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生きる意味

※2019年5月10日の投稿です。

今年で25歳になります、福岡在住の男性です。
とにかく何か吐き出しておかないと、自分自分でいられなくなりそうになったので、ここに投稿します。
はなからコメントを頂けるとも思ってませんし、おそらく運営の方が削除されると思いますので、ただのキチガイの独り言だと思って流して頂いて結構です。
かなりの長文になりますので、それでもよろしければどうかお読みください。

ここ最近、俺は一体何なのか分からなくなってきました。

生まれつき目の障害も持っていて、両目ともあまりよく見えていません。
ろくな家庭環境で育っては来ず、常に人の悪意に晒されて生きてきました。

小学生の頃、束縛、罰則、体罰、虐待といった劣悪な家庭環境に嫌気がさしていた俺は、悪い少年たちとつるんで色々な人に沢山の嫌がらせをしてきました。
まるでそれを娯楽のように感じていたんでしょうね。
人が傷つく姿を見てその時はスッキリしていたんです。

でも、段々とそんな自分が嫌になってきて、次第に誰とも関わらず、自分の世界に閉じこもってひたすら自由帳に創作で物語を書き綴っていました。
当時流行っていたゲームやアニメのキャラクターたちをそのままオリジナルの世界に引き込む、つまり二次創作のようなことをやっていました。
辛いことも、悲しいことも、その世界では自由にコントロールできるから、作者の自分自身もその世界に浸れば、もう何も怖くなかった。
そのはずでした。

しかし、自由の利かない毎日が苦痛で仕方なく感じていた数年後、小学5年生になったある日、俺は3階の教室のベランダからコンクリートを眺めていました。
物凄く距離が近く感じて、『このまま落ちたらあっという間かな』なんて考えて……
手すりを乗り越えてそのまま身を任せようとしたその時、おそらく生徒たちが呼んだのか、駆けつけた先生によって俺は取り押さえられました。
「なんでこんなことしたんや?!」って物凄い剣幕で怒られて、俺は吐き漏らしたんです。
「今の家庭が辛い」と。
先生は「ごめんな、そればっかりはどうにもしてやれん。けどな、死んだらあんたが一生懸命に書いてる自由帳も、書けへんくなるで? それでええんか?」と説得されて、俺はずっとその場で泣いていました。

それ以来、俺のことを気味悪がったのか、誰も俺に寄り付かなくなり、俺は孤独になりました。

やがて小学6年生になって、親が離婚して家庭環境が変わり、福岡に戻ってきてようやく自由になれたと思いましたが、その頃にはもう人とろくなコミュニケーションも取れなくなっていました。
でも、母と兄、祖父母と5人で暮らす生活は、とても温かいもので、その時は気にしていませんでした。貧乏ぐらしでしたが、不自由はなかった。

でも中学生に上がって、色々な人たちからいじめられるようになって、初めて人の痛みを知った俺は、小学生の頃の自分のやってきたことが恐ろしくなって、自分が憎くて憎くて仕方なくなってきました。
その人たちの顔と名前が鮮明に思い出され、その度に罪悪感に苛まれました。

色々な人からの罵詈雑言を浴びて、自分は要らない存在なのだと思い始めると、もうこのまま独りでいいと思うようになったんです。

大きな転機が訪れたのは高校生に上がった入学式の日です。
独りで帰路を歩こうとしていると、ある男子生徒が俺に話しかけてきました。
まるで小中学生みたいに無邪気で、明るい少年でした。
しかし、その人も俺と同じように生まれつきの障害を持っていました。足の障害です。

でも、彼と少しずつ話をしていくうちに段々仲良くなって、初めて友人に恵まれたと実感しました。
それからの毎日は楽しかったです。色々なところに遊びに行って、沢山の思い出を作りました。
でも、学年が上がるにつれて、俺は将来のことが不安になりました。
その時俺はすでに知っていたからです。
いかに今の社会がとても厳しく、冷酷なものであるかを。
弱肉強食で、お金や力を持っている人が優位に立てることを。
そして、この世のあらゆる不条理に屈した人は一気に社会から切り離されることを。
人は平気で嘘をつき、人を騙し、奪い合うことを。
色々なニュースや記事を見て、俺は知っていました。

