諦めることもしません。 この矛盾が大切だと思っています。
なるほど! たしかに、バスとか電車内って 空間共有してますよね。 でも、 隣に座った人は友達かといったら、 違う気がするし。 う~~ん。 わたし、友達付き合いは 狭く深くタイプなので、 気軽に友達っていうの 良くわからん。 なんか必ず、情が入っちゃうんだよね。 う~~ん。 あ、でも、 長く付き合いたい人とそうじゃない人で 選別してるかも。
ちなみに、僕の場合、リアル友達はいない…かなぁ(^_^) いたことないです。僕が定義した友達は。 いま、ここと仕事場と情報伝達が必要な人以外との会話ないです。 会話っていうか存在自体、皆無だ。気付いちゃいました(^_^) … もしかしたら一期一会でも友達ってあり得るんですかね? よく、赤の他人でも戦友意識とか聞くから。 なんか、同じ場に居合わせた他人同士って、一瞬で好きか嫌いか感じません? トピ題とそれちゃって、すいません(^^; 変なテンションなもんで。 wataruさんの言う空間共有?何か関係あるのかなぁ?バスの隣に座った人は実はどっちかが降りるまでトモダチ⁈ て言うか実はwataruさんのコメントたぶん理解できてないのに、勝手にあーだこーだすいません(^^; YuuN2さん、トピ主みたいにすいません。 すいませんばっかすいません。
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