こしょうの日記『石田三成』

石田三成は関ケ原で敗れた後、処刑され埋葬された。
埋葬地がわかっているので、三成の遺骨は発掘調査が行われた。

それによるとかなりの虚弱体質だったらしい。

戦国時代を生き抜くには、さぞ苦労しただろうと思うが、結構出世しているので驚く。

秀吉亡き後、虎退治で有名な加藤清正などのいわゆる「猛将」といわれる連中に三成は毛嫌いされた。

一般に虚弱体質者というのは、健康優良者には嫌われる気がする。

私も若いころはかなり虚弱で、中学高校の時などは何かすると「生意気だ」と殴られた。

教師にも「あいつはダメだ」と名指しで罵倒された。

人間社会というのは昔も今も弱肉強食な気がするが、それだけに異例の出世を遂げた石田三成という人はスゴイと思う。

関ケ原で三成が敗れた後、彼の居城、佐和山城が略奪された。
秀吉への取次役だった三成は、かなりの賄賂をため込んでいるだろうという魂胆だったのだが、財宝らしいものは何一つなく、東軍兵士は唖然としたらしい。

三成のこういう潔癖というか、融通のきかない性格も嫌われる理由だったのかもしれない。

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