だから怖かった。
このまま卒業したら、また独りになってしまうのかなって。
そして高校三年生から始まった就活に俺は失敗し、就職先を見つけられないまま高校を卒業しました。

次の転機が訪れたのはその翌月のことでした。
俺の祖母が自室で首吊り自殺をしました。
祖母もまた、足の障害で苦しんでいて、鬱になっていたそうです。
手術に失敗し、一生足の痛みに苛まれることや、誰もその苦しみを理解できなかったことに絶望した祖母は、遺書に『孫たちのことをよろしくお願いします』と残し、逝ってしまいました。
その時になって初めて、俺は祖母の自殺の動機を母から聞かされたんです。そして俺は手術に失敗した医師や祖母を厄介者扱いした人たちを恨むに恨みました。
どんなにお金や力を手にしていても、助けられない命があることを嘲笑いました。

時が経って、俺は学生の頃に通っていたゲームセンターの店員として働き始めました。
そこで先輩たちにとても親切にして頂きました。

でも、ある日祖父に食道癌が見つかり、祖父は入院することになってしまいました。
発見が遅く、年齢も年齢だったため、もう手術は出来ず、このまま死を待つのみとなっていたそうです。
俺たちは弱り果てていく祖父を最後のその瞬間まで看取りました。

それから俺は一生懸命考えました。
自分が今何が出来るのかを。
自分だからこそ出来ることが何なのかを。

『創作』をしようと願ったんです。
自分が何よりも力を発揮できたのは『創作』だったから。
『創作』だけでなく、歌や声劇の活動をしてみたいと思った。
それで誰かの力になれたらいいなと願って……

そこから数年間同人活動を続けて、卒業後も仲良くしていた例の友人とカラオケに行った日のことです。
友人のちょっとした行動によって、その友人が繋がっていたとある女性と俺は繋がることになりました。
それから友人とその女性と俺の三人で毎日のように通話して楽しく過ごしていました。
その女性はとある精神的な問題を抱えていましたが、俺と友人で支えつつ、関係を深めていきました。

しかし、ここ最近になって、その関係はがらりと変わることになりました。
友人とその女性が恋仲になり、ご家族と挨拶を交わしたそうです。

その時、俺の頭の中で色々な考えが走り始めました。
お世話になっていた先輩には子供が生まれ、この友人はついに心の底から愛し合える人を見つけて、周りの人たちはどんどん前に進んでいくのに、俺はいったい何をしているんだろうって。
好きな人も出来ず、創作活動も進展せず、ただ日常に甘えて……
家族や周りの人たちの負担になって……

また独りになるのが怖くて、俺はその友人とその彼女と何度も衝突して揉めました。
彼らは口を揃えて『俺のことを大事に思ってるよ』『嫌いになったりしないよ』と言ってくれますが、俺はそれを信じることが出来ないんです。
信じたくても何故かできないんです。
周りの人たちはいつも俺のことを邪険に思ってるんじゃないかとか、自分がいない方がみんなにとって幸せなんじゃないかとか、一度それが頭に出てくるともう溢れ出して止まらないんです。
昔からずっとそうでした。
常に悪いことばかりが頭に駆け巡って苦しむんです。
大好きなはずのその友人や彼女のことまで憎み始めている自分が怖くて怖くて仕方なかった。
なんでこんな卑屈な考え方しかできないんだろうと思うと、自分に対してイライライライラしてたまらなくなりました。
やがて仕事中にも胸の中でもやもやとした冷たい感じがするようになって、創作活動も出来なくなってしまいました。
仕事から帰ってシャワー浴びながら独り言を叫んで、ご飯を食べて寝る。
そんな日々をずっと送るようになりました。
突然気分が良くなったかと思うと急に憂鬱になったりして、いよいよ自分はおかしくなったのだと思いました。
今この瞬間でもイライラしてたまらないんです。
自分なんていなくなってしまえばよかったと思い始めて、昨日は職務中にスタッフが休憩でいなくなったタイミングを見計らって傍にあったカッターナイフで左手の甲を10数回ほど切りつけました。
その時初めて心の病で苦しむ人の気持ちが分かったような気がしました。

