七尾の日記『まっすぐな道でさみしい』

タイトルは、とある俳人の作品です
七五調でなくても季語がなくても俳句です
前にもこんなことを書いた気がしますが、同じ人の俳句です

今日が、ココトモに来て100日目
それについて書こうとしたとき、この句が頭をよぎった
本来の句の意味とは違うけど、今までの人生は、まっすぐな一本道だった
ふらついても迷っても、広い道の上で右往左往しているだけで、
選択を迫られたときも、右の林沿い、真ん中の舗装された場所、左の崖沿い。みたいに、同じ道でどこを歩くかを選んだり選ばされたりだった
躓いて道から転がり出てしまっても、歩くときには元の道に戻っていた
それがなんだかとてもさみしかった

道を歩くうちに、歩き方にも慣れてきた
うまく歩くためには仮面付きの立派な鎧を着用すればよかった
全部の感情を隠してにこにこして、心を固い覆いで隠せばよかった
でもそれは、傷つかない代わりに触れ合ってもぬくもりがなかった
泣きたくても泣けないから余計に悲しかった
仮面が煩わしくて、鎧が窮屈で、同じ道は単調で、歩くのも嫌だったけど、過ぎる日々が勝手に前へと押し出した
生きるほどに虚しかった

ココトモへ来たのは、完全に寄り道だった
いつもと同じことをして、いつもと同じことが起きて、いつもと同じようにするつもりだった
だけど気まぐれで、いつもと違うことをしたくなった
初めて誰かに助けを求めたくなって、違う道を進んだ
深夜にスマホを握りしめて泣きながら、助けてと叫べる場所を探していた
出てくる場所はどこもぴんと来なくて、だけど今更諦められなくて、ずっと探し求めているうちに辿り着いたのがココトモだった
「友達として相談にのる」に、なんだかすごく惹かれた
専門家でもなく、研修を受けた人でもなく、友達になら打ち明けられる気がした

結局、100日経った今日まで、相談をしたことはないけど、それでもいいかと思うようになっている
寄り道をしたからこその出会いが沢山あったから
背中を預けられる人も、友人と呼びたいくらいかけがえのない人も、尊敬してやまない人も、放っておけない大切な人も、沢山できた
仮面をつけていなくても受け入れてもらえるし、鎧を着けていなくても傷つかない
身軽で息をするのが楽になった

まっすぐな道でさみしかった私は、寄り道をしてさみしくなくなった
まだまだここに居座ります
この場所も元の道に組み込まれたとしても、ここがここである限りさみしくはないと思うから

favorite読んでくれた人へのメッセージ

画面と鎧を着けっぱなしな人が、それらを外せる瞬間がありますように

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