七尾の日記『私なりのアオハル』

愛とか恋とか知りませんと散々言ってきた私ですが、アオハルがなかったわけではありません
高校時代は普通に青春を送っていました
アオハルというほどきらきらはしていないかもですが

小学校と中学校の頃は、青春のせの字もないくらい暗澹としたもので、将来になんの期待も感情もなかったから、高校には行かないつもりだった
だけど中学校の終わりに先生が手続きをしてくれて、通信高校へ通うことになった
先生が担任だったのか、他の先生だったのかは謎
受験はないとはいえ、作文みたいなものは提出しなければいけないらしかったから、どうして何も知らないうちに高校へ行ける手はずが整っていたかも謎
記憶にないだけで、先生とよく話し合い、熱心に作文を書いていた過去があったのかもしれない
まあ、そんなこんなで高校へ行くことになった

折角高校生活を送るなら多少は謳歌したいと、部活に入ることにした
文芸部か美術部か悩んだけど、美術部は道具とかでお金がかかりそうだったから、進学しようとしなかった理由のひとつに金銭面の問題があり、学費を自分で払うことにしていた私は文芸部に入ることにした
本を読むのは好きだったし、部誌がほしかったし
そして、扉を抜けるとそこは漫画研究会だった
みんな漫画の話をしながら、好き勝手にイラストを描いている
逃げ出したかった
けど入部届を出したのに逃げる勇気はないので、留まることにした
漫画も大好きだったし
イラスト集みたいな部誌は、それはそれでほしかったし

そして、出ても出なくても構わないとのことだったので、ほぼ幽霊部員を決め込んでいたのだけど、先輩の1人がとても気にかけてくれた
そして、オープンルームなる、全校生徒が自由に使える広い部屋を案内され、1つのグループを紹介された
そのグループはいわゆる陽キャの集団で、持ち前の明るさで快く私を迎え入れてくれた
その頃の私は極端に性格に難があったけど、それを個性として笑ってくれて、輪に居座らせてくれた
陽キャ怖い!いや、いい人ばかりだった
だけど、いい人=品行方正なわけではないから、そこから私の真面目人生は終わった。いや、終わらないけど
勉強は人一倍真面目にやったという自負があるけど
暇さえあれば明け方まで遊び歩いて、年中両親が帰ってこない人の家には、いつ行っても友人が何人か泊りがけでいた
世界が一気に広がって、毎日が楽しかった
将来に期待とまではいかなくても、明日が楽しみで、毎日が喜怒哀楽に満ちていた
その後、また人生が急転直下するんだけど、それはまた別のお話
何もかもが初めての経験で、人生について何も知らなかった私にとっては、そこからが人生のスタートでありアオハルだった

中学校のときの先生には感謝している
オープンルームに連れて行ってくれた先輩にも感謝している
あんなに酷かった私を受け入れてくれた友人達にも感謝している
誰の手も振りほどかなかった自分にも感謝している
どこかで拒絶していたら、今の私はこんなに笑えていなかったと思う
ちゃんと救いの手や優しさに応えられた、あのときの私に感謝してる
みんなありがとう
差し伸ばされた手を掴むことを覚えたお陰で、私は今幸せです

色々な漫画を教えてくれた、文芸部の方々にも感謝しています
お陰で色々なものに耐性がつき、食事をしながら見られないものはすっかりなくなりました
耐性がつくまでは、何度地獄を見たことがわかりませんが

star今日よかったこと♪

洗濯をした
もうこの時期、洗濯物を干しただけで偉いと思うのです

favorite読んでくれた人へのメッセージ

Tu fui, ego eris.
後悔のない道は選べないですが、選択肢があるなら後悔が少ない道を選べますように

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