七尾の日記『狗尾草に思いを馳せる「ひとり」』

今日はフォルダに入っていた過去の写真から

猫じゃらし。またの名を狗尾草(えのころぐさ)
揺れる犬の尻尾に猫がじゃれついているのを想像すると、なんとも可愛い
そして狗尾草と書いてえのころぐさって、知ってても読めない。漢字は難しい

今日フォルダを見返して、これを見つけたときに、2つの俳句が頭をよぎった
「やっぱり一人がよろしい雑草」
「やっぱり一人はさみしい枯草」
同じ人が、違う年に書いた俳句
七五調ではなくても、季語がなくても俳句です
この辺を語ると、眠たい話が延々と続くので省略
意味もなんとなくで感じ取っていただければと

同じ種類の草を見て詠んだのではないと思うけど、どちらも名もない草を見て詠んだのだと思う
あるときは、各々自由に育つ姿に清々しさを感じ、あるときは、その佇まいになんともいえず虚しくなる
同じものを見ているはずなのに、心境が違うだけで視界に入る光景が違ってくる
私がこのとき狗尾草を見て、どんな気持ちでカメラを構えたのか
今このとき同じ光景を目にしたら、どんな気持ちでを抱くのか

曇りの日だって、夜空を見上げるのが好きだけど、それが辛くてさみしいときもあるのかな
いつでもありのままを素敵なものとして見ていたい
だけど、そうはいかない
24時間365日幸せではいられないから
もしもそんな人がいたら、それはそれで心が正しいかたちではなくなっているんだと思う
だから、枯草を見てさみしいと思っても、それはそれでいいのかもしれない
いつか、やっぱり一人がよろしい雑草と笑えたら

ちなみに私は、1人の時間も大切にしないとだめ派です
1人と独りは違うから、独りは嫌いだけど、1人は好き。わいわいしてるのも好き
どちらか片方じゃだめなんです
1人でもいるし、みんなともいるし。そうでないと嫌
そんな贅沢者です

一人がやっぱりよろしい雑草
みんなと一緒がよろしい雑草

star今日よかったこと♪

写真は撮らなかったけど、外をうろついた
コーヒーは控えめにした

favorite読んでくれた人へのメッセージ

今は世界中が淀んで見えても、いつかどこかにきらめきを感じられますように

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