はなの日記『学習障害の幼馴染への憧れ💛』
visibility19 edit2023.12.31
幼稚園から一緒の彼女。
よく遊んでいた。多分あなたが一番遊んでくれたから。
あなたは誰にでも構わず遊べるから。
みんなは人を選んでルールを守って遊ぶから、
私とは遊んでくれなかった。
小学校に入ると、あなたはルールも守らず人を選ばず、
授業も関係なくどこかしらのだれかのところへ行き、
遊んでいるから全学年に友達がいて羨ましかった。
学校中の人気者だった。先生や大人には注意されるけどね。
私は知らずにあなたに憧れていた。なんでだろう?
成人後、私は「学習障害」と言われた。
彼女と私の違いは、母親。
彼女の母は、世間体やマナールールとかあまり守らない。
私の母、世間体やマナールールばかり気にして私に押し付けた。
私って、母の言ったことができなくて、毎日全否定されてたなって。
彼女は、母にそう言われることもなく、のびのびしてた。
私は、ルールやマナーを気にせず、
学習障害な自分らしい自分で好きなように生きる彼女に、
憧れていたのだと気づいた。
私は、母の言う通り、過剰に世間体やマナールールを気にしていた。
私は本来の学習障害な自分を抑圧して、自分を小さく小さく隠し、
ルールにはみ出て母のように怒られないように生きてきた。
彼女とクラスがわかれだんだん大きくなった私は、
彼女への憧れがなくなってた。
私は、私の母の言う通りの「常識的」人間になってしまった。
彼女は授業も聞かず遊ぶし
建物の境界線ルールも見ず知らず入るし、
常識的な大人になれば「それはまずい」になってしまった。
子供の頃は「いいな」だったのに。
成人後社会生活ができずわかってくる。
私は授業や講座研修のようなじっとすわって聞くこと、
電車や施設のルールを理解すること、
そういったことが苦手だと。
私は父母が暴力をふるい喧嘩するので
きるふりをしてただけでそんなの全くできなかったのだと。
私は気づいた。彼女は本当の私を見せてくれていた。
似ているところがありよくつながり遊んでいた。
いや常識的人間になったんじゃない、ふりをしてただけ。
視点だけ常識的で心身魂は常識的じゃない。
彼女のように「常識外」なのだ。
彼女のようにじっとして聞くのが無理なら、
それはしなくていい違う方法はいくらでもある。
町のルールが難しいなら誰かに付き添ってもらうか、
なるべく静かな田舎にいればいい。
私はルールを理解し実行するのが難しいけど、
ルールは大勢が効率よく
健常者は、普通にルールを守れるけど、
学習障害は健常者の作ったルールを守るのは、
かなりの困難で自分を抑圧するってこと。
自分らしくない。
私はずっと常識的な人間にならなきゃって生きてきた。
でも彼女のように学習障害のままルールとかしらず、
常識外な人間をやればいいんだ。
常識外な人間は注目される。
色んな意味でも構われることになる。
私の母のようなやつがいれば過干渉に。
でもそんな過干渉な奴どっかいけ。
そういうやつとはもう関わらない。
常識外な人間で注目されても、
変なこと言うやつは認知の歪みだし
母ちゃんに抑圧されただけ放っておく。
私は彼女のようにルールも何も守らず
常識外でいい。だってどうせルールも守れる脳機能はない。
私は常識外で注目されてしまう人間。
でも注目は放っておけばいい。
私は家族に無理ない豊かな暮らしをさせたいだけだから。
一人で紅茶を飲んで部屋でいるの。私の時間。
外に出るのは
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