誰にも聞いてもらえず、理解して貰えないというのはとても辛く、寂しいことだって。

俺は人格に障害があるのでしょうね。
しかも被害妄想が強く、自虐的になりやすいタイプ。
異常者なんですよ、俺は。
だからきっと、独りになったんですね。
周りの人たちから見放されてるんです。友人もいずれ俺のことなど忘れて楽しく過ごすでしょう。
また俺は孤独になるんですよ。
家族? 家族が俺のことなど理解出来るはずもないでしょう。

「家が暗くなるからやめて」「たったそんなことで悩んでどうするの、馬鹿じゃないの」「まだこの年齢で情けない」

こんな言葉しか返せない人たちが傍にいても、生活上の支えにはなるでしょうが、根本的な解決に何一つなり得ません。
だから家の中にいても独りなんです。

友人は良いですね、苦労の末にその恋人と結ばれたわけですから。
今でさえも俺のことを嘲笑っているのでしょう。
「大事」だとか「大好き」だとか、本心でそんなことこれっぽっちも思ってないくせに。
見放したら良いんだよ俺のことなんか。
迷惑だと思ってるでしょうから。
所詮上っ面の言葉を並べ立てられても、信じられるわけがないじゃないですか。

結局俺はそういう人間なんです。何も変われないし、誰もこの苦しみから解放してくれる人はいないんです。
助けてほしい。
誰でもいいから、俺を楽にしてほしいんです。自分が自分でいられなくなった時、俺は自分に何をしてしまうのか想像したくない。
誰か助けてください。
俺はどうしたらこの呪いのように付き纏ってくる苦しみから解放されるんでしょう?
いつもいつも繰り返して、こんな風になってしまうんです。
もう嫌なんです。楽になりたいんです。
俺も本気で誰かのことを好きになってみたいんです。
その誰かと色んな思い出を積み上げて行きたいんです。
困難はあれど、色んな苦楽を共にしたいんです。
素直な自分でいたいんです。

だから、自分が自分であるうちにこのメッセージを残しておきます。
もしこの願いが誰かに届いたなら、どうかお願いします。
あなたが大事だと感じている人がいたら、その人を愛して幸せにしてあげてください。
こんな俺の真っ黒な文章を最後まで読んでくださったあなたは、きっと心優しい人だと信じています。
このトピックがいつまで存在するかは分かりませんが、この願いが、祈りが、誰かに届きますように。

※2019年5月17日より以下追加文章

友人たちに全てを打ち明けました。
自分自身に起こっていた異変について。
でもちゃんと友人たちのことを大事に想っていることを伝えました。
そして友人たちと何とか和解することができました。

自分の中で何が起こっているのかちゃんと確かめたい。
身近な人たちやこれから出会う人たちとちゃんと向き合うためには、自分自身についてもう一度しっかり確かめようと思います。

俺の本音はただ一つだけ。

『自分に出来ることを一つずつ一生懸命にこなして、誰かの力になりたい。誰かを幸せにして、自分も幸せになりたい。それこそが俺の明日を願う気持ちであり、いや、明日を信じる意志であり、俺の生きる意味』です。

もしも、『自分自身が不幸になりたがろう』としているのなら、俺は全力で否定します。
『幸せになりたいのだ』と。
沢山人を好きになって、ちゃんと明日を掴み取るのだと。
また暴走しそうになった時は、その都度吐き出すようにしようと思います。
抑え込もうとするのではなく、自分自身にもちゃんと寄り添おうと……

