七尾の日記『あやめも知らぬ恋』

肉球を ミートボールと 訳したは 無知を晒せた 若気の至り
季語なし
ふと浮かんだので書いたのですが、これは高校時代の実話を元にしております
自ら言い出したわけではなく、私ならこう答えるだろうと思って出された意地悪問題です
考えてから話すということを知らず、浮かんだままを口にしていた私は日々迷言を繰り出しておりました
今は、自分の無知を自覚しているために、憶測でものを言うことはあまりせず、知らないことは知らないときちんと言いますが

英語に関しては今も昔もこのレベルなのですが、国語は好きでした
俳句を作れという課題で再提出にならない程度のふざけたものを提出すること数回
そうしているうちに和歌自体に興味を抱き色々と調べたものです

その中で、今もはっきりと覚えているもの

ホトトギス 鳴くや五月の あやめ草 あやめも知らぬ 恋もするかな
あやめも知らぬとは、「道理や分別もわからない」という意味で、そうなってしまうくらい恋しさで頭がいっぱいになっているという歌

この短歌は、恋を知らない私に、恋に恋させた
人として最低限のあやめも知らず高校生になった私は、高校生らしく恋人を作るに至ったけど、恋は経験できなかった
私がしたあやめも知らぬ恋愛とは、道理や分別が全くわかっていない存在が、人の相関図のたったひとつの大切な枠におさまって、一方的に尊い感情を注がれるものだった
何も返さない私に、それでもずっと暖かさを注いでくれる理由がわからなすぎて、怖くもあった
怖かったから、わかりたくて恋を探して回った
浮気とかとっかえひっかえはしなかったけど、手を繋ぐことすら嫌がるある意味清い交際ばかりだったけど、沢山の恋に触れた
人によってくれるものは様々で、勿論私の態度に怒りをぶつけられることもあったけど、それでも離れない、その気持ちが恋なのかと、そんな特別な感情を持つ人が羨ましかった

でもそれは、恋じゃなくて愛なんじゃないかって気がしてきた
だから今度は愛に触れたくて、恋の真似事はできないけど、愛の真似事ならできると注がれてきたものと似たようなものを周りに注いでみた
そうしたら世界が華やかで優しくなった
あやめ知らずが故に、お前は空気が読めないと何かにつけて言われたけど、それでも友人の枠に入れてくれていた変わり者の人達が、もっと大切にしてくれた
少し会話を交わした人が、楽しそうだったり嬉しそうだったりしてくれた
それが嬉しくて、優しさの交換が心地好くて、人という存在が好きになって、いつの間にか真似事じゃなくて本当に愛を渡せるようになった
本物の愛を捧げたら、世界はもっと居心地のいい場所になった

結局未だに恋を知らないし、きっとこのまま恋を知らずに終わるんだろうけど、私に恋をしてくれた人が、あやめを教えてくれた
愛が世界を救うのかどうかは知らないけど、少なくとも私は救われたし、きっと他の誰かもそれで救われることがあると思う

私は沢山の人に愛を注ぐけど、相関図の特別な枠に置くのはひとりだけ
その人に注ぐものは、他の人に注ぐものとは違う特別なもの
恋にしろ愛にしろ、誰かを特等席に招き入れることは、それだけで自分が幸せになれるし、相手の幸せを作ろうと全力を捧げられる力が出ること
誰かの特等席におさまれることは、目一杯の幸せを願われたということ
先着順でも予約制でもないその枠は、とても尊い場所で、その価値を知っているというだけで、幸せになる方法をひとつ知っているということ

和歌とは随分離れた話になったけど、皆様の特等席に素敵な人が末永くおさまりますように

star今日よかったこと♪

朝からもりもり食べた
昼も珍しく食べた
夜はこれから食べます多分

favorite読んでくれた人へのメッセージ

愛が何かわからなくても、誰かの笑顔が見てみたくなったら、きっとそれが愛の欠片です
愛のかたちも人それぞれだから、他のきっかけで見付けられるのかもしれませんが、素敵な愛が見付かりますように

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