※2019年8月31日より以下追加文章

あれから3ヶ月経つのだと思うと、長いようであっという間だった気がします。
今自分はリアルの仕事も創作活動もどちらも一生懸命に頑張っています。
色々な改善点もあり、もっともっと精度を高めて行きたいと思える自分がいます。
訳あってリア友とは縁を切りました。
自分が変われば価値観や考え方がそれに伴って変化していくというのは本当のようです。
しかし、そこに後悔はありません。
俺はただ、ひたすらにまえへ進んでいく。
掴み取りたい明日がそこにあると信じて進む。
だからこの傷跡となったメッセージはずっと残しておきます。
数ヶ月後、数年後の自分がどんな困難に見舞われたとしても、その時に強く願った想いや明日の形を忘れないようにするために……

コメント41 閲覧1807 最終更新 約7年前

みんなのコメント

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  • 退会したユーザー

    約7年前

    erimさんへ

    ありがとうございます!
    はい、おっしゃる通りだと思います。
    これまで人を憎んだ分、これからは人を沢山愛したい。
    これまで辛い思いをした分、これからは沢山幸せになりたい。

    幸せになりたいからこそ、また前に進みたいのです。
    その気持ちに決して嘘はなく、だからこそ何があっても俺は信じ続けたいと思っています。
    これからの明日を、ずっと。

  • 退会したユーザー

    約7年前

    辛い心情をここで打ち明けて、さらに幸せになりたい、誰かのためになりたい。そう思えるなんて、とても素晴らしいですね。
    人として本当に凄いと思います。
    これからも挫けそうになったり、辛い事も起こるかもしれません。
    でも、あまり自分を責めないでください。
    恨む憎い。こんな自分が嫌だ。そう思う事があってこそ、人間だと思います。あなたの人間らしさは、素晴らしいですよ。
    その感情なくして、誰かの事を真剣に考えることなんて出来ませんから。
    私はあなたを応援しています。
    こんな事しか言えず、すみません。

  • 退会したユーザー

    約7年前

    あまぐもさんへ

    コメントありがとうございます。
    はい、俺は信じ続けます。
    ふとした時に恐怖が込み上げてきたとしても、それは我慢せずに沢山吐き出して……
    無理のないようにまた一歩ずつ進んでいこうと思います。
    その中で、様々な縁と出会いたいですね。

  • 退会したユーザー

    約7年前

    憎しみや葛藤、青ざめる様な急激な寒気、やり場の無い怒り。。
    読んでいてとても辛い思いが込み上げてきて、何度もため息をついてしまいました。。
    そして、ここまで読んでくれた人は優しい人だと言ってくれて、
    ありがとうと思い少し泣きそうになりました。
    辛い現在と過去が全て報われる日が来ると信じ続けてください。

  • 退会したユーザー

    約7年前

    derutamiruさん、今晩はっ。

    こちらこそ、私の話を最後まで読んでくださったことを心から感謝してるわっ、本当にありがとう〜(*´∀`*)

    >何をするにも『失敗』した時のことばかり考えて、自分を追い詰めていた。
    周りの視線や評価ばかりが気になって……

    うんうん、そうなのね。難しく考えてしまったりね、何かするにも失敗した時の事ばかり考えてしまったり、自分を追い詰めてしまったり、周りの視線や評価が気になってしまうのね。

    あのね、それでも「いい」のよ〜(*´▽`*)

    だって、ふとね、そんなことを考えてしまうのだものね。止めたくてもね止められないのだものね。勝手にね、ふと頭に浮かんでしまうことで怖くなっちゃったり、不安になっちゃったり、焦っちゃったり、イライラしちゃったりすることもあると思うの。

    それでもね、「いい」のよ〜。

    そうなった時は「うんうん、今は◯◯な気持ちになっちゃったんだね、分かってるよ。」って、自分の気持ちに自分自身が耳を傾けてあげて、まずは自分が自分の気持ちの「味方になってあげてほしい」の。

    素直に出てきた、あなたの中から溢れる気持ちに「今、こんな気持ちになってるんだね。うんうん、いいんだよ〜(´▽`*)」って頭を優しくナデナデしてあげてちょうだい。

    前回お伝えした「拗ねたあなた」はね、本当は他の誰よりも「あなた自身に、自分の気持ちを知って欲しいと思ってる」から。

    周りの人達がね、例えあなたの気持ちや考えが分からなくても「それでも、あなたの気持ちには素直でいてもいい」の。

    周りの人と違っても、それでいいのよ。

    君はそう思ってるんだね、俺は今、こんな気持ちなんだ〜。

    って、自分の気持ちを、ただ「伝えるだけ」でいいの。

    その後のことは「相手に任せるだけでいい」から、あなたは、その後も「優しく自分を大事にしてあげていい」の。

    そうすることでね、例えば相手が「自分と違った考えや気持ちだった」としても「それが、今、あなたの中から素直に出てきた気持ちなんだね〜」って、優しく理解してあげることができるようになるわ。

    自分と周りの人達が、気持ちが、考えが違ってても大丈夫。

    「それでも、どうせ俺は愛されてるし、受け入れてもらえてるし、幸せだから。だからもう大丈夫なんだ」と、実際に声に出して、この台詞をこれから何度も呟くことで、本当にあなたが愛されていて、受け入れてもらえていて、幸せなんだという「証拠が目の前にどんどんやってくる」からね。

    そうやって、拗ねた自分と本音の自分と「仲良くしていく」ことで、自分にはもちろん、徐々に他の人達とも仲良くしていけるようになるわ〜(´▽`*)

    >友人がいつも俺に問いかけていたのは、ちゃんと本音を聞かせてほしかったからなのですね。
    >今の俺がどういう状態になっているのか、友人は知った上でそばにいてくれていた。

    本音をね、相手に伝えることで、それでも傍にいてくれる人は「宝」よ〜(´▽`*)

    でね、もし逆に伝えることで離れていく人がいれば「それはそれでいい」のよ。

    その人にもね、その人の考え方や気持ちがあって、あなたにはあなたに合った考え方や気持ちがある。

    違うことで離れることがあっても、それはそれで良くて、相手も自分も「自由でいていい」のね。

    そうすることで、自然と素直になった自分に合った人間関係や世界に出会うことができるようになるのね。

    >『明日を信じる意志』を持って、自分にも、周りの誰かにも素直な気持ちになって、これから歩んでいきたいと思います。
    >だって幸せになりたいですからね。

    うんうん、大丈夫よ!

    でね、もちろん少し凹む話もするけど、これからも生きていく中でね「嫌なことがあったり、辛いこと、苦しいこともある」のよね(笑)

    でも、私達は「辛いことや、悲しいことや、苦しいことがあってもいい」の。

    それでも「嫌なことがあってもいいや、辛いことがあってもいいや、どうせ私達は、それでも幸せになっちゃうから(笑)」

    そう、私達はね、そんなことがあっても「幸せになれちゃう」の、それをね「信じる」の。

    それを信じるようになると、これが不思議なもんで…なんか、自然とうまくいくようになるのよね(笑)

    ハッキリ言うと、うまくいかんでも「うまくいっちゃってる」のよね(笑)

    これはね、口で説明するのが本当に難しいので、あなた自身が実際に体験して欲しいなーって思うわ。私が今、実際にそうなってるので(´▽`*)

    そしてね、人ってね…やっぱり忘れた頃には「不幸になりたがる」のよ(笑)

    私もそうなんだけどね、気づいた時には…不幸になりたがっちゃうのよねー!(´▽`)ハハッ!

    でね、何で不幸になりたがるかってぇと…「幸せだから」なのよ(爆)

    幸せってね「すんげぇ暇で、つまらない」のよ。

    だから、刺激を求める為に「不幸に身を置いて、刺激を求めちゃう」のよね。

    だから、元々ね私達は「幸せになれるように出来てる」のね。

    何もしなくても幸せなのに、幸せは暇で、つまらないから、不幸に身を置くことで刺激を求めて、ドキドキすることで「人生を楽しもう」とするのよね〜(^_^;)

    こういった考え方がね、私達の中には「もう出来上がっちゃって、癖になっちゃってる」から、忘れた頃にはスリルを楽しもうとしちゃうのよ。

    >月日が流れて、また困難に襲われた時、この時の自分の気持ち、そしてそれに一生懸命応えようとしてくださった方がいらっしゃったことを忘れないために。

    うんうん、↑でお話させていただいたように、忘れちゃうから(笑)忘れて不幸になって人生を楽しもうとしてる時は「こういったきっかけを作って、何度も修正しながら、人生を進むしかない」のよ〜(爆)

    何度も軌道修正をし続けることで、今までとは少しずつ違う場所に行けるようになるわ。

    不幸に身を置くことで、スリリングな人生の楽しみかたよりも「暇だけど、のんびりとした、優しく、まったりとした時間を楽しめる、そんな人生の楽しみかたもある」し、そっちの方が心と体に優しいかと思うので(笑)ぜひ、そちらの世界で楽しんでみてちょうだいね(´▽`*)

  • 退会したユーザー

    約7年前

    ひなぽかさんへ

    返信いただき、本当に感謝いたします。
    きっと俺は難しく考えているだけなのでしょうね。
    何をするにも『失敗』した時のことばかり考えて、自分を追い詰めていた。
    周りの視線や評価ばかりが気になって……

    本当の気持ちに素直になって良かったんですね。
    友人がいつも俺に問いかけていたのは、ちゃんと本音を聞かせてほしかったからなのですね。
    今の俺がどういう状態になっているのか、友人は知った上でそばにいてくれていた。

    『明日を信じる意志』を持って、自分にも、周りの誰かにも素直な気持ちになって、これから歩んでいきたいと思います。
    だって幸せになりたいですからね。

    このトピックやコメントはこのまま残しておこうと思います。
    月日が流れて、また困難に襲われた時、この時の自分の気持ち、そしてそれに一生懸命応えようとしてくださった方がいらっしゃったことを忘れないために。

  • 退会したユーザー

    約7年前

    derutamiruさん、今晩はっ。
    お返事が遅くなってごめんなさいね〜(;´Д`)

    >今こうしてコメントをしている自分は『本音の自分』なのでしょうか?
    >それともひなぽかさんの言う『拗ねた自分』なのでしょうか。

    私のお話が、derutamiruさんに分かりやすく伝わるように、前回は「本音の自分と拗ねた自分」と分けてお話したんだけど、どっちもね「あなた自身」なのよ〜(´▽`*)

    だからね、どちらの自分が「本当の自分で、どちらが偽物の自分でなのか?」という風に難しく考えなくてもいいのよ〜(笑)

    本音の自分も、拗ねた自分も、どちらも「derutamiruさん自身」なの。

    でね、拗ねた自分っていうのはね「どうせ俺なんか◯◯だし…」という風に拗ねることで「本来、自分が本当に思ってることや、本当にやりたいこととは、正反対のことを一生懸命に頑張ってしまう」のよね。

    自分が本当に思ってること、本当にやりたいこととは、正反対のことを頑張ってやってしまう…だから「心が疲れる」の。

    だって、言葉通り「正反対のこと=自分がやりたくないことをやってる」から、そりゃあ心が疲れて、どうすればいいのかも分からなくなっちゃうわよね(笑)

    だから、すごーーく大切なのは「どうせ俺なんか◯◯だから…」と「拗ねる前の本当の自分の気持ち」なの。

    どうして拗ねてしまったの?

    どうして自分のこと嫌いになっちゃったの?

    どうして自分のこと、消えてしまったほうがいいんじゃないかって思ったの?

    だって…。

    「どうせ俺のことなんか、誰も本気で愛してくれていないから…。」

    「どうせ俺なんか邪魔で、いなくなって欲しいって思われてるんだろうから…。」

    「どうせ俺のことなんか、誰も心配してくれてないから…。」

    「どうせ俺の話なんか、誰も聞いてくれないから…。」

    「どうせ俺のことなんか、誰もわかってくれないから…。」

    だから、皆にひどいことを言ったり、ひどいことをしちゃったんだ。

    本当は、すごくすごーーく怖くて、悲しくて、寂しかったんだ。

    怖いって言いたかった、やめてって怒りたかった、悲しいって叫びたかった、寂しいよって声に出して泣きたかった。

    俺は本当は、あの時、こう思ってたんだ。こうしたかったんだ。

    でも、それをやって怒られたんだ、嫌われたんだ、責められたんだ。

    だから、それが出来なくなってしまって、我慢して、堪えて、無理して、自分を強く見せるために、相手を攻撃して、弱い自分を責めてたんだ。

    本当は怖かったよね、悲しかったよね、悔しかったよね、寂しかったよね、怒りたかったんだよね。

    もう、いいんだよ。

    弱い自分を、これからは見せてもいいんだよ。

    怖いって思っていいよ。怖いから、もう止めてって言ってもいいよ。

    もう止めてって思ってもいいよ、もう止めてって怒ってもいいよ。

    悲しいって思ってもいいよ、悲しいって言ってもいいよ。

    寂しいって思ってもいいよ、寂しいって言ってもいいよ。

    だって、弱い自分を見せても「これから俺は、どうせ愛されるし、大事にされるから。」

    だからもう「どうせ俺なんか愛されてないんだ…」って、拗ねなくても大丈夫だよ。

    だって、俺、本当は「自分のことを、めっちゃ大好き」なんだもの(笑)

    だからこれからは、もっと自分のことを大事にしてもいいんだ〜(´▽`*)

    ってね、これからは自分に「言ってあげて」ちょうだい。

    怖いと思ったとき、悲しくなったとき、寂しくなったとき、嬉しいとき、楽しいとき、怒ったときは「こわーい!((( ;゚Д゚)))」「悲しいー!寂しいー!(TДT)」「嬉しいー!ひゃっほーい!(*>∀<*)」「楽しいー!(((o(*゚∀゚*)o)))」「怒ってるどー!(*゚ε´*)」って素直に感じて欲しいの。

    でね、それを他人にも否定されたとしても「いや、でも俺の気持ちは今こんな感じだし!否定されても、こんな気分になってるし!だから、ごめーーんね!(*>∀<*)テヘペロ♪」って、まずは「自分優先」になってちょうだい(笑)

    だって、自分の中から素直に出た気持ちや感情を否定されても「素直に出ちゃってるモンは仕方ない」もの(笑)

    否定されても、今、出ちゃってる素直なものだから、仕方ないがな、知らんがな。だって勝手に出ちゃったんだものって笑ってスルーしてちょうだい(笑)

    今まで、実際に拗ねてたあなたでも、あなたを大事に思ってくれる人は「間違いなくいて、あなたはそれに単純に気付かなかっただけ」なのだから。

    拗ねたあなたでも、愛されて、大事にされていたんだから「素直な、弱いあなたでも愛してくれる人は間違いなくいる」のよ。

    そんなあなたを助けたくて、大事にしたくて、守りたくて、愛したいと思う人もいるの。

    拗ねていれば、そんな素敵な人達に気付くことはできないけれど、拗ねたあなたも、拗ねる前のあなたも、あなた自身で、そんなあなた自身でも「こんな自分でも、良かったんだ!」と思えるようになれば、必ずあなたの周りの世界は、今とは「真逆の世界」になるはずよー。

  • 退会したユーザー

    約7年前

    ようやく精神が落ち着いてきた。
    体調も元に戻ったようだ。
    しかしこうして自分の文章を見返してみると……すごく荒れていたのだなと思う。

    『今ここにいる俺』は小学5年生の時、自殺を図った瞬間に生まれた自己防衛用の自分ではないかと思う。
    その時はまだ『本音の自分(おそらく本来の自分)』と『拗ねた自分?(自己防衛用の仮面としての自分)』と一つだった。
    段々自分自身で変化が分かるようになってきたのは、中学生の時に味わった酷いいじめ。
    その時に俺は『本音の自分』を『棄てた(あるいは隠した)』のだ。
    そこから三年に渡って『偽りの自分』として時を過ごし、例の友人と出会い、『本音の自分』を一時的に呼び戻した。
    しかし学年が上がるにつれて、『本音の自分』は再び活気をなくし、『偽りの自分』が表に出るようになっていった。
    最終的には祖母の事件によって、俺は完全に『本音の自分』を封印した。
    そしていつの間にか『偽りの自分』は無意識のうちに『本来の自分』に成り代わっていたのだろう。
    真っ黒な感情だと思っていたそれは、呪いだと言っていたそれは、『本音の自分』の叫び声だったのだろう……

    ずっと俺は『真っ黒な感情』だと思い込んでいた。幸せになれるはずがない、この世は敵だらけなんだと叫んでいるのはかつて捨てたはずの自分だとそう思っていた。しかし実際は逆で、『今ここにいる俺』こそが『呪いの根源』だったのだ。
    『本音の自分』が顔を出す度に苦しくなったのは、『俺』が無意識のうちに抑え込んできたから。
    他の人に助けを求めたのは『今ここにいる俺』ではなく、感情を爆発させた『本音の自分』……

    だが仮面としての自分がいなければ、間違いなく『俺自身』は壊れていただろう。
    それは『本音の自分』も分かっているはず。
    『本音の自分』がSOSとして作り出した仮面としての俺もまた、人並みの心を持ってしまった。しかしそれは万全ではなく、自分ではそこまで痛みを感じてないように見えても、『本音の自分』にとっては激痛だったと思う。

    仮面の役割として生まれた『俺』はやはり消えるべきなのか?
    『本音の自分』は『月明けになったら精神科に行きたい』と強く思っている。前に進みたいからと。
    では……『俺』はどうしたいのだろう?
    気付かぬうちにまた『本音の自分』の負担を増幅させてしまうくらいなら、『俺』はいなくなるべきではないのか?

    これから幸せになりたいと願っているのだから、もはや『俺』は必要ないのではないか。
    こんな仮面がなくても、『本音の自分』は上手くやっていけるのではないのか?

    きっと、そうではないのだろう。
    『仮面としての自分』も『本音の自分』も、二つで一つなのだ。
    それが『俺』という個性なのだというなら、それを信じればいい。
    月明けの精神科で何か言われたとしても、それを嘆く必要はないのだ。

    彼がよく口にしてくれていた。
    『どんなことがあろうと、お前はお前だよ』と。
    そういうことなのだろうな、きっと。

  • 退会したユーザー

    約7年前

    大事なご友人とちゃんとお話しできて、本当に良かったですね。
    器の大きいご友人です。そんな友人を持てて幸せですね。

    本当に良かったです。

  • 退会したユーザー

    約7年前

    udo-greenさんへ

    本当にありがとうございます。
    さっき友人たちに全てを打ち明けました。
    このトピックでのやり取りのこと、自分自身に起こっていた異変のこと、『友人たちのことを大好きであり、大事であることには変わりはない』と。
    『どうか、これからもそばにいて欲しい』
    『必ず、自分に何が起こってるのかちゃんと確かめるから』と伝えました。

    彼らの返答は変わっていませんでした。
    『お前のどんな一面を見たってそれでお前と別れようだなんて思わないし、お前が言ってくれた「大好き」「一緒にいたい」って言葉があるから、俺は揺るぎなくそばに居るよ』と。

    手遅れになる前に、三人の絆を壊さずに済みました。
    もしこれ以上俺が暴走していたら、本当に取り返しのつかないことになるところでした。

    だから、本当に感謝しています。
    他にコメントを下さった方にも感謝しています